ケータイ用語の基礎知識

第878回:ELTRES(エルトレス) とは

3つの特徴を実現するソニーの技術

 「ELTRES」(エルトレス)は、ソニーとソニーセミコンダクターソリューションズが、2018年9月に発表したLPWA(低電力広地域)無線技術です。空中線電力が20mW、サブGHz帯と呼ばれる920MHz帯を使用する、免許不要な通信規格です。

 「ELTRES」という名前は、スペイン語の定冠詞「EL」と「3」を意味する「TRES」を組み合わせた造語から来ています。これは、この方式が「長距離安定通信」「高速移動体からも通信可能」「低消費電力」という3つの特徴を実現するためです。

 それに加えて、「頑強性」および「効率性システムを持つ超範囲伝達システム」という意味の「Extremely Long range Transmission using Robust and Efficient Systems」の頭文字を用いるワードでもあります。

 ELTRESの前身は、2017年4月に「ソニーのIoT向けLPWA(低消費電力広域ネットワーク技術)」として発表された技術です。当初、名前ないものの「独自のLPWA技術」とされていました。

 これがETSI(欧州電気通信標準化機構)の国際標準規格として公開されたことを受けて正式に命名され、世界に向けて普及が進められることになったのです。

1日1回の通信なら、電池1個で1年使える

 開示されたスペックによれば、ELTRESに沿って開発された端末と受信機は、見通し100km以上の距離を、時速100kmといった高速移動中であっても、またノイズの多い都市部であっても、高感度で通信できるとされています。1日1回の通信であればボタン電池1個で1年使えるというのも特徴です。

 こうしたスペックを実現するにあたって、ソニー側では技術の工夫をこらしています。たとえば、送信機と受信機とも衛星による現在地測位を活用し、高精度な時刻情報を用いて、信号送信・受信のタイミングを逃さないようにしています。

 時刻情報同期により、決まった時刻に密度の高い信号の多重化が可能です。データの始まりや区切りを知らせる「プリアンブル信号」などを短くできるので、その分電波の発信時間も短く、電池消費も少なくできるのです。

 電波の発信はチャープ変調によってチャネルの帯域幅を余すことなく利用しながら、たくさんの信号を多重化し、送信のたびに周波数を変えて送信し、他のシステムが送信チャネルを利用している場合には、別のチャネルに変更して送信するといったこともしています。

 ELTRESの通信は、端末側→受信機側への一方通行です。受信機側から端末に通信することはしません。

 そのためか、受信機側は受信感度を増すために電力を使い、さまざまな工夫をしても、送信側はできるだけ単純なやり方で、しかも省電力となるようにされています。

 たとえば、受信局側では、受信信号を大きくするために「最大比合成・時間ダイバーシティ技術」を採用しています。これは送信機から見ると同一の信号を繰り返し送っているだけなのですが、受信機はこの繰り返されるデータをタイミングを合わせて波形に合成することで、受信した信号を合成したりノイズを除去したりといったことを行い、受信感度を向上させているのです。この技術の採用で最大6dBの感度向上が期待できるとしています。

 受信機では、多量なデータを扱うテレビ放送などで使われる「LDPC誤り訂正方式」を、IoT向け通信であるLPWAの低ビットパケットへ最適化して応用しています。これで最大7dB感度が向上し、さらに安定的な通信が可能である、としています。

 時速100km以上という高速移動中の測位に関しては、データの間に同期用のデータを定期的に挿入しておき、受信機側でその同期データ(同期ビット)をもとに、そのときどきの通信環境による影響(通信伝送路特性)を推定しています。高速移動に対応するチャネル推定技術と呼ばれる技術です。

 ELTRESでは、一度に送ることができるデータは128ビットです。たとえば1日1回、山間部などでの位置を測定をする、といった用途が想定されています。規格上、最短のデータ送信間隔は1分です。現在、ソニーが提供している開発キットでは3分間隔で固定して、電波を発信するようになっています。

今秋からプレサービス

 ソニーセミコンダクターソリューションズは、東京都内などで、ELTRESの商用プレサービスを開始することも発表しています。

 プレサービスでは、ELTRES対応機器のメーカー、連携プラットフォームを開発するパートナーなどに向けて情報が提供されるほか、ビジネスのマッチングをサポートすることも含まれています。

 現在はまだテスト用の端末や、エリアも限られていますが、今後、エリアが拡大すれば、登山や海での遭難対策サービス、ドローン用管制サービスなどでの活用が期待できそうです。

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)