ケータイ用語の基礎知識

第787回:aptX HD とは

48KHz/24bitまでのハイレゾ音源を再生

 「aptX HD」(aptX HD for Bluetooth)は、音声コーデック「aptX」ファミリーのひとつで、48KHz/24bitまでのハイレゾ再生に対応したバージョンです。英国の半導体メーカーであるCSR社が開発し、現在は米クアルコムがその技術開発やドライバーソフトなどの提供、あるいは製品の認定プログラムの策定・運営まで一手に行っています。

 Bluetoothには「プロファイル」と呼ばれる設定があります。これは、簡単に言うとBluetoothをどのような用途で使うかを決めるものです。「aptX」、そして今回紹介する「aptX HD」は、オーディオ向けのプロファイル「A2DP(Advanced Audio Distribution Profile)」で使われるコーデックです。Bluetoothで音楽を聴く際、標準的なコーデックよりも高音質で、遅延が目立ちません。

 ワイヤレスで高音質な音楽を楽しむためのコーデックだった「aptX」は、ハイレゾには対応しません。一方、「aptX HD」は、「aptX」のハイレゾ対応版です。

 つまり、この「aptX HD」というロゴのあるヘッドフォンやスピーカーは、スマートフォンやパソコンなどとBluetoothで対応スマートフォンに接続した場合、48KHz/24bitと、これまでよりさらに高品質で音を再生できます。またaptX HD対応ヘッドフォンをaptXのみに対応するスマートフォンへ接続したり、逆にaptX HD対応スマートフォンをapt X対応ヘッドフォンと繋いだ場合は、従来のapt Xで接続、つまり後方互換性もあります。

 2016年12月現在、auから発売されている「isai Beat」が「aptX HD」に対応しています。また、NTTドコモから来年2月に発売される「VR20 PRO」も「aptX HD」に対応予定です。

 apt-X HD対応ヘッドフォンとしては、オーディオテクニカから販売されている「ATH-DSR9BT」などが発売されています。「ATH-DSR9BT」は、フルデジタル再生ヘッドフォンとしても知られ、デジタルオーディオをデジタル信号のまま利用し、これまでの機器では楽しめなかった、高品質なオーディオ再生が可能な機種です。

 「aptX」認定プログラムで認定されているスマートフォンでは、ペアリングしたBluetoothヘッドフォンのスイッチを入れると、画面に「Connected with “クアルコム aptX”」というロゴが表示されます。「aptX HD」の場合も対応スマートフォンに対応機器を接続すると「Connected with “クアルコム aptX HD”」のロゴが表示されます。

aptXとaptX HDのロゴ。スマートフォンに対応オーディオ機器を接続すると、画面にこのロゴが表示される

aptX HD、その仕組みは

 ハイレゾ音源を再生できる「aptX HD」ですが、基本的には「aptX」の技術や仕組みをそのまま採用しています。アルゴリズムやデータ圧縮比(4:1)はaptXから変えることなく、単純に情報量を増やすことでサンプリングレート48KHz/24bitという解像度での2チャンネルステレオ、ハイレゾ再生に対応したのです。

 aptXでは、Bluetoothの通信に使われる「Bluetoothパケット」に、aptXが生成した「aptXワード」を詰めて音データをやり取りします。従来は1ワードが16bit単位であったため、16bitより大きいハイレゾ音源に対応できませんでした。「aptX HD」では、これを拡張して1ワード=24bit単位にしたことでハイレゾに対応しました。

 「aptX HD」に限らず、aptXファミリーはいずれも、このように技術的な基本はほぼ変えずにバリエーションが策定されています。

 「aptX」というコーデックは、もともとBluetoothでのみ使われているのではありません。ピクサーやワーナーブラザーズ、ディズニーといった企業が、映像・音楽コンテンツのアフレコや編集をする場合、あるいは日本でも公共・民間ラジオ方法の現場や、ライブ会場でのデジタル無線マイクなど、プロユースオーディオでも「aptX」が使われています。

 「aptX」は、プロプライエタリ(企業が中枢技術を把握し、オープンではない技術)で、詳細は公開されていません。ですが、公開情報の範囲でいうと「時間ドメイン」で、ADPCMに似た固定圧縮アルゴリズムを採用していることがその特徴です……と言ってもちょっとわかりづらいかもしれません。

 「音」を、データとして表現するのにはいくつか方法が考えられます。
 たとえばMP3方式では、音波、つまり音の波であれば、その周期は標準的な波(正弦波)を組み合わせれば表現できると考え「周波数ドメイン」というやり方を採用しています。そうではなく時間ごとに状況を切り取って単純化するのが「時間ドメイン」という考え方です。

 「aptX」は、データ量を減らすために固定圧縮アルゴリズム、つまり一定間隔でデータ量を間引くというやり方で減らします。これは、多くの周波数ドメインベースのコーデックではデータ圧縮のために「音響心理モデル」を採用し人間には聞こえなさそうな音のデータを省略することでデータ量を減らしているのとは大きく異なります。

 コーデックの思想の差は、それぞれの方法で音源データを圧縮し、再生したときの音のスペクトラムとして見るわかりやすくなります。Bluetooth標準の「SBC」、あるいはiPhoneで利用される音声コーデック「AAC」では、聞こえにくいと考えられる高音域(グラフで四角く囲われた部分)がスッパリとカットされるのに対して、「apt X」では固定比率でデータを圧縮するのみのため(細かい部分は異なるものの)基本的なシェイプは変わらず再現される傾向になっています。

図は、クアルコムが開催した報道向けオーディオソリューション説明会で公開された説明用スライドから。Bluetooth標準のSBCとAACでは、聞こえにくいと考えられる高音域(グラフ中四角く囲っている部分)がスッパリとカットされるのに対し、apt Xでは固定比率でデータを圧縮するのみで、大まかにはどの周波数帯でも元の音のグラフに近い形で再現される傾向となる

 大雑把にいえば、データ量が足りなくても、あからさまに破綻した箇所がユーザーに感じられにくく、「それらしく見える」やり方といえるでしょう。

 限られた通信速度の中では、何を優先して、何を割り切るかは、技術や方式の個性となる部分です。aptX HDの設計思想は、放送技術などで培った「24bitでのaptXをBluetoothに持ってくる」、aptXの基本である「時間ドメイン・4:1比での圧縮」を優先しつつ、残りの条件となるサンプリング周波数は「48KHzを上限」を制約とした方式であると言っていいでしょう。

 これまで音楽の現場で使われブラッシュアップされ、Bluetoothに持ち込まれ、「プロ由来」の良さをうまく残して一般ユーザー向けにハイレゾへ対応したのが「AptX HD」と言ってもいいかもしれません。

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)