インタビュー

「ARROWS NX F-06E」開発者インタビュー

「ARROWS NX F-06E」開発者インタビュー

基本に立ち戻り、生まれ変わったフラッグシップARROWS

ARROWS NX

 富士通は今夏、ドコモ向けのハイエンドモデルとして「ARROWS NX F-06E」を投入する。スペックを見ると、富士通らしい最新・フルスペック・ハイスペックのAndroidスマートフォンとなっているが、端末名がARROWS XからARROWS NXになり、富士通のハイエンドモデルとしては珍しくクアルコムのチップセットを使うなど、いままでとは違うポイントも多い。今回はこの新機種ARROWS NXについて、富士通のユビキタス戦略本部長代理 商品企画・プロモーション担当の松村孝宏氏にお話を伺った。

サクサク長時間使いたい、という要望に応える

富士通 ユビキタス戦略本部長代理 商品企画・プロモーション担当 松村孝宏氏

――まず今回、ARROWS NXと名前が変わりましたが、NXにはどういった思いが込められているのでしょうか。

松村氏
 従来は高画素カメラなどのハイスペックな部分を商品のメッセージの中心に置いていましたが、今回のARROWS NXでは、基本に立ち戻るという気持ちを込めて作っています。富士通のスマートフォンをご購入いただいたお客様、ご購入いただけなかったお客様の両方からお話をお聞きしたところ、ハイスペックというキーワードではなく、それよりも普通にちゃんとサクサク使いたい、それも長時間使いたい、といった要望の声をいただきました。ハイパフォーマンスと長時間は相反するところもあるのですが、ARROWS Xのクアッドコアモデルを出した後から、メーカーとしても答えを探し続けていたところです。

 富士通のスマホは、プロセッサーに最初はTIのOMAPを使っていました。その次にNVIDIAのTegraを使いました。それとは平行し、クアルコムのチップセットを使ったモデルも展開していましたが、フラッグシップにクアルコムのチップセットを採用するのは初めてとなります。モデム部分もクアルコム製のチップを使うようになりました。他社と同じ、クアルコムのチップセットを使う中で、いかにお客様が求める基本的な満足度の部分に応えていくか。そこを重視し、今回はARROWS Xという名称を変更して、「New」や「Next」といった意味を込め、ARROWS NXという名前にしています。

 もちろん、富士通のフラッグシップモデルということで、ハイスペックな製品というご要望も大きいところなので、スペック的な部分にも手抜きはありません。ちゃんとした上で、基本的な面でお客様にご迷惑をおかけしない、ご満足いただけるような商品を作り上げた、というのが今回のポイントとなります。

 たとえば省電力でもアプリが立ち上がるのに時間がかかるとか、メモリが足りないとか、そういったところに不満を感じないようにしています。また、電力消費が多いからしょうがないでしょう、というようなこともありません。今回は大容量電池を搭載するとともに、低消費電力になるようにしました。電池の持ちに関しては、フラッグシップのラインナップの中でも一番を目指しています。

側面にはメタルのパーツが使われていてアクセントになっている

――低消費電力はどのように実現されているのでしょうか。

松村氏
 富士通独自のセンシング技術のために、ヒューマンセントリックエンジンというものを独自のプロセッサーに実装して搭載しています。端末の状況やお客様の状態を細かくセンシング技術を活用して検知し、電池を使わないようにしています。

 これ以外にも、基本的にどのプロセッサーでも、「電気のついている部屋をいかに見つけだし、いかに電気を消していくか」という省電力設計の基本は変わりません。こちらも相当に、愚直に、人と時間をかけて開発・調整しました。ヒューマンセントリックエンジンと省電力設計の2つが組み合わさり、ハイエンドモデルナンバーワンと言えるレベルになったかな、と思っています。

――ヒューマンセントリックエンジンによる省電力とは、たとえば卓上に置いているときにはすぐにスリープ消灯する、といったようなことですか?

松村氏
 そういったところも、下手に置いているだけですぐに消灯、とやっていると、使っている最中に消灯して、うっとうしさに繋がってしまいます。そこはヒューマンセントリック以外の部分でも電池を持たせよう、といった開発を行っています。

 電池の容量を大きくしても本体を大きく感じさせないようなデザイン、というようなところも、デザイナーが苦労したポイントです。

――今回はSnapdragon採用ですが、OMAPやTegraを採用してきたこれまでの富士通のフラッグシップモデルの開発のノウハウは活用されているのでしょうか。

松村氏
 どのプロセッサーでも、どのようなことをすれば消費電力が大きくなる、といったことは同じです。過去から積み重ねた僕等の資産は、今回のモデルにも詰め込んでいます。エンジニアに言わせると、これまで汗をかいた分、そのときに培ったノウハウを入れ込んでいるので、エンジニアは他のメーカーに負けないと言っています。

――富士通も東芝もそうですが、スマートフォンには早い段階からアグレッシブに取り組まれてきた反面、その割を食ったかな、という印象もあります。

松村氏
 それはそうなのかも知れません。しかし、だからといってお客様にご迷惑をおかけしてはいけません。我々は何千万台も売っているようなメーカーではないので、巨人の戦い方はできず、知恵で乗り切らないといけません。チャレンジしないと、ますますどこかに追いやられてしまいます。チャレンジ精神だけは忘れずにいよう、と商品開発も言っています。もちろん、チャレンジも苦労しただけで終わるのではなく、そこで培ったものは、次へ次へと継承しています。

ワンセグ・フルセグ兼用の伸縮アンテナを搭載

――新しいチャレンジというと、今回はフルセグに対応されましたね。

松村氏
 個人的にはフルセグについては、全メーカーがやってくると予想していました。商品企画担当の若い人たちが僕に「今回の目玉はフルセグです」と言うのです。僕は最初、「いまどきテレビは付加価値にはならないよ」と言っていました。「昔、フィーチャーフォンがワンセグを搭載したとき、ドコモのモデルではiTVというサフィックスを付けて強調していましたが、あの時代は戻ってこないよ」と。しかし、いざフタを開けてみたら、フルセグは数メーカーしか取り組んでいませんでした。実際に開発にはものすごく苦労しましたし、チューニングも最終段階まで行っています。そして、実際にフルセグを見てみると、当たり前ですが、ものすごくキレイなんです。ワンセグって何なんだろう、と感じるくらい。これは安定受信できる固定環境で、じっくり楽しんでもらいたいな、と思います。

――フルセグ以外でもほぼフルスペックですね。

松村氏
 こだわりの中心点は、基本的な満足度を上げているところです。ここに徹底的にこだわっています。それ以外のスペック面でも、フラッグシップに求められる機能は全部入りです。買った後で「アレがなかった」と言われないレベルになっています。

 デザイン面では、リアルマテリアルを使っています。当然コストもかかっていますが、お客様に長く使ってもらいたい、ということで、本物の質感にこだわりました。塗装については、ダイヤモンドを練り込んだタフコートを使っています。

 従来機同様に、ヒューマンセントリックエンジンで各種センサーを使ったさまざまな機能を搭載しています。ここは富士通独自で開発している部分です。こうしたセンサーを使った機能は、フィーチャーフォン時代からやっていますが、最近は他社も取り組むようになって、ある意味うれしく、「間違っていなかったな」と感じています。

イヤホンマイク以外の端子はキャップ付き

――防水にも対応されていますが、他社端末で増えているキャップレスのmicroUSB端子は採用されないのでしょうか。

松村氏
 富士通はいち早く防水スマートフォンに取り組み、老舗を自認しています。当然、防水分野においてのチャレンジも基礎研究として行っています。イヤホンも防水カバー無しになっていますし、microUSB端子も当然、将来的にはカバーが無くなるだろうと思います。ただ、そこは実際にやってみて不具合が発生し、「すみませんでした」で済まされるところではありません。注意をしながら、じっくりと進めています。

――おくだけ充電には対応されていませんが、充電についてはどうお考えでしょうか。

松村氏
 おくだけ充電は、使ったお客様の満足度が高い機能です。卓上ホルダと変わらないようにも見えますが、ただ台に置くだけとホルダにカチっと挿すのとでは違います。しかし、ARROWS NXのようなフラッグシップモデルをお買い上げの方は、ヘビーユーザー比率が多いと想定されます。そうした方々は、充電に必要な時間を電池容量同様に重視されます。この場合、無接点充電をサポートしない代わりに大きな電池を搭載して、急速充電に対応した方が良いと考えています。

――最先端というところでは、DTCP-IPだけでなく、DTCP+にも対応されています。家のレコーダーで録った番組を外出先でも視聴する、というところにも取り組まれているのですね。

松村氏
 ここは当たり前の機能として、将来的には他のメーカーも対応してくるかと想定しています。映像コンテンツの入手経路が多様化する中で、家の中のレコーダーに貯めているコンテンツについても、いかにマルチなディスプレイで環境に合わせて見るか、ということになってくるかと思います。

――この手の機能は繋ぐ相手が問題になりますが。

松村氏
 富士通の製品ラインナップにはAV製品が無いので、なるべくいろいろなメーカーと繋げられるようにしていく方針です。

基本的な満足度、使い勝手を追求

卓上ホルダで充電中は専用のUIが用意されている

――使い勝手の面ではどのようなところに力を入れているのでしょうか。

松村氏
 ユーザビリティに関しては、ドコモ向けのAndroidスマートフォンなので、「Palette UI」を搭載していますが、富士通独自の「NX!ホーム」というホームアプリも搭載しています。これは我々が考えるコンセプトに基づくユーザーインターフェイスになっています。

 使い勝手の観点では、全体的に「NX!ホーム」などで底上げしているのですが、たとえばブラウザや標準メーラーなどは、メーカーが作っていないところですが、カメラアプリについては、画質と使い勝手のチューニングのために、特別チームを編成して作り込みました。

 担当者はつらかったと思いますが、開発の最終段階になると、開発者と商品企画担当者が6人くらい、毎週ある同じルートを移動しながら、撮影テストをしています。ルートの最後は同じ居酒屋で、屋内撮影もテストしています。他のスマートフォンも一緒に持って行って、同じように撮影しながら比較して、どちらが良いとかそういった評価をしてカメラをチューニングしています。

 カメラアプリのユーザビリティについては、実はこれまではあまりやっていなかったのですが、今回はユーザビリティの専門家の声も聞きながら徹底的に作り込みました。個人的にはコンパクトデジタルカメラよりもずっと写りが良いぞ、というところまで仕上がっていると思っています。

――ARROWS NXは夏モデルとしては数少ない1600万画素カメラ搭載機になります。ここは処理速度などでハンデになったりしないのでしょうか。

松村氏
 毎週の評価テストでは、画質だけでなく、レリーズタイムラグや起動までの時間といったものについても、全部スコアを付けています。ものすごくたくさんの項目を評価しています。1600万画素だろうと800万画素だろうと、そこは関係なくチェックしています。1600万画素だから遅くていい、といった言い訳はしません。

 ここまでの画素数になると、「Milbeaut Mobile」(富士通製のDSP)の存在が重要になってきますね。これをフル活用しないと高画素カメラが使えなくなっています。今はいろいろなものを駆使しています。

――カメラの機能としては、他メーカーはさまざまな撮影機能で差異化をしてきていますが、ARROWS NXはどうでしょうか。

松村氏
 フィーチャーフォン時代から、そういったところはかなり力を入れていました。顔認識できる人数とか、そういったところをケータイのカメラでも追っかけていました。いわゆるカメラの多機能化です。

 個人的にはそういったのも好きなのですが、あえて今はそういった部分を追求するのを禁止にしています。今はとにかくカメラはキレイに気持ちよく撮れることを最重要視しています。ここが満たされない限り、新たなカメラ機能の追加はやめよう、と。多機能化するための労力は、カメラとしての本質追求に振り分けました。

画面表示が下にずれる「スライドディスプレイ」。片手で指が届きにくい画面上部へのタップ操作をサポートする

――富士通独自のUIとしては、スライドディスプレイやアイコンカスタマイズなど、便利そうな機能がいろいろありますね。

松村氏
 フィーチャーフォン時代からの流れですかね。富士通の中にはUIだけを追求するUI企画センターというのがあります。そういった人たちによる使いやすさの追求の結果です。別にPalette UIや他メーカーのUIとどちらが良いかを競っているわけではありません。他のUIには他の良さがあります。しかし、富士通ではこういったことを考えています、という提案も必要です。基本的なユーザビリティのことになると、隙間的なところになっていきますが、日本人がどういったことを好むのか、といったことを考え、ちょっとしたアイディアでも「ちょっと実装してみようか」と開発主体でどんどん進めて商品に投入していっています。

――こうしたUIをカスタマイズすると、OSアップデートに対応するのが大変なのではないでしょうか。

松村氏
 そうですね。しかし、アップデート対応が大変だからといって、ユーザビリティ追求をやめるかというと、それではデザインしか特徴のない端末になってしまいます。ユーザビリティの細かいところに関しては、細かい対応をするようにしています。また、それほど大きな開発になるかというと、そうでもありません。ちょっとしたアイディアがあると、気軽に取り組んでいっています。その究極は、プライバシーモードですね。フィーチャーフォン時代に開始したものが、いつの間にかに壮大な機能になっていました。逆にユーザーにウケなかった機能は、どこかでそっと消えていくこともあります。

――そうしたチャレンジング精神は富士通の社風なのでしょうか。

松村氏
 私が止めろといってもやっていますね(笑)。

ドコモの夏モデルで多数の機種が採用するホバリング操作はオン/オフ設定が可能

――しかし、これだけいろいろな機能、使い方があると、ユーザーに伝えるのが大変ですね。

松村氏
 富士通がスマートフォン事業を開始して3年が経ちます。今までいろいろやってきましたが、使い勝手や満足度にこだわるようなステージに来たと考えています。とにかく使っていただきたいな、と思います。

――富士通というとハイエンドモデルと「らくらくホン」の2つのイメージがあります。「らくらくスマートフォン」は海外への展開も開始されました。富士通自身はどちらを向いているのでしょうか。

松村氏
 メーカーである限り、ビジネスであることからは離れられません。日本では、富士通がケータイをやっていることを知っている方々がたくさんいますが、グローバルに関しては、残念ながらお客様に認知されていないところもあるので、他のメーカーと何が違うかということを明確にしないといけません。個人的には、ここが今まで日本メーカーが海外でうまくいかなかった理由じゃないかな、とも考えています。そこで我々は、海外についてはシニア向け端末でビジネス拡大、という経営判断をして進めることにしました。シニア市場は大きいので、その観点でグローバルをやっていきます。

 一方、日本では可能な限り多彩なラインナップで展開しよう、と考えています。本当は1機種でやれればいいのですが、日本のユーザーのニーズは多様です。ある程度のバリエーションをラインナップしないと満足いただけないので、そこをやっていきます。

――この夏、ドコモでは「ツートップ」として2つの端末をプッシュする戦略をとっていますが、こうした動きについてはどうお考えでしょうか。

松村氏
 いろいろな事情がありますよね。競争をしている中で戦力を集中させるかどうか、など。残念ながら、シーズンごとで端末の実力には上下があります。ある時期だけで見ると、順番が付くことがあります。その中でライバルに対する一番の武器になるのはどの端末か、という判断もあったかと思います。悲観しても仕方ありませんから、そこに我々が持っている資産を持ち込み、対抗していくのが重要です。基本に立ち戻り、長い間、便利に使い続けられるものを提供していきます。

 もし仮に調達数に差が付いたとしても、我々は全力でやります。販売数の結果がどうあれ、ARROWS NXを買っていただいた人には満足いただきたい、後悔させたくありません。今後の評価が高くなるよう、全社で取り組んでいます。

――長く使ってもらう、という点では、Androidの新バージョンが登場したときのバージョンアップについてはどうお考えでしょうか。

松村氏
 当然、やります。メーカーの立場としては、こんなに短期間でバージョンアップしていくのは望みませんが、スマートフォンはこういったものだと理解してやっています。倒れるまでやるしかありません。

背面に搭載されている指紋認証センサ。中央にあるので、左右どちらの手でも使いやすい

――富士通といえば指紋認証センサーですが、これをAndroidに標準サポートして欲しいな、と思うこともありますね。

松村氏
 指紋認証センサーは、フィーチャーフォン時代から搭載しています。これは明確な意思を持って、富士通の主張として搭載しています。静脈認証の開発もやっていますが、やはり多様な環境下で最も使いやすいのは指紋認証だと考えています。

 昨年、アップルが指紋認証技術を扱っているAuthenTecを買収することで、アップルの狙いも見えてきました。Androidが指紋認証を標準サポートすれば、他社が指紋認証センサーを搭載する時代が来るかも知れません。

 とはいえ、指紋認証センサーを実装するのって、結構大変なんですよね。コストもかかりますし、センサーを露出させていますし、いろいろなお客様に対するサポートも必要です。しかし、競争が激化すれば、いろいろなメーカーがやってくることも想定しています。そのとき、富士通は強いと思います。

 指紋認証するだけでなく、画面の消灯やスリープ解除にも使えます。このあたりは基本満足度につながる部分です。こういったところも、もっとユーザーに伝えていかなければいけないのですが、言わなければいけないことが山ほどあり、伝え切れていないところもあります。

――富士通というと、らくらくホンで培われた通話時の音声を聞きやすくする機能もあります。通話機能はスマートフォンでは後回しになりがちですが、ここも強みになるのではないでしょうか。

松村氏
 その通りだと思っていますが、今の市場ではあまり重視はしてもらえないところです。それでも、この部分は永遠に言い続けます。ヒューマンセントリックエンジンは富士通としての差異化ポイントです。

――本日はお忙しい中ありがとうございました。

白根 雅彦