ドコモ版「iPhone」は本当に可能性があるのか?

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows Vista」「できるPRO BlackBerry サーバー構築」(インプレスジャパン)、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。Impress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


iPhone 3GS

 昨年7月にソフトバンクから発売されたアップルの「iPhone 3G」。今年6月には後継モデルとなる「iPhone 3GS」も発売され、好調な売れ行きを示しているという。国内外の携帯電話市場に大きなインパクトを与えたiPhoneだが、ここに来て、国内市場において、NTTドコモが扱うのではないかといった声を耳にすることが増えてきた。ドコモ版「iPhone」は本当に登場する可能性はあるのだろうか。

「iPhoneを諦めたわけではない」

 新販売方式の導入による市場の変化、世界的な景気後退の影響による出荷数の落ち込みなど、ここ数年、日本のケータイ市場は大きな変革の時期を迎えている。そんな中、携帯電話の新しいニーズとして注目され、ユーザーの関心を集めているのがスマートフォンであり、その中心的な位置に存在するのがアップルのiPhoneだ。

 読者のみなさんもよくご存知の通り、iPhoneは2007年1月にGSM方式に対応した初代モデルが発売され、タッチ操作による独特の操作体系とグラフィカルなユーザーインターフェイスにより、国内外の携帯電話市場に大きなインパクトを与えた。2008年7月にはW-CDMA方式に対応した「iPhone 3G」が日本をはじめとする世界22カ国で発売され、日本国内ではソフトバンクが扱うことになった。2009年6月には後継モデルとなる「iPhone 3GS」の販売が開始され、従来モデルにも増して、順調な売れ行きを記録しているが、ここに来て、以前から噂されてきた「NTTドコモがiPhoneを扱うのではないか」という情報が再びクローズアップされ、話題となっている。

 特に、今夏は7月30日に行なわれたNTTドコモの2010年3月期第1四半期決算説明会の席において、同社の山田隆持社長が「NDA契約があり、話すことができないが、iPhone導入を諦めたわけではない」と述べたこともあり、今まで以上にユーザーの期待する声が高まってきているようだ。ドコモ側の人物がこうした発言をすることは今回が初めてではないが、果たして、本当にドコモ版iPhoneは登場するのだろうか? 業界内で飛び交う情報や推測を整理しながら、その可能性について、探ってみよう。

市場から見たドコモへの展開の可能性

 まず、今さら説明するまでもないが、iPhoneは米アップルが開発・製造し、全世界の携帯電話事業者や販売網を通じて、販売されており、国内ではソフトバンクのみが販売している。当初のGSM版iPhoneの時代は、一つの国と地域につき、一つの携帯電話事業者のみが販売していたが、iPhone 3Gの発売を機に、一つの国と地域で複数の携帯電話事業者がiPhoneを扱えるように方針を変更している。つまり、現在、ソフトバンクがiPhoneを扱っているからと言って、他事業者がまったく扱わない、扱えないという話ではない。他の携帯電話事業者もチャンスがあれば、ぜひ扱いたいと考えているはずだ。たとえば、今、話題となっているドコモだけでなく、同じW-CDMA方式を採用するイー・モバイルが扱う可能性もある。CDMA版が開発されれば、当然、au(KDDI)が扱う可能性も否定できないし、WiMAX版が登場すれば、UQ WiMAX版iPhoneだって、あり得るかもしれない。後述するハードウェア面での制限があるため、簡単には実現しないだろうが、どの携帯電話事業者でも通信事業者でも扱う可能性は十分に考えられる。

 しかし、各携帯電話事業者にとって、iPhoneは扱いたい商品なのだろうか。国と地域によって、携帯電話の市場性はまったく異なるため、ここでは日本市場のことだけに注目して考えてみよう。

 まず、販売実績に注目したいところだが、残念ながら、アップルもソフトバンクも国内での販売台数については、正式にアナウンスをしていない。ただ、業界関係者や販売筋などからの情報を総合すると、ソフトバンクはiPhone 3Gを2008年7月の発売からiPhone 3GSが発売された2009年6月までに、おそらく100万台以上、販売したと推測される。もう少し細かく書くと、2008年末までで約50万台弱、2009年春までで約80万台強、そして、キャンペーンの効果もあり、iPhone 3GS発売前には、累計の販売台数が100万台を突破していたと見られる。

 つまり、iPhoneは約1年弱という期間で、100万台を販売したわけだが、日本の市場の規模や環境を考慮すると、いい結果とも言えるし、今ひとつ物足りないという見方もできる。新販売方式が始まる以前の市場では、ドコモのFOMA 90Xiシリーズがヒットすれば、1機種で100万台以上の販売を記録することは珍しくなかった。なかには1年で200万台近くまで、販売数を伸ばした機種もあるという。

 これを単純に比較してしまうと、やや物足りないという見方になるのだが、iPhoneがここ数年、ブレイクすると言われながら、なかなか本格的な普及には至っていないスマートフォンの一つであると考えると、かなり驚異的な売れ行きだったという解釈もできる。スマートフォンというジャンルの定義がちょっと微妙だが、国内で言えば、ウィルコムのW-ZERO3シリーズが歴代モデルで重ねてきた台数を確実に超えるヒットだったと言えるだろう。さらに、新販売方式の導入などにより、市場全体の出荷数が落ち込んでいることを考慮すれば、なおさら約1年間で100万台という結果は優秀だったと言えそうだ。

 これだけのインパクトを持つ商品であれば、おそらく、どの携帯電話事業者でも扱いたいはずだ。もちろん、それは国内No.1シェアを持つドコモで同じことだ。昨年、iPhone 3Gが登場したとき、「iPhoneを扱わないのか」という質問に対し、ドコモは「タッチ操作のケータイなら、我々には『PRADA Phone by LG』がある」と強がってみせたが、商品力という点で見れば、やはり、iPhoneをドコモのラインアップに加えたいはずだ。特に、山田社長は以前から「ドコモとしては、何としてもスマートフォンの市場を育てたい」と述べており、スマートフォンの中でも人気の高いiPhoneはぜひとも扱いたいと考えているだろう。


BlackBerry BoldHT-03A

 「でも、ドコモにはAndroidもあるし、Windows Mobileもあるじゃないか」という声も聞こえてきそうだ。しかし、古くからドコモの立ち回り方を見ていると、基本的に「できるだけ、全方位で取り組みたい」という方針を採ることが多い。これはドコモに限らず、NTTグループらしい考え方なのかもしれないが、どの方式、どのプラットフォームが生き残ってもいいように、きちんとラインアップを取り揃えておきたいと考えているようだ。その意味からもiPhoneは本来、『ドコモとして、扱うべき商品。扱っておきたい商品』と考えているのかもしれない。

 ちなみに、ドコモが複数のスマートフォンを扱うことは、市場でのバッティングが気になるところだが、現在のラインアップに当てはめてみてもそれほど違和感はないように見える。iPhoneをどう捉えるのかは人によって違うだろうが、筆者はiPhoneがiPodから派生したモバイルインターネット端末だと考えている。電話としての機能性よりもインターネットを快適に使える、音楽が楽しめる、映像が楽しめることに重きが置かれたエンターテインメント型スマートフォンという印象だ。

 これに対し、個人的にもよく利用しているBlackBerry Boldは、まさにビジネス向けスマートフォンであり、メールに代表されるメッセージのやり取りに重点が置かれている。既存の会社やプロバイダーのメールシステムをそのまま当てはめることができ、文字の入力も快適に操作できる。ブラウザも搭載されているが、どちらかと言えば、画像を含めたページの全体像を『楽しむ』というより、本誌のようなニュースサイトに掲載されたテキストを『読む』ことに重視されているような使い勝手だ。

 7月に販売が開始されたAndroid搭載のHT-03Aは、「ケータイするGoogle」というコピーからもわかるように、インターネットとの親和性、特に、Googleのサービスとのマッチングが重視された端末だ。まだ実力のほどは未知数だが、Googleをはじめ、インターネット上で提供されている数多くのサービスを利用することに主眼が置かれており、言わば、ネット世代向けケータイのような印象だ。

T-01A

 そして、T-01Aをはじめ、国内で広く利用されてきたWindows Mobileについては、Windowsパソコンとの連携を重視した端末だ。他のスマートフォンでもオフィス文書を扱うことはできるが、やはり、編集などの作業も含めれば、Windows Mobileがもっとも親和性が高い。従来は通常のケータイと同じサイズを目指すあまり、パフォーマンス不足だったり、画面が狭く感じられたが、T-01AはiPhoneとはまた違った意味で、モバイル環境でのパソコンの利用が少なくなりそうな端末だ。

 本来なら、これにグローバル指向の強いノキアのS60対応端末が加わるはずなのだが、残念ながら、日本市場から撤退してしまったため、今のところは他のプラットフォームの端末がその役割を担うことになる。

 これらを見てもわかるように、ドコモのスマートフォンのラインアップ、あるいはFOMA端末のラインアップ全体を見てもiPhoneが加わることはそれほど不自然ではなく、むしろ、通常のFOMA端末以外でのエンターテインメント性の強い端末が加わることになり、ラインアップが大きく拡充されることになる。

アップルとソフトバンクの関わり

 一方、開発元のアップルから見た場合はどうだろうか。現在、アップルは国内において、ソフトバンクに端末を供給している。従来は端末の販売がソフトバンクショップや量販店のみに限られていたが、今年に入って、アップルストアでも扱われるようになり、手厚いサポートで着実に支持を伸ばしている。当然、アップルとしてもより一層、iPhoneを拡販したいところだろう。

 この1年間、ソフトバンクは着実に売り上げを伸ばしてきたことは間違いないが、アップルとして、今以上に販売数を増やしていくことを考えれば、当然、他の携帯電話事業者への供給も視野に入ってくる。敢えて、ドライな言い方をすれば、2000万強の契約者数を持つソフトバンクに、約5000万強の契約者数を抱えるドコモが加われば、単純計算で2.5倍の市場が加わることになり、さらに販売数を伸ばせる可能性が拡がる。ソフトバンクとの関係は重要だが、やはり、ドコモの持つ契約者数やネットワークはアップルとしても魅力的なはずだ。

WWDC2008の会場で握手を交わすソフトバンクモバイルの孫 正義社長とアップルのスティーブ・ジョブズ CEO(右)

 ちなみに、アップルとソフトバンクの関係については、孫社長がiPhone 3GSの発売イベント直後の囲み取材で、「携帯電話市場への参入を決めた4~5年前、米アップルに出向き、スティーブ・ジョブスに『iPodと携帯電話を融合したものを作って欲しい』と話したところ、『そうか。おまえもそう来たか。実はオレもそう考えている』と答えられ、そのときからiPhoneの話を進めていた」というエピソードを明らかにしている。

 当時、ソフトバンクは1.7GHz帯での新規参入の計画を進めていた段階だと推察されるが、アップルがiPhoneを計画していることを早くから知り、ソフトバンクが積極的に関わろうとしてきたことがうかがえる。元々、アップルとソフトバンクはソフトウェア流通の時代から結び付きがあったが、iPhoneについてはそれ以上の深い結び付きを持っているのかもしれない。一部にはiPhoneの開発そのものに、ソフトバンクの開発者が関わっているのではないかと見る向きもあるくらいだ。ただ、プラットフォームの開発に人材が派遣されるという形は、Windowsの開発にPCメーカーやパーツメーカーの人材が関わっていることから考えると、それほど不自然でもないのだが……。

 とは言うものの、アップルとしてはシェア拡大を目指すなら、ドコモとの取引を考えても不思議ではないが、やはり、ソフトバンクとの関係を考えると、そう簡単には踏み切れないというのが本音だろう。

 ソフトバンクから見ると、どうだろうか。国内では現時点で、ソフトバンクが事実上、独占的にiPhoneを扱っているわけだが、他社にも供給されるとなれば、黙ってはいられないだろう。ただ、ソフトバンクに限らず、携帯電話事業者から見ると、iPhoneは意外に『痛し痒し』の存在なのかもしれない。たとえば、iPhoneでやり取りされるデータ通信量は、他の一般的なケータイに比べ、かなり大容量だと言われている。そのため、iPhoneで契約者数を伸ばせるのはうれしいが、ユーザーが増え、トラフィックが増えすぎてしまうと、ネットワークに負荷が掛かり、トラブルを起こしてしまうリスクを抱えている。そのため、ソフトバンクでは少しでもiPhoneユーザーのトラフィックを逃がすため、通常、月額数百円(プロバイダーによって、料金設定が異なる)で提供している公衆無線LANサービス「BBモバイルポイント」をiPhoneユーザーに限り、無償で提供している。

 また、iPhoneは従来の他のケータイに比べ、キャリアとの結び付きが意外に希薄であることも気になる点だ。たとえば、通常のケータイではMNPのサービス開始により、ユーザーが自由に契約する携帯電話事業者を変更できるようになったが、MNP開始前にはあれだけ騒がれていたのに、いざフタを開けてみれば、読者のみなさんもご存知の通り、全体の数%しか移行していない。これはMNP開始前に、各携帯電話事業者が年間契約による割引サービスを拡充したことも関係しているが、やはり、メールアドレスが変わったり、現在、利用している携帯電話の電話帳以外のデータがほとんど引き継げなかったりすることがMNP利用をためらう要因となっている。

 この図式をiPhoneユーザーがそのまま他事業者に移行するシチュエーションに当てはめてみると、実はほとんど問題がないことがわかってくる。iPhoneは元々、いわゆるケータイメールが利用できず、基本的には電話番号によるSMS、新規に提供されたメールサービスのEメール(i)を利用してきた。あとはユーザーが設定することで、一般的なプロバイダーメールやGmail、MobileMeなどのサービスが利用できる。これに加え、今夏からソフトバンクでは「@softbank.ne.jp」などのメールアドレスを利用したMMSに対応したが、このメールアドレスタイプのMMSを除けば、MNPを利用するうえでのメールアドレスによる縛りは、ほとんど無きに等しい。

 端末で利用するデータについても同様で、iPhoneは元々、iPodをベースに進化を遂げてきているため、紐付けされているパソコンのiTunesに接続すれば、基本的には元のデータをそのまま、復元することができる。iPhone用に購入したアプリケーションもApple IDが同一であれば、同じようにインストールすることができる。つまり、iPhoneがドコモから発売され、ユーザーがMNPで乗り換えようとすると、おそらくiPhone上のデータはそのまま移行できてしまう可能性が高いわけだ。

 もっとも端末そのものについては、SIMロックが掛けられているため、改めて購入し直す必要があるが、iPhone 3GS発売時のように、後継モデルが登場するタイミングであれば、ユーザーも買い替えやすいという見方もできる。

 こうした状況を踏まえての判断なのか、ソフトバンクは今年から始めた「iPhone for everybodyキャンペーン」において、2年契約を一つの条件に掲げている。もっとも月月割の期間が24回のため、元々、実質的に2年間の縛りがあったことに等しいのだが、それでもiPhoneを対象にしたキャンペーンだけは、きっちりと2年契約を明文化してきたことは興味深い。ちなみに、iPhone for everybodyキャンペーンは今年の9月30日まで実施される予定だ。

ドコモ版iPhone実現を妨げる要因

 ここまで、ドコモ版iPhoneは十分に実現する可能性があることを述べてきたが、逆に実現の障害になる要因もかなりあるようだ。

 まず、最初に挙げられるのがハードウェアの変更だ。「同じW-CDMA/HSDPA方式だから、ハードウェアの変更は必要ないのでは?」と考えてしまうが、実はドコモがiPhoneを導入するには、実質的にハードウェアの変更は避けられそうにない。なぜなら、FOMAプラスエリアの名称で展開されている800MHzへの対応が必須だからだ。

 第3世代携帯電話(3G)は元々、全世界で同じ通信方式、同じ周波数帯で利用できることを目指して規格化されたものだが、日本をはじめ、欧州やアジアなどで利用できる共通の3Gの周波数帯は2.1GHz帯(国内では2GHz帯と表記)となっている。しかし、国や地域によって、周波数帯の空き具合いが異なるため、国と地域ごとにいくつか独自の周波数帯に3Gを割り当てている。たとえば、日本の場合はドコモやauが利用している800MHz帯、ドコモが東名阪地区で割り当て、イー・モバイルが全国で展開している1.7GHz帯などが挙げられる。米国も850MHz帯や1.9GHz帯に3Gを割り当てており、iPhoneは2.1GHz帯のほかに、この2つの米国が割り当てている周波数帯(米国以外にオーストラリアやカナダなども利用)に対応している。

 ドコモがFOMAに割り当てている周波数帯の内、元々は2.1GHz帯でエリアを展開してきたが、2005年から800MHz帯を利用したFOMAプラスエリアを展開し、FOMA 901iSシリーズ以降、FOMAプラスエリアに対応した端末を発売している。実は、このFOMAプラスエリアは直進性の高い2.1GHz帯に比べ、山間部などでも電波が回り込み、届きやすいため、主に郊外や山間部を中心にエリアが展開されている。1.7GHz帯は都市部の混雑緩和のために展開しているため、対応は必須ではなく、現在もサポートしていない機種があるが、800MHz帯を利用したFOMAプラスエリアは都市部以外のエリアで広く使うためにも必須となっており、ほぼ全機種がサポートしている。たとえば、現在のFOMAには海外メーカーの端末として、BlackBerry Bold(カナダのResearch In Motion製)やHT-03A(台湾のHTC製)などがラインアップされているが、カタログなどを見てもわかるように、実は両製品とも日本向け周波数帯であるFOMAプラスエリアに対応している。つまり、グローバル向けに展開している製品をベースに、別の周波数帯をサポートするようにハードウェアに変更を加えているわけだ。ちなみに、日本市場から撤退してしまったが、ノキア最後のドコモ向け端末となったNM706iもFOMAプラスエリア対応となっている。もし、ドコモ版iPhoneが登場するのであれば、FOMAプラスエリア対応の変更が必須となるわけだ。

 しかし、アップルはMacなどを見てもわかるように、基本的に世界中にほぼ同一のハードウェアを提供し、OSなどのソフトウェアは各国向けに個別に提供している。このルールに則るなら、ドコモ版iPhoneの実現はかなり難しい。しかし、前述のように、各国とも周波数帯が足りないため、2.1GHz帯以外の周波数帯も3G向けに割り当てており、アップルが現在以上に広い国と地域にiPhoneを提供するのであれば、個別対応も考えなければならない時期に来ているという見方もできる。ちなみに、こうした状況を見て、グローバル市場を重視するユーザーからは「日本独自に割り当てた周波数帯でエリアを展開するから、こんなことになってしまうのだ」といった厳しい声が聞こえてきそうだが、元々、周波数割り当ては国や地域ごとの事情があるもので、日本だけが特殊というわけではないだろう。それを言ってしまえば、第2世代携帯電話の段階で、後に実質的な世界標準となったGSM方式を採用せず、日本独自のPDC方式を採用したことから影響は始まっているわけで、むしろ、日本の通信行政の施策が正しかったかどうかが云々されるべきだろう。

追記(2009/8/12)
 記事掲載後に寄せられた通信業界関係者の読者の方からの指摘によると、iPhone3G及びiPhone 3GSに搭載されている無線チップはFOMAプラスエリアの周波数を含んでおり、実際にはほとんどハードウェアに変更を加えることなく、FOMAプラスエリアに対応できるとのことだ。BlackBerry Boldなどのについても同様の方法で、FOMAプラスエリアに対応させているため、現在のiPhone 3G及びiPhone3GSのハードウェアでも対応できるそうだ。

 さて、ハードウェアに次いで、もう一つネックになりそうなのがiPhoneで展開されているアプリケーションサービス「App Store」の存在だ。現在、iPhoneではApple IDを使い、アプリケーションや楽曲をiTunes Storeから購入している。これらの内、楽曲については収録曲数も圧倒的に多く、代わりのサービスを提供することが難しいため、そのまま使える可能性が高いが、アプリケーションについては少し違ったアプローチも取られるかもしれない。

 これはドコモがスマートフォン市場をどう捉えているのかも関係していそうだが、ドコモとしては、より多くのユーザーに安心してスマートフォンを使ってもらうため、自前のアプリケーションストアを用意することを検討している。ある程度、慣れたユーザーなら、どのプラットフォームであれ、通信経由でダウンロードしたり、パソコンでダウンロードしたりして、端末にアプリケーションをインストールすることができる。しかし、パソコンでのアプリケーションのインストールにも慣れておらず、ケータイも基本的にはプリインストールのiアプリか、一部の公式メニュー内にあるiアプリ程度しかダウンロードしたことがないユーザーにとって、スマートフォンのアプリケーションのインストールはやや敷居が高い印象がある。そこで、自前のアプリケーションストアを用意し、わかりやすい形でアプリケーションを提供しようという考えだ。

 こうした考えが生まれてきた背景には、もう一つ決済の問題が絡んでいるようだ。現在、iPhoneではApp Storeを利用すると、有料のアプリケーションの支払いはApple IDによって、決済される。クレジットカードを登録していれば、クレジットカードから引き落とされ、iTunes Cardが登録されていれば、チャージされた金額から引き落とされるしくみだ。これは決済手段として、非常に便利なのだが、ドコモとしては自社でクレジットカードサービス「DCMX」をはじめ、支払いサービスの「ドコモ ケータイ払い」など、決済サービスを提供しているのだから、当然、そちらを利用したいはず。同時に、あまりスマートフォンに詳しくないユーザーが知らず知らずの内にアプリケーションを買ってしまって、トラブルになることを避けたいという配慮もありそうだ。この関係もあってか、今夏に発売されたAndroidを採用したHT-03Aは、今のところ、Androidマーケットからダウンロードできるアプリケーションが無料のものに限られている。

 「パソコンやWindows Mobileでは自由にダウンロードして、インストールできるじゃないか」という意見もあるが、T-01AやBlackBerry Boldでアプリケーションを入手する方法は、基本的にブラウザ経由でのダウンロードだ。これに対し、iPhoneやHT-03Aは端末内にアプリケーションストアに直結するメニューが用意されており、パスワードを入力するだけで簡単に購入できてしまう。ドコモとしては、やはり、端末のメニュー内から直結するようなサービスについては、ある程度、責任を持ちたいという考えなのかもしれない。

 もちろん、そこには決済による手数料収入も関係してくるだろう。App Storeは売り上げの30%をアップルが手数料として、受け取っているが、仮にドコモが独自のアプリケーションストアを提供した場合、この手数料をどのように扱うのかが問題になってきそうだ。ちなみに、現在のApp Storeは国別にメニューが提供されており、日本と海外では別のApp Storeのメニューが表示されるが、これを発展させ、事業者別にメニューが表示されるようになれば、「ドコモ版App Store」を実現できるかもしれない。

ドコモ版iPhoneは実現するのか?

 ここでは噂されているドコモ版iPhoneの可能性について、いくつかの角度から検証してみた。読者のみなさんはここまで読んでみて、どうお考えだろうか。

 ここで取り上げた内容は、すでに明らかになっている情報に加え、筆者が独自に得た情報や筆者自身による推測も交えているため、必ずしも正しい結果を導き出しているわけではないが、総合的に見て、ドコモ版iPhoneが実現する可能性は五分五分といった印象だ。「NDA契約があるため、話すことができない」とコメントしていることから、おそらく交渉は進めているのだろうが、ここで取り上げた『FOMAプラスエリア対応』『独自のアプリケーションストア』などの問題をクリアしなければ、実現は難しそうだ。最後に、敢えて勝手な推測をもうひとつ付け加えるなら、実現できるかどうかの目安は来年の春頃ではないかと予測している。さて、ドコモのロゴが入ったiPhoneを目にする日は来るのだろうか。

 



(法林岳之)

2009/8/11 13:22