災害時に船上基地局、KDDIが実験


 KDDIは11月27日、広島県呉市にて電波照射実地試験を行い、その模様を報道関係者に公開した。

 海上保安庁の巡視船に積載した基地局から陸上に向かって電波を照射してサービスエリアを作り、陸上で音声通話やデータ通信を行えるようにするための実証実験で、災害などによって陸上の基地局が機能しなくなった場合に、緊急時の衛星エントランス(交換局に接続するための基地局と回線)として機能させることを狙い、課題の洗い出しなどを行う。2013年中の実用化を目指す。

陸上の災害対策に加え、海上からの復旧支援の実現へ

 実験の開始前に、港で停泊中の巡視船「くろせ」にて、すでに設置されていた衛星パラボラアンテナと基地局設備が披露され、その後、今回の実験の意義や実施内容の詳細などが説明された。

総務省 中国総合通信局 無線通信部長 中村 治幸氏

 説明会の冒頭で、総務省 中国総合通信局の中村 治幸氏が挨拶。2011年の夏に、海上保安庁から今回の実験に関する提案があったことを明かし、「実験を通じて効果が見込めるという結論に達すれば、総務省で法制度の改修などを行って、実現に向けて前進させたい」と力強く語った。

 実験の発案元である第六管区海上保安庁の梅田氏は、「地震などの災害時でも比較的影響が少ないであろう船舶に基地局を設置してはどうか、と考えたのがそもそもの発端」と言い、被災地の道路事情などによっては車が通行できずに復旧作業が遅れてしまう可能性があるが、船舶であれば早期に沿岸部に到達できることや、船舶が備える電源で安定的に電力供給でき、停電の心配が少ないことなどから、「救助活動の遅延対策として非常に有効である」としている。海上保安庁は、今回の実験にあたって巡視船1隻を供出している。

第六管区海上保安庁 総務部 情報管理官 梅田 尚人氏KDDI 運用本部 副本部長 難波 一孝氏

 また、KDDI 運用本部の難波氏は、「2011年3月11日の震災で、我々に何が足りなかったか、我々が何をするべきだったか、というようなことをいろいろ検討している中で、海からのサービスエリアの確保という新しいお話をいただいた。我々としてもこれをぜひ実現したい」と語り、今回の実証実験に向けて意欲をにじませた。

 続けて、東日本大震災時の被災地の写真を交えながら、KDDIが実際に行った復旧活動の内容を振り返った。この震災における復旧活動で得られた課題と教訓をもとに、ネットワークの信頼性向上、迅速な復旧、利便性の向上という3点を主眼にした対策にすでに取り組んでいるという。

KDDIの東日本台震災時における取り組み

 ネットワークの信頼性向上においては、伝送路の品質を上げるため基幹ルートの見直しを行ったうえで、電源設備を強化した。通常、各基地局は数時間程度稼働するバッテリーを備えているが、特に重要性の高い大きな基地局については、24時間以上稼働できるよう電源設備を増強している。

 迅速な復旧、という面では、緊急時に即座に配備可能な移動基地局を大幅に増加させている。車載型の基地局20台と可搬型の基地局27台がそれぞれ配備済みで、さらに、エントランスとなる無線基地局を追加で60対向分用意し、衛星エントランスも増強した。

 利便性向上については、災害時の混雑状態でも遅延を抑えて音声メッセージを送受信できる機能や、災害伝言板の提供、災害時に必要とされる新サービスに対応した携帯電話・スマートフォン端末を充実させるといった活動を行っている。

震災の教訓をもとにした新たな災害対策

 このように、陸上における災害対策は順調に進んでいるものの、「それだけではやはり限界がある」(難波氏)という。同氏は、「電気、水道、ガスの次に携帯電話が非常に重要なインフラ」であると捉え、新たに海上から作り出したサービスエリアをどのように展開していくか、「総務省などに指導いただきながら、実験を行う1週間で、いろいろな電波の状態を測定して、基準作り、制度作りにおける支援を行って実用化を目指していきたい」と結んだ。

陸路からの復旧が困難な場合に、海上からの支援が必要となるKDDI 運用本部 広島テクニカルセンター センター長 鵜川 美彦氏からは、実験内容の詳細な解説が行われた
実験内容の詳細資料

0.5秒ほど遅延するが、クリアな音声で通話可能

海上保安庁の巡視船「くろせ」
船首に設置された衛星パラボラアンテナカバー内にアンテナがあり、船の揺れを打ち消すように自動で動いて角度を変えている
船尾には基地局設備とアンテナを配置
GPSアンテナも設置している
基地局の機材一式と、船舶から供給される電源の変圧装置

 実験は、呉市にほど近い倉橋島・大迫港にて行われた。周囲に山々が迫るコの字型の湾内で、1kmもしくは3km離れた南側の沖合から沿岸部に向けて電波を照射し、陸上に用意した3箇所の測定ポイントで電波状況などを確認する。大迫港は、今回の実験で使用する800MHz帯の電波がほとんど届かないことから、実験場所に選ばれたとのこと。

沖合1kmに停泊する巡視船
沿岸部は美しい風景が広がる

 立ち会うことができたのは、1km沖合からの電波照射試験。巡視船に積載した基地局から特定の端末でしか利用できない800MHz帯の電波を発射し、その電波を補足した専用の測定器などで電波状況を確認するとともに、データ通信時の速度計測、実験用に設定した特別な携帯電話による通話品質の体感チェックを実施する。また、発話側の音声波形と受話側の音声波形を記録し、比較することで、エラーの発生頻度など通話品質に関わる検証を厳密に行う。海上では潮位の変化もあるため、干潮時と満潮時とで海面反射によるノイズがどのように発生・変化するか、といった点も検証される。

八木アンテナと専用の測定器で電波状況をチェック電波が照射されていない状態
データ通信に使われる電波を照射し始めると、徐々に波形が盛り上がってくるデータ通信の電波がほぼ最大に
音声通話に使われる電波が照射されると、データ通信のすぐ左が盛り上がった

 特別な設定が施された携帯電話を一時的に借りて、実際の通話品質を体感することができた。携帯電話→船上の基地局→船上の衛星パラボラアンテナ→人工衛星→山口衛星通信センターの衛星パラボラアンテナ→基地局、というかなり遠回りな経路を往復するため、地上だけで完結する通常の通話よりも若干音声の遅延がある。およそ0.5秒ほど遅れて聞こえてくるイメージだが、音声そのものはクリアに聞こえ、遅延もほとんど気にすることなく会話できた。

近くにいる者同士になってしまったが、通話品質も体感できた
車載型基地局も用いて電波の検証を行っていた公民館を間借りして試験データを収集している
日中にもかかわらず、瀬戸内海の冬の風物詩という“浮島現象”も見られた

巨大パラボラアンテナが密集する山口衛星通信センター

電波望遠鏡のすぐ右下にある中型のパラボラアンテナが、今回の実証実験で利用したもの

 本実験に先立つ前日26日には、山口県にあるKDDI山口衛星通信センターの見学会が実施された。同センターは山口市の中心部から車で約15分の山間部に位置し、多数の巨大パラボラアンテナが稼働する日本の衛星通信の玄関口となっている基地。衛星電話や衛星データ通信、国際テレビ映像の伝送などを行っており、海底ケーブルで接続されていない約50の国・地域との通信をこの施設でまかなっている。敷地内には一般見学者用のパビリオンも併設されており、年間1万2千人が来場者するという。

KDDI山口衛星通信センター入口
一般の見学用施設であるKDDIパラボラ館。入場は無料
KDDIパラボラ館に入ってすぐにある衛星と打ち上げ用ロケットの模型
パラボラアンテナ群を一望できる展望室展望室からの眺め
備え付けの望遠鏡も無料で利用できる
492kbpsでデータ通信も可能な端末「インマルサットBGAN」。重さは約3.2kg
山口衛星通信センターを理解できる啓発用ビデオも上映。演者には地元の子供も起用

 同センターの立地は、主な通信衛星が位置している太平洋上空とインド洋上空の両方を見渡すことができ、窪地になっているため電波干渉の原因となる地上マイクロ波の影響が少なく、しかも地震などの自然災害が比較的少ない、ということから、安定的に衛星通信を提供するのに最適であるとして、1969年に開所。同様の施設は茨城県の旧茨城衛星通信センター(1963年開所)にもあったが、2007年にすべての衛星通信の機能を山口衛星通信センターに集約したという経緯がある。

KDDI山口衛星通信センター センター長 河合 宣行氏がセンターの概要と衛星通信について解説を行った

 欧米諸国や東南アジアなど、主要な国・地域とは海底ケーブルで接続されており、高速・高品質に通信を行える状況にあるとはいえ、それ以外の多数の地域と通信を行うためには、地球上の広範囲をカバーできる衛星通信が必要とされる。また、海底ケーブルは地震などによって損傷を受けると復旧に時間がかかるが、衛星通信ではそういった災害に強いだけでなく、緊急時にエントランス回線として迅速に配備できる点もメリットとして挙げられる。

海底ケーブルのネットワーク

 同センターでは、衛星通信の中でも、固定衛星通信を行うインテルサットと、移動衛星通信を行うインマルサット、船舶VSATという3種類の衛星通信を監視・運用している。

衛星通信のネットワークと特徴

 インテルサットは、地球局と呼ばれる固定された基地局間の通信を衛星経由で行うもの。海底ケーブルで接続されていない地域との通信に使用され、6GHzや14GHzといった高周波数帯で、1GHz以上の帯域幅を確保していることから、通信キャパシティが大きい点がメリット。地上に設置した大型・小型の基地局のほか、車載型の基地局も存在する。

 一方、インマルサットは、地球局と移動体との間の通信を衛星経由で行うもの。帯域幅が狭いため通信速度は低速だが、船舶や航空機の通信に用いられるだけでなく、十分な設備のない地域や大規模災害で被災した地域などで、可搬型の通信機器で衛星通信を行う際にも利用される。市販の携帯型衛星電話「Isat Phone」がこのインマルサットを利用しており、以前から携帯型衛星電話として有名なイリジウムも、このインマルサットと同種の移動衛星通信サービスだ。

海底ケーブル、固定衛星通信、移動衛星通信それぞれの特徴を比較
固定衛星通信の主な利用地域

 船舶VSATは、通常はインマルサットが利用される船舶上で、インテルサットと似た高周波数帯・広帯域による高速大容量の通信を実現するもの。利用可能な範囲はインテルサットやインマルサットと異なっていて、主要地域はカバーしているものの限定的。しかし、一部の豪華客船やKDDIの海底ケーブル敷設・保守船に搭載され、すでに実用されている。27日に行われた実験では、この船舶VSAT用の通信回線のうち、太平洋上空の衛星を介して行われたものだ。

船舶VSATのカバー範囲は他の衛星通信よりやや限定的
日本最大の衛星通信用パラボラアンテナ。直径は34mある
直径32mの電波望遠鏡。現在は山口大学が管理している右下に見える作業員と比べると、その巨大さがわかる
他にも小型の(といっても直径数m以上ある)パラボラアンテナが立ち並ぶ一風変わった形のパラボラアンテナは、テレビ映像受信用
古いパラボラアンテナを解体した際に、モニュメントとして残したという巨大な部品。これがパラボラアンテナの内部で実際に電波の送受信を行う本体と言えるものだ通信機室内も見学が許された。所内は常時2名が24時間、2交代制で勤務する
パラボラアンテナで伝送する電波の変調・復調装置。いわゆるモデムで、50の国・地域それぞれに1つずつ用意されている
こちらは電波の周波数を変換する装置。アップリンクとダウンリンクそれぞれで、衛星の数ずつ用意テレビ映像を海外へ伝送するためのモジュレーター。最大10伝送まで可能
海外からの映像を東京・大手町に伝送するためのデモジュレーター。最大9伝送まで可能船舶VSAT用の装置がこの黒いラックに収まっている
船舶からのSOS時に着信する電話機。必要な資格を持つ者だけがこの電話に出ることができる
船舶の通信設備と同等の環境を模したもの。実際にインマルサットで接続し、9600bpsでデータ通信できる
SOS時のボタン。このボタンを押すと先ほどの電話機に着信する船舶VSATの疑似環境も用意。実測で0.8Mbps近くを記録し、かなり高速に通信できることがわかる




(日沼諭史)

2012/11/28 12:09