インタビュー
初詣客を対象にしたドコモのエリア強化施策とは?
初詣客を対象にしたドコモのエリア強化施策とは?
元旦の伏見稲荷、熱田神宮、明治神宮の電波状況をチェック
(2014/1/8 09:00)
大勢の初詣客でにぎわう神社仏閣周辺では、近年携帯電話の使用による回線の混雑が問題になりつつある。特に、わずか数日の間に数十万人から数百万人が参拝に訪れるようなところでは、携帯電話やスマートフォンの利用も集中し、データ通信や通話に必要な帯域が逼迫する。全国的にも、いわゆる“あけおめ”メールや電話による混雑、輻輳対策のために、各キャリアは利用者に自粛を呼びかけている状況にあるが、その一方で、NTTドコモは初詣のユーザーに対してより良好な電波環境を提供するため、一部の神社等に移動基地局車両「P-BTS」を出動させることを決定した。
2013年の大晦日夕方から2014年の年始にかけ、通常の基地局に加えて臨時の移動基地局車両も合わせて活用することで、より多くのユーザーの通信、通話を安定的に可能にするという試みだ。災害時などにも活躍するというこの「P-BTS」を、初詣客のために投入するのはドコモとして初めて。その狙いと具体的な活用の内容について、同社無線アクセスネットワーク部の佐々木和紀氏と松尾充倫氏に伺うとともに、大晦日から元旦にかけての現地の様子についてもレポートする。
全国4カ所の主要混雑地点に移動基地局車両「P-BTS」を配備
――年末年始の神社仏閣周辺での取り組みとして、ドコモでは今回どういったところに注力されているのでしょうか。
佐々木氏
以前からドコモとしては、お客様に携帯電話をいつでも快適に使っていただくための設備投資や混雑対策を行っているわけですが、大晦日から正月にかけてはお客様が神社仏閣に集中するタイミングですので、そういった場所でも快適に使っていただけるような取り組みをしっかりやっていきます。
大晦日、正月の混雑対策は、これまでもしてこなかったかというと、そうではありません。人の集中する場所は基地局のチューニングなどを実施して対策してきました。今年は特に初詣客をこれまで以上に意識して、一部の場所では移動基地局車両「P-BTS」を派遣し、混雑対策していく、ということになります。
――年明けの深夜0時前後は今までも“あけおめ”メールや電話を控えてもらうようアナウンスしてきました。
佐々木氏
0時をまたぐところは、グラフ上ではまさに“ヒゲ”のようにピークが立つインパクトがあります。そういった時は、基地局や回線設備を守りながら、できる限りお客様の通信品質を維持するという考え方で、業界全体で通話やメールなどの自粛をお願いしつつ、一方で我々もネットワークを落とさないための努力をしてきました。
ただ、その時間帯を越えてしまうと、そこまでのピークはありません。少しでも快適に使っていただけるように、という意味では、こういった移動基地局車両を用いた一時的な対策が活きてくるんじゃないかと思っています。
――移動基地局車両を派遣する重点箇所は全国で計4カ所とのことですが。
佐々木氏
今回「P-BTS」の出動箇所は4カ所ですが、最初は実はもっと多くの場所でこういった取り組みを行おうとしていました。ただ、人が多く集まる初詣ということもあって、車両や設備を設置するスペースをお借りするのが難しかったり、施設側としては参拝客の安全面も考えなければならないので、なかなか場所の確保が難しかったんです。うまく条件が揃ったのが今回の4カ所ということになります。
初詣における「P-BTS」の出動は初めての試みとなりますが、なぜ実施するのかというと、LTEを開始して我々がキャッチコピーで「Strong.」と言っている以上、お客様には常に快適に使っていただきたい。そういう意味で社内検討した結果、大勢のお客様が訪れて通信しにくくなるであろう初詣も対策しようということになったんです。
――神社仏閣というと古き良き伝統を重んじるところもあるかと思います。電波みたいな目に見えないものを近くで扱わせるということに抵抗感を示されるようなことはなかったのでしょうか。
佐々木氏
電波に関しては抵抗はなかったですね。一部の神社からは逆に移動基地局を出動できないかという依頼もあったようです。とはいえ、人が大勢訪れるために、設置する場所がないとか、安全面を考えると設置は厳しい、といったパターンの方がやはり多かったと聞いています。
――12月29日にコミックマーケットが開催された東京ビッグサイトにも「P-BTS」が出動していたわけで、年末年始は大忙しですね。
松尾氏
現在LTE対応の移動無線基地局車両が全国に30台、FOMA対応の車両も含めると合計50台あります。これらがすでに全国に配備されていますので、それをうまくやりくりして、今回は4カ所にLTE対応移動基地局車両を1台ずつ配備することになります。
――FOMAやLTEのいずれか、あるいは特定の周波数帯を重点的に強化している、ということは?
松尾氏
「P-BTS」はLTEとFOMAの両方に対応していますので、移動基地局車両を出動させた場所ではどちらも強化されます。
――現地では事前に機材のテストや電波の調整などはされているのでしょうか。
佐々木氏
12月30日頃からセッティングを開始しています。準備だけしておいて大晦日から電波を吹くという形になります。
松尾氏
何もないところにいきなり電波を吹くと干渉などが発生してしまいますので、まず机上でシミュレーションを行い、現場でのセッティング時にも試験的に電波を出したうえでエリア確認などを行っています。
――移動基地局の設置にあたっては各種手続きも必要かと思いますが、申請も含め準備にはどれくらいの時間がかかっていますか?
松尾氏
標準的には3カ月かかります。移動基地局車両から電波を吹くにしても、そのバックボーンとなる回線が必要になりますので、回線の準備、法律的な手続きも踏まえるとそれくらいはかかってしまいます。
佐々木氏
今回の初詣については9月頭には検討を開始していましたね。場所が場所だけに、まず置けるスペースがあるか、置いていいか、施設側との折衝が一番大変でした。
――移動基地局車両の電源の元となる燃料の補給は苦労するのでは?
松尾氏
たとえば災害時で山中に設置するような場合は発電機を使うので燃料も確保する必要があるんですが、今回は街中に設置するので、商用電源をいただけるところが多いですね。その電源をいただくための交渉ごとが一番大変ではあったんですけれども。
――今回の混雑対策は、万一の災害時にもノウハウとして活かせそうですね。年に1回「NTTドコモグループ総合防災訓練」も行っていますが、今回のような対策はある意味訓練の一環としての意味もあるのでしょうか。
佐々木氏
機材セッティングのスキル、スピード、やり方や手順というのは、災害時にも大いに役立つ経験だと思っています。それが目的かというとそうではないのですが、訓練の1つにもなってはいますね。
既存の基地局は年末年始に備えて事前にチューニング
――場所によっては通常の基地局もチューニングされているとのことですが、初詣のタイミングではどのような形で電波を調整されているのでしょうか?
松尾氏
リアルタイムではありませんが、例年の人の流れから規模は予想はできますし、利用のされ方も把握しているので、周辺にある基地局のうちいくつかの電波の角度を事前に変えたりといった調整を行っています。
佐々木氏
別のイベントの例では、人混みの多い場所に近い基地局と、少し離れた所にある基地局のそれぞれの電波範囲を人混み方向へスライド、オーバーラップさせるように変えて、両方の基地局の負荷を平均化することで結果的にカバーできる人数を増やようなこともやっていますね。
――今回の年末年始は、全国でそのような調整を何カ所くらいで行っていますか?
佐々木氏
大晦日から正月三が日に関しては、全国50カ所以上の基地局について調整を行っています。毎年ある年末年始とは違って、新たに開催されるイベントの場合は、人出や人の流れなどを予想して基地局を調整することになります。
――混雑緩和という意味では、臨時のWi-Fiアクセスポイントも効果的かと思います。同時に派遣はされないのですか?
佐々木氏
今回臨時のWi-Fi回線は用意しません。ただ、我々としては、お客様がWi-Fiで快適に使っていただけるよう、人が背負って運ぶランドセル型の基地局を運用する取り組みもすでに行っています。12月29日からのコミックマーケットでも、このWi-Fiサポーターが初のお披露目ということになりました。
――今回の結果をもとに、初詣などのイベント時には移動基地局の出動を増やすことも?
佐々木氏
増やすというよりも、それ以外の手立ても含めて考えたいと思っています。本来であれば移動基地局ではなく、周辺の基地局のチューニングや強化、増設で対応できればいいんですが、そうすると過剰な設備投資となってしまう場合もあります。そういうところは「P-BTS」を活用しながら柔軟にお客様の期待に応えるのがいいのかなと思います。
――車両ではなく、ナノセルなどの簡易設備をその時だけ設置する手段もあるのではないかと思うのですが。
松尾氏
出力の低い設備だとどうしてもエリア範囲が狭くなってしまうので、本来強化したい範囲を狙えない弱点があります。車両の場合は機動性が高く、現地へ行って駐車できればOKで、その他の設備のように設置して配線して、という手間が少ないのがメリットです。ただ、もちろん他にもいろいろな手立てがあるとは思っていますので、今後も適切な方策を考えていきたいですね。
――最後に、混雑するイベント時などにユーザーとして気をつけるべきことがあれば教えてください。
松尾氏
歩きスマホは非常に危険ですので控えていただければ、と。また、なかなか電話がつながらない時は、少し時間をおいてから再度試していただいた方がよいかと思います。連続してかけ直すと、ますます状況が悪化する可能性があります。我々としては、お客様の期待に添えるように頑張りたいと思っています。
――ありがとうございました。
大晦日から元旦にかけての現地の様子をレポート
インタビューで伺った話を受け、2013年の大晦日から翌日の元旦にかけて、「P-BTS」が派遣されている京都の伏見稲荷、名古屋の熱田神宮の2カ所に加え、周辺基地局のチューニングが施されているという明治神宮を実際に訪れ、通信速度の計測と通話を試してみた。いずれの箇所も、特別なエリア強化施策が取られているのは大晦日の夕方から正月三が日の間となっている。
まず、三が日におよそ270万人が訪れるという京都の伏見稲荷を訪れた。大晦日14時頃の段階では、まだ時間が早いこともあってか露店の多くは準備中。参拝客もそれほど多くなく、有名な千本鳥居もスムーズに見て回ることができた。移動基地局車両は、参道から少しそれた一般客の立ち入りが制限されている境内で発見。アンテナを高々と伸ばし、「ただいまエリア強化中!」の大きな文字も掲げていたが、人の流れがある場所からは離れており、障害物も多いため、道路や参道の方向から見つけることは至難の業だ。
大晦日の24時に近づくにつれて、一番太鼓の参拝客と通常参拝客の列が入り口前の道路にまであふれ、身動きがとれないほどになる。夜になって警察車両が周囲に数台配置されたことや、明かりがさほど多くないこともあって、境内にある移動基地局車両を目にするのはまず不可能だ。0時を回り、ピークが落ち着いたであろう頃合いを見計らって速度計測してみると、それなりにまだ混雑していると思われるのにもかかわらず、「P-BTS」が稼働していなかった昼間より通信はかなり高速。下りが50Mbpsを超える結果となった瞬間もあり、今回出動している「P-BTS」の仕様が最大75Mbpsであることを考えると、実質的には上限に近い速度が出ていると言える。電話も失敗することなく一発でかけることができ、普段と変わりなく通話できた。
翌朝、始発の新幹線で名古屋へ移動。三が日に230万人が参拝するという熱田神宮の東門前で計測を行った。行列こそできていなかったものの、早朝から大勢の参拝客が詰めかける中で、下り約30Mbpsの良好な数値を記録。もちろん通話にも全く支障はなかった。ここでも移動基地局車両は一般客の立ち入り禁止区域に設置されていたが、東門の近くにある脇道をのぞくとすぐに見える場所で、実際に目にした人も多かったのではないかと思われる。
その後、再び新幹線に乗って東京の明治神宮へと向かう。三が日に300万人以上、日本で最も多くの人が参拝すると言われるだけあって、隣接している原宿駅では平常時は使われない臨時ホームで乗降する形にして混雑に対応している。周辺道路も軒並み車両通行止めとなり、ほとんど歩行者天国状態だ。明治神宮付近には移動基地局車両は出動していないが、周囲に複数あるとされる通常の基地局の電波をチューニングし、特に参道入り口付近で快適に通信できるようになっているという。計測値は40Mbps超で、十分な速度だろう。
【通信速度計測結果】
計測場所 | 計測日時 | 下り | 上り |
---|---|---|---|
伏見稲荷 | 31日14時頃 | 36.58Mbps | 4.57Mbps |
伏見稲荷 | 元旦深夜 | 48.11Mbps | 7.44Mbps |
熱田神宮 | 元旦早朝 | 29.96Mbps | 4.47Mbps |
明治神宮 | 元旦11時頃 | 43.75Mbps | 6.98Mbps |
※速度はAndroidアプリ「RBB TODAY SPEED TEST」を使用し、3回計測して平均を算出
混雑の度合いによっては、当然ながら上記の数値とは異なってくる可能性はあるが、今回の調査に限って言えば、大勢の参拝客がいる中で何一つ問題もなく、いつも通りかそれ以上の快適さでスマートフォンを利用できた。特に伏見稲荷で迎えた年明け直後のタイミングでは、周囲で電話している人もわずかながらいたものの、混雑で電話がかかりにくくなっているようには見受けられなかった。そもそも電話をしている人が例年に比べて少ない印象で、各キャリアが求めている“あけおめ”メールや電話の自粛が浸透しつつあることを実感できた。
インタビューでもあったように、ドコモでは今後も大きなイベントで移動基地局車両やWi-Fiサポーターを活用する予定。2014年はこれまで以上に安心して、いつでもどこでも携帯電話・スマートフォンを利用できる年になりそうだ。