ライフスタイルブランドをさらに拡大するiida

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows Vista」「できるPRO BlackBerry サーバー構築」(インプレスジャパン)、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。Impress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


 2009年9月9日、KDDIは今年4月からスタートさせた新ブランド「iida」の最新モデルを発表した。「お客様のライフスタイルを創造する」というテーマを掲げるiidaだが、今回は端末2機種に加え、コンセプトモデルや周辺機器、デジタルコンテンツなどにラインアップを展開し、iidaの世界観をさらに拡大しようとしている。発表の詳細な内容については、すでに本誌に記事が掲載されているので、そちらを参照していただきたいが、ここでは筆者が発表会やタッチ&トライで試用した端末の印象、ラインアップ全体の捉え方などについて、レポートしよう。

iidaってなに?

 今年4月からKDDIがスタートさせた新しいブランド「iida」。「innovation」「imagination」「design」「art」の頭文字を取り、外部のデザイナーやクリエイターとのコラボレーションをすることで、今までのauの枠組ではできなかった、あるいは難しかった新しいカテゴリーのプロダクトラインアップを展開するブランドに位置付けられている。発表直後にはauの新しい取り組みとして、注目を集めた一方、過去に展開してきたau design projectとの関係性、草間彌生氏によるインパクトの強い芸術作品群、携帯電話そのものではなく、周辺機器となる「MOBILE PICO PROJECTER」「AC Adapter」などがラインアップに存在したことで、一般ユーザーや業界内も含め、「iidaってなに?」といった戸惑いの声も聞かれたのも事実だ。

 あれから半年が経過し、店頭にはiidaファーストモデルとなる「G9」、夏モデルと同時期に販売が開始された「misora」が並び、草間彌生氏の芸術作品もインターネットで販売が開始されている。周辺機器では「AC Adapter MIDORI」が発売からわずか1週間で売り切れ、現在でもオークションなどで高値で取引されている。やや楽屋落ち的な話になるが、筆者の知る業界関係者の何人かは、4月のiidaブランドの発表後、5月25日のauの夏モデルの発表を見て、個人的に利用中の端末をG9に機種変更している。auの夏モデルに個性的なモデルが多かったことも関係するが、街中でもG9やmisoraを見かけることは増えてきており、iida全体としては、短い期間ながらも着実に市場での存在感を増してきた印象だ。

 そんな状況を受け、発表されたiidaの新モデルだが、プロダクトデザイナーの神原秀夫による「PLY」、au design projectなどでもおなじみの深澤直人氏による「PRISMOID」の2機種、フラワー・ロボティクスによるコンセプトモデル「Polaris」、LIFE STYLE PRODUCTSと銘打たれた23種類の周辺機器など、以前にも増して、バリエーションの豊かなラインアップ構成となっている。端末については、従来のG9とmisoraも併売されるため、iidaとして、実質的には4機種がラインアップされることになる。LIFE STYLE PRODUCTSについては、iidaのスタート当初から「iidaがリリースするプロダクトは端末に限らない」としてきたが、ブランド発表からわずか半年後に、これだけのバリエーションを揃えてきたのは、デザイナーやクリエイターのiidaに対する期待と関心の高さを表わしているとも言えそうだ。

 これらに加え、国内外のクリエイターがiidaのために制作したオリジナルの待受画面や着信音をダウンロードできるアートプロジェクト「iida Digital Contents Gallery」、iidaブランド起ち上げ時に実施した「iida Calling」の第2弾となる「iida Calling 2」、大学及び大学院生を対象にしたLIFE STYLE PRODUCTSのデザインコンペティション「iida AWARD 2010」の実施も発表された。いずれもデザインや芸術などを軸にした取り組みだが、iida Digital Contents Galleryとiida AWARD 2010は国内に限らず、海外にも門戸を開いている点は注目される。独自の進化を遂げたことで、「ガラパゴス」などと揶揄されることもある日本のケータイだが、以前から指摘しているように、実は海外から見れば、その先進性に興味を持つ人は多く、評価も高いとされている。当然、感度の高いデザイナーやクリエイターと呼ばれる人たちもチャンスがあれば、日本のケータイにチャレンジしたいと考えても不思議はない。日本のユーザーにとっても国内だけでなく、海外の話題のデザイナーやクリエイターのコンテンツを無料で楽しめるわけで、今まで以上にコンテンツに拡がりを期待できることになりそうだ。



PLYとPRISMOIDを中心に展開するiida第二弾ラインアップ

 さて、ここからは発表会当日にタッチ&トライコーナーで試した印象について、紹介しよう。今回発表された端末は、PLYとPRISMOIDの2機種だが、PLYは早ければ、今月中に発売を予定しているのに対し、PRISMOIDは年内の発売を予定している。いずれも開発中のモデルであるため、最終的な仕様が変更される可能性もあるので、その点はご理解いただきたい。詳細なスペックなどについては、本誌の記事と合わせてご覧いただきたい。

PLY

 昨年のCEATEC JAPAN 2008でも出展されたコンセプトモデル「PLY」を製品化した端末だ。PLYは「積層」という意味を持ち、5枚の薄い層を重ねた形状をデザインしており、本体右側にタブのようなサイドキー群を備える。ボディはスライド式で、手に持ったサイズ感としては、昨年発売されたW64SHの幅をもう少し狭くした印象だ。5つの層はそれぞれに違うカラーリングを持ち、それぞれの色合いにより、単純なボディカラーにはない独特の雰囲気を演出している。サイドキーの内、上から2つめの部分はロックキーになっており、下方向にスライドさせると、本体のキー操作をロックできる。最近のスライド式ボディの端末はロックキーが必須だが、PLYの場合、ロックキーが大きく、操作しやすい。逆に、操作感に不満が残ったのはダイヤルキーで、方向キーもダイヤルキー部分に並べたフルスライド式を採用しているため、ダイヤルキーが小さく、筆者のような手の大きいユーザーにはちょっと操作しづらい印象だ。

 プラットフォームはKCP+を採用しており、ソフトウェアは同じ東芝製端末のbiblioやT002とほぼ共通となっている。スペック面で気になるのは、カメラが319万画素であること、Bluetoothに対応していないこと、ワンセグのアンテナが外付けになっている点などだ。iidaは元々、ハードウェアのスペックをとらわれず、デザインや感性を重視して選ぶユーザーをターゲットにするとされているが、共通プラットフォームのKCP+でサポートされているBluetoothに非対応だったり、au design projectのMEDIASKINで評判の良くなかった外付けワンセグアンテナを採用したのは、ちょっと残念な印象だ。外付けワンセグアンテナはストラップのように付けられるケースを同梱するという苦肉の策で対応しているが、やはり、端末レベルでの工夫が欲しかったところだ。カメラも他社を見渡せば、500万画素が普及モデルに搭載されつつある状況を鑑みると、やや見劣りがする感は否めない。かつてのau design projectもそうだったが、デザイン端末はどちらかと言えば、ユーザーが長く所有する可能性があるため、スペック面はもう少し余裕を持った内容にして欲しかったところだ。

PRISMOID

 INFOBARやneonなど、au design projectでも中心的な存在を示してきた深澤直人氏のデザインによる端末だ。「未来的な未来」をテーマにデザインされた端末とのことだが、もう少しわかりやすく捉えると、1970~1980年代などに描かれてきた未来のイメージのテイストを現在のケータイに具現化したデザインということのようだ。未来的な未来というか、懐かしい未来のような雰囲気を持つ端末だ。ボディデザインはスタンダードな折りたたみ式を採用しているが、ボディ周囲を面取りすることにより、ネーミングの由来となっている角錐台(PRISMOID)を重ね合わせたような形状に仕上げている。

 サイズ的には現在販売されているiida misoraと並ぶほど、コンパクトなボディで、面取りされたボディ形状の影響もあり、手になじむ持ちやすいデザインに仕上げられている。ダイヤルボタン部の先端部側の左右側面には切り欠きがあり、左側面には有機ELディスプレイが内蔵されている。「サブディスプレイに着信情報などが表示されるのはちょっと恥ずかしい」という深澤氏の考えを反映したものだという。ただ、周囲にサイドキーがないため、端末を開閉しないと、有機ELディスプレイが点灯せず、日時や電波状態などの情報を見ることができない。側面にサブディスプレイというアイデアと技術はなかなか優れたものであるだけに、ちょっと残念な印象だ。

 端末のプラットフォームは開発メーカーが京セラであるため、同じiidaの「misora」をベースにしているように見えるが、筆者の得た情報ではPRISMOIDは米クアルコムのシングルチップソリューションである「QSC」を採用しており、auでQSCが初採用となった「簡単ケータイ K003」をベースにしているようだ。ちなみに、misoraはMSM6550を採用している。QSCは2005年4月に発表されたクアルコムのシングルチップソリューションで、RF部分なども含め、1チップ化することで、KCP+などに採用されているMSMよりもコストダウンを実現できるものだ。そのため、QSCはインドなどの新興国のエントリーレベルの端末に多く採用されている。国ごとの事情が違うとは言え、もしかすると、PRISMOIDは他のau端末に比べると、かなりリーズナブルな価格で購入できるのかもしれない。

Polaris

 フラワー・ロボティクス社とのパートナーシップによって開発されたコンセプトモデルだ。僚誌「Robot Watch」などを見ていてもわかるように、近い将来、人々の生活にはロボットがいろいろな形で関わることが期待されている。それをモバイルプロダクトで実現しようとしたのが「Polaris」だ。コンセプトモデルであるため、具体的にどんなハードウェアを搭載するかという部分は、何とも評価できないが、常に持ち歩く端末でユーザーの行動情報などのライフログを取得し、帰宅時にロボットに収納することでロボット内部でユーザーの行動パターンを分析したり、サーバーにアップロードして、ライフログを管理するといったシーンを想定しているという。

 デモンストレーションではスタッフがくり返し端末のメンテナンスをしているなど、コンセプトモデルとしてもまだ開発途上中である感はあったが、端末が球体ロボットに格納されたり、球体ロボットが自走するなどの動きはなかなかスムーズだった。10月6日から開催されるCEATEC JAPAN 2009でもデモンストレーションが行われるそうなので、興味のある人はぜひ会場に足を運んでみて欲しい。

LIFE STYLE PRODUCTS


PLYWOOD TRAYSIWA・紙和 携帯電話ケース

 iidaは今年4月のブランド発表の当初から「携帯電話ブランドではない」とアナウンスされてきたが、今回はケータイの周辺機器のラインアップを「LIFE STYLE PRODUCTS」と銘打ち、合計23種類の製品群を一気に展開してきた。

 まず、PLY専用アイテムとして、端末と同じ神原秀夫氏によってデザインされたのがPLY専用の置き台となる「PLYWOOD TRAY」だ。製作を担当した天童木工PLYは、成形合板を利用した家具で知られる老舗家具メーカーの天童木工のショップだが、PLYの意味である積層と同じように、木材を何枚も重ね、それを折り曲げた天童木工らしい独特のデザインにまとめている。

 PRISMOIDも深澤直人氏のデザインによる専用アイテムとして、「SIWA・紙和 携帯電話ケース」という和紙を使ったオリジナルケースがラインアップされる。未来的な未来を表現したボディを水にも強く破れにくい和紙のケースで包むというセンスがユニークだ。

 今年4月のブランド発表では周辺機器として、「AC Adapter MIDORI」が人気を集めたが、今回はACアダプター関連だけでも7種類も用意される。AC Adapter MIDORIと同じように、ケーブルの途中に小さなフィギュアを付けて演出する「RANGER」や「REST」をはじめ、コード巻き取り機能を持つ「WINDING-CHARGER」や「JUPITRIS」、ケーブルの処理を考えた「in mouse」や「Yukicode」、充電器をルーズに持ち歩くトートバッグ「chargy」がラインアップされる。このほかにも液晶クリーナーや平型端子アダプター、端末を置くためのトレイや台など、今までの純正品になかったユニークで楽しい雰囲気のアイテムが多い。汎用的なものだけに、ちょっとしたプレゼントなどにも適していると言えるかもしれない。

 これらのLIFE STYLE PRODUCTSは、一部の商品を除き、基本的にはインターネットでの通販の形を取る予定だという。店頭での在庫の問題をクリアできるということなのだろうが、多くの人が手軽に購入できるということを考えれば、やはり、雑貨などを扱うショップでの販売も検討して欲しいところだ。



スペックで選ばない端末のスペックはどうあるべきか?

 ケータイを選ぶとき、何を基準に選ぶか……。発表会のプレゼンテーションでは49%の人がデザイン志向で選んでいるという調査結果が引用されていたが、最近は端末の高機能化競争が飽和しつつあるのではないかという分析もあり、今まで以上にデザインや価格など、スペック以外の要素で選ぶ人が増えてきているようだ。

 今年4月、iidaブランドが発表されたとき、関係者からは「iidaはケータイをスペックで選ばない人たちに向けたラインアップになる」というコメントが聞かれたが、まさに最近のユーザー動向をうまく捉えた方針と言えるのかもしれない。iidaのプロダクトとしては、G9とmisoraがすでに市場に出ているが、販売店などで印象を聞いてみても「○○のスペックが足りないから買わない」というユーザーは少なく、デザインの仕上がりの良さを評価して、積極的に選んでいる人が多いそうだ。

 ただ、ユーザーがスペックで端末を選ばないからと言って、どんなスペックの端末でもいいというわけではない。やはり、ユーザーが次に買い換えを予定している時期まで、機能的に不足を感じることなく、使うことができるスペックが求められるはずだ。

 ところが、今回のiidaの新モデルを見ると、その部分について、若干の不安を覚えてしまった。前述のように、PLYにはBluetoothがなく、カメラも320万画素に抑えられている。これらは現在のauのラインアップと比較しても明らかに見劣りするものであり、筆者もデザインのことを考えなければ、やや選択を躊躇してしまうという印象を持った。スペックで選ばないユーザーに向けた端末のスペックは、どれくらいのものであるべきなのかをもう一度、よく検討して欲しいところだ。

 同じハードウェア面では、PLYの外付けワンセグアンテナも気になる判断だ。今回はストラップとして付けられるアンテナ用ケースを同梱するという苦肉の策を採ったが、やはり、今の時期に発売される端末であれば、ワンセグのアンテナは内蔵するか、格納する工夫を見せて欲しかったところだ。

 正直なところを書いてしまうと、過去のau design projectの端末をはじめ、各社のデザイン端末を見ていて感じたことなのだが、どうもデザインの仕上がりを重視するあまり、スペックを含め、技術面での工夫がややおざなりになってしまう傾向があるように見えるのだ。iidaが外部のデザイナーやクリエイターの優れた感性やセンスを活かしてプロダクトを作るのであれば、やはり、auとしても開発メーカーとしてもその優れた力に応えるだけの技術なり、工夫なり、アイデアなりを提示してこそ、はじめて『コラボレーション』という言葉が使えるのではないだろうか。もちろん、コストや開発期間との兼ね合いもあるため、一概に言えない部分もあるが、高機能化が進んだ今のケータイだからこそ、デザインとハードウェアのバランスが大切なはずだ。

 やや厳しい話も多くなってしまったが、iidaがケータイの新しい可能性を拡げるプロダクトとして、非常に魅力的であることは間違いない。今回は端末だけでなく、周辺機器も非常に豊富で、他事業者のユーザーにも利用できるものも多い。店頭やWebなどを通じて、情報を集め、ぜひ、自分の感性に合うiidaのプロダクトを見つけて欲しい。

 



(法林岳之)

2009/9/10 15:41