ケータイ用語の基礎知識

第750回:ResearchKit とは

 「ResearchKit」(リサーチキット)は、米アップルが提供する、医療研究アプリ向けのフレームワークです。このキットを使ったアプリでは、iPhoneに内蔵されている加速度センサー、ジャイロスコープ、マイク、GPSといったセンサー類の情報を取得できます。そして、ユーザーが許可していれば、そのアプリから集めた情報を、大学や病院などに送信できます。

 また、同じくアップルの開発したフレームワークで、健康・フィットネス情報を扱う「HealthKit」(ヘルスキット)とシームレスに連携することもできます。たとえば歩数などの情報を記録しつつ、摂取カロリーや身体測定値といったデータをリンクさせることも可能です。

 日本国内では、2015年11月、慶應義塾大学医学部がResearchKitを使ったiPhoneアプリ「Heart & Brain」を公開し、臨床研究を開始しました。この臨床研究では、心房細動という不整脈の早期診断や早期予防を、スマートフォンやウェアラブルデバイス、アプリを用いて行えないか研究します。協力するユーザーは、「Heart & Brain」アプリを使用し、不整脈・脳梗塞のリスク、生活の質に関する質問票に回答したり、iPhoneやApple Watchのセンサーで集積したデータを提供し解析してもらうことができます。

 同じく、東京大学も、糖尿病患者・糖尿病予備群のユーザーが自己管理に活用しつつ、臨床研究に協力できるiPhoneアプリ「GlucoNote」を公開しました。そして、順天堂大学からはロコモーティブシンドローム、パーキンソン病、ぜんそくの研究のためにiPhoneアプリ「ロコモニター」「iPARKSTUDY」「ぜんそくログ」と、ResearchKitを利用したアプリを公開したと、ニュースでも伝えられています。

 これらアプリに使われている「ResearchKit」は現在、GitHubを通じてオープンソースで配布されています。医療関係者や研究者であれば誰でも、iPhoneを使った健康関連データを収集するアプリを開発、配布できるようになっています。

 ResearchKitを使ったアプリが利用可能な端末は、iPhone 5以降(iOS 8以降)と現行世代のiPod touchです。データとしては、先述したようにiPhone内蔵の加速度センサー、ジャイロスコープ、マイクやGPSに加えて、加えてiPhoneに紐付けられたApple Watchからのデータも取得可能です。

より多くの人から健康情報を入手する研究が可能に

 これまでの医学研究は、研究協力者が病院や研究機関に出向いて参加するのが普通で、協力者にとっても負担感が大きいという問題がありました。しかし、研究によっては、多くの人に参加してもらい広く多くのデータを収集した方が都合がよいケースも多くあります。先ほどの慶応義塾大学での研究などもそのケースのひとつでしょう。

 ResearchKitを使用することによって、スマートフォンさえ持っていれば、遠くにいる人でも手軽に参加できるようになり、効率的に、広く協力者を募れるようになります。日本国内だけでも、広く普及しているiPhoneが使えるということは、そのユーザーのうち、1%に満たないユーザーだったとしても、万単位で被験者のデータを集められるのです。

 ちなみに、ResearchKitで取得、送信されるデータはアップルを経由することなく、端末から直接医療機関に送信されるため、アップルに個人情報が漏れるようなことはありません。

 ResearchKitは、日本以外の研究機関でも使われています。特にアップルの本社の所在地でもある米国では、2015年のResearchKitのリリース以降、非常に多くの研究機関・医療機関がアプリを公開しています。これらは多くの研究に使われ、また逆に医療機関から利用者に疾患の管理などに役立つ情報などを提供しているケースもあります。

 たとえば、ResearchKitが発表された際に公開された「Asthma Health by Mount Sinai」というアプリは、米国在住の18歳以上のぜんそく患者を対象にし、患者の日常の活動と、日中、夜間の喘息発作状況、吸入器の使用状況、ピークフロー値、それに血中の酸素濃度を測るパルスオキシメーターといった機器で採取した情報を8600人以上の協力者から集めることに成功しました。これによって、研究チームは、吸入器の使用タイミングや、運動量などと発作の因果関係といった情報について、より詳細に知ることができたのです。
 また、研究チームは、これら研究協力者とiPhoneを利用して連絡を取り、さまざまな医療に関わるアドバイスを出しました。これにより、参加したAsthma Healthアプリでは、ユーザーがいる付近の大気汚染の状況を表示したり、吸入器の推奨される使用タイミングを表示し、喘息患者の自己管理をより支援しています。

 日本国内では、海外で使われているアプリの機能によっては、医師法や保助看法で定める医療行為に該当するため、そのまま同じ機能が利用できるようにはなりませんが、法律の許す範囲で国内でも主治医と共有できたり、医療アドバイスが受けられたりすることが期待されます。

ResearchKitを利用した、慶応義塾大学のiPhoneアプリ「Heart & Brain」。小脳の障がいによる運動失調といった現象に関するデータを収集、研究機関に送ることができる。ユーザー自身もそのデータを閲覧することが可能だ

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)