第446回:スクラッチシールド とは

大和 哲
1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我 ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連の Q&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)


 「スクラッチシールド」(SCRATCH SHIELD)は、機能性塗装の一種で、柔軟性に優れた擦り傷に強い塗装技術です。東京大学、アドバンスト・ソフトマテリアルズ(東大に由来するベンチャー企業)により、共同開発されました。

 2005年12月から日産自動車が自動車ボディ用の塗装として、「エクストレイル」や「ティアナ」「スカイライン」といった自動車で、「スクラッチシールド」を採用しています。

 自動車用のスクラッチシールドは、従来の塗装と比較して、細かい擦り傷などを軽減できること、また、ある程度の擦り傷が生じた場合でも、時間の経過とともに、ほぼキズが生じる前の状態まで復元できる“自己修復型の塗装”であることが特徴です。

 スクラッチシールドは、NTTドコモへライセンス供与されていて、2010年冬モデルとして発表されたNEC製携帯電話「N-03B」で採用されています。

 「N-03B」では、背面パネルなどを除いた、筐体のメイン部分やヒンジ部分などにスクラッチシールドを使った塗装がされています。これにより、背面パネルのように簡単には替えが利かず、傷のつきやすい携帯電話の筐体の表面部分が傷つきにくくなり、美しい状態を保ちやすくなりました。

携帯電話に傷をつけない、超分子ネットワークの柔軟塗装

携帯用「スクラッチシールド」の概要

 自動車用のスクラッチシールドと、携帯電話用のスクラッチシールドでは、塗装に利用している材質が異なります。自動車用では「自己修復能力」、携帯電話では「美しさが長持ち」と性質が異なっていますが、これらの特徴を実現しているのが、“塗装の柔軟性”です。

 自動車用塗装の場合、車体に中塗り、ベースコート、クリアーコートと、層として行う塗装のうち、一番外側にあたるクリアーコートに特殊な“高弾性樹脂”を配合します。これにより、洗車機のブラシなどで塗装の表面の一部だけに力が加わっても、高密度な結合が外部からの力(荷重)を支えることで、圧力による凹みを軽減します。また、塗装による弾性で、いったん凹んだ部分、つまり傷を復元することができるのです。

 塗装が高い柔軟性を持つことによって、傷をつけるような物質(力)が塗装にぶつかってきても、その力が一点に集中することなく、周りに分散されます。このため、塗装の結合が壊されることがないのです。

 一方、携帯電話のスクラッチシールドでは、“超分子ネットワーク構造”を持つ塗料を利用しています。「超分子」とは、複数の分子が2つ以上集まって作られた複合体のことです。複数の分子が集まることで、それぞれの分子が単独のときには出せなかったような新しい機能を生み出されることがあります。

ドコモの2009年冬モデル発表会で披露された、従来塗装(上)とスクラッチシールド(下)の比較映像傷がついてから30分後の様子

 そして「超分子ネットワーク」とは、ひも状の高分子を輪っか状の分子で接続した“高分子ネットワーク構造”のひとつです。ひもにあたる高分子が輪っかにあたる分子を自由にすり抜けることができる、分子でできた小さな滑車のような構造となっていて、これが塗装中に高密度に配置されているわけです。

 携帯電話用のスクラッチシールドでは、この構造により、筐体に傷をつけるように物体がぶつかっても、超分子ネットワーク中の「ひも」部分全体に力が分散される構造になっています。この柔軟性のおかげで、ぶつかった力が一部に集中することなく分散され、結果として、塗装が壊される、つまり、はげていくことがなくなります。

 普通、携帯電話の従来の塗装では落としたりしたときに筐体に傷ができた場合、それが小さな傷でも、円状に塗装のはがれが進んでいきます。しかしスクラッチシールドの場合、柔軟性のおかげでそもそも小さな傷がつきにくく、最初にできたはがれも広がりにくいので、結果として、長い時間が経って美しい状態を保ちやすい、ということになります。

 



(大和 哲)

2009/12/8 12:33