インタビュー

キーパーソンインタビュー

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KDDIアメリカに聞く「KDDI Open Innovation Fund」の役割

 KDDIは、有望なベンチャー企業に出資、協業する枠組みとして、2012年2月に「KDDI Open Innovation Fund」の運用を開始した。このファンドはこれまで15社に対して出資を行っている。出資対象は国内外を問わず、海外企業の発掘にも積極的だ。

 ファンドの設立に先がけ、同社は2011年に米・サンフランシスコに小規模な拠点を設立。ベンチャー企業や設立後間もないスタートアップとの関係を強化している。海外企業としては、これまで子ども用タブレットの「nabi」シリーズを開発する米・Fuhuや、タクシー配車アプリを展開する英・Hailoに出資を行ってきた。

 こうした活動を米国で行っているのが、KDDIアメリカの豊川栄二氏だ。本誌はKDDIが開催した豊川氏へのグループインタビューに参加し、同社が米国でベンチャー企業との関係を強化する狙いや、スマートフォン先進国である米国のトレンドなどを聞く機会を得た。豊川氏に対する主な一問一答は以下の通りとなる。

KDDIアメリカのシニアマネージャー、豊川栄二氏

――最初に、サンフランシスコにある拠点の役割や、KDDI Open Innovation Fundについての概要を改めて教えてください。

 2011年6月にサンフランシスコのオフィスを開設し、その半年後ぐらいに、こちらの会社にスムーズな出資ができるよう、KDDI Open Innovation Fundが立ち上がりました。ここから、海外のベンチャー企業にどんどん出資をしていくということになりました。

 今まで、このファンドからは15社に出資を行ってきました。日本も対象になっていて日本の企業がほとんどですが、海外企業にも2社出資をしています。その1社目になったのがFuhuという子ども向けのタブレットを作っている会社です。こちらは7月頭に、「こどもパーク」という形で、(日本でのサービスが)具現化しました。このように、KDDI Open Innovation Fundは出資によってキャピタルゲインを得るだけでなく、協業ビジネスで事業として売上げを上げることにも重きを置いています。

 日々どういう活動をしているかというと、我々がこちらに来たときはKDDIを知らない人がほとんどの中で、まずは人脈を作るところから始めました。結果を出さないとなかなか認められないこともありますが、すぐに結果が出るビジネスではないので苦戦もしました。ただ、日本で第2位の通信事業者ということもあり、事業化計画をしっかり協議して、メイクセンス(道理にかなう)な提案を続けていけば、信頼関係もできてきます。一度信頼関係が作れれば、あとは横につながっていき、人間関係が構築できます。

 どういうところとの関係ができるのかというと、1つにはベンチャーキャピタルがあります。彼らの持っている情報はすばらしく、雨後のたけのこのように出てきているスタートアップを厳選しています。こちらでは、彼らのネットワークにアクセスするのがキーになります。

 また、アポを入れて話に行くということもありますが、こちら側からも情報をどんどんギブしています。ベンチャーキャピタルのポートフォリオの中で、日本展開をしたい会社もありますからね。そういうところには、日本ではこういうものが流行っているから、こういう展開をしたらいいという情報を与えます。そうした場として、開催しているのがパーティーです。1回目には田中(代表取締役社長)に来てもらい、ベンチャーキャピタルや我々が注目しているベンチャー企業70社ぐらいを呼んで会ってもらいました。2年目には高橋(代表取締役執行役員専務)が参加しています。3回目は今月末を予定していますが、今回は重役を呼ぶのではなく、今まで作った我々の人脈をさらに深めるのが目的で、もう少しカジュアルなミートアップパーティーにするつもりです。

 もちろん、こちらでPR活動もしていかなければなりません。先ほど、KDDIはあまり知名度がなかったと申し上げましたが、日本で「auスマートパス」の会員が500万を突破したというニュースは、こちらの人たちも知りたい情報でした。このような話を、「TechCrunch」などに持って行き、記事化してもらうという活動もしています。auスマートパスが500万会員を突破したときは反響も大きく、ぜひ話を聞きたいという連絡や、auスマートパスに入れさせてくれという声もいただきました。

 特に力を入れているのが、今まで説明してきた人脈構築とPR活動です。この1~2年でKDDIの名前も知れ渡ってきて、スタートアップと会うとKDDIを知っている率が高くなったというのは、肌感覚としてあります。

サンフランシスコの拠点は、市内中心部のビルにあるシェアオフィス。ここに2名が常駐し、ベンチャー企業との関係強化を図っている

――Fuhuへの出資に関わられていますが、出資の決め手はどこにあったのでしょうか。

 ファンドを立ち上げたとき、5つの注力領域を決めています。それがエンターテインメント、ツール系アプリ、ゲーム、ヘルスケア、知育です。そこからどういう風に事業化するのかの青写真を決め、合致する会社を洗い出していきました。その中で一番組みやすいと思ったのがFuhuです。

 Fuhuはタブレットを作っているメーカーではありますが、ソフトウェアがキーになっている会社です。端末自体はFoxconnに委託生産していて、中で動くソフトウェアの開発に力があります。そこが1つのポイントになりました。

 ただ、子ども向けのプラットフォームを作ったところで、コンテンツが集まらなければ話になりません。その点、Fuhuはロサンゼルスに会社があり、ハリウッドのスタジオやディズニーといったコンテンツプロバイダーとも非常に密な関係を持っています。これが出資を決めた理由です。

――先ほど海外企業への出資は2つあるとおっしゃっていましたが、Fuhu以外にはどこがありますか。

 Hailoという、イギリスのタクシーアプリを作っている会社です。日本では日本交通さんなどがタクシーアプリを出していますが、その牙城を崩そうとがんばっています。こちらは出資したとき、すでに日本法人があり、日本に乗り込む気も満々でした。Hailoはそういう意味でもやろうとなった案件です。

――海外企業への出資は今のところ2件ですが、今後どのくらいまで増やしていくつもりですか。

 年に4~5件は出資していきたいですね。我々のファンドは、グローバルブレインさんと一緒に作っています。彼らは元々ベンチャーキャピタルをやっていて、こちらにも1人駐在の日本人がいます。その方と我々2人で出資先を探しています。それは大変心強いですし、4件という数字は不可能ではないと思います。

――先ほど挙げた5つの領域の中で、手厚くしたいジャンルはありますか。

 ゲームはやりたいですね。やはりスマートフォンの世界でマネタイズできるのは、ゲームです。ヒットしたときのリターンも大きいですからね。個人的には、ヘルスケアの分野も、ものにしたいと思います。

 エンターテインメントは広いジャンルで、音楽も映像も書籍もありますが、それは日本でもやっています。その域を超える、新しいエンターテインメントサービスが出てきたらいいと、常にアンテナを張っているところです。エンターテインメントがこの3つのわけはないですからね。

――今、auにあるサービスとの住み分けも必要になると思います。

 既存のサービスとのカニバリ(競合)は、なかなか難しい問題です。カニバらないもの、もしくはそのサービスの魅力を増すものであればいいと思います。たとえば、auにはビデオパスというサービスがありますが、あれをより使ってもらえるようなものはあると思います。こちらだと、ビデオディスカバリーサービスというものが結構あり、たとえばFacebookでつながっている友達が見た映像を途切れないUIでまとめてくれます。こういったサービスをビデオパスと上手く連携して、もっと見てもらえる仕組みは検討しているところです。

 ほかにもケーブルテレビ事業でやっているAndroidのセットトップボックスがありますが、これの魅力を高めるサービスにも注目しています。

――日本に持ってくるときに、何か味付けが必要でしょうか。

 分かりやすいのはゲームで、こちらのものをそのまま持っていっても、テイストが合いません。AppStoreのゲームランキングを見ても、海外系でランクインしているのは数社です。画風が異なっていたり、日本人が好きそうなゲームの流れになっていないなど原因はいくつかありますが、こちらのゲームを流行らせることはやっていきたいと思っています。

 一方で、技術的に優位性がそれほどないものは、日本でコピーが出てきて、そこが勝ってしまいます。例えばこちらではYelpという情報サイトがありますが、既に「食べログ」なり「タウンページ」なりがある中で、日本での展開は非常に苦しいと思います。ほかにも、文化的に流行らない、規制で流行らないサービスもありますね。エアB&B(個人宅の空き部屋の貸出をネットで仲介するサービス)のようなものは、日本だと何かあったときに責任を取らなければならなくなります。こちらは若気の至りで許されてしまうところはありますが、日本だと何か事件になったら、その会社自体が存続するのが難しくなります。

――サンフランシスコには「Uber」というタクシー配車アプリを開発した会社もあります。KDDI Open Innovation Fundの出資したHailoもタクシーアプリですが、そういったこれからトレンドになりそうな分野を教えてください。

 タクシー関連でいうと、今サンフランシスコではUberではなく、「Lyft」が盛り上がっています。どういうサービスかというと、まず個人がLyftに申請をして問題ないとなると、自分の車のバンパーにピンク色の“ヒゲ”のような飾りをつけます。ほかのユーザーがスマートフォンで、例えばここからゴールデンゲートブリッジに行きたいと入れると、近くのヒゲをつけたドライバー(Lyftのユーザー)が来てくれる仕組みです。料金は大体の目安が決まっていて、ドネーション(寄付)という形でドライバーに支払います。そういう会社が、Lyftのほかにも2つか3つ、出てきています。

――ヒッチハイクをスマートフォンで行うようなサービスですね。車関連のサービス以外では、何がありますか。

 SNSでは、第2のFacebookというか、もう少し細分化されたサービスが流行りつつあります。こちらの中高生に話を聞くと、学校からFacebookを使ってはいけないと言われているようです。となると、彼らはFacebook以外を使い始めます。それで流行ったのが「Instagram」で、それもダメだと言われると「Snapchat」に行ったりします。

 ほかにも、カップル向けのSNSや、子どもを持っている母親専用のSNSといったものがあり、SNSが細分化されている印象です。

――決済系のサービスはいかがでしょうか。

 すごい勢いで出てきましたが、最近はちょっと落ち着いています。「Square」に分があるという流れになっているのではないでしょうか。

――決め手はどこにあったのでしょうか。

 いち早く外付け機器で決済できるプラットフォームを作ったのと、やはりジャック・ドーシーの力が大きいですね。彼は、スタートアップのアイドル的な存在です。こちらのベンチャーキャピタルと話していて気づくのは、人で出資をするケースが多いということです。分かりやすい例で言うと、ショーン・パーカーが「Airtime」という会社を1年以上前に作りました。もちろん、そのときにはプロダクトはありませんが、1年前にファンドレイジング(資金集め)して数十億円が集まっています。CEOのパーソナリティで、それだけのお金が集まるということです。

――活動をしていく中で、日本の企業はこうすれば戦えるというような視点はありますか。

 シリコンバレーにはエコシステムが出来上がっています。金、人、物、情報が集まっていて、ここで成功することが世界で成功することへの近道です。日本で流行っても世界で成功するとは限らないですし、その確率も低いので、最初からシリコンバレーは視野に入れるべきだと思います。

――ありがとうございました。

石野 純也