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KDDIの新たな取り組み“シェアフロント型ホテル”のポテンシャルに迫る

福岡「mizuka Plus Nakasu」から見える挑戦とは

 5月29日、福岡を拠点にシェアフロント型ホテル「mizuka(ミズカ)」を展開するHostyは、出資元であるKDDIと共に、事業戦略発表会を開催した。

筆者が宿泊した中央区大名の「mizuka Daimyo2」はビルの3階をホテル化。ブラインドが降りているフロアがホテル

 事業内容やコンセプトなどを説明すると共に、同日、新規にオープンした「mizuka Plus Nakasu」を内部を公開した。福岡に展開するmizukaブランドのホテルにも実際に宿泊し、そのコンセプトを体験してみた。

オフィスビルが「無人ホテル」に変身?

 観光立国の方針が示され、年々、訪日外国人が増え、2018年は3000万人を超えるところまで拡大した日本。

 しかし、その一方で、ホテルをはじめとする宿泊施設は不足し、インバウンド需要の受け皿として期待された民泊も法規制の影響で、縮小傾向にあると言われている。2020年の需要を見越したホテルの開業ラッシュが予定されているが、ホテルに適した好立地や好条件の土地が不足し、同時にホテル事業に携わる人材も不足している。

 そんな中、これまでとまったく異なるコンセプトでスタートしたのがホテルベンチャー「Hosty」が展開するシェアフロント型ホテル「mizuka(ミズカ)」だ。

 mizukaは既存のビルの空室をワンフロアや1区画単位で賃貸契約で確保し、そこを最短約2カ月間でホテルへとリノベーション(改装)を行ない、ホテルとして提供するというサービスになる。

 既存のホテルの場合、1000平米クラスの広さを確保し、数年をかけて、ホテルを建築しなければならないが、mizukaの場合、20平米のスペースをビルの1フロア単位、1区画単位で確保する形で、用途変更などの申請も建築確認書のみで済むため、スピーディにホテルを展開できるという。

 たとえば、駅の近くなどで点在するいくつものビルの空きフロアを確保し、それらをリノベーションすることで、ひとつの区域に展開するホテルとして、利用できるようにするわけだ。

「シェアフロント」という仕組み

 こうした形態のホテルを運営するために、mizukaは「シェアフロント」というしくみを取り入れている。たとえば、予約をしたお客さんがホテルに宿泊するときは、まず、その地域の共同のチェックインフロントを訪ね、チェックインの手続きを済ませ、入室に必要な情報を受け取り、宿泊する部屋のあるビルへ向かうという流れになる。

 チェックイン時に渡される小さな紙(ホテルで使われるカードキーのケースのようなもの)には、QRコードが書かれており、それを読み取ると、Googleマップが表示される。

 部屋への入室は同じ紙に書かれているPINコードを部屋の入口にあるテンキーに入力する。旅館業法上では無人チェックインが許可されているが、福岡では条例で対面義務が求められているため、現在のシェアフロントいう形を採っているという。

mizukaというホテル

 mizukaの主なターゲットとされているのは、35歳以下の訪日客のカップル、4人以上のグループや家族だという。訪日旅行者では35歳以下のカップルはコスト重視の旅行者が多く、4人以上のグループは通常のホテルに宿泊する際、2部屋以上が必要になるため、コスト高になってしまうことが理由として、挙げられている。

mizukaは二極化するホテル業界の中で、コストパフォーマンスの高い位置を目指す

 ちなみに、外国人対応については、シェアフロントのスタッフは英語での対応が可能で、個別に中国語や韓国語などに対応できるスタッフがいることもあるが、英語以外については翻訳機を使って、対応しているという。ホテル内の設備の説明や注意書きは、日本語、英語、韓国語、中国語で書かれている。

 宿泊料金としては、海外で一般的な1部屋あたりと国内で一般的な1人あたりの料金を組み合わせた形を採っており、1部屋あたりの宿泊可能な人数と料金を設定し、そこから宿泊客が増えたときは、人数に合わせて、料金を上乗せする形になる。部屋によって、料金は違ってくるが、1人あたりの宿泊料金は3000~5000円が中心になるそうだ。

 また、mizukaの特長として、ホテルのオペレーションに携わるスタッフ少なく、各部屋(ビルのフロア)はオンラインで一括管理ができることが挙げられる。通常のホテルでは新しいホテルを開業する度に、それぞれの地域で人員を確保しなければならないが、mizukaでは同じ地域に展開されている複数の施設を一括で管理しているため、新規開業ごとに新たに人材を雇用したり、確保する必要がなく、運営コストの面でも優れている。

 宿泊する側としては少し不安になりそうだが、各部屋にはタブレットが設置されており、24時間体制でチャットや音声(Skype)による問い合わせが可能で、緊急時にはスタッフがそれぞれの部屋に駆け付ける体制を整えている。セキュリティ面についても入口にカメラが設置されており、入退室はリモートで監視されている。

女性スタッフを積極的に雇用

 実際の部屋については、後述する「mizuka Plus Nakasu」の様子がわかりやすいが、2段ベッドが2つ入った部屋、ダブルベッドの部屋などがあり、4人部屋などでは簡単な調理ができるキッチンなども設置されている。

ビルの立地を確認し、フロア単位、区画単位で賃貸契約を結び、約2カ月でリノベーションを実行

 いずれの部屋も基本的なデザインや設備などが共通化されているが、これはビルのフロアや区画を短期間でリノベーションするため、共通化を図っているという。これまでに開業したホテルに対してのゲストの評価も非常に高く、オンライン予約サイト上でも一般的なホテルよりも高く評価されている。

 部屋の稼働率も非常に高く、年間を通じての平均客室稼働率は90%を超えるという。一般的なホテルは全国平均で60~80%と言われていることから見てもいかに高い水準を維持しているかがよくわかる。

 mizukaがもうひとつユニークな点としては、施設の管理やハウスキーピング体制に、育児中の女性を積極的に雇用していることが挙げられる。

 一般的なホテルでは滞在中に清掃や管理などの業務を行なうスタッフを常に見かけるが、mizukaの場合、ビルのフロアや区画単位をホテルとしているため、元々、廊下やロビーなど、ホテルとしての共用スペースがなく、清掃などは基本的に部屋などに限られているため、ママさんスタッフがお子さんといっしょに部屋に入ったり、子どもを背負ったまま、掃除をできるようにしている。

「無人コンパクトホテル」を実現したシェアフロント型ホテル「mizuka」

 ママさんスタッフ同士のコミュニティなども積極的に支援することで、新しい働き方のスタイルを確立しようとしている。

 2019年5月現在、mizukaは福岡で14店舗を展開しており、2020年末までに33店舗を目指す計画で、2019年には東京への進出を予定している。mizukaの予約などについては、Booking.comなどのオンライン予約サイトを通じて、受け付けている。

KDDIはなぜHostyに出資したのか?

 今回のmizukaを展開する株式会社Hostyは、今年2月、KDDIは有望なベンチャー企業へ出資を目的とした「KDDI Innovation Fund 3号」を通じて、出資を受けている。今回の事業戦略発表会には、出資元であるKDDIのビジネスインキュベーション推進部長の中馬和彦氏が登壇し、KDDIとしての出資の狙いなどについて、語った。

KDDI株式会社のビジネスインキュベーション推進部長の中馬和彦氏
「mizuka Daimyo1」の内部の様子。テナントビルらしい大きな窓が特徴的

 まず、KDDIは現在、「KDDI ∞ Labo」や「KDDI Open Innovation Fund」を通じて、積極的にパートナー企業やベンチャー企業への投資を行なっており、そのひとつとして、今年2月、Hostyへの出資が行なわれたという。

ママさんスタッフを積極的に雇用し、施設管理やハウスキーピングを担当してもらうという
福岡エリアでは、2019年5月末時点で14店舗を展開中。2020年5月末までには33店舗を展開予定

 KDDIは「通信とライフデザインの融合」を推進しており、訪日外国人旅行者を中心とした旅行業についてもライフデザインのひとつと位置付け、資本業務提携をすることに至ったそうだ。

「KDDI ∞ Labo」や「KDDI Open Innovation Fund」などを通じて、積極的にパートナー企業やベンチャー企業に投資するKDDI

 KDDIとしては、Hostyに対し、ホテル出店ペースの加速や展開エリア拡大のための資金や人材支援、ホテルTechによるオペレーションの無人化やIT化のためのテクトロジー支援、新たなインバウンド向けPayment経済圏を構築するための事業サービス支援などを行なう。

部屋の入口はドアノブの部分にPINコード入力のパッドを備える。ドアの左上には入退室を監視するカメラを装備
部屋には簡易キッチンが備えられていた。冷蔵庫や電子レンジ、湯沸しポット、食器なども用意されている
2段ベッドが2つ設置されている。それぞれの場所には前述のマルチタイプのコンセントも備える

 昨今、必要なときにすぐにサービスとして提供できる「○○ as a service」というキーワードが挙げられることが多いが、中馬氏は「約2カ月程度で新規にホテルを展開できるHostyの事業は『Hotel as a service』だ」と語り、今後の全国展開にもしっかりとサポートしていく姿勢を見せた。

 また、株式会社Hostyの代表取締役社長の山口博生氏は、今後、mizukaによるシームレスな宿泊体験を実現し、ホテルのUXをアップデートしながら、ホテルを展開する地域の飲食店やツアー、レンタカーなどへの送客を支援し、『街全体をホテル化』する方向性が語られた。

飲食店やツアー、レンタカーなどへの送客を支援し、「街全体をホテル化したい」と語る株式会社Hosty代表取締役社長の山口博生氏

 事業戦略発表会終了後、中馬氏に話をうかがったところ、現在、資金や人材、技術などの支援を行なっているが、Hostyのビジネスモデルは非常に有効かつ魅力的だと捉えており、旅館業法などの法的な規制に対応しながら、全国展開を目指す方針を明らかにした。特に、Hostyのビジネスモデルでは短期間でホテルが展開できるだけでなく、短期間で撤退することも可能なため、たとえば、テレビドラマや映画などで、特定の地域が話題になったとき、そのエリアにホテルを展開し、ブームが落ち着いてきたときには状況を見て、撤退を検討することもできるという。

 また、KDDIは旅行予約サイト「Relux(リラックス)」を運営する株式会社Loco Partnersを傘下に抱えており、Reluxとの連携も模索していく考えを示した。将来的には、スマートフォンのみで予約からチェックイン、入退室、滞在時の観光や買い物、チェックアウトまでをカバーできるような環境を作ることも考えているという。

新規オープンの「Mizuka Plus Nakasu」

 事業戦略発表会の後、今回の発表に合わせてオープンした「Mizuka Plus Nakasu」の内部が公開された。

公開された「mizuka Plus Nakasu」
エレベーターの横には8階のフロントへの案内プレートが貼られていた
ビル一棟を丸ごとホテル化した「mizuka Plus Nakasu」
8階にあるフロントのカウンター。チェックイン時やチェックアウト時に荷物を預けることも可能

 今回オープンした「Mizuka Plus Nakasu」は、ビルの一棟を丸ごとシェアフロント型ホテルにしたもので、8階にチェックインフロント、7階以下に各部屋が展開されている。公開された7階には10個の個室があり、ちょっとしたイベントや集まりなどができるように、キッチンや冷蔵庫などを備えた共同スペースも用意されている。

 各部屋は前述のように、ドアノブ部分のパネルにPINコードを入力すると、ドアが開くしくみとなっている。2段ベッドが2つ入った部屋、ダブルベッドが2つ、もしくは3つ設置された部屋などがあり、いずれも複数人で泊まる構成となっている。

 部屋の設備はシンプルで明るいデザインで、ちょうど中洲に面していることもあり、大きな窓からの採光が非常に明るい部屋もあった。内覧をしたのは昼間だったが、高いフロアであれば、夜景なども楽しめそうだ。Hostyによれば、いずれの部屋もいわゆる『インスタ映え』を意識したデザインを心がけているという。

2段ベッドが2つ設置された部屋
電源コンセントは海外のコンセントも挿せるマルチタイプ。隣にはUSB充電用のポートも備える
部屋にテレビはないが、プロジェクターが用意されている。スクリーンに投影して、お客さんのスマートフォンで動画コンテンツを楽しむことを想定している
各部屋にはタブレットとモバイルWi-Fiルーターが備えられている。モバイルWi-Fiルーターは持ち出しも可能

 設備は部屋によって、少しずつ違うが、随所に訪日外国人旅行客を意識している配慮が見られた。たとえば、電源コンセントは一般的な日本の仕様のものだけでなく、海外のコンセントが挿せたり、USB充電ポートを備えたものが採用されている。変換アダプタなどがなくても電圧さえ対応していれば、海外のコンセントを備えた電気製品でもそのまま利用できるわけだ。

 また、部屋には通信環境として、タブレットとモバイルWi-Fiルーターが備えられていた。タブレットはフロントの連絡などに利用できるほか、滞在時の情報検索などに利用できるうえ、チェックアウト時の連絡もタブレット経由でできるようにしている。モバイルWi-Fiルーターは国内のネットワークに対応したもので、「持ち出しも可能」と書かれていたが、これは訪日外国人旅行者が持ってきた自分のスマートフォンやタブレットなどを旅行中に利用できることに配慮したためだそうだ。

 取材中、実際にママさんスタッフが部屋を清掃中のシーンを見かけたが、ソファに座らせたお子さんにはタブレットで何かを見せつつ、ときどき声をかけながら、床の掃除や片付けなどをしていた。気になる子どもを近くに置きつつ、作業ができるのは、ママさんスタッフにとっても安心なようだ。

ママさんスタッフがお子さんをソファに座らせて、ハウスキーピング中。お子さんは大人しく、タブレットで何かを観ているようだ

シェアフロント型ホテルに泊まってみた

 KDDIが出資し、Hostyが展開するシェアフロント型ホテルの「mizuka」。実際に、mizukaが現在提供中のホテルに泊まってみた。

 まず、宿泊のチェックインは前述の通り、チェックインフロントで行なう。名前などの宿泊者情報を書き、注意事項の説明などを受けると、ホテルの部屋の情報が書かれた小さな紙が渡される。ここにQRコードが書かれており、それを読み込むと、Googleマップが表示されるので、そのまま、徒歩や公共交通機関、タクシーなどで移動する流れになる。

部屋にはソファとテーブルも用意されている。陽当たりはかなり良い

 今回、筆者が割り当てられたホテルは、福岡市の中心街の天神から近い「中央区大名」というエリアで、天神エリアにもアクセスしやすい地域だった。建物の3階をmizukaが借り受けており、2つの部屋が提供され、筆者は通りに面した側の部屋に宿泊した。ちなみに、1階はラーメン店が入っており、その脇のエレベーターから上層階に移動する。

チェックインフロントを訪ね、宿泊者情報などを登録。スタッフは日本語と英語での対応が可能
部屋の入口から中を見た様子。中央上には天井カセットタイプのエアコンを備える

 部屋に入るにはチェックインフロントで渡された紙に書かれていたPINコードをドアノブ部分に備えられたキーパッドに入力する。部屋の扉の上には入退室を確認するカメラも備えられている。ちなみに、部屋の入口の横には携帯電話が置かれており、部屋が空かないなどのトラブルのときはそこから電話することも可能だ。ドアは一般的なホテルと同じように、扉を閉じると、自動的にロックがかかるオートロックを採用しており、安心して利用できる。

各部屋のキーはPINコードを入力する方式を採用。カギ穴もないので、カギの紛失などの心配もない。操作方法は日本語、英語、韓国語、英語で書かれている

 今回宿泊する部屋は、2段ベッドが2つ設置され、4人が宿泊できるタイプだった。ベッドは一般のホテルに設置されているような家具と違い、ナチュラルなデザインで仕上げられていた。部屋にはソファや冷蔵庫、簡易キッチンがあり、キッチンには食器も備えられているため、簡単な自炊もできそうな印象だ。元々、ビルのフロアの一部を部屋にしているため、一般的なホテルに比べると、なかなか広いが、エアコンは業務用などに使われる天井カセット型が設置され、かなり効きも良かった。

 トイレやシャワーはビジネスホテルなどに多いユニットバスのタイプではなく、自室内の区切られた区画に設置されていた。洗面台や鏡などもあり、歯ブラシなどのアメニティもひと通り揃っていた。元々、ビルのテナントが入るエリアということもあり、一般的なホテルに比べ、かなり窓が大きいのも特徴的だった。プライバシーと陽射しのため、大型のブラインドが備えられていた。今回宿泊したエリアは、周囲に飲食店などがあるため、夜間の騒音などを心配していたが、風営法の関係か、夜半以降は静かに過ごすことができた。

事業戦略発表会の後半ではトークセッションが行なわれ、株式会社Hostyの末永愛恵氏もお子さんを抱きかかえて登壇。ママさんスタッフとして参加する楽しみを語った

 Hostyが展開するシェアフロント型ホテル「mizuka」は、今のところ、福岡のみに展開されているが、今後、KDDIと共に、東京への展開を予定しており、スマートフォンを利用したサービスの展開も視野に入れているという。訪日外国人旅行者のニーズに応える体制が魅力的である一方、国内の家族ユーザーにも魅力的なサービスであり、今後のさらなる展開に期待したい。