「LUMIX Phone P-03C」開発者インタビュー

身近なケータイだからこそ目指した“手軽な高画質撮影”


 デジタルカメラブランドとして確固たる地位を築いたパナソニックの「LUMIX」。その名を冠したケータイがいよいよ発売される。コンパクトデジタルカメラのような利用シーンだけではなく、身近にあるケータイだからこそ使われる場面もある。

 どのような考えで「LUMIX Phone」は開発されたのか。商品企画の野中 亮吾氏、カメラ技術担当の石原 崇氏、電気設計担当の藤森一彦氏、機構設計の佐々木 智氏、ソフトウェア担当の牛島 哲也氏に聞いた。

失敗例からニーズを探る

左から佐々木氏、藤森氏、野中氏、石原氏、牛島氏

――最初に「LUMIX Phone P-03C」のコンセプトから教えてください。

野中氏
 いろいろな付加機能が携帯電話に搭載される中、カメラについては根強いニーズがあるのです。当社では、かねてよりカメラ機能の強化に注力してきていますが、今回は特に「画質」「ユーザーインターフェイス(UI)」「ネット連携」という点をキーワードに掲げています。カメラ機能と言えば画素数が注目されがちですが、それ以外のファクターが重要ということで、色味など画質の作り込みを行いました。画質を司る部分として今回、「Mobile Venus Engine」を中核に置いています。

――カメラ機能に対して、どういうニーズがあるのでしょう。

野中氏
 「携帯電話のカメラで撮影に失敗したシーン」についてユーザー調査をしたんです。それを全部クリアしていこうということですね。具体例としては、「暗くて失敗」というのがトップになります。周囲が暗かったり、一部分が暗かったりして、ブレてしまうと。ここがキーワードだと思います。解決法としてISO感度を上げるとノイズが目立つようになりますので、今回は高輝度LEDフラッシュを使う形にしています。

――昨今のトレンドとしてスマートフォンという流れがあります。今回のLUMIX Phoneは、従来型のフィーチャーフォンとして登場しました。パナソニックとして来年にAndroid端末を提供する、という方針が明らかにされましたが今回、フィーチャーフォンになったのはなぜでしょうか。

野中氏
 現状ではまだ、iモードユーザーが多い、という印象があります。なかでも「カメラの使いやすいケータイが欲しい」というユーザーに向けた機種として開発してきた、という背景があります。もちろん先に脇(治氏、パナソニック モバイルコミュニケーションズ社長)から発表会で表明したように、Android端末の開発は進めているのですが、今回のタイミングではないと判断した、ということもあります。

画質での取り組みについて

――画質に注力ということですが、具体的に教えてください。「LUMIX」開発部隊にも協力を仰いだと思いますが、どのような形で開発が進められたのでしょう。

石原氏
 今回は「ケータイカメラ画質No.1」を目標としています。これは、特定のシーンだけ、ということではなく、さまざまなシーン撮影の中で、総合的に綺麗な写真の割合が多い、ということを目指したのです。

野中氏
 「ここに至れば合格」という基準を決め、他社さんの製品を含め、比較しながら進めましたね。

石原氏
 LUMIXの開発部隊の方々から得た、“絵作り”のノウハウが多く盛り込まれています。その上で、何度もチューニングしなおしました。従来もカメラ機能の進化を図ってきましたが、今回はカメラありきでスタートし、単純に工数のかけ方も違うのです。デジタルカメラそのものと比べると、光学的に搭載できていない部材もありますが、かなりの画質が実現できたと思います。

 もともと明るいシーンの撮影は得意でしたが、解像度という点については、今回はレンズの実力を使いきるほどになっています。また人物撮影もこだわった部分です。開発中の試験では、背景の色味によって顔の色が破綻しないようにしています。この部分が非常に難しかったですね。

――“本家”とのやり取りで気づいた部分はありますか?

石原氏

石原氏
 縦方向で撮影するときの構え方、ですね。ケータイですとテンキー部分を片手で持って被写体に向けますが、デジタルカメラでは両手で構える。しかも天地の向きがケータイと逆なのです。

――逆に、携帯電話ならではの撮影スタイル、あるいは特徴というと?

野中氏
 さまざまなシーンに特化した撮影機能を搭載したとしても、携帯電話のカメラでは“オート”での撮影がほとんどです。オート設定でどこまでシーンをカバーできるか、という点は大きな課題の1つです。

石原氏
 最近の当社の携帯電話では、「おまかせiA」のような自動シーン識別を搭載してきましたが、今回はそのあたりの画質向上も図られています。

――なるほど。

石原氏
 ホワイトバランスの精度向上も「LUMIX Phone P-03C」でこだわった点です。写真を見て“綺麗”と感じる、その根源は色だと思います。

結果的にデジカメ風の外観へ

――スライド機構を採用していますが、なぜでしょうか。回転2軸型なども考えられると思いますが……。

押しやすい場所ということでシャッターの位置も決まった

野中氏
 携帯電話の使い勝手をベースにし、その上で「すぐに撮影に入れるスタイル」を追求した結果、スライド機構を採用しました。テンキーを備え、携帯電話としての使い勝手を踏まえながら、撮りたいときにすぐ構えられるスタイルですね。その上で、ハードウェアでもカメラとしてのユーザーインターフェイスを追求しました。たとえば、シャッターボタンの位置も、女性の手のサイズで指の第二関節がボディの角にあたり、指先がちょうどくるあたりにしています。レンズの位置も、デジタルカメラのように構えたときに指がかぶさらないよう配慮した結果、現在の場所になりました。その結果として、デジタルカメラに近いデザインになったのです。

――「デジカメ風にしよう」という発想ではなかったのですね。従来の携帯電話とは異なる形になることで、機構としても苦労されたのでは?

佐々木氏
 そのあたりは機構担当と電気設計担当で相談しながら進めました。従来は薄さ、短さ、つまり「小型化」を追求して、その結果と言う形なのですが今回はまずユーザーインターフェイスを追求してシャッターボタンはこのあたり、レンズは真ん中に、という点が先にあり、その中で部材のレイアウトを詰めていきました。

藤森氏
 たとえばスピーカーの音を出す穴についても、通常はまっすぐ外へ音が出るようにしていますが、今回は、音圧とトレードオフにならないよう、機構担当と相談しながら、レンズ周辺の盛り上がった部分の側面に配置しました。

佐々木氏

――カメラに特化した機種ならではの工夫したポイントは?

藤森氏
 感度を高める中で、フラッシュの光が漏れないよう工夫しました。

――光が漏れる、というのは、フラッシュが光ったときに周囲を照らす前に、レンズへ光が到達してしまう、ということでしょうか?

藤森氏

藤森氏
 そういうことです。従来はついたてを置いて、光を遮る形ですが、今回は部品単体で抑えましょう、という形です。完成した本体では目に見えない、裏側の部分ですが……。

――フラッシュという点では、今回は高輝度LEDとのことで、キセノンフラッシュではないですね。

石原氏
 輝度だけ考えるとキセノンのほうが明るいのですが、携帯電話で撮影するシーンというのは、被写体までの距離が2m程度までのことが多いのです。これは画質を考える上で分岐点とも言えるもので、寄ってスナップを撮ったりするシーンに向けて、画質向上を図っているのです。

――キセノンを使うほどの明るさを求めるシーンは割合少ない、と。

野中氏
 それに携帯電話では、LEDは手元を照らすという別の使い方があります。キセノンでは照らし続けることはできません。また、基本としてモビリティ(携帯性)という概念があり、そこはLEDのほうが(消費電力などで)一日の長があります。

――なるほど。そういえばレンズにマルチコートフィルタを施しているそうですが。

野中氏
 携帯電話で撮影するシーンでは、夜景の中のネオン、あるいはカラオケ店の中など、暗いところでは強い光を発するものが含まれることがあります。そこで乱反射を防ぐ仕組みとしてマルチコートフィルタを採用しています。

佐々木氏
 これまでもレンズに傷がつきにくくなるよう、ハードコーティングは行っていましたが、光の乱反射を防ぐマルチコートフィルタは今回が初めてです。何層かに分けてコーティングしていますが、レンズに砂をこすりつけるようなことをしない限り、コーティングは剥がれません。

 

新たにソフトを開発した「ピクチャジャンプ」

――ピクチャジャンプという機能もユニークですね。

野中氏

野中氏
 このユーザーインターフェイスは私が考えたのですが、ずっと「パッとやって、ピュッと飛ぶ!」というものを考えていたのです。操作する上で、いろいろな設定や作法がある中、ファイルをドラッグアンドドロップで、1画面で簡単に操作できないかと検討していましたが、各方向へ機能が割り当てられていれば、わかりやすいのではないかと考えました。

 ピクチャジャンプでは、撮影した写真の一覧画面で、選んだ画像を下に持って行けば削除、上に持って行けばLAN内のパソコンへバックアップ、右へ持って行けばメール添付/ブログ投稿、左はお気に入り登録、という形です。たとえばお気に入り登録は、デジタルカメラの中でも重要な機能ですし、メール添付/ブログ投稿は携帯電話ならではの機能と言えます。携帯電話のカメラで撮影した写真は、ユーザーの6~7割がメールに添付したりして活用しているのです。

 それからパソコンへのバックアップも、「メールに添付」という使い方を深掘りしていくと、自分自身のメールアドレス宛に送っているケースが割と多い。無線LAN環境もそれなりに整備されてきて、「P-03C」にもせっかく無線LANが搭載されるので、ということでサポートしました。

――新しくユーザーインターフェイスを作った、ということは、ユーザーから馴染みのない操作体系です。きちんと理解してもらえるでしょうか。

野中氏
 携帯電話の操作は、サブメニューからアクセスすることが多いですけれども、ピクチャジャンプの入口は1つだけです。それは「触っているものを長押しするだけ」です。サブメニューからのアクセスですと、何度も方向決定キーを押して操作してもいただかなければいけませんが、ピクチャジャンプはシンプルな操作にまとめました。ただ、この機能は、コンセプト先行で進め、パソコン上でデモアプリを開発し、快適な操作が実現するかどうか検討した上で、ソフトウェア開発のメンバーとやり取りしして実装の検討に入りました。デモアプリを作ることで、完成イメージをいち早く共有できたと思います。

――ピクチャジャンプの実装で苦労された点は?

牛島氏

牛島氏
 ピクチャジャンプは、直感的に、選んでいたものにタッチして長押ししてドラッグして……という流れですが、そもそも携帯電話のソフトウェアは「下の画面」と「上の画面」というレイヤー構造になっていません。さらに描画速度など、レスポンスが良くなければならない、という点もクリアしなければいけませんでした。

――ドラッグアンドドロップという操作法を実現するためには、そうした構造が必要なのですね。メール添付/ブログ投稿、という機能ですが、ネットワークとの連携は携帯電話ならではという話でした。

野中氏
 デジタルカメラですと、出力先がテレビということがある。しかし携帯電話ですと通信経由でアップできるわけです。コンテンツ管理という面でも、デジタルカメラと携帯電話には違いがあります。ピクチャジャンプは、あくまでスタートラインに立った段階です。今後、クラウドサービスが普及にすると、ローカルでのアクションももっと組み込んでいくことになるのでしょう。

カメラとしてのUI

メニューではタブを採用

――撮影時のユーザーインターフェイスについても教えてください。

野中氏
 デジタルカメラと比べ、携帯電話のほうが撮影環境は厳しいことが多いと思います。たとえば屋外での撮影の場面も多いでしょうから、パワーLCDモードという機能を用意しました。これをタッチパネル操作でONにすると、ディスプレイの輝度が上がって屋外でも撮影しやすくなります。またメニューをタブ切り替え型にしました。「静止画」「動画」「共通設定」という3つのタブを用意して、それぞれのタブでそれぞれの機能の設定をすぐ見つけられるようにしています。

――そうなると、ディスプレイのチューニングも撮影時専用で行われたのでしょうか?

石原氏
 はい、カメラ機能専用の液晶設定を持っています。先述のパワーLCDモードでは、明るく綺麗に見せるようにLCDの設定も変えていますし、画像再生時の設定も、より綺麗に見えるためのパラメーターになっています。液晶画面の設定についても、本家から得たノウハウを反映しています。

野中氏
 携帯電話は、いつでも持っている、非常に身近なデバイスということが大きな特徴です。たとえば、デジタルカメラはイベントで利用されることが多いです。運動会のようなイベントだとデジタル一眼を使う人もいますし、ユーザー自身が、利用シーンに応じて、使うデバイスを変えているんですよね。今回は、ユーザーインターフェイス面で、より身近な携帯電話での撮影をよりスムーズに行えるよう、新たな提案として「タッチズーム」という機能を搭載しています。

石原氏
 デジタルズームですので、画質は一歩劣りますが、公園で子供のスナップ写真を撮りたい、というときに「ここだけ拡大して撮影したい」ということが実現できるよう、画面にタッチするとズームするというものです。タッチズームで撮影すると、ズームした写真とワイドで撮影した写真の両方が保存されますし、顔を検出すると顔だけアップになるようズームします。

――便利そうな機能ですが、ピクチャジャンプにしろ、タッチズームにしろ、新たな機能を盛り込むことで、ソフト開発担当の方々は苦労されたのでは?

牛島氏
 工数や特許など、いろいろと超えなければいけない部分がありましたが、なんとか実現させましたね。今回、ユーザーインターフェイスを担当しましたが、本家LUMIXの真似をするだけでは芸がありません。もちろんブランドを冠する以上、本家LUMIXの思想にあわせていくのは大前提でしたが、携帯電話らしさもあわせつつ設計しました。

 さきほど設定画面でのタブ切り替えの導入についても話がありましたが、これもLUMIX Phoneを触っていた人が、もっと高機能なカメラを、とデジタルカメラのLUMIXを利用したり、あるいはその逆であったりしても、(LUMIX PhoneユーザーもLUMIXユーザーも)ストレスがないように仕上げました。視認性を上げるため、携帯電話らしさを引き継いで、カメラ設定メニューの見た目を変更できるきせかえ機能を入れています。色やスキンだけではなく「シンプル」というカメラ用メニューも用意して、より簡単に撮影できるメニュー項目にしています。デジタルカメラらしいボディにあわせ、LUMIXのアイコンなど、メニュー面でのクオリティも細かなところまでかなり追求しました。

――本日はありがとうございました。

 



(関口 聖)

2010/12/14 11:32