ケータイ用語の基礎知識

第774回:LTE-Broadcast とは

 「LTE-Broadcast」とは、スマートフォンなどでデータ通信に使われているLTEのネットワークを通じて、同一エリア内の多くの端末に、動画や音声のような大容量のデータを一斉配信する技術です。略称として「LTE-B」と表記されることもあります。1つの基地局が複数の端末と同時にデータ通信する「マルチキャスト方式」に分類されます。

ユニキャスト方式とマルチキャスト方式

 LTEで一般的なデータ通信方式として使われているユニキャスト方式では、サーバーから端末にデータを送るために、端末1台あたりに1つの帯域を割り当てます。そのため、同じデータを送信する場合でも、別の帯域を使って何度も同じ内容を飛ばすことになり、基地局内でも1端末につき帯域1つ分の負荷が生じます。

 スポーツのスタジアムのように1カ所に数万人単位の観客が集まっている場所で、その観客らが一斉に携帯電話のネットワークなどを使いだした場合、どんなに設備を充実させても従来の方法では映像配信などをするのは難しいと言えます。例えば、アンテナだけを考えたとしても、アンテナ1個で仮に100人が接続できたとしても5万人がフルに回線接続するには500個のアンテナが必要になります。その上、利用できる周波数帯は限られていることを考えると、これらの出す電波が重複・衝突しないように配置するのは、Massive MIMOやピコセルなどの技術を用いてもまず難しい数です。つまり、受信側と送信側が通信する際に1対1で接続をするユニキャスト方式では、同一エリア内で多くの端末がデータをやりとりするにはいろいろな問題が出てくるわけです。

 一方、LTE-Broadcastは、エリア内の受信を希望する全端末に向けて、大容量データを同じ帯域を使って一度に送信できます。1台1台のリクエストなどに対して応答をするような「通信」のようなことはできませんが、基地局や回線に負荷をかけずに、端末1台分の回線だけを使ってそのエリアにいる端末全てに同じデータを送りつける「放送」に近い用途で使うことができるわけです。一般的なスマートフォンのデータ通信と同じLTEの周波数帯を利用しながらも、多くの端末に同じデータを配信できるため、電波や基地局などのリソースの利用効率も向上します。

 LTE-Broadcastでは、LTE内のコアネットワーク内でデータを複数の基地局に同時配信する「IPマルチキャスト」を利用し、複数の基地局から同じ周波数を用いて一斉に送信します。「通信」ではなく「放送」的にデータを送ることから、これまでのように通信に使ったデータ量に応じて料金を請求するといったことはできなくなります。サービスの利用料金を別の単位で、例えばスポーツ観戦であれば1試合単位の観戦料として、あるいは月額利用料として請求されるようになるかもしれません。

 LTE-Broadcastに関する仕様は、W-CDMAやLTEなどの規格を標準化している3GPPでは「Release 9」仕様の中で「eMBMS/MBSFN」として標準化されています。「eMBMS」は、正式には「LTEの進化したマルチキャストマルチメディア配信サービス」を意味する“LTE Evolved Multimedia Broadcast Multicast Service”が正式名称です。その名前の通り、実は3G時代にもMBMSと呼ばれるマルチメディア配信の標準は存在したのですが、このeMBMSはそのLTE向け拡張版という位置づけです。別名の「MBSFN」は、「単一周波数マルチキャスト配信ネットワーク」を意味する“Multicast-broadcast single-frequency network”の略となっています。

日本ではソフトバンクが実証実験

 LTE-Broadcastに関して海外では、米Verizon、豪Telstra、英EE、韓KT Telecomが「LTE-Broadband Alliance」という企業アライアンスを組んで市場開拓に取り組んでいます。

 このうち、VerizonとKTが商用サービスを提供しています。Verizonはアメリカンフットボールの「スーパーボウル」会場内でのマルチメディア配信サービスを提供し、KTは同社の携帯電話向け映像配信サービス「Olleh TV Mobile」の一環としてTV番組として配信を行っています。Telstraは同国ラグビーリーグNRLで、EEはサッカーの「The FA Cup」で、それぞれスタジアム内でのLTE-Broadcastを使ったマルチメディアデータ配信の実証実験を行っています。

ソフトバンクの実証実験では、プロ野球の試合をLTE-Broadcastによって6台のカメラ映像などを配信した
100名の観客は試合を見ながら、端末でカメラ視点でもプレイを追うことができた

 LTE-Broadband Allianceには加盟していませんが、ソフトバンクも、このLTE-Broadcastを利用した野球場でのマルチメディア配信の実証実験を2016年9月に実施しています(※関連記事)。この実験では、プロ野球の3連戦で、1試合あたり50組100名が実証実験に参加し、貸与された端末で試合中にマルチメディア視聴を行いました。

 内容は、6台のカメラからの映像と試合情報などを、LTEの帯域を利用して一斉配信し、利用者は端末上で試合中の映像を、視点を切り替えながら見ることができるというものでした。ソフトバンクはこの実験を、技術的な検証に終わらせることなく、ユーザーがサービスとして受け入れるかどうかアンケートなどを実施し、今後のさらなる実証実験や商用サービスができるのかどうかを検討する材料にしたいとしています。

既存の基地局や端末リソースを流用できる

 放送のようにエリア内の各端末に一斉にデータを配信するマルチキャスト方式は、LTE-Broadcastのほかにも、研究や開発がいくつか行われています。「第544回:ETWS とは」で取り上げた「ETWS」もその1つです。これは、エリア内の全端末にテキストを送信する「緊急地震速報」として実用化されています。LTE-BroadcastはETWSに似ていますが、エリア内の受信を希望する端末に向けて、動画や音声といった大量のマルチメディアデータを送れるのが特徴です。

 LTE-Broadcastと同じようにエリア内の端末に対して同時にマルチメディアデータを無線で配信する方法としては、「Wi-Fiマルチキャスト」や「マルチメディア放送」などがあります。これらと比較すると、LTE-Broadcastは、LTEの設備や端末を流用でき、大がかりな設備投資などが必要ないという特徴が挙げられます。特に、マルチメディア放送のように専用の送信機を使い、放送塔などを使って送信し、受信側のハードウェアにも専用回路などを別途用意しなければならないケースと比べると、負担はかなり小さくなります。Wi-Fiマルチキャストの場合はマルチメディア放送に比べると負担は小さいですが、それでも送信側のアクセスポイントなどは別途必要です。

 LTE-Broadcastの規格自体はRelease 9、つまりLTE AdvancedなどではなくLTE規格の一部として標準化されてから時間が経っており、実はハードウェア的に対応している機材が既に多くあります。クアルコムが熱心に開発していた技術という経緯もあり、チップセットのSnapdragonシリーズでは比較的登場から時間がたっているSnapdragon 800などもこの技術に対応済みです。先ほどのソフトバンクの実証実験でも、基地局は既存のLTE基地局、アンテナと同じ機材を利用し、受信端末もソフトバンクの既存スマートフォンを流用し、ファームウェアやアプリケーションを改造したものでした。

 LTE-Broadcastは、スポーツ観戦時の動画配信に使うのか、あるいはより一般的な放送サービスのように特定の地域全体に映像などを配信するサービスとして活用するのか、この技術の応用やビジネスとしての可能性を各事業者が見極めている段階です。マルチキャスト配信には先に挙げたような「混雑緩和」などのメリットも多く、この手の技術はまだまだ登場することでしょう。LTE-Broadcastはその中でも有力な一技術として多くの事業者から注目されています。

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)