ケータイ用語の基礎知識

第790回:グラフェン とは

驚くべき性質を持つ、厚み元素1個分の炭素シート

 「グラフェン」は炭素で構成された厚みが原子1個分のシートです。非常に頑丈で、強さが鋼鉄の100倍以上もある、夢の新素材として知られています。

 金属の銅と同じくらい、電気をよく通し、熱の伝わりやすさは銀以上とされます。その一方で3000度程度まで溶けない、とまるで新種の金属のような性質も持ちつつ、それでいて柔軟、伸縮性もあって曲げ延ばしも可能です。

 名前の由来である“グラファイト”(graphite)は「黒鉛」を意味する英単語です。グラフェン(graphene)も黒鉛と同じように炭素のみで構成されています。原子を、厚みを取らないようにハニカム状に共有結合させた状態で並ばせたシートにすることで、鉱物の黒鉛と違った性質を持つようになるのです。

 その存在自体は20世紀にもわかっていたのですが、研究は2000年代に入ってから急激に進みました。というのも実験素材としてすら作り出すことが非常に困難だったのです。

 しかし、2004年に「セロファンテープにグラファイトを貼り付けてから剥がす」という方法でグラフェンを作りだせるという発見がされ、それ以降、世界的に研究が進むようになり、その性質もわかるようになりました。

 2010年には、セロファンテープ法を発見した英国マンチェスター大学のアンドレ・ガイム氏とコンスタンチン・ノヴォセロフ氏がノーベル物理学賞を受賞しています。

様々な分野での応用期待、課題は量産方法など

 一般的に、物理の分野では、まず基礎研究があり、それと別に応用研究が進められます。一方、グラフェンに関しては、その「発見」がごくごく最近であるためか、これらがほぼ直結して行われていることもおもしろい特徴のひとつかもしれません。つまり「グラフェンにはどのような特性があるか」と「グラフェンをどのように応用できるか」といった研究が渾然一体となっているのです。

 もちろんスマートフォンに関係がありそうな応用に向けて研究が進められています。たとえば、グラフェンは、液晶や有機ELディスプレイやタッチパネルの「透明電極材料」、一時的に電気を蓄えるコンデンサー、キャパシターやリチウムイオン充電池の「電極」として利用できるのではないかと考えられています。

 ディスプレイやタッチパネルの電極として使うのであれば、できるだけ多く「光を通す」物質が望まれます。光を遮る物質を使えばそれだけ画面が暗くなってしまうからです。その点、元素1個分の厚みしかないグラフェンは透明性も高く、それでいて金属のように電気を非常によく通してくれます。さらにいえば、強度、柔軟性でも現在電極によく使われるインジウム・スズ酸化物に勝ります。

 また、キャパシターやバッテリーに関しては、電極の金属にグラフェンを接合・積層させることで、これまでになかった高密度のエネルギーをため込んだ「超スーパーキャパシター」や、分単位・秒単位・あるいは瞬間で数千mAhの電力を蓄える「超急速充電バッテリー」というような方向について、さまざまな研究所で研究されています。

 たとえばキャパシターの中では、電解液に触れている電極表面に吸着されているイオン量によってどれだけ電気を蓄えられるかが決まります。つまり、電極の比表面積が大きいほうが電気を蓄えやすくなるわけですが、グラフェンは比表面積が大きいうえに、金属のように導電性も高いですから、原理的には性能を劇的に向上させることができる、というわけです。

 本誌では、2016年12月、ファーウェイが発表したグラフェンの応用例をニュースとして紹介しています(※関連記事)。記事よれば、ファーウェイ傘下のワット研究所の研究成果として、グラフェンを放熱素材に採用する耐熱技術で、60度という環境で動作する耐高温かつ長寿命のリチウムイオン電池が開発されています。

 また、スピントロニクス(電磁気工学)方面での応用を模索する研究者もいます。たとえば、グラフェンは常温でどんな金属や半導体よりも電子移動速度も高いという性質をもつため、次世代半導体の素材としての研究も行われています。

 ただ、現状で、グラフェンの応用に大きな課題もないわけではありません。そのひとつが、量産方法です。

 2017年現在では、グラフェンの製造方法にはセロファンテープ法の他にも気相成長、化学的処理、熱分解といった作成方法が知られていて、実際にそれらの方法での生成も成功も報告されています。しかし、いずれの方法も、複雑な処理、プロセスの不安定性、欠陥密度の高さなどの要因があり、量産化への決定打にはなっていません。

 このような課題がひとつひとつ解決されたとしたら、グラフェンは、広範囲に産業利用され、さらなる技術革新をもたらすのかもしれません。

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)