「EXILIM Phone C721」誕生秘話
タフでスタイリッシュな米国向けEXILIMケータイ
EXILIM Phone C721 |
6月10日、カシオとしては米国向け端末第4弾となる「EXILIM Phone C721」が発売された。EXILIMの名を冠しながらも、防水機能も備え、アメリカ国防総省が制定したMIL規格を取得するなど、日本向けとは違ったアプローチがなされているのが特徴だ。
そこで、カシオ日立モバイルコミュニケーションズ 第一事業部 海外企画チーム チームリーダー高橋央氏と、開発設計本部 機構設計グループの田中基之氏に、アメリカのケータイ事情など交えつつ、開発コンセプトなどを伺った。
■開発コンセプト
高橋央氏 |
田中基之氏 |
――海外向けの防水EXILIMケータイということですが、まずは開発コンセプトからお願いします。
高橋氏
2006年に海外向けG'zOneの初号機「G'zOne TYPE-V」を出してから、2007年の「TYPE-S」、2008年の「Boulder」と毎年1モデルずつリリースしていったわけですが、このジャンルだけでなく、「お客様が喜ぶ端末ってなんだろう?」と考えまして、カメラコンセプトの端末にたどり着きました。
そこで米国の実情を把握するためにも、現地で様々な調査を実施したんですね。すると、まだカメラコンセプトのモデルがないということや、二軸というスタイルのケータイが皆無に等しいということで、男女問わず非常に好評でした。あちらの方はカシャッというメカ的な動きが結構好きなんですが、カメラコンセプトであることと、二軸のカメラスタイルというのが特にウケまして、主婦の方やお子さんをお持ちの女性も「これ格好いい!」といって反応が非常によかったんです。
ですので、カメラを楽しくご利用いただけるというコンセプトで、すでに投入しているG'zOneの市場を踏まえて、カメラ+防水というキーワードで開発を進めました。
――対衝撃性能もあるEXILIMブランドになるわけですよね。
高橋氏
そうなんです。G'zOneのカメラ機能なのか、カメラコンセプトのG'zOne性能なのかという点で非常に迷いました。G'zOneには「唯一なるもの」というコンセプトがありますが、最終的にはカメラとしての使い方を重視し、一番格好いいデザインで、どこでもカメラが使えるように防水性能があるものという形で進みました。
――北米のデジカメ市場的に、EXILIMはどのようなポジションにあるんですか?
高橋氏
日本に近いですね。現地の方にEXILIMと言うと「デジカメでしょ」というのはもちろんですが、薄いとか、手軽という認識のされ方をしています。
――つまり対衝撃性能もあるEXILIMというブランドになるわけですよね。デジカメとしては防水のEXILIM自体がまだないわけですが、それはカメラ部隊から何か言われたりしなかったんですか?
高橋氏
カメラ部隊にはデザインやコンセプトをきちんと説明をしたうえで了承を得ています。もしデザインがカメラEXILIMの顔にならなかったら、この端末はありえませんでしたね。その分、ものすごく気を遣いました。
■カメラコンセプトだから光学3倍ズーム
――デザイン的には日本のEXILIMケータイにかなり近い印象はあるんですが、海外向けに出すにあたり、あえて日本と変えた部分はあるんでしょうか。
高橋氏
やはり「防水」と5.1メガでの「光学3倍ズーム」でしょうか。お客様へのヒアリングやキャリアさんとの打ち合わせの中でも、光学3倍ズームへの要望は非常に高かったですね。「カメラコンセプトなんでしょ? 被写体に近づけないような広い場所で使うのにズームがないなんて、そんなのありえないでしょ?」と(笑)。当初はなくてもいいかなと思って調査してみたんですが、それだけは入れてくれという話になりまして、6段階で光学3倍ズームができるようになっています。
ただ厚さが厳しかったですね。ある意味初の取り組みだったんで、EXILIMのデザインを重視するというところと、相反する部分なんですよ。光学ズームと防水の機構が加わることで通常のEXILIMでできるデザインができなくなってくるわけです。EXILIMの品格の良さを変えないよう機構部隊と言い争いながら、仕様と機能を盛り込んだというのがポイントになります。弊社の8メガ端末が17.4mmなんですが、これは19.9mm。結果的に厚さを無視してでも光学ズームをいれて、カメラコンセプトで「唯一なるもの」にチャレンジしてみました。
あとは、テレビ出力が可能なことと、カメラのシャッター音をオフにできる点も違いますね。あちらではデジカメで撮った写真をTVで家族団らんで見たいというニーズがあるんです。日本ではあまりそいう考え方自体がないわけですが、デジカメ売り場でもAVケーブルをつないで、テレビに映してデモしてたりするんですよ。そこで引きがよかったこともあり、スライドショーの再生時間も、3秒、5秒、30秒、180秒と変えて、また充電しながらテレビで見られるという点にこだわりました。
カメラのシャッター音についてですが、日本では盗撮問題などがあるためシャッター音をオフにできないわけですが、これもあちらならではの考え方がありまして。「シャッター音が消せるようにするのは問題ではないか」と言ったところ「そんな馬鹿な! いい“カメラ”なんだから、当然オフにできるよね。静かな場所で撮りたい時あるよね。ピアノの発表会なんかで音が消せないと困るよね!」という具合で、自分で決めるだろうというわけです。
――なるほど(笑)。手ブレとかそのあたりは一通り日本のEXILIMケータイと同等のエンジン積まれてるんですか?
高橋氏
はい、だいたいそうですね。光学3倍ズームという点を除けば、ほぼ同じ機能が搭載されています。特に機能は同じになるようにしたんです。モジュール、ソフト、ハードにしても、統一性を持たせようかなと。
――機能的には、日本の端末と比較するとワンセグやおサイフケータイのような機能が当然ない状態だと思いますが、そのほかはほぼ全部を網羅したような感じですね。
高橋氏
これ、今現地で279ドル(2年契約)で売られてるんです。日本の端末に比べたら安いイメージですが、あちらでは100ドルというのが一つの基準になってますので、それと比べたら非常に高いモデルになるわけです。ですからメールやブラウザのほかにBluetoothにも対応してますし、16GBのmicroSDHCもサポートしています。大人の事情で表向きは8GB対応といっていますが、16GBまで検証してます(笑)。カメラコンセプトを打ち出しながら「やっぱりこれを買ってよかったね」と満足していただけるような機能はしっかり搭載しています。
――USBクレードルにも対応しているようですが、これも海外では初めてですか?
高橋氏
Windows Mobile端末ではありますが、普通のタイプとしては初めてだと思います。特にPCシンクロでフォトアルバムが再生できるが特徴です。あちらはオフィスのデスクに家族の写真を飾る文化もありますし、会社のパソコンの横で充電しているという話を聞いてましたので、クレードルにセットした状態で写真をスライドショーで見せたところ、「おお! これはいいね。俺のパソコンの横においておけば、いつでも家族の写真が見られる! これは便利だ!」と大変喜ばれました(笑)。
■北米のケータイ事情とデザインへのニーズ
――ケータイ文化について、日本と北米ではどれくらいの差があるんでしょうか。
高橋氏
iPhoneはアメリカで登場してますから、技術的に差があるとかそういうことはあまり無いと思います。ただ日本とは進化の仕方が全然違ってますね。日本の場合、ベーシックな音声端末からEZwebとかiモードなどが登場して、さらにカメラがついて、メールをガンガン送受信するようになって……という進化だったと思うんですが、向こうはずっと通話中心で来て、あるときiPhoneの登場によって突然フルブラウザになっちゃったという感じです。車社会なので、日本のように電車のつり革に掴まりながらメールを打ったりWebを見るというシーンが少ないというのも一つの理由かもしれません。
もちろん途中に何もなかったわけじゃなくて、ゲームや着うたのようなサービスもあったんですけども、すごく少なくて、あまり評価されずに来ちゃった。だからカメラ性能も、日本ではコツコツと2メガ、3メガ、5メガ、8メガと来ましたけど、向こうはあまり意識されなくて、「ついてりゃいいんじゃないの?」的な部分がありました。
――C721のカラーバリエーションは1色だけですね。他の端末を見ても、黒やシルバーといったカラーがほとんどという印象ですが、色へのニーズは少ないのでしょうか。
高橋氏
グループインタビューなどの調査をすると、日本と同じように結構細かいニーズはあるんですね。私も最初デザインはあまり気にしないのか、安くて実用性があればいいのかな、と思ったんですけども、意外にこだわっていて、ここが格好いい、ここが格好悪かったら買わないなどの意見があるんですよ。
ただ、日本の場合端末の形が二軸か折りたたみでみんな似ていて、それが8割以上占めており、その上にカラーバリエーションがある。あちらは縦型のスライド形状、横型のスライド形状はもちろん、その他とても奇妙な形もあり、という中で、大枠の形状として、まず好きか嫌いかがあり、さらにその中のディテールで、納得できるか好きか、という風にちょっと分かれてくるようです。
過去にもピンクやグリーンといった端末が出てきたことはありますから、色へのニーズがないわけではないんですが、米国ではキャリアショップでの販売が中心という事情もあって、キャリアが管理しやすく、一番数をやりとりしやすいスタイルに落ち着く傾向にあるようです。
――以前G'zOneの限定色を出されたときの反応はいかがでしたか?
高橋氏
「これだったらこっちの色が欲しい」といういい評価はいただきました。ただ、そういう人たちに突っ込んでいくと、「でもこの色がなかったら(元の)この色でもいいや~」という反応もあるんですね(苦笑)。G'zOneという商品のタフ性能が他にはないっていう理由もあるかもしれないですが、色へのユーザーニーズの強さでいったら、日本よりは弱いかもしれません。
――C721はかなり女性を意識されているようですが、日本の女性向け端末と比較するとかなり印象が違います。あちらの女性はあまり色や形を気にしないのでしょうか。
高橋氏
そういう意味でいうと、C721はきれいな形の部類に入るという気がします。あちらの端末はゴツゴツしている形状も多いですし、黒やシルバーで味気ないものがほとんどです。どちらかというとビジネスツールという感じで、BlackBerryにみられるノートPCのようなデザインも多いですね。その中において、C721は十分スタイリッシュに感じてくれるのではないかと思います。
例えば、このパネルの塗装にしても、日本では見慣れてるかもしれませんが、あちらではこういうシャンパン系も二色成形の高い質感もまずないので、女性に結構人気なんです。日本でいったら女性がお化粧で使うコンパクトのような質感を出しています。
田中氏
二色成形で透明感を出したいのですが、C721のサブ液晶は表示が消えたときには、見えなくなるデザインなんですね。有色の樹脂だけだと光が通らないことがあるので、視認性ということを考えて、実は無色の樹脂に対して有色の塗装をしてるんです。
そのバランスが非常に難しかったですね。
高橋氏
サブ液晶をつけると余計厚くなってしまうので、実は当初つけるのを止めようかと思ったんです。でもお客様は「なんで高い商品にサブ液晶ないの? サブ液晶がない商品なんて0ドルの端末しかないよ!」というわけです。日本は発信者がお金を払いますが、向こうは受けたほうも払う仕組みなので、確認のためにもサブ液晶がないと困るんですね。仕上がりの格好を気にしていたら「消えたときにも格好良く見えるようにすればいいじゃないか」ともっともな意見が(笑)。サイズ的にはギリギリな感じでしたが、有機ELを使って表示のときだけボワッと浮き上がらせて、非表示のときは見えなくしました。
■「MIL」はタフさを象徴するキーワード
――機構設計的に難しい部分たくさんあると思うんですが、どこが一番難しいですか。
田中氏
このデザインで防水構造をつけるというところがまずひとつ難しかったですね。あとはやはり光学3倍ズームのモジュール自体が非常に大きいので、部品のレイアウト含めて、いかにこのサイズの中に押し込めるかっていうところが非常に苦労しましたね。
――日本ではコンパクトデジカメの市場も「防水」がテーマになってきてますが、北米も同じように「防水」が流行そうな感じはしますか。
高橋氏
まだ火はついていませんが、使用シーンとして日本よりももっとアウトドアでの利用用途が多いので、火がつく可能性は十分にあると思います。例えば、郊外の家で週末に庭でバーベキューしたり、芝生に水を撒いたりという中で水濡れの危険性はありますから。エアポンプのプールで子供を遊ばせるとか、水辺のシーンは日本より多いのではないかと思います。逆にバスダブにつかる習慣はあまりないので、お風呂での利用は日本のほうが多そうですけど。
――今回向こうの軍仕様の「MIL-STD-810F」を取得されましたよね。一部のファンはそれを魅了に感じているようですが、こういうものが必要になってくるんですか?
高橋氏
アメリカ人に「MILスペック」というと、強さ、タフさの面で大体納得してくれるんですよ。女性にすら浸透している。日本で「IPX」といっても販売店の方くらいしか分かってないことがほとんどですが、「MIL」というキーワードはアメリカの人にとっては強さの象徴みたいですね。
C721は落下試験の他に、耐水、対衝撃、防塵、防振、耐湿、耐塩害、耐日射性能があります。落下試験は本モデルでは1.22mのテストをしており、G'zOneモデルでは1.5mのテストをしています。
――「耐塩害性能」というのは日本では見ないですね。通常どんなメーカーさんも海で使うというのは嫌がりますが。
田中氏
これは海水にドボンとつけるという意味ではなくて「塩水噴霧」です。霧状のものを吹き付けて一定の時間おいても大丈夫ということですね。塩分が混じった霧状の環境の中においたとしても、性能等に問題がないという意味になります。
高橋氏
実は海水そのものがイヤというより、他の成分が怖いんです。場所によってはオイルが含まれている可能性もあるので「海水につけて壊れた!」と言われても、なんとも言えないんです。ただ一般的な使い方なら大丈夫なように、という試験は本当にやってまして、それがMILスペックだということです。
――なるほど。ところでさりげなくLバッテリーがあるんですが。
高橋氏
見つかってしまいましたか(笑)。向こうはLバッテリー要望が非常に大きいんです。このモデルでも長時間使いたいという人がいるということで、オプションとして用意せよというお達しがありまして、究極の選択で用意したんです。このようなサイズが変わるデザインは日本のケータイではないですよね。あちらでは店頭に並んでいなくても、聞けば出してくれたりします。
利用時間は概ね倍になりますが、見ての通りあまりに大きいので、内部ではEXILIMとしてこの顔の部分を認めるか認めないかで大変でした。グリップ用のラバーフィットつけてカメラ的にしますかみたいな案も出たほどです。
――Lバッテリーを装着した状態でもタフネスと言えるのでしょうか。
高橋氏
基本的には言ってないですし、MILスタンダードにも出していませんが、内部では検証してます。
――ストラップホールがついていますが、あちらの方はあまりストラップをつけて楽しんだり、首から提げたりしないのではないでしょうか。
高橋氏
つけてる人はほとんどみないですね。腰のホルダーが多いです。以前より薄くなった分、最近は鞄やポケットも増えてますが。
田中氏
でも実はC721にはEXILIMとロゴの入った専用ストラップが同梱されてるんです。
高橋氏
デジカメと同じように首から提げて落とさないように……。“落とさないように”というと、タフネスなコンセプトと違うような気もしますが(笑)。「これデジカメでしょ? デジカメってストラップが同梱されてるじゃないか。デジカメに入ってるものは入れたほうがいいよね!」という流れで同梱することになりました。
――最後に、北米以外の展開について教えてください。
高橋氏
今ご存知の通り韓国と米国と日本に展開してます。もちろん他のエリアへもしっかり検討したいと考えています。ただ、お客さんから見て相当魅力的じゃない限り、新規参入しても厳しい。ですから、お客さんが喜ぶような新しい商品、新しい切り口でお客さんが満足するものにしたいなと考えています。
――本日はどうもありがとうございました。
2009/7/23 12:31