インタビュー

菅官房長官に自民党有志議員が「通信料値下げ」に向けた提言書――坂井学議員と大串正樹議員に聞くその狙い

 7月14日、「通信料金の国民負担引き下げに向けた私的議員勉強会」が菅義偉官房長官に提言書を提出した。

 そのタイトルは、「通信料金の国民負担引き下げに向けた提言」。携帯電話料金の値下げに向けて、短期的に必要な取り組みは何か、現状を踏まえた次の一手に向けたものだ。

 「提言書」はどのような狙い、考えで形づくられたものか。自由民主党で、元総務副大臣の坂井学衆院議員と、大串正樹衆院議員に聞いた。

大串議員(左)と坂井議員(右)

提言内容

 提言の全文は、本稿の最後に掲載しているが、その内容は、楽天モバイルやMVNOによって競争を促進することが前提となっている。

 そしてユーザーが携帯電話会社を乗り換えやすくなるよう、たとえばMVNOの存在をもっと知ってもらったり、手元のスマートフォンで手軽に回線を替えられるようeSIMの導入を進めるといった内容だ。

きっかけ

――提言の作成に向けたきっかけから教えてください。

坂井議員
 かつて総務副大臣を務めていたころから関心はありましたし、ちょうど1年ほど前、菅義偉官房長官も料金引き下げへの関心が高く、以前、「もっと勉強したらどうか」とよく口にされていて、もう少し掘り下げてみようかなと。

 端末と料金の分離が実現され、成果も出てきました。端末ラインアップも広がりを見せ、最安プランは3割下がりましたが、高額なプランはまだ高止まりしている状況ですから検討をしてみようということになりました。

――それはいつごろからでしたか?

坂井議員
 いろいろな方にお話を伺いながら、何かまとめてみようか、という段階になったのはたしか2019年の秋ごろでした。今春は新型コロナウイルス感染症の影響で、取り組みが滞った時期もありましたね。

――提言は、今後どの程度の期間での実現を目指すことを想定しているのでしょう?

大串議員
 5年、10年といった長期ではありません。それだけの期間が過ぎればまた異なる状況でしょう。現状ですでに見えている課題で、すぐに取り掛かろう、というものです。

坂井議員
 ただ、後述する「指標」の話は、ちょっと時間がかかるかもしれません。

現在の課題は「評価する指標がない」

――提言は5つあります。今の携帯電話業界の政策で、どういった課題があるのでしょうか。

5つの提言

1.効果的な競争環境構築に資するMVNOやMNOサブブランドの参入促進

2.MVNOへのユーザーの移行を促す講習会等への支援の実施

3.データ通信が主流になる 5G を見据えた、MNOからMVNO への卸役務に市場メカニズムが機能する仕組みの導入

4.新しい客観的な競争評価指標の創設及びその指標を用いた第三者による競争分析・評価

5.音声通信、データ通信双方でのeSIM 普及の推進

坂井議員
 結局、議論する上で「客観的な指標」がないんですよ。たとえば携帯電話会社において収入の目安になるARPU(アープ、ユーザー1人あたりからの収益を示す値)は、わかりやすい面もありますが、各社、定義が異なります。細かな数字を各社さんも公表したがらない。

 つまり同じ土俵の上でなかなか議論ができていないんです。そこの難しさをすごく感じています。

 勉強会で意見交換をしていく中では「第三者機関による検証」ができればよいのではないか、という声もありました。その話でも、ある指標が前提になっていました。指標を用いて、専門家が検証する。

 でも、今の国内の携帯電話市場には、そうした客観的な指標がないのです。そうなると、政策の効果を検証するのもなかなかできない。なんとか皆さんに納得していただけるような指標ができれば業界関係者がまとまれないか。そんな課題を感じていていました。

――坂井議員が総務副大臣だったころ(2017年8月~2018年10月)の報告、レポートで用いられていた指標の中で、今後、活用できそうなものは……

坂井議員
 いや、基本的にその当時からないんです。「〇GBでいくら」というものくらいです。

 でも、サービスを提供するために、どれだけの設備投資をして、どれくらい回収したのか。漠とした値段だけでは見えてこないですよね。

 サービスの質として、繋がりやすさ、通信速度の議論も、海外との比較ではまったくわからない。そういった点を含めた指標、数値が必要ではないかということです。

 ユーザーからすると、良い品質を求められる方もいれば、そこまでは必要ないという人もいます。たとえばMVNOのサービスを見て、昼間の混雑時はちょっと通信速度が遅くなるけど安い、といったものを選ぶ方がいます。

 選択肢はあるべきですし、それらの選択肢を、質も含めて評価ができる指標を目指したい。提言を通じて、指標を作り上げるための知恵を募りたいですね。

――大串議員はいかがですか。

大串議員
 私も、評価指標は課題のひとつとして捉えています。

 それ以外では、たとえば(競争政策は)MVNOの存在が前提になって議論していたところもあると思います。そのMVNOは多種多様な形で存在していて、これから5G時代を迎えると、さらにバリエーションが広がるでしょう。どういうビジネスが生まれ、どんな競争がふさわしいか――次の時代をリードする政策を作らないといけない、と感じています。

 たとえばトヨタもそんなイメージはないでしょうが、MVNO(自動車の車載機器の通信機能)としての存在感を増しています。

――おふたりの挙げた「指標」に関する指摘はよくわかります。一方で、それを具体化するのはとても難しそうに思えます。

坂井議員
 役所からも厳しいという意見をもらっています。どうやってつくるんだと。それはそうでしょう。だけど、なんとか知恵を集めるところから、ですね。今はほとんど参考にできる指標がないと言っていい状況です。そうなると政策の検証も難しい。

競争の鍵は「楽天モバイル」

――提言では「楽天モバイルが軌道に乗ることが条件」とあります。競争を促進するための前提としてですね。同社の現状をどう見ていますか?

坂井議員
 電波が割り当てられた以上、是が非でも事業として成り立たせるということなのだと思います。いろいろとご苦労はされていると思います。

 ただ、競争原理を促進するために楽天モバイルがちゃんと消費者に認識してもらうことは、かなり大きな要素だと思いますし、そうなってほしいと強い願いを持っています。

大串議員
 まず軌道に乗っていただくことが大切です。月額2980円という価格設定も、これまでの携帯電話会社とはそもそもビジネスモデルが異なります。たとえば自身のマーケット(楽天市場)があります。5G時代、総合的な産業として成り立つようになれば、競合他社も価格の見直しをすることになるのでしょう。

 ただ、現状はまだまだ課題が多い。一つひとつ克服していただきながら、ユーザーが離れていかないようにしていただきたいですよね。

――政策面で楽天モバイルを支援する取り組みについてはどう思われますか?

坂井議員
 いや、あとは頑張っていただく、という形でしょうか。楽天モバイルさんだけを特別扱いすることは難しいでしょう。

大串議員
 不利益をこうむる何かがあれば政策的に解決することはあるかもしれませんが、現状は、と。

――たとえばローミングの利用をより長期化する、といった考えですとか、郊外の設備共有のルールで楽天モバイルを支援するといった形ですとか……。

坂井議員
 楽天モバイル側からは特に要望も出ておらず、順調に推移しているという話だと聞いているのです。基地局が数多く必要になる5G時代はちょっと変わっていくかもしれませんが、今はまだその前の段階というところでしょうか。

MVNO支援について

――2019年の法改正では、大手携帯電話会社(MNO)に関するものが多く、MVNO関連の施策はやや後回しになったという印象もあります。しかし今回の提言では競争促進の中心的役割としてMVNOを据える内容という印象を受けました。

坂井議員
 国内のMVNOは1000社存在するとも言われています。しかし利益を上げ、積極的に活動するMVNOは10社程度ではないかと思っています。

 そうした中、MVNO向けの政策・施策としては、業界をリードする企業をターゲットにするのか、1000社全体をターゲットにするのかという議論があります。

 またMVNOは専門化、細分化していくとの予測もありますよね。個人向けの携帯電話サービスとしてのMVNOだけではなく、車載機器向けの通信サービスに特化したMVNOもある。役割、機能が本当にいろいろな存在が登場してくるのでしょう。

 MVNO向けの施策は引き続き必要でしょう。細分化、多様化していくMVNOへの支援も必要かもしれません。たとえば株主総会も5G時代には、より多くの人がオンラインで参加という形になるのであれば、大規模なアクセスに耐えられる株主総会向けMVNO、なんてものもあるのでしょう。

大串議員
 私たちも、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、Zoomなどをよく利用するようになりました。お互いの顔がもっとクリアに見えるようになるといいなと感じましたし、そうした分野はMVNOが活躍するかもしれない例のひとつです。

 ほかにも、医療、建機などで、サービスの価値を高めるために、通信との融合がどんどん進む。特化したMVNOとして、新たなビジネスチャンスを作り出すかもしれません。

――なるほど。ただ、そうした分野は、大手MNOも積極的に取り組む姿勢を示しています。新たに成長する余地があり、競争力や優位性を保てるのは、MVNO全体では難しいようにも思えます。今回の提言で、そのあたりの解決策はどういった考え方になりますか?

坂井議員
 海外ではすでにあるようですが、たとえばMVNOが、とある分野でMNOの下請けのような形になる、というのはあり得るのではないでしょうか。

 つまりMNOにとってはコストを抑えられる構造です。MNOと真っ向で対抗するのではなく、ですね。そういう新たなチャレンジができる環境は整えておきたいです。

大串議員
 MVNOさんからヒアリングする中で、価格面ではMNOと対等ではない、ビジネスとしてのやりにくさがある、という声がありました。

――そういえば、IIJは、フルMVNOとして展開する際には、相当な投資が必要という話を披露していました。技術的にもかなりの難しさがあるとか。

大串議員
 技術の進展に政策が追い付いていない部分はどうしてもあると思います。今回、話を聞く中で、たとえば音声とデータの違いもありましたし、全て携帯電話サービスではなく、5G時代を見据えたビジネスモデルとして活躍できる状況が求められています。

 将来的には、電力自由化のように、インフラだけ手掛ける企業が出てきてもおかしくない、という発想が必要でしょう。次にどういうサービス、産業が生まれてくるのか、スピード感をもって政策でも対応する必要があると感じています。

ドコモのサブブランド?

――提言のひとつに「効果的な競争環境構築に資するMVNOやMNOサブブランドの参入促進」とあります。「MNOのサブブランド」として、これから参入が促進される存在は、NTTドコモだけと思えますが……。

大串議員
 もちろんNTTドコモさんに対して「やりなさい」とは言えません。

坂井議員
 ただ一般的な話からすると、低価格帯のサブブランドがないドコモからユーザーは減少するだけではないかなと思います。受け皿は必要ではないか。サブブランドを検討されているかもしれませんね。

――なるほど。しかしNTTグループで見るとOCN モバイル ONEのようなMVNOもあります。また体力のあるMNO系サブブランドが増え、促進されれば、MVNOが圧迫されるように思えます。もしMVNOが淘汰され、MNO系だけが生き残ればそれは寡占状態になりかねないように思えます。

坂井議員
 MVNOからは、まだサブブランドよりも低価格で提供できると聞いています。今後は音声通話も、より安いものを提供できると。サブブランドはあるものの、そこまで降りてこないんじゃないかと見立てているようです。つまりMVNOは価格の優位性を保てるのではないかということですよね。

――なるほど。

ユーザーの乗り換えを促進する取り組み

――提言の2番と5番は、MVNOの認知を高め、より手軽に乗り換えやすくする仕掛け作りといった内容ですね。

2.MVNOへのユーザーの移行を促す講習会等への支援の実施

5.音声通信、データ通信双方でのeSIM 普及の推進

坂井議員
 今もさまざまな取り組みはあるかと思いますが、たとえば講習会などを役所が直接主催するのはやりすぎかもしれませんが、支援やお声がけの手伝いはいいんじゃないかなということです。

 またMVNOという言い方も、たとえば我が家じゃ通じないんです(笑)。MVNOではなく格安スマホなんて言うことになるのですが、そうすると「格安」という言い回しに、品質などへの不安が生まれてしまう。そうした不安に向けて、実際はどうなのか目にしていただく、体験していただく機会を作り出していくというものです。もちろん今は新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた手法が必要でしょう。

 もうひとつのeSIMについては、大手キャリアさんがあまり乗り気ではないと聞いています。これまでの投資、優位性に影響を与える大きな変化ということかもしれませんが、ぜひともMNOさんには、別の面、サービスの質や中身で勝負してほしい。世界の動きを見ても、eSIMのほうが便利ですよね。

――すでに市場に多くあるeSIM対応機種としては、まずiPhoneが思いつくところですが……。

坂井議員
 Rakuten Miniもそうですよね。

――はい、今なら1円ですよ。

坂井議員
 そう、うちの家内が注文したんですけど、まだ届かないんです(笑)。私の地元は横浜の戸塚のほうなんですが、来年の3月末までには楽天モバイルさんのエリア整備が進むそうなので、楽しみにしています。

大串議員
 そういえば、NTTドコモでも、初期のころは、拡大エリアの地図を配ってましたね。

本当に「料金引き下げ」は実現できるのか

――この春、新型コロナウイルス感染症の影響で、若年層向けには携帯各社の支援策のひとつとして、大容量の通信が利用しやすい環境が用意されました。提言ではモバイル通信が「Society 5.0」を担う基盤になると指摘していますが、うがった見方をすれば、支援策は、はからずも現状の料金プラン、通信量がこれからの社会に力不足であることを露呈しているような印象も受けます。そうした中で、今後、果たして本当に値下げは実現できるのでしょうか?

坂井議員
 やはり楽天モバイルの存在が大きいでしょう。参入するというだけで、MNO各社は構えました。もちろん今はまだ競争相手として脅威ではない、と競合他社は見ているようですが、私は楽天モバイルの料金を前に、他の3社は余力を残しているのではないかと思います。全体の値下げに繋がるのではないでしょうか。

 またスマートフォンのラインアップも、より安価なものが増えつつあり、シフトは進んでいます。

 サブブランドについても、今度、UQ mobileがauのサブブランドになるという話もあります。ドコモにもしサブブランドができて、そこにユーザーが移行すれば、全体として価格は下がっていくのではないか。この提言だけではなく、全体的にそういう方向ではあると思います。

大串議員
 楽天モバイル次第なところはありますよね。あの料金に、他社がそのまま追随するのは難しいのでしょう。そういう意味で、サブブランドや、大容量・低容量、メインとサブといった棲み分けの地図が動くのでしょう。

 それと並行して5Gが本格化していきます。楽天モバイルの料金は、通信業と他のサービスの組み合わせで実現しているのであれば、競合他社も同様の機能を備えるべく、他の業界を巻き込んだ動きになってもおかしくはないのでしょう。

――ありがとうございました。

「通信料金の国民負担引き下げに向けた提言」全文

提出時の様子。中央が菅義偉官房長官

 通信料金の国民負担引き下げに向けては、寡占状況にあるMNO間の競争促進の観点から、総務省ではかねてMVNO振興政策を進めてきており、加えて、昨年の電気通信事業法改正による端末と通信の分離は国民負担の低下に一定の成果を得た。

 一方、モバイル通信の役割は5Gへの移行を契機に「Society 5.0」を担う基盤へと拡大しており、加えて、アフター・コロナの「新しい生活様式」(テレワークの普及、ビデオ会議、遠隔授業、ネット通販の利用など)を見据えると、社会インフラを担うモバイル通信の一層の普及と低価格化を含む環境整備の重要性が益々高まっている。

 通信料金の国民負担の引き下げをさらに一段進めるためには、こうしたモバイル通信の役割の変化も踏まえて、従来の延長線上の施策に加え、抜本的施策の検討が求められるとの考えから、下記の通り提言するものである。なお、これからのMVNO振興政策については、MNOとMVNOの競争促進という単純な構図ではなく、各MNO及びMVNOの役割(例えば、MNO/MNOサブブランド/Full-MVNO/小規模MVNO/IoT専業といった事業形態による分類や音声通話とデータ通信といった通信分野による分類が考えられる。)に応じた競争環境のあり方を、引き続き検討していくことが有益と考えられる。

(1)現状認識と課題

電気通信事業法改正は端末と通信の分離により、国民負担の低下に一定の成果

 低価格端末の発売やラインアップの充実、最大容量プランでは3割低下。
 一方で、ユーザーの大多数が契約する2年定期契約プランは料金が依然高止まり、楽天モバイルの MNO 参入により更なる引き下げが期待される

乱立するMVNOによる価格競争を促す政策的な後押しが必要

 各MNO及びMVNOの役割を踏まえた上で、「政・官で整えるべき部分」と「民の論理に任せるべき部分」とに分けた競争環境の検討及び構築が必要

(2)提言

<前提となる考え方>

1)楽天モバイルが軌道に乗ることが条件ではあるが、MNO4社間の競争を促す。
2)MVNOの利用促進をもって、より効果的な競争環境をつくる。

<必要な対応策>
1.効果的な競争環境構築に資するMVNOやMNOサブブランドの参入促進
2.MVNOへのユーザーの移行を促す講習会等への支援の実施
3.データ通信が主流になる5Gを見据えた、MNOからMVNOへの卸役務に市場メカニズムが機能する仕組みの導入
4.新しい客観的な競争評価指標の創設及びその指標を用いた第三者による競争分析・評価
5.音声通信、データ通信双方でのeSIM普及の推進