インタビュー
年末年始の移動に必携のナビアプリ開発の裏側
年末年始の移動に必携のナビアプリ開発の裏側
「いつもNAVI」を核に据えたゼンリンデータコムの“子アプリ”戦略
(2014/12/24 12:17)
詳細な住宅地図データを保有し、車載ナビゲーションシステムへの採用も多いゼンリンデータコム。そのデータと実績を活かしたスマートフォン用ナビアプリ「いつもNAVI」において、同社は新たな戦略を模索し始めている。
徒歩、電車、自動車での移動をナビしてくれる「いつもNAVI[マルチ]」(以下マルチ)と、カーナビに特化した「いつもNAVI[ドライブ]」(以下ドライブ)という2本のアプリを中核に据え、前者は「みんなで位置共有 -by いつもNAVI-」と「東京 DELICIOUS CLUB -by いつもNAVI-」の2つを、後者は「ルート沿い検索 -by いつもNAVI-」と「オービス&取締通知 -by いつもNAVI-」の2つを、それぞれ“子アプリ”として連携させる構成とした。
「マルチ」と「ドライブ」を含め、6アプリとも一部機能を除き無料で利用できる。ただし、この核となる2本のアプリで月額・年額払いの有料会員として登録すると、全機能が使えるようになるだけでなく、それぞれの子アプリの深い機能も利用できるようになる仕組みだ。構成や仕組みだけ聞くと複雑に感じるが、なぜこのようなスタイルを取ったのだろうか。ゼンリンデータコムで「いつもNAVI」の企画・開発に携わる大垣氏に話を伺った。
核となる2つのアプリと、4つの“子アプリ”に分けた理由
――ナビ関連のアプリということであれば、1つのアプリに機能をまとめた方が、ユーザーとしては美しく見えるところもあるんじゃないかと思います。なぜ今回6つのアプリに分けたのでしょうか。
大垣氏
これらの分かれている子アプリは、「こういうのがあったらいいよね」と思うような機能を実現したものです。たとえば奥多摩へキャンプしに行く時に、お酒を売っているコンビニに寄りたいと思ったら、ナビで検索する場所は目的地周辺である必然性はなく、ルートの途中でもいいですし、出発地の近くでもいいわけです。「ルート沿い検索」なら、「ドライブ」で目的地までナビしてもらっている間に、ルート沿いの酒を売っているコンビニに寄るのも簡単です。
頑張れば「マルチ」や「ドライブ」の中に、それぞれの子アプリの機能を全部入れられるとは思います。でも、1つのアプリに入れてしまうと、その機能が目立たなくなってしまいます。高機能化すれば物が売れるという時代はもう終わりました。アプリ名もそうですが、入り口を分かりやすいアプリに仕立てることで、間口を広げたかった。ユーザーのニーズに応える、ユーザーの分かりやすい位置にある、ということを意識して商品構成を考えたんです。
――確かに、多機能なアプリだと、どこに何があるのか分からず、結局特定の機能しか使わないことが多いですね。
大垣氏
たぶん一般的な車載ナビでも、「こんな機能があったんだ」と思うような、ユーザーが気付きにくい機能が埋もれているんじゃないでしょうか。そういうのは“外出し”しないとユーザーの目に触れないですし、もったいないですよね。
親アプリである「マルチ」や「ドライブ」の主要機能を深掘りし、よりユーザーに見えやすく、使いやすくする子アプリとして独立させて、欲しいと思う機能を外出しにして利用率を高め、親アプリにつなげるという考え方が、今回の商品構成と機能の特徴ですね。
それと、もう1つ理由として大きいのはUIの問題です。クルマのナビにはそれに適した見せ方があるでしょうし、徒歩ナビ・乗り換えはそれに特化したUIがあるでしょう。子アプリも同じで、子アプリ化によって単機能に適した見せ方にでき、アプリストアで名前で検索すればヒットしやすくなるのも、間口を広げるという意味ではメリットになります。
――アプリは6種類ですが、有料会員登録が行えるのは「マルチ」と「ドライブ」のみなんですね。
大垣氏
今回はビジネスモデルを変えましょうというところからスタートしました。ある程度までは無料で使えるけれど、核となっている「マルチ」や「ドライブ」の会員になると、それらの機能が全部使えるだけでなく、それぞれの子アプリの深い機能まで使えるようになります。
似たような機能を備えた単体アプリは、他のデベロッパーからもたくさんリリースされていて、しかも安価だったり無料だったりします。ですから、「マルチ」や「ドライブ」という単体商品で勝負するのではなく、周辺にある子アプリと一緒に使えるようにすることでお得に感じてもらおう、というのが分けた理由の1つでもあります。子アプリだけで有料化することは考えていません。
――親アプリが「マルチ」と「ドライブ」の2本になったのは何か理由があるのでしょうか。それぞれのユーザーのニーズが全く違うからですか?
大垣氏
そうですね、違うと思っています。特に「ドライブ」のユーザーにとっては、ドライブに特化したUIやコンテンツが必要でしょう。3D地図がいいとか、レーンtoレーンのガイドが欲しいとか、クルマに乗っている人ならその人なりに欲しい機能・要望が出てきますので。
――子アプリ化することで開発上のメリットはあるのでしょうか。
大垣氏
技術的な面では開発期間の短縮が一番大きいですね。全部の機能を1つのアプリにまとめようとすると、開発期間がどうしてもかかってしまいます。子アプリに分けることで、外部連携するところの仕様さえ決めておけば開発はパラレルに走らせることができますし、海外へ開発を発注することでコストの圧縮もできます。
わかりやすさ、使いやすさ、お得感と地図データの強みを前面に
――子アプリが4つありますが、どんな風に使えるのかいくつか教えていただけますか。
大垣氏
まず「マルチ」の子アプリである「東京 DELICIOUS CLUB」ですが、各世代を代表するような男性・女性のペルソナが登場して、ユーザーが自分に近いペルソナを選択すると、ペルソナに合った店、つまり自分に合った店を簡単に検索できるようになっています。単にレストランを探したいのであれば、他のWebサービスで検索してもいいのですが、そこで表示される評価の星の数と自分の好みは別ですよね。
「東京 DELICIOUS CLUB」の場合は、20代のガッツリ食べるペルソナを選ぶと、そういうガッツリ系の店ばかり表示されます。あるいは、お金持ちで高級車に乗っている50代の部長職はどういうレストランに行きたいんだろう、30代OLはこういう店に行きたいのでは、といった観点から店を絞り込むことができます。7人のペルソナがいますが、最初に選んだペルソナに自分の嗜好が合わない時は、気分に合わせてペルソナを変えてもかまいません。
「東京 DELICIOUS CLUB」であれば、選りすぐられた中から自分に適した店を見つけやすくなります。そこから「マルチ」のナビ機能で道案内してくれるので、すぐに食べに行けます。
――それらの飲食店の情報は他社と連携して?
大垣氏
いえ、実は全部自社コンテンツなんです。基本的には全部自社で情報を集めて作りました。今のところ都内だけで8000店舗の情報を網羅しています。
――これからの季節だと「みんなで位置共有」も便利そうですね。
大垣氏
「みんなで位置共有」は、忘年会や新年会などでメンバーを集めてあらかじめグループを作っておくと、開始時間に遅れた人がいたとしてもどこにいるのかわかります。位置共有の機能に加えてチャット機能もあって、メッセージアプリを別途立ち上げることなく、すぐにアプリ内でメッセージ交換できますし、会場への行き方を知りたければ「マルチ」で案内してくれます。みんなで集合場所となる目的地を決めることができ、そこに到着時刻の予定も入れられて、誰が何時に着くのかもわかりますから、待ち合わせに必要な要素は全て含まれていると思っています。
ただ、位置情報を共有することに対してみなさん敏感なようです。ユーザーニーズ調査を行ったところでは、いつまで位置情報を共有されるのかわからないのがすごく不安だと。では、どうしたらその不安を解消できるかということで、時間制限を設けたんです。タイマーで24時間以上は位置情報を共有できないようにして、もう1回集まりたい時、延長したい時は、再度“合言葉”を使えばできるようにしたので、うまく不安を解消できたと思っています。
――「ドライブ」側の子アプリはより目的がはっきりしている感じですね。
大垣氏
「ルート沿い検索」は、ルート沿いの施設だけ知りたい時に使えるアプリですね。指定した目的地に向かう間で、昼頃にご飯を食べたいなと思った時にその周辺の店が探しやすくなります。ガソリンスタンドも探せて、店舗ごとのガソリン価格も表示できます。店のメンバーズカードを持っていて、系列会社やチェーンを決めて利用している人も多いので、そのブランドで絞り込み検索できるようにもなっています。
現在は道路両脇の施設を表示できますが、近いうちに有料機能で、道路の両側だけでなく左側の店のみ、といった形でも指定できるようにする予定です。また、道路から見えない少し奥まったところにある店がわかるようにもなります。道路の左側で、自分の利用したい系列のガソリンスタンドで、一番安いところを選んで入る、という使い方も可能になります。
――カーナビアプリは、他社が無料でリリースするなど、ライバルが増えてきていますね。御社としての強みはどこにあると考えていますか。
大垣氏
丁寧な案内をずっと昔から心がけていますね。そこを追求していかないと、と思っています。他社は無料な反面、条件設定を1つしかできないとか、何かを割り切っているところがあるんです。無料である分、機能はすごくシンプルなんですよね。
しかし、我々は有料なので、できる限り施設情報を多くして、条件設定なども可能な限り増やしたい。無料アプリに勝つには、無料で対抗するだけでは勝てないし、良くて引き分けです。条件設定の豊富さ、地図の見やすさ、最新の地図であるとか、かゆいところに手が届くアプリを追求していくことが、無料アプリに勝つには重要なところだと思っています。
また、単体アプリとしては機能面、コンテンツ面などで差別化していますが、単純に値段で選ぶ人にも、他に便利な子アプリあることで、「1個買ったら3個フルに使える」というお得感で他の無料アプリに勝つチャンスがあるはずです。もっと多様性がもたせられる子アプリを作れれば、それなりの市場を作れるのではと考えています。
――ゼンリングループとしては詳細な住宅地図などを保有していますが、そういったデータ面ではいかがでしょうか。
大垣氏
ナビゲーション技術って、どの会社のシステムでもそんなに変わらないんですよね。でも、地図を持っているビッグデータとしての力は我々が一番高いわけで、我々が出せる特徴は地図にしかないとも思っています。だから「ドライブ」についても、ゼンリンの最新地図を使用していることをうたっています。
多くの人は知らない場所へ行く時にナビを使うわけですが、古いデータの車載カーナビやナビアプリだと、新しい橋やトンネルができていても川や山の上を走ったりして、初めての場所なのに正しくナビしてくれないことがあります。そういうこともあって、クルマ(カーナビ)を買って5年経ってるからスマホのカーナビにしよう、と考える人もいます。そこで、「ゼンリンの地図だと常に情報が新しくて情報が豊富だ」ということを意識させられればと思っています。
子アプリは徐々に増やす
――現在は月額・年額支払いによる定期購読ですが、他社では買い切りの形で提供しているものがあり、ゲームだとアイテム課金もあります。そういった課金手段についてはどう考えていますか。
大垣氏
悩んでいます。ただ、こういうツール系のアプリって、必要な時にしか使わないので、ゲームのようにアイテム課金しても収益の絵を描きにくいんです。特にナビアプリは、フィーチャーフォン時代から保険的に使っている人が多いので、使いたい時にすぐ使えるよう、アイテム課金ではなく定期購読としています。おまけに子アプリも使える、と。
――今後、子アプリは増やしていくのでしょうか? 増やすとすればどんなペースで?
大垣氏
もちろん子アプリは少しずつ増やしていきます。2015年3月に1本、お盆前あたりに1本か2本追加したいですね。今は「マルチ」や「ドライブ」に埋もれている機能を分かりやすくなるよう外に出したり、「こんなのがあったらいいな」という機能の子アプリを新たに加えることを考えています。
たとえば、今はさまざまなポイントサービスがあって、特定のポイントを集中的に集めている人もいますよね。だから自分が行くコンビニは決まっている、という人に向けて、そのコンビニチェーンしか表示しない地図アプリもありえます。そういうのは、「マルチ」の1機能としてあってもわかりにくいけれど、子アプリとして外出しになっていたらわかりやすい。すでにあるけれど、より目立たせる、さらに高機能にする子アプリができれば、心に響くんじゃないでしょうか。
――個人的にはしっかりしたトイレマップがほしいと思ったりもしますが。
大垣氏
「マルチ」では地図の差し替えみたいなこともやりたいんです。iOS向けに「恋するマップ~女子ちず~」というアプリを出していて、女性向けに都内のきれいなトイレなどを探せる機能があるんですが、そういうトイレだけのマップに差し替えられるのもいいですよね。
それと、ペットを連れて旅行している人は、ドッグランのある場所を知りたくないのかな、とか思ったりもしています。そういう視点で地図のあり方を考えて、ユーザーのニーズに応えていけるようなものにしていきたいですね。
――今後、子アプリをたくさん作っていくとなると、施設情報や関連情報などを自社ではカバーしきれなくなることもあるかもしれませんが、その場合は他社との連携も?
大垣氏
もちろんです。自社のデータであることにこだわりはないですから、もし他社と連携することで良いものができるなら、そしてユーザーに受けるものであれば、積極的にやろうと思っています。
――増えていった時に、子アプリで課金したり、親アプリを値上げすることは?
大垣氏
子アプリが増えたとしても、今のところは値上げは考えていません。それよりは便利な子アプリを用意して、親アプリである「マルチ」と「ドライブ」の方へ誘導したいですね。
――最近ではIngressのような位置情報を利用したゲームで、どう効率的に巡回するか真剣に考える人もいます。そういったものに適したナビアプリがあってもいいのかなと思いますが。
大垣氏
我々のアプリは、目的地に着くのに最短、最安のルートを引いてくれるのがウリの1つでもあります。あえて遠回りするようなルートを紹介することは考えていませんし、どれくらいのユーザーがそういう機能を欲しいと思っているのか検証してからでないと、実装するのは難しいですね。
でも、徒歩+電車だけではなくて、徒歩+クルマや、電車+クルマのような組み合わせのナビを作るのはもしかしたらアリかもしれません。“190円で電車一筆書きの旅”みたいなことを実行されている方もいらっしゃるようですし、それを子アプリで実現するのはいいアイデアだと思います。
――本日はありがとうございました。