発展途上国におけるモバイル通信を活用したヘルスケア

KDDI総研 荒木正範
KDDI総研 調査2部。主にヘルスケア分野におけるICT利活用やユーザートレンドに関する調査研究を担当。夏休みはハワイに行って、ジェットスキーやスノーケリングを堪能。またあの青い海と白い砂浜を見たい。


 皆さんは「家庭の医学」という本をご存じですか? 家族が急な病気やケガをしたときに見たくなる辞書のような本で、累計400万部以上も売れているロングセラーです。それを手に持ってページをめくるのは大変ですが、今ではスマートフォンに入れて手軽に見られるほど、携帯電話機を活用したヘルスケア(モバイルヘルス)は広がりつつあります。

 健康への願いは普遍的なものですが、健康状態は土地柄、食生活、運動などにより変わります。また、モバイルヘルスも携帯電話サービスの提供状況(エリア、速度、料金、端末など)やヘルスケアニーズによって変わります。

 先進国では、高速の携帯電話網やスマートフォンが普及し、生活習慣病対策、メンタルヘルス、禁煙、婦人科系などテーマにしたヘルスケア系アプリも出てきています。iPhoneでのヘルスケア系アプリはここ2年くらいで増加し、既に2万本以上あるようです。

 ところが、発展途上国になると、事情が随分と違います。携帯電話でやっと通信ができるようになった場所、日常的に商用電源が止まる場所、最寄りの医療機関から数十キロも離れている場所があります。このように社会インフラに恵まれていないにも関わらず、医師が血圧データを集めて患者をピンポイントで診る、保健婦が携行型ツールを使って遠隔医療を行う、といった住民のための地道な努力がなされています。ここでは、このような2つの取り組みをご紹介します。

 インドでは、中小規模の病院や診療所にまで固定系のブロードバンド回線は来ておらず、インターネットへの接続は2GのUSBモデムのみという状況です。インド北部のアーナンダ病院では、血圧計とパソコンとUSBモデムを接続し、患者の血圧データを測定後にDropboxというオンライン・クラウド・ストレージ・サービスに自動アップロードしています。血圧データはテキストだけなので50人分でもたった3KBと少なくて済みます。これにより血圧測定の時間を短縮し、ストックしているデータから平均動脈血圧を算出して異常値が見られる患者を対象にきめ細かい診察を行うことができます。

 インドの地域医療活動は、主に20代~30代の女性保健婦が担っており、リュクサック型のようなモバイル検診ユニットを使って、住民を診たりしています。検診ユニットとは、小型PC、通信アダプター、心電図・血圧・酸素血濃度・肺活量を測定できる機器などをセットにしたものです。保健婦からは、「町の病院に患者を搬送する際に患者が死亡する場合が多いので、搬送せずに適切なアドバイスを専門医からもらえると非常に助かる」とも評価されています。

 途上国でモバイルヘルスケアを広げていくには、数々の機器やシステムを標準化してつなげていくことと、構築や運用に係るコストをできるだけ下げていくことが大切です。標準化活動で有名なものに「コンティニュア・ヘルス・アライアンス」があり、ガイドライン作りをしています。このガイドラインを採用した測定機器、健康管理機器、フィットネス機器、IT機器などが次々と登場しています。今後、このような機器が途上国にも普及することで、より多くの人々の健康や命が守られるようになるでしょう。




(荒木正範)

2012/8/29 09:00