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「hitoe」がスーパーフォーミュラ・デビュー

IoTは自動車レースをどう変えていくのか

 4月22日~23日にかけて、三重県・鈴鹿サーキットで国内最高峰のフォーミュラカーレース「全日本スーパーフォーミュラ選手権」の開幕戦が開催され、NTTドコモがスポンサードするチームで心拍測定ウェア「hitoe」を活用したレーシングドライバーの生体情報を計測する実証実験が行われた。

レース用のhitoeを着用したDANDELION RACINGの野尻智紀選手

カーレース専用のhitoeの特徴

 同様の実証実験は米国のインディーカーシリーズでも行われているが、「インディーカーで行ったのはオーバル(楕円形)コースでの実証実験で、レース中の加減速がほとんど無い。スーパーフォーミュラは曲がりくねったサーキットを走行するため、加減速が激しく、コーナリング中の左右のGも大きい。オーバルでは雨が降ると中止になるが、スーパーフォーミュラは雨でも走行する」と違いを語るのは、NTTで同実験を担当する久野誠史氏。

左からNTTドコモ IoTビジネス部 ITSビジネス ITSビジネス推進担当主査の齊藤丈仁氏、NTT 研究企画部門 サービスプロデュース担当 担当部長の久野誠史氏、NTT物性科学基礎研究所 機能物質科学研究部 分子生体機能研究グループ グループリーダー 主幹研究員の中島寛氏
ダンベル運動を行った際の筋電の状況。疲労が蓄積されると、脳からより強い指示を与えないと筋肉が動かなくなる。この状況をモニタリングすることで、疲労度を推測する

 両シリーズで使用するレース用のhitoeは基本的に同じ構造のものだが、電極が2つだけの市販のhitoeとは異なり、4つの電極を備える。心電波形を計測する胸部の電極に加え、上腕部に電極を配置し、筋電のデータも計測できるようにするための工夫だという。これにより、筋疲労の可視化が可能になり、ドライバーの疲労の度合いを推測できるのだという。

 また、千分の一秒を争うドライバーのために着心地についても細心の注意を払った。市販のhitoeには胸部に大きなセンサーが付いているが、レース用のhitoeのセンサーは探さないと分からないほどコンパクトで、ほとんど厚みも無い。糸のような配線の曲がり具合にもノウハウがあり、チーム側が用意した耐火インナーに研究所で縫製を施している特別バージョンだ。今シーズン、hitoeを着てレースを戦う野尻智紀選手は、「着心地は普通のインナーと変わらない」と語る。

市販のhitoeの裏側
レース用のhitoe。裏側は企業秘密とのこと

 4つの電極で計測したデータは手のひらに収まる大きさのトランスミッターに蓄積される。トランスミッターにはmicroUSB端子があり、パソコンにフォーマット変換しながら転送できるようになっている。NTT物性科学基礎研究所で今回の実証実験を担当する中島寛氏によれば、トランスミッターにはBluetoothによる通信機能も搭載されており、スマートフォンなどとペアリングすれば、リアルタイムでのモニタリングも可能。レース主催者の日本レースプロモーション(JRP)に報告した上で、今シーズンか来シーズン中にはワイヤレスでのモニタリングを実現したいという。

首の下のポケットにトランスミッターを入れる
microUSB端子でパソコンと接続できる

hitoeによりレースはどう変わる?

DANDELION RACINGチーム代表の村岡潔氏

 協力するチーム側は、今回の実証実験をどう捉えているのか。DANDELION RACINGチーム代表の村岡潔氏は、「マシンの状態を数値化する取り組みにはホンダがF1の世界で行ってきたようにすでに実績があるが、レースの世界で最後の鍵を握るのは人間。数値化によってドライバーを管理するというよりは、良いところを伸ばしていくためにデータを活用したい。良い走りをするノウハウが見えるようになる。人材の発掘にも役立つはず」と語る。

 走っている時よりも、マシンに乗り込む前が一番緊張するという野尻選手だが、「自分の体の状態を把握できれば、走りに磨きをかけられる」と、hitoeから得られるデータに期待をかける。

パソコンで読み取り加工した波形。これをさらに解析していく

 hitoeを活用し、無線通信でドライバーの身体の状態をリアルタイムでピットに伝えることで、レース戦略の判断材料とすることも可能になる。テレビ中継やライブタイミングアプリなどでドライバーの疲労度をゲームの“ヒットポイント”のような感じでビジュアル化して表現できれば、レースのエンターテインメント性を高めることもできる。しかし、ピットからドライバーにアドバイスを与えることはF1などでも問題視されることがあり、こうした活用法はJRPとともに検討していく必要があるだろう。

 そうした課題がありながらも、「レースの安全性や公平性を高めるという面において、hitoeのデータは役に立つ」と語るのは、NTTドコモで同実験を担当する齊藤丈仁氏。同氏によれば、「疲労度だけでなく、レース中に熱くなってわざとぶつけに行ったというようなことも、データを解析すれば見えてくる」という。全選手に着用させることで、揉め事の原因となる事故の真相を解明できるのかもしれない。

NTTドコモ 法人ビジネス本部 IoTビジネス部長の谷直樹氏

 自動車関連では、自動運転やAIによるバスやタクシーの配車最適化などに取り組んでいるドコモ。同社のIoTビジネス部長の谷直樹氏は、「IoTの中でも次世代交通は実現性が高く、手が届くところまで来ている」と語る。人をダイレクトにセンシングするhitoeは、M2M色が強い同社のIoTソリューションの中においても興味深い存在だが、同氏によれば、AIタクシーやバスの運行を最適化して交通空白地帯を無くす取り組みも、人間の動きを把握することが鍵になる。「走る、止まる、曲がるといった車の基本部分は自動車メーカーの役割だが、そこにドコモの技術やノウハウを足すことで、新しい付加価値を創造できる」(谷氏)という。

無念の開幕戦、hitoeのデータに期待

スタート前にhitoeを着用し、チーム関係者と話し合う野尻選手
野尻選手が乗る40号車

 初めてhitoeを着て予選とレースを戦った野尻選手だが、残念ながら、予選・決勝ともに19台中16位と下位に沈んだ。3月に鈴鹿で行われた公式テストでは全体で7位、ホンダ勢の中で2位のタイムを記録していただけに、悔しい結果となった。

 レースは、SUPER GTでau TOM'Sのステアリングを握るVANTELIN TEAM TOM'Sの中嶋一貴選手がポールポジションから一度もトップを譲ることなく優勝。野尻選手のチームメイトの伊沢拓也選手は、予選10位、決勝8位で貴重な1ポイントをチームに持ち帰った。

 野尻選手はレース後に「新スペックのヨコハマタイヤの特性に合わせることにテスト時から苦労していて、開幕戦に向けては様々準備して臨んだのですが、上手く機能させられませんでした。ペースは悪かったですが、レース距離を走ったことで、理解できたことや、次につながる発見も多くありました。失敗を進歩の一つと前向きに考え、本来のパフォーマンスに戻して次戦に臨むためにも、良い緊張感をもってチーム一丸となって、車体も自分自身も前進を続けます」とコメント。

S字コーナーを駆け抜ける40号車

 今回hitoeを通じて得られたデータを活かし、野尻選手がどう巻き返していくのか。第2戦は、岡山国際サーキットで5月27日~28日に開催される。