ケータイがホームレスを救う?

 KDDI総研 藤原正弘
 KDDI総研総務企画部。専門は情報通信全般の社会・経済分析ということになっていが、昨今クルマの情報化に関わる時間が増えている。


 ケータイやインターネットは我々の生活を便利にしてきたが、それ以上に社会に役立てようという動きもよく目に付く。代表的なのは、募金で、今年もハイチの津波やパキスタンの洪水など災害支援で強力なツールになっているし、アメリカではいかにネットを活用して政治献金を集められるかが勝敗をわけるほどになっている。日本では、ここ2~3年、位置ゲー(位置情報ゲーム)がブームだが、地域の商店会などが位置ゲーを使って町おこしをはかる事例も出てきている。

 アメリカ生まれのFoursquareという位置情報サービスは、今、ちょっとしたブームになっているが、これを使ってホームレスを支援する活動を紹介しよう。

 コネチカット州のダラムという町のNPOがはじめたプロジェクトでは、「使われなくなった倉庫」とか「テント」「路地のゴミ置き場」などといったちょっと変わったロケーションをFoursquareに登録しておく。もちろん、そうした場所はホームレスの生活空間なわけだが、近くにきた人がFoursquare上でそのロケーションを見つけて、「なんだろう」と思ってやってくる。来てみると、近くにいるホームレスの人たちを見たり、そのロケーションの説明書きで、このNPOのホームレス支援活動を知ることになる。これらのロケーションのチェックイン回数が増えると、このエリアのロケーションの上位になって、より多くの人がこの活動に気付くことになる。

 このNPOは、多くの人に知ってもらうことで、募金をはじめとする支援活動をより積極的に進めていこうともくろんでいるわけだ。

 確かに、こうした支援活動をICTは強力に後押しするするが、それでも手段のひとつに過ぎない。ところが次に紹介する事例は、人の社会生活そのものにちょっとしたパラダイムの変化をもたらすように見える。

 2009年3月22日付けのワシントン・ポスト紙に“On D.C. Streets, the Cellphone as Lifeline”という記事が掲載された。この記事では、首都ワシントンのホームレスにとっては、今やケータイが必需品となりつつある様子が伝えられている。この記事の執筆時点でホームレスたちのケータイ普及率は30~45%。30ドルくらいの端末と20ドルで200分の通話が行えるプリペイドカードを購入するだけで簡単にケータイは手に入る時代だ。都心のホームレスにとってはそれほど高いハードルではないのだ。そしてケータイがあるかないかで、ありつける仕事が全然違うという。これは、アフリカでケータイが急速に普及する理由と同じだ。

 さらに面白いのは、ケータイを持っているといつでも連絡が取れるから、会社にはホームレスと知られずに働くことができるというのだ。確かに、社員がいつも同じ家から通っているかどうかは、働く上で重要なことではない。職種によっては、急な勤務変更の連絡が取れることが重要で、変則勤務に柔軟に対応したおかげですぐに昇進した人が紹介されていたり、ホームレスの日常生活をブログに書くことでブロガーとして生計を立てる人までいるという。

 つまり、決まった家に住んでいないという点では確かにホームレスだが、決まった屋根の下に帰るということが生活の拠り所とは必ずしも言えなくなってきているのだ。ケータイの番号やメールアドレスさえあれば、住所など何かの申込書や履歴書には書かなくなる時代も近いのかもしれない。むしろ、ケータイの番号やメールアドレスといったIDを持たないことのほうが、よっぽど社会生活で困ることになるのだろう。10年後には「アイディレス」を支援するNPOが活動しているかもしれない。

2010/12/22 06:00