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Duolingo創業者のルイス・フォン・アーン氏が来日、「CAPTCHA」の開発秘話や起業する学生へのアドバイスなどを語る

 語学学習アプリを提供するDuolingoは28日、同社の創業者であるCEOのルイス・フォン・アーン(Luis von Ahn)氏の来日にあわせて、東京大学で特別講演「教育分野におけるAI活用」を開催した。

 講演は、東京大学産学協創推進本部スタートアップ推進部長の長谷川 克也氏とともに進められ、アーン氏が開発した人間とコンピューターを見分けるシステム「CAPTCHA」や「reCAPTCHA」の開発経緯や、語学学習アプリ「Duolingo」でAIをどのように活用しているかが紹介されたあと、聴講者からの質問に答える流れで進められた。

Duolingo創業者でCEOのルイス・フォン・アーン氏
東京大学産学協創推進本部スタートアップ推進部長の長谷川 克也氏

「Duolingo」提供のきっかけ

アーン氏のプロフィール

 「Duolingo」は、12年前に始められた語学学習アプリで、カーネギーメロン大学准教授であるアーン氏が、当時博士課程の学生であった共同創業者とともに事業を起こした。

 当時関心があったという「教育」をテーマに取り組みを進めてきたとし、「数学」や「コンピューターサイエンス」などさまざまな教育の分野の中から「語学」を教えることを始めたという。

 その理由をアーン氏は「世界のほとんどの国で、英語の知識があれば高い収入を得ることができるから」と説明。たとえば、数学では、エンジニアになるには数学だけでなく物理学も併せて習得しなければならないと指摘。一方、英語さえ学べば、ホテルのウエイターになることができるとした。

 アーン氏が生まれたグアテマラは、「とても貧しい国」(アーン氏)であり、貧しい人がレベルの高い教育を受けることは難しい一方、金銭的に余裕がある人は、良い教育を受けることができると指摘。そこでアーン氏は、「誰もが平等に教育を受けられる」ことを目指し、無料で言語を学べる方法を立ち上げることに至ったとしている。

最初の壁は「退屈であること」

 アーン氏はスペイン語のネイティブスピーカーであり、共同創業者はドイツ語のネイティブスピーカーだったという。そこで、まずはスペイン語とドイツ語を学べるコースを作ることになったが、単に語学を学ぶだけのものでは「とても退屈」なものになってしまったとアーン氏は振り返る。

 「自分で言語を学ぶうえで最も難しい問題は『やる気を維持すること』だと気づいた」というアーン氏は、「Duolingo」についてやる気を維持できるように、ゲーム性を取り入れてかつ無料のアプリとしてリリース。結果、世界中の多くのユーザーからダウンロードされるようになったとしている。

難民からビル・ゲイツ氏まで幅広いユーザー層

 実際に「Duolingo」を利用しているユーザーについて、アーン氏はさまざまなユーザーに支持されているとコメント。

 たとえば、約5年前にシリアからヨーロッパ諸国に移った難民たちが、移住先の国の言語を習得するために「Duolingo」が使用されている。同じ時期にアーン氏は、資産家でもあるビル・ゲイツ氏が同じ「Duolingo」アプリを使用して言語を学んでいたことを知ったといい、「非常に誇りに思った」と当時を振り返った。

 このほか、オンライン上で語学テストを受けられるものでは、実際に大学の入学試験などにも採用されており、場所を選ばずかつ低コスト(60ドル、約8800円)で受けられるものとして、多くのユーザーに受け入れられているという。

「CAPTCHA」発明もアーン氏

アーン氏

 Webサイトなどで人間とコンピューターを判別するセキュリティシステム「CAPTCHA」は、アーン氏が開発したシステム。

 アーン氏は「Web上で広く普及しているもので、みなさんには非常に迷惑なものですよね。すいません」と聴衆の笑いを誘った上で、「現在では、信号機や自転車を画像の中から選ぶものになっていますが、どちらも同じ考え方」とし、コンピューターがうまくできない処理をさせることで、人間からのアクセスであることを識別させるシステムであると説明。

 きっかけは、当時の米ヤフー(Yahoo)のチーフサイエンティストから「メールアドレスを自動取得するプログラムが作成されて、何百万ものメールアドレスが機械的に取得されてしまっている」と問題を聞いたことにあるという。

 当時の「ゆがんだ文字」によるテストは、コンピューターの進化にあわせて、現在の画像から対象物を見つける方式に切り替わっているとしている。

 一方で、この「CAPTCHA」は1日に2億回利用されており、世界の人類の50万時間(1回あたり10秒とすると)を無駄にしていると感じたとアーン氏は語る。また、「CAPTCHA」では「お金を稼ぐことができなかった」としたうえで、これを有効活用できないかと模索。そこで、過去の新聞や古書のデジタル化に活用すべく、「CAPTCHA」に価値を与えられる「reCAPTCHA」を開発したとしている。

 「reCAPTCHA」では、ゆがんだ文字に変わって、コンピューターには判別できない古い文章の単語を表示させ、ユーザーに入力させることで、サイトのセキュリティに加え「古書のデジタル化のサポート」ができるシステムとなった。

 アーン氏は、デジタル化のサポートによる収入を得られると思ったそうだが、残念ながら当時はデジタル化を進めている企業が少なく、この事業で稼ぐことは難しいとし、その企業の1つであるグーグル(Google)に事業を売却したとしている。

「CAPTCHA」から学んだもの

 アーン氏は、「CAPTCHA」から学んだものとして、人材採用を挙げた。

 「CAPTCHA」では資金が少なかったが、「Duolingo」では立ち上げ当初収入はなかったにもかかわらずさまざまなベンチャーキャピタルから資金調達ができ、優秀な人材を確保することができたと説明。

 一方で、立ち上げ時には明確なビジネスモデルを持っていなかったといい、立ち上げから数年後に当時の最大の投資家であったグーグルの担当者から「そろそろお金を稼いでほしい。稼げないならこれ以上の資金提供ができなくなる」と指摘を受け、ビジネスモデル立ち上げを進めたと当時の状況を説明した。

 「言語を早く学ぶためのツール」として開発していたため、稼ぐ方法を見いだすことは非常に困難であったほか、従業員に対しては「無料の教育を提供する」ということで働いてもらっていたため、当時のおよそ100人の従業員からは反発の声が上がったと当時を振り返った。

 アーン氏は、根気強く説得し「Duolingo」を完全に無料で利用でき、一方で無料で利用するユーザーには広告を付加し、サブスクリプションを契約すると広告なしで利用できる現在のビジネスモデルに落ち着いたと説明する。

 現在のところ、93%のユーザーは無料で利用し、7%のユーザーがサブスクリプションに加入して利用しているという。サブスクリプションに加入している7%のユーザーから得られる収入が、Duolingoの収入全体の8割を占めているとしている。

「Duolingo」へのAI活用

 「Duolingo」では、提供開始の頃からAIを活用している。

 アーン氏は、「Duolingo」のレッスン中にAIが学習状況を分析し、ユーザーが不得意なものを分析し、以降の演習で強化したり、継続して学習を進められるようにアプリから通知を出したりしていると説明。

 アプリからの通知については、「どのような時間にプッシュ通知を出すとユーザーが学習に取り組んでもらえるか」を追求するため、最適な時期を見つけるために、何百万ドルも費やしたとコメント。

 また、生成AIや大規模言語モデルを「Duolingo」で活用する取り組みも進めており、単語だけでなく会話全体を学習できるロールプレイ機能などが開発されている。

 ロールプレイ機能は、「サンドイッチをお店で買う」シーンなど、対話を再現できる学習機能。アーン氏は、このロールプレイ機能にもこだわりをもっているといい「人間との会話のほとんどは、非常に退屈。私たちは、ロールプレイ機能での会話を『興味深い会話』にしようとしている」とコメント。実際に、プロンプトの作成にはハリウッド映画の作家がサポートしているという。

自動翻訳の進化で英語を学ぶユーザーは減る?

 アーン氏の今回の講演にあたって、さまざまな質問が寄せられた。

 たとえば「自動翻訳の進化で、『Duolingo』で英語を学ぶユーザーは減るのでは?」という質問。

 アーン氏は、「優れたリアルタイム翻訳は以前から存在しているが、英語と日本語のペアなど、解読が難しいものもあるが、多くの言語で完成度が高い翻訳ができる」とコメント。

 一方で、人々は言語学習を趣味としているユーザーがいることを指摘。コンピューターがチェスをうまくできるようになってもチェスを趣味とする人が多いと事例をあげた。

 また、翻訳機能では遅延がどうしても発生してしまうと指摘。「Duolingo」のサービスにおいて、サービスの需要の減少は見られないとした。

大学生へのアドバイスは「Just Do It」

 講演の後半では、アーン氏に「進路に迷っている学生にアドバイスはあるか?」と問いかけがあった。

 アーン氏は「もし起業したいという思いがあるのなら、今それをするべきだ(Just do it)」とコメント。

 「何かを始める」ことで最も難しいのは、それを始めようとすることだとし、一度始めてしまえば、わからないことがあっても新しいアイデアを思いつくことができると説明。何かを始めることの最大の壁は「実際にやり始めることだ」とあらためて指摘した。

 また、「歳をとればとるほど、新しいことを始めることは難しくなる」とコメント。

 一般的に、20代の頃は子供がいる可能性は低いが、たとえば35歳になるとおそらく子供がいるだろうと説明。子供がいると、会社を始めることがはるかに難しくなると指摘した。

 アーン氏は実際に、自分が45歳になって特定のものにもっていた執着心がなくなっていることに気づいたとし、最大のアドバイスとして「Just do it(始めるなら今)」とあらためてコメントした。