携帯マルチメディア放送、ドコモとKDDIが互いの主張を繰り返す
27日、総務省で「携帯端末向けマルチメディア放送の実現のための開設計画に関する公開説明会(第2回)」が開催された。先月行われた公開説明会に続く会合という位置付けで、司会進行は主催者となる総務省放送政策課長の大橋秀行氏が務めた。
前回行われた説明は省略され、ISDB-Tmm方式を採用するマルチメディア放送(mmbi)と、MediaFLO方式を採用するメディアフロージャパン企画の2社からポイントを絞って追加的な説明が行われたほか、両社が互いに質疑を交わす時間も用意され、4時間にわたって議論が行われた。サービスの具体的な姿が定まらない中での質疑ということもあってか、話がかみ合わない場面も見られた。
「携帯端末向けマルチメディア放送」とは、地上デジタルテレビの完全移行にあわせて導入される予定の、新たな形態のメディアと想定されている。これまでアナログテレビが利用してきた周波数帯の一部となる、VHF-HIGH帯(207.5MHz~222MHz)を用いる全国サービスでは、放送設備を保有する事業者(受託事業者)が1社となる予定で、mmbiとメディアフロージャパンが名乗りを上げている。
■両社による追加説明
説明会は、1社20分ずつ、2社で計40分の説明が行われた後、事前に交わした質問(mmbi側は23日付けで一般に質問事項を公開)について15分ずつ攻守を交代する形で質疑応答が行われた。
最初にプレゼンを行ったのはメディアフロージャパン企画社長の増田和彦氏だ。まずはエリア構築についての説明からスタートした増田氏は、クアルコム主導で開発されたMediaFLOを携帯向けの技術として優位性があると選択し、沖縄県などで実験を行ってきたとこれまでの経緯を簡単に振り返りつつ、「(親会社の)KDDIが2006年にBCMCSという同報型サービスを導入して以来、放送型インフラの重要性を認識している」と語り、auショップで行ったアンケート調査の結果を示しながら、従来のワンセグと同じ考え方によるエリア構築では、ユーザーは満足できないと指摘する。特に携帯向けマルチメディア放送では有料サービスが想定されていることから、エリア品質はクレームに直結するとして、屋内などでの受信品質がサービスそのものの品質に結びつくとする。
左からドコモ加藤氏、ドコモ辻村氏、ドコモ山田氏、mmbi二木氏、mmbi石川氏 |
左からメディアフロージャパンの増田氏、KDDIの小野寺氏、クアルコムの山田氏 |
エリア設計の考え方として、スカイツリーから送出することを想定した「大規模送信局」では、新宿など高層ビルの陰で受信できない場所が出てくるとしたほか、複数の大規模送信局を展開すると、混信が発生するというシミュレーション結果が示された。そうした事態を打開するため、大規模送信局に加えて中小規模の送信局を配置して、複数基地局から発信される電波の合成を行うことで全体的なエリア品質が向上するとした。このほか増田氏から、沖縄でのフィールド実験や受信チップの実装、価格の重要性などに関する説明が行われた。特に価格については、月額利用料が500円~800円程度であれば、ユーザー数が最大化する可能性が高いとしている。
一方、mmbi側からは、まずNTTドコモ代表取締役社長の山田隆持氏が口火を切った。前回の説明会では発言しなかった山田氏だが、今回は「ドコモは筆頭株主として、事業化に向けてmmbiを全面的にサポートする」と強い意欲を見せる。重要な点として「充実したコンテンツ」「利用しやすい料金水準」「対応端末の早期普及拡大」の3点を挙げた同氏は「利用しやすい料金がメインポイントではないか。現在、エイベックスと共同で『BeeTV』という映像配信サービスを行っているが、315円にした結果、開始から1年3カ月でユーザー数は130万を超えるところまで獲得できた」と語り、手頃な価格が重要と説く。
その料金を実現するためには、一定のサービス品質を実現しながら、いかに効率的なエリアを作るかが重要として、そのためには1局で大きな面をカバーする大規模送信局でのエリア構築が肝要とする。メディアフロージャパンが示した開設計画から設備投資費と委託事業者(コンテンツ提供事業者)向け料金を抜き出して比較し、「メディアフロージャパンの設備投資費はmmbiの2.2倍で、委託事業者向け料金でも、mmbiは年額10億円なのに対して、メディアフロージャパンは1MHzあたり約29億円/年(5年契約)、10年契約で約21億円/年」と指摘し、インフラのコスト高はコンテンツへ割く資金が乏しくなる要因として、事業性が厳しく、仮にメディアフロージャパンが受託事業者に選定された場合、「ドコモは委託事業者に参入できない」とした。エリア設計については、mmbi代表取締役社長の二木治成氏から説明が行われ、大規模送信局の周囲に中規模送信局を設置するほか、干渉による不感地域にはギャップフィラーを設置して圏外を解消するとした。
■「クアルコムがMediaFLOを身売り?」
15分で攻守交代となる質疑応答は、まずドコモ/mmbi側からの質問でスタート。ドコモ代表取締役副社長の辻村清行氏は、米クアルコムCEOのポール・ジェイコブス氏が現地で行ったとされる発言を取り上げ「米国での商用サービスの契約数はいかほどか。ジェイコブス氏が米国でのMediaFLOについて、売却をほのめかしたが事実か」と問うと、クアルコムジャパン代表取締役社長の山田純氏は「Verizon、AT&TのMediaFLO契約数は守秘義務があるためコメントできない。発言は事実だが、もともと当社では(クアルコム子会社で米国のMediaFLOを卸売する)FLOTVについて、2004年からスピンオフする、売却すると申し上げてきた。出口戦略をどうするか、明確にして取り組むのが通常」と語り、特許やチップセットなどが主力の同社にとってはMediaFLO事業の立ち上げというミッションが終われば、売却で次のステージに移るだけであり「ポジティブなインフォメーション」(クアルコム山田氏)とした。
これを受け、辻村氏は「米国での契約数について調査会社によれば30万人という数値を得ているが、3年で30万人はうまくいっていないと言うべきではないか。そうしたサービスを日本へ導入するとき、米国の実態や原因の調査をしないのは、無責任ではないか」と指摘する。対して、クアルコムの山田氏は「まず全米の隅々までエリアを拡充していくことに時間がかかるのは当然のこと。また米国でアナログテレビの停波が行われたのは昨年で、それによりMediaFLOの大半の基地局が強く出力出せるようになり、ネットワークの価値がこの1年で高まった」と反論し、実際にユーザーにとって魅力的なエリアとなったのは比較的最近のこととする。
そこへKDDI代表取締役社長兼会長の小野寺氏が「MediaFLOは技術とビジネスモデルが分離している。日本では日本向けビジネスモデルとしてやるのであって、米国と同じ基準で捉えるのは間違い。少なくとも日本では無料のワンセグが提供されているが、米国ではそういうものがない。また、米国版はリアルタイム放送だけで、(日本で導入予定の)蓄積型サービスなどがない」とする。辻村氏は「たとえビジネスモデルが違っても、(米国の商用サービスは)世界唯一の事例。調査はきちっとすべき。うまくいっていないものを日本へ導入しようとしているのではないか」と見解を述べた。この点については、別の質疑応答で小野寺氏が「米国では有料のリアルタイム放送がうまくいっていないのは事実」と語り、だからこそ、リアルタイム放送だけではなく、蓄積型放送やIPデータキャスティングなどを用意して、複合的なサービス実現体制を整えれば、有料サービスとして成立すると指摘した。
またドコモから、MediaFLOのライセンス条項について「公取委から改善命令が出されたものと同じか」問われると、クアルコムの山田氏は「公取委からの命令は意義を申したてており係争中」と前置きした上で「ライセンス契約は当事者間の合意で為されるもので不公平な交渉は行っていない。商用化時にも公平で使いやすい形で提供する」と説明した。ただし、拘束条項については、交渉によって合意が得られれば、ライセンス契約に盛り込まれることもあるという。ライセンスを得なくとも、公開された仕様書に従えば誰でもチップセットを制作できるとして、iPhone対応のジャケット型MediaFLO受信端末のチップもそうしたサードパーティによるものと紹介された。永田氏は効率的な開発ではライセンスを受けたほうがベターではないかと指摘したほか、チップセットの新規開発要素について質問。クアルコム山田氏は「物理レイヤーの下位についてはISDB-TmmでもMediaFLOでも共通の部分があるだろろう、ただ、その信号を受けてデコードする部分などは別物で、新規開発が必要だろう」と回答した。
■エリアの作り方について
メディアフロージャパン/KDDI側からは、エリア設計に関する考え方などが質された。まず増田氏が「基本的な考え方」として、屋内受信の重要性の認識について問うと、二木氏は「屋内も重視している」として、5年後の世帯カバー率が88%に達することを紹介。屋内の電界強度の目安については、ギャップフィラーなどで補完するため問題はないとしながらも、建物の構造はそれぞれ異なるため、明示するのが難しいと回答。ただし、参考値は情報通信審議会で提出しているとした。
mmbi側からは、東京タワーを利用するというメディアフロージャパンに対して、アナログ停波にともなう東京タワー内での工事が1年以上かかると見られ、実際は利用するのが難しいのではないかと指摘された。これに対して増田氏は、工事のことは承知しているとしたうえで、利用できない場合は別の場所を使う方針とした。
圏外を補完するギャップフィラーについて問われたmmbi側は、現在想定する基地局数(125局)に含まれていないものの、設置には安価なもので1台200~300万円程度とのことで、経営へのインパクトはないとした。
ビル陰の影響を懸念するメディアフロージャパン側に対し、mmbi側は、建物に反射して到達する反射波も利用できると説明し、ギャップフィラーと組み合わせることでエリアをカバーできるとした。
このほかISDB-Tmmの電波の使い方では、緊急地震速報を導入することが難しいのではないかとの質問も投げかけられたが、mmbi側は「技術的な面での優劣はないとされているのに、いまさら議論するのか」(二木氏)と明言を避けた。
■サービスの実像が見えない中での料金モデルの議論
携帯向けマルチメディア放送では、先述した通り、委託放送事業者と受託放送事業者、つまりソフト(委託)とハード(受託)に分離した構造が採用されている。国内で実現しているサービスでは、CS放送が近いモデルと言えるが、携帯向けマルチメディア放送では、委託事業者のサービスの姿はまだ定まっていない。
その中で、mmbiが今回の説明会で、メディアフロージャパン側に対する攻勢の1つとしたのが料金モデルだ。手頃な料金プランこそが利用者増をもたらし、そのためにはインフラ投資額を抑えるという論を展開するmmbiにとって、メディアフロージャパンの設備投資額や帯域利用料が、mmbiよりも割高になっていることは、メディアフロージャパンの事業採算性に疑問符がつく、というわけだ。
囲み取材での小野寺氏 |
これに対し小野寺氏は、設備投資額が巨額との指摘は認めつつも、満足してもられるエリアを構築しなければ、ユーザーの利用に結びつかないとする。また、帯域利用料の高さを指摘された増田氏は「帯域利用料によって、どういうサービスをどういう人にどれくらいのバリエーションで提供するか決まってくる。映像や電子書籍など、コンテンツの種類で1日あたりのデータ配信量が決まってくる」「サービスを提供するため。1MHz幅必要な事業者もいれば、もっと多くの帯域が必要な事業者もいるだろう」などと語り、必要なサービス像からエンドユーザーの利用料が算出されると語る。
エンドユーザーの料金は、サービスの形態次第、という考え方と見られるが、囲み取材で小野寺氏は「1MHzは20億だが、1日のうち10分だけ放送する事業者、というものが成立するかどうか、現時点ではまだわからない。いわゆるプライムタイム(視聴率/利用率が高い時間帯)によって料金が異なるのは当たり前。携帯は夜使われるから、夜は高いけれども多くの人に放送できる、という形も考えられる。現行サービスのEZニュースEXに動画を付けても、1分かからず配信できる」と、実現できるサービスの形の議論が進んでいないため、現時点では議論しづらいとする。同じく囲み取材で、増田氏は「mmbiは300円が1つの基準になっていて、たまたまBeeTVはそうなっているが、現在は130万契約。映像配信するにしても、長時間化、高画質化になると料金はどうなるか。さらに電子書籍も提供されるとどうなるか。配信コンテンツによって必要な帯域が異なる」と述べ、そのあたりを踏まえなければ料金モデルやコスト構造の議論は進まないと指摘した。
説明会最後に小野寺氏は「委託をどう作るかが最大の問題。そこの開発をどうしていくか」と述べ、mmbiとドコモが例に挙げる「BeeTV」を挙げてリアルタイム放送だけではビジネスとしては成り立たないとして、委託事業の議論を進めるよう、総務省側へ求め、「日本発のビジネスモデルとして成功させたい」とコメントした。
囲み取材での山田氏 |
同じくドコモ山田氏は、携帯向けマルチメディア放送を「貴重な電波を用いるビジネスで何としても成功させたい。委託事業者の立場からすると、インフラは安いほうがいい。第一段階として一定の品質を保ちながらインフラをやっていきたい」と述べ、コスト性能の高さをアピール。
囲み取材に応えた山田氏は、「できるだけ委託料は安いほうがいい。最初は700億ほどの投資額を見込んでいたが、置局設計をきちっとやって440億まで抑えた。ビル陰も反射波などを用いて圏内にできる」と語る。マンションや一戸建て、オフィスビルの奥まった場所など、既存のワンセグでは圏外になるようなエリアへの対策としては、「既存のワンセグは、屋上のアンテナでキャッチする地上デジタル放送の一部だが、それよりもISDB-Tmmでは出力が高く設定してあり、宅内へも十分浸透する」と説明した。また、サービスの在り方としても、BeeTVのようなストリーミング放送だけではなく、特定のユーザーだけに送信できる仕組みなども必要とした。
2010/7/27 21:24