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ソフトバンクが富士山頂で張り巡らすネットワークの工夫を登って確かめてきた
2017年7月12日 13:49
ソフトバンクは富士山の山開きに合わせ、報道関係者向けに富士山におけるネットワーク対策を説明するプレスツアーを開催した。日程は7月9〜10日の1泊2日で、実際に記者が山頂まで登山し、通常環境とは大きく異なる富士山での基地局の運用状況について実際の設置状況を見ながら説明を受けることができたので、そのレポートをお伝えする。
富士山の登山と携帯電話ネットワーク
標高約3776m、日本最高峰の富士山は、登山道や山小屋が整備されていて、登山熟練者でなくても登頂できる。北東方向の「吉田」、東方向の「須走」、南東方向の「御殿場」、南方向の「富士宮」と4つの登山ルートがあり、登山口によっては標高2300m以上までバスなどで行けるため、人によっては十分な体力があれば日帰りで登頂できる。
通常、登山ができるのは夏季に限定されていて、今年は7月1日に吉田ルートが開山。ほかのルートも7月10日に開山した。9月10日まで登山が可能で、期間中の週末などは難易度の高い頂上近くでは渋滞が起きることもある。環境省によると、昨年のシーズン中(71日)には24万8461人が登山し、最盛期の週末(7月30日)には7762人が登山した。
ちなみにルートごとに歩く距離や難易度が違うことからルートの利用者数も偏っている。たとえば昨年登頂した約25万人中、半分以上の約15.2万人が吉田ルートを使った。その一方で須走ルートは約2.1万人、御殿場ルートは約1.6万人、富士宮ルートは約6万人となっている。今回のプレスツアーは須走ルートが使われた。
山岳部の携帯電話エリア化は技術的にもコスト的にも難しいが、登山において携帯電話は緊急時のライフラインにもなり、各キャリアにとって重要だ。
登山道をエリア化する一番シンプルな方法は、平野部の基地局から富士山に向けてLTE/3Gの電波を飛ばすことだ。幸い、シンプルな形状の富士山は、平野部から見通せる場所がほとんどなので、この方法でもエリア化しやすい。しかし基地局までの距離が遠いため十分な出力を得にくく、山小屋や尾根などに隠れる場所は圏外となりやすい。
そこで、山小屋などにリピーター局を設置し、地上から死角になる場所に電波を中継することもある。しかしこの方法では、地上にある1つの基地局に多数のユーザーが接続することになる。たとえば昨年の7月30日は吉田ルートから4585人が登山した。3キャリアで分散するとはいえ、それだけの人数を1つの基地局がカバーするとなると、通信速度の低下は免れない。
緊急発信であれば、通信速度が遅さはそこまで問題にはならないが、SNSへの画像投稿などが一般化している昨今、1Mbpsにも満たないような通信速度は、かなりのストレスとなってしまう。
景観や自然保護の観点から、富士山に電波塔や光ファイバーなどの設備を新規に作ることは許可が下りにくく、一般的な基地局を新設するのは難しい。そこで、地上とのあいだのバックホール回線を専用の無線通信(無線エントランス)にするタイプの基地局が、既存の山小屋などに設置されている。
地上との無線通信には、指向性が強いビーム状の電波を使った2点間専用の無線アクセスシステムが使われる。1対1でしか通信できず、お互いのアンテナが完全に固定されていないと使えないが、電波の指向性が極めて強いことから、その経路上以外では干渉も起きず、比較的広い帯域を使って高い通信速度を確保しやすい。この種の無線アクセスシステムは、有線回線を敷設できない環境ではしばしば使われていて、さまざまな通信機器メーカーが開発・販売している。
ソフトバンクではこうした無線エントランスを使った基地局を、富士山の山頂に2カ所、須走ルートの八合目に1カ所、須走ルートと富士宮ルートの登山口である五合目にそれぞれ1カ所、設置している。
ちなみにもっとも登山者の多い吉田ルートは、リピーターなどを使ってエリア化がなされているという。ソフトバンクにとって吉田ルートは山梨県なので関東甲信越地方(旧東京デジタルホン)、ほかの登山ルートは静岡県なので東海地方(旧東海デジタルホン)と管轄が異なり、ネットワーク対策の手法や時期に違いがあるようだ。
基地局は毎シーズンごとに設置・撤去
富士山の基地局は、リピーター型も無線バックホール型も、基本的には山小屋やその付随施設を借りて設置されている。
アンテナなどの設備は、基本的に毎シーズンごとに設置され、シーズンが終わると撤去される。というのも、冬季の富士山は積雪と風雨が強いため、冬季もアンテナを設置し続けていると、それを設置している建物にまでダメージが及ぶような可能性があるからだという。
山小屋内に十分なスペースを借りられる場合は、設備の一部を山小屋内で保管することもあるが、多くの場合、アンテナなどはシーズンが終わると地上に戻している。各機材は稼働状態であれば気温何度まで耐えられるといったことは明らかにされているが、稼働していない状態で冬季の富士山で保管できるかは不明ということもあるようだ。
基地局の設置と開設は、山開きの直後、作業が行えるようになってから順次行われる。機材や作業者は、山小屋への資材運搬にも使われる改造ブルドーザーに便乗して運ばれるが、このブルドーザー便は運搬できる量も便数も限られるため、山開きと同時に基地局開設というわけには行かず、今回のソフトバンクの場合、吉田ルートの山開き(7月1日)からしばらく経ってから(7月10日、他ルートの山開き日)基地局設置・稼働、ということになっていた。
基地局設置前も、地上が見渡せる場所にまで出ればある程度通信できるが、より高速な通信をしたければ、山開き直後は避けた方がよいというわけだ。
実測で50Mbps超えの山頂基地局エリア
富士山の山頂においてソフトバンクは、須走・吉田ルート側の山小屋と御殿場・吉田ルート側の山小屋、それぞれに基地局に無線バックホールを使った基地局を設置している。
取材日(7月10日)は、ちょうど御殿場・吉田ルート側の機材が運び込まれる日だった。作業開始時しか取材できなかったため、アンテナの取り付けまでを見届けることはできなかったが、だいたい2泊3日程度の日程で基地局設置・調整作業が行われるという。
この種の作業は、通常、2名の高所作業と1名の監督の3名で行われることが多いが、今回は高山病などの発生を踏まえたバックアップを想定し、5名の作業者が来ていた。
ソフトバンクではバックホール回線(無線エントランス)に主に5GHz帯を使っているが、今回御殿場・吉田ルート側では、新たにソフトバンクでは初となる80GHz帯の無線エントランスが導入される。80GHz帯と5GHz帯が一緒に設置され、80GHz帯がメインとなり、5GHz帯がバックアップ的に運用されるという。
80GHz帯は帯域幅を確保しやすいので、通信速度も高くなる。理論速度は80GHz帯が1Gbps、5GHz帯が100Mbps程度だという。1対1の通信なので輻輳の心配はないが、とくに80GHz帯は天候の影響も受けやすいため、運用実績のある5GHz帯も併用されるようだ。
御殿場・吉田ルート側の無線エントランスの通信相手は、富士サファリパーク付近のソフトバンクの通信鉄塔となっている。頂上からの距離は13kmほどで、肉眼での目視はほぼ不可能だ。
LTE側は900MHz帯(バンド8)と2.1GHz帯(バンド1)の2つのバンドに対応している。900MHzはソフトバンクが「プラチナバンド」とも呼んでいた反射・回折しやすい帯域で、御殿場・吉田ルート側の山小屋では昨年まで別途敷設していた屋内アンテナを、今年はあえて撤去して運用する予定だという。
須走・吉田ルート側は、取材日前に機材の設置が終了していて、取材日の午後にはちょうどLTE通信サービスの提供が開始されていた。あまり混雑していなかったこともあり、実測値で下り52Mbps、上り32Mbpsを記録。動画生配信にも十分な速度が出ていた。
バックホール回線となる無線エントランスのアンテナは、山頂の端から平野部に向けられている。こちらは5GHz帯のみを使っていて、御殿場あたりにある鉄塔とつながっているとのことだ。
本八合目や登山口となる五合目にも基地局有り
ソフトバンクでは須走ルートの本八合目にも、同様に無線エントランスをバックホール回線に使った基地局を設置している。こちらの基地局は登山道全体をエリア化するためのもので、LTEのアンテナは本八合目からの登山道・下山道に向けられている。
こちらの場合、基地局の付随機器は山小屋の屋内ではなく、山小屋の外壁に取り付けられていた。こういった機器は取り付けのポールを含め、登山シーズンが終了すると取り外して持ち帰るという。
本八号目の基地局の無線エントランスも5GHz帯のみで、御殿場あたりにある鉄塔と繋がっているという。
富士山の登山道には、各合目に山小屋が設けられていることが多いが、須走ルートの本八合目は利用者の多い吉田ルートとの合流ポイントにもなっていて、大きめの山小屋が複数建設されている。この本八合目も資材運搬のブルドーザー便の道に隣接していて、山小屋の資材に便乗し、ソフトバンクの機材も運ばれているという。
このほかにもソフトバンクは、須走ルートと富士宮ルートの登山口である五合目にも、無線エントランスを使った基地局を設置している。五合目までは一般車両も入れる(登山シーズン中はマイカー規制あり)。また、各登山口は登山シーズン外も車などで上れるので、通年でサービスが提供されている。
筆者も今回、実際に富士山登頂をするまでは、登山中にスマホを使う余裕などあまりないかと思っていた。しかし頂上に近づくと傾斜がキツくなり、疲労も蓄積していることから、数十mごとに立ったまま、ちょっとした休憩を挟むようになってくる。そうしたちょっとした休憩のときにスマホを使うのは、良い気晴らしになった。
スマホで風景写真を撮ってSNSに投稿し、「いいね!」が付くと登山の活力にもなるし、撮影した写真自体は良い記録にもなる。また、山岳マップアプリで行程を確認するのも良い。
もちろん歩きスマホなどできないので、スマホを使うなら通行の邪魔にならない安全な場所に立ち止まる必要がある。また、ストラップなどで吊っていないスマホを手に持ったまま歩くのも、キケンなので避けた方が良い。急な傾斜でスマホを落としてしまうと、壊してしまうだけでなく、回収できない場所に転がっていくこともある。ベルトポーチなどを活用しよう。
山小屋などでも充電はできないので、モバイルバッテリーは十分な容量を持ち運びたい。とくにGPSトラッキングを使ったりすると、消費が激しくなるので、移動中にポーチ内などで充電できると安心だ。しかし山岳部は気候が変わりやすいので、防水ドライバッグなども準備しておきたい。
登山中のスマホの取り扱いには、普段とは比べものにならないくらい注意が必要となるが、それでも緊急時以外にもいろいろと役に立ち、楽しいツールでもあるので、積極的に活用したくなる。とくに富士山は各社がネットワーク対策に力を入れている。もちろん安全が大前提ではあるが、スマホ活用を考えた荷造りをしてみてはいかがだろうか。