【Mobile World Congress 2011】
ドコモ山下氏に聞くスマートフォンの現状とこれから


 バルセロナで開催中のMobile World Congressでは、日本のキャリアとしてはNTTドコモが出展している。今年は、各端末メーカーはスマートフォンばかりを展示していて、フィーチャーフォンはあまり見かけないくらいだが、こうした世界における流れ同様に、ドコモも昨年1年間で一気にスマートフォンの売り上げを伸ばしてきた。ドコモはそうした動きをどのようにとらえ、どのようになっていくと考えているのか。スマートフォン新製品が咲き乱れる会場で、NTTドコモでスマートフォンを担当するスマートフォン事業推進室 アプリケーション企画担当部長の山下哲也氏に話を聞いた。

――ドコモとしても、昨年はスマートフォンが一気に伸びましたが、どのような手応えを感じられましたでしょうか。

山下氏
 手応えというと、やはりXperia以降が大きかったですね。Xperiaは、テクノロジーにあまり関心をお持ちでないユーザー層の方々にも受け入れられたことが印象的です。Xperiaは発売段階ではiモードメールに非対応、コンテンツも限られていたにもかかわらず、とても大きな反響がありました。そして次の波が、10月以降に発売したGALAXY S、REGZA Phone、LYNX 3Dですね。年末はそれまでに比べると、販売数は桁違いに伸びました。これは販売現場でも日々実感しているかと思います。

――社内を含め、スマートフォンへの理解が増えている感じなのでしょうか。

山下氏
 そう思います。新しいものが登場する際は、最初はどうしても抵抗が伴います。新しいものが良い・凄いと感じてもらえる方は、最初はごく一部です。スマートフォンも同様で、最初はニッチな製品として販売店でも隅に置かれることが多く、店員さんやお客様の関心を惹きつけることができませんでした。

 しかし、しばらく販売数が伸びたことで、ついにある種の臨界点を超えたのだな、と感じています。以前とは違い多くのお客様が、スマートフォンを指名されてご購入されることが多くなりました。販売店でも、積極的に「売ってゆこう」という雰囲気が生まれ、むしろ端末が足りないという状態にまで至っています。風向きが変わり、逆風から順風になった感じです。

――やはり昨年のXperiaと秋冬モデルのGALAXY Sなどでどんどん伸びていった、という印象でしょうか。

山下氏
 目に見える形では、(スマートフォンは)そういった特徴ある製品に引っ張られて伸びたかのように見えます。実際にそういう面もありますが、私見では、アブゾーション・キャパシティ、つまり市場全体でこうした新製品を受け入れ、成長することができる総合的な「容量」が増えた結果によるもの、と思っています。まず、各種メディアが連日iPhoneやAndroid、そして、さまざまな「アプリ」を取り上げることで、スマートフォンとアプリの認知度が急速に高まりました。この流れが、エンドユーザーのスマートフォンへの拒否反応を薄め、強い関心を呼び、一気に需要を押し上げています。

 またハードウェアについて見ても、さまざまな部品の進化が、この市場の「容量」を増大させています。Androidだけを見ても、最初に弊社から発売したHT-03Aに比べれば、その差は歴然です。数年前のニッチ商品であった頃のスマートフォンと比較すると、動作速度・操作感が劇的に向上しています。この性能進化が、ユーザーエクスペリエンスを大きく改善し、より多くのユーザーが使いやすいと感じていただけるようになったことで、市場全体のニーズ、即ち容量を押し上げています。

 そして、このハードの進化と並行して、インターネット上のさまざまなソフトウェアの進化も大きな要因の一つです。多様なサービスを提供する「アプリ」が成長したことで、スマートフォンを使い・楽しむ幅が大きく拡がり、これも容量を増加させる大きな力となっています。

 外から眺めると、端末というピースだけが見えて、それでスマートフォンが普及し始めたかのように見えます。ですが実際には、こうしたさまざまな領域での進化や動きが同期して、市場全体の受け入れ容量=アブゾーション・キャパシティが増加した結果なのだと考えています。

――いまの日本市場のAndroid端末は、GALAXY SのようなグローバルベースのモデルとREGZA Phoneのような日本オリジナルのモデルの2つのラインがあります。これは今後も継続するのでしょうか。

山下氏
 Androidの世界で注目すべき流れは、まず世界中で同じ端末が流通している、という点です。GALAXY SもXperiaもグローバル仕様がベースです。一方、この流れと対極にあるのが、地域ごとないしはキャリアによるフルカスタマイズ商品です。日本だけでなく、チャイナモバイルのOphoneのような例が見受けられます。

 これはどちらが良い・悪いではなく、それぞれを欲しいと思う人がいるので、今後も2つの流れは併存すると思います。しかしローカル化・カスタマイズを行うにも、グローバル・スタンダードをベースにしなければ、市場の進化に追いついてゆけないでしょう。

――ドコモ向けに端末を提供されている大きな2つのメーカー、NECさんとパナソニックさんのAndroid端末はまだ出ていません。これはいずれ出ると見てよろしいのでしょうか。

山下氏
 将来の商品計画について、ここで具体的にお答えすることはできません。時期についても申し上げられないのですが、しかし一般論で言えば、モバイル市場は、世界全体でスマートフォン、スマートデバイスに軸足を移しつつあります。この市場で今後ビジネスを続けるならば、プロダクトとしてスマートフォンを開発されることは自然な流れではないでしょうか。

 日本のメーカーについても、今後が期待できると考えていますが、あとは各メーカーの経営判断次第です。私見ですが、スマートフォンはあくまで、パソコンのようなインターネットデバイスです。電話機はローカルごとのカスタマイズが半ば当たり前となっていますが、インターネットの世界は違います。厳しい競争環境の中で、世界標準・共通の製品をどの様に開発してゆくのか。日本のメーカーさんが乗り越えなければならない壁は、ここにあるのではないでしょうか。幸いにもNECさんもパナソニックさんもパソコンでのビジネスを経験されているので、決して未経験のジャンルではないと思います。むしろチャンスは大きいのではないでしょうか。

――今回のMobile World Congressではタブレットデバイスも多数登場しました。すでにGALAXY Tabが国内発売中ですが、今後もタブレットラインナップは拡充されるのでしょうか。

山下氏
 タブレットはこれまでにないユニークなカテゴリの製品なので、いろいろなものを揃えたいと考えています。

 タブレットがどのように推移していくか、あくまで予測ですが、必然としてインターネットデバイスの中で確固たるポジションを占めると考えています。iPadでその片鱗がすでに現れていますが、今回のイベントでもいろいろなメーカーさんが数多くのタブレット製品を展示されています。Androidの大きな特徴は「ダイバーシティ」です。いろいろなメーカーが色々なところで色々なデバイスを作る、それが全体として大きな原動力になっています。そう考えると、色々なメーカーが参入してきているタブレットは、今後爆発的に増えると見ています。

――なぜタブレットなのでしょうか。

山下氏
 簡単な理由です。3歳の子供にパソコンとタブレットを与えたとき、どちらの方が使えるでしょうか。画面に触る、という直感的なUIを持つタブレットは、何も教わらなくてもすぐに使えます。タブレットは、パソコンのマーケットを置き換えうるユニークな存在だと期待しています。

――Androidというと、バージョンの問題があります。発売時のバージョンだけでなく、販売後のバージョンアップもあります。このバージョンについて、ドコモさんではどのようにコントロールをされる考えなのでしょうか。

山下氏
 今日現在、弊社がドコモのブランドを付けた商品をドコモショップで売る以上、グローバルなプラットフォームであっても、一定範囲の検証は行ってから販売します。ですので、バージョンアップに関しても、メーカーでご自由にどうぞ、とは言えない事情がある訳です。たとえば東芝のダイナブックとREGZA Phoneとでは、購入されるお客さまが抱くイメージが異なります。ダイナブックをたとえドコモショップで売ったとしても、故障の際は東芝に連絡されるでしょう。しかしREGZA Phoneで何か問題があれば、ドコモにサポートを求めに来られます。ドコモの商品として認識されている現状では、その商品についてはバージョンアップを含め、一定の検証を行う必要がある訳です。

 しかし今後、本当に全てコントロールできるかと問われれば、かなり疑問です。あくまで私個人の意見ですが、最終的にコントロールはできなくなると思っています。これまで、インターネットが計画経済的に発展した試しはありません。インターネットはオープンで無秩序無計画だったからこそ、大きく発展してきました。ですので、Androidが持つインターネットのオープンな要素を考えれば、計画的なバージョン・コントロールは難しいと見ています。できることといえば選択肢を用意することです。メーカーがどのバージョンで製品を作るのか、メーカー及びユーザーがどこまでバージョンを上げることができるのか、前のバージョンはいつまで使えるのか、このあたりの選択肢が広がることを期待しています。

――これまでの電話機の考え方からすると、オープンなOSであるAndroidでは、たとえば旧バージョンにセキュリティホールが見つかっても、Googleでは対応しない、というスタンスには違和感を覚えます。これについてはどのようにお考えでしょうか。

山下氏
 私の感覚からすると、オープンソースである以上、必要と思う人が自分で対応するというポリシーは、至極まっとうな考えだと感じています。インターネットの世界は、簡単に言えばボランティアベースで、そこに参加する一人ひとりが全体に対して貢献してゆく世界です。確かにW3Cは標準化活動をしていますが、あそこはあくまでガイドラインを決めるだけです。実際にはさまざまな仕様やたくさんのバグがあります。しかし、それでもなぜうまく回っているのか。必要と思う人が自ら作り、互いに協調してゆくことができる、このオープンであるということが、インターネットの世界では自然だからです。

 有償で販売されているOSは、さまざまなサポートを開発・販売元が行わなければなりません。しかしAndroidは無償のオープンソースであり、またGoogleはAndroidを自社の(専用)プロダクトだと言ったことはないと思います。彼らはあくまで、オープンなインターネットの世界をモバイルにも広げるために、Androidを提供しています。提供はしているけど、売るとはいっていませんし、契約も使う義務も求めていません。縛らないけど義務もない、そういう形です。インターネットは義務と権利がフェアであるべき世界です。不満があれば、自ら提案して別のものを作ることが可能です。Googleに基礎部分を変えてくれ、と提案することもできます。多分、このあたりのメッセージが正しく伝わらず、誤解されている部分が多いのだと思いますが、Androidのこうした基本スタンスは、インターネットの世界では自然な考えだと思います。

――オープンになっていく中で、いろいろなハードウェアを作れるようになっていますが、逆にみんなフルタッチかスライドキーボードとか、どうしても形が似た感じになっています。そうなるとメーカーの差別化が難しくなるのかな、と思うのですが、これはどう考えていらっしゃるでしょうか。

山下氏
 中長期的に見れば、スマートフォンはユーティリティ=日用品となり、コモディティ=陳腐化するのは必然でしょう。その中でどう差別化してゆくか。たとえば自動車の場合、普通の車は、基本形状に差はありません。ほぼ全て4輪が基本で、丸いハンドルが付いています。それでも、日本でも海外でも細かい差別が続けられている訳です。腕時計もそうでしょう。どちらも、同じデザイン要素を踏まえた上で差別化されている最たる分野です。

 個人的な意見としては、これはプロダクトデザインの話になりますが、デザイナーの方と話をしていても、これからのスマートフォンのデザインは、むしろ逆に面白くなっていくと感じています。これまでの電話機は、キャリアや大きなメーカーしか作れませんでしたが、今後のAndroidは、誰でも膨大な金額を投じる必要もなく、オリジナルプロダクトを作ることができます。実際に台湾や中国に行くと、そういったメーカーがたくさんいます。こうした状況下でどのようなことが起きるのか。モジュール化されたパーツをどうまとめ上げてゆくかが、これからのプロダクトデザインの肝になってゆくのではないでしょうか。

 フォームファクタについても、今のスマートフォンは変える余地がなく、みんな似通ってしまうという声がありますが、今あるフォームファクタを変えてはいけないとは誰も言っていません。先入観を持って取り組むべきではないでしょう。確かにタッチパネルは、もはや外すことのできないインターフェイスかもしれませんが、それ以外は自由に変えることができるはずです。部品がコモディティになればなるほど、面白い製品が作れます。アニメ「東のエデン」に出てきたノブレス携帯のように、丸いディスプレイが付いているデザインでも良いのです。

――Androidの話が続きましたが、Windows Phone 7については、ドコモのラインナップに加わる可能性はあるのでしょうか。

山下氏
 ドコモ社内で実際のプロダクト戦略ロードマップを決めるのは、私たちスマートフォン推進室ではなく、プロダクト部という部署になります。そのロードマップについては、私は申し上げる立場にありません。ただ言えることは、ドコモとしては、プラットフォームに関して「コレでなければダメ」というような限定はせず、基本的にはオープンなスタンスをとっている、ということです。Symbianでもなんでも、使えるものであれば、そして市場やユーザーに受け入れられるものであれば、基本的に取り入れてゆくというスタンスです。

 ただ、Windows Phone 7については、例えば導入にあたり必要となる日本語化など、マイクロソフトの戦略に大きく依存する部分があります。今Windows Phone 7端末が私たちのラインナップにないのは、現時点で日本語バージョンがリリースされていない点が、大きな理由の一つです。スタートラインとして、まずはマイクロソフトの戦略が今後どうなってゆくのか、次にメーカーが採用するかどうか、そしてアプリのデベロッパの皆さんがこれを支持するかどうか。ラインナップの1つとなるかどうかは、これらの要素がうまく組み合わさるかどうかにかかっています。

――Mobile World Congressの雰囲気やトピックスなどで感想はありますでしょうか。

山下氏
 Mobile World Congressがバルセロナで開催されるようになったのは最近で、以前はGSMAの展示会としてフランスのカンヌで開催されていました。私はカンヌ時代から来ているのですが、今回感じたことは、まずケータイがインターネットデバイスとなる壁を越えたという点です。各メーカー、自覚があるかどうかは別として、新しい競争に突入しています。昔ながらの折りたたみ端末は、もはやほとんど展示されていません。どこも主力はタッチスクリーンのスマートフォンばかりです。3年という僅かな時間でこうまで変われるものなのかと、驚いてしまいます。

 その一方で、朝からずっと、「この業界はいまだ変わっていない」とも感じています。何が変わっていないか。私自身、スーツを着ておきながら言うのもなんなのですが、来場者のほぼ全員がダークスーツを着ています。つまり、この業界の世界観とマインドセットは、実は全然変わっていないのではないかと思うのです。キャリアやメーカーなど、この業界全体がこれから直面する最大の課題は、これまでのマインドセットのままで、インターネットを軸とするイノベーションに臨めるのかどうか、という点です。そういった意味で見ると、この業界はまだまだ、壁を越えることができないでいると思えるのです。

 たとえば西海岸のGoogle I/OやアップルのWWDCを見ると、全くカルチャーが異なります。Google I/Oでスーツを着ていたら、警備員と勘違いされますよ。決して服装自体が問題だと言っている訳ではなく、服装はマインドセットの一部を強く表していることに注意すべきだと言いたいのです。そういった意味で、今年のMobile World Congressで「ケータイがインターネットデバイスになった!」とか言っても、それはあくまで製品だけのお話で、実際のさまざまな動きを見ていると、まだまだとも感じています。

 たとえば先ほどのOSの話もそうですが、参加するプレーヤーの一人ひとりが、誰かに頼らず、足りない部分は自ら補い、独自の強烈な新しいものを作り出すという考えが、まだ根付いていないように思えるのです。インターネットの世界では、多くの「ハッカー」がさまざまなイノベーションに挑戦しています。「ハッカー」と云えば、日本ではなにやら不法行為を行う人という印象がありますが、元々はイノベーションを起こし自ら変えていく者という意味です。インターネットの世界では広く浸透したマインドセットです。私たち通信業界全体がその方向に向けて、従来のマインドセットを切り替えてゆくことは、これは容易なことではありません。今回のMobile World Congressの会場でもやはり強く感じますね。

――本日はお忙しいところ、ありがとうございました。



(白根 雅彦 / 白根雅彦)

2011/2/18 14:30