一段と勢いが見えにくくなった契約者数の「純増」と「MNP」

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows 8.1」「できるポケット docomo AQUOS PHONE ZETA SH-06E スマートに使いこなす基本&活用ワザ 150」「できるポケット+ GALAXY Note 3 SC-01F」「できるポケット docomo iPhone 5s/5c 基本&活用ワザ 完全ガイド」「できるポケット au iPhone 5s/5c 基本&活用ワザ 完全ガイド」「できるポケット+ G2 L-01F」(インプレスジャパン)など、著書も多数。ホームページはこちらImpress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


 移動体通信業界において、各事業者に勢いなどを知るバロメーターとして参考にされてきた契約者数の「純増」。毎月上旬に電気通信事業者協会から発表される集計によって、どの事業者が好調か、業界の動向がどうなっているのかを判断する材料として扱われている。しかし、この各社の勢いを知る「純増」や「MNP」に対する扱われ方に、少しずつ変化が見え始めている。今回は移動体通信事業者各社の状況を判断するために利用されている「純増」と「MNP」について、考えてみよう。

スマートフォンで活況の携帯電話売り場

 毎年2月から3月に掛けては、一年の内、もっともケータイの販売がにぎわうシーズンだ。新入学、新社会人をはじめ、新しい生活を始める人が多いシーズンであり、それに伴い、ケータイの契約も大きく動く状況にある。なかでも今年は昨年来のスマートフォンへの関心が高まっていることもあり、例年以上に店頭がにぎわっているという。

 こうした初めてケータイを選ぶユーザーは、どういった指針で端末や事業者を選んでいるのだろうか。当然、端末そのものの魅力もあるだろうし、料金の安さ、サービス内容、エリア、広告のイメージなど、さまざまな要素が絡んでくる。

 そんな要素の中で、ここ数年、大きな影響を与えていたのが「純増」というキーワードだ。純増は毎月の新規契約者数から解約者数を引き、増えた契約者数を表わしたものを指す。現在、国内ではNTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンク、イー・モバイルの4社が携帯電話、ウィルコムがPHS、UQコミュニケーションズとWireless City Planingの2社がモバイルブロードバンドのサービスをそれぞれ提供し、この他に各社の設備を借り受けてサービスを提供する「MVNO」などが存在する。これらの内、自社で設備を持つ移動体通信事業者の契約者数は、電気通信事業者協会(TCA)で月単位でまとめられ、毎月上旬に「事業者別契約数」として、集計が発表されている。


携帯売り場のイメージTCAのWebサイト

 ケータイのサービスなどに限ったことではないが、消費者の心理として、やはり、今、勢いのある製品やサービスを使いたいという気持ちがあり、ケータイをはじめとした移動体通信で言えば、契約者数を伸ばしている事業者と契約した方が有利であり、安心して使うことができそうだという判断がある。その心理と純増というバロメーターを結びつけることで、各社は「今、伸びている事業者は我が社です」とアピールしているわけだ。

 こうしたアピール方法そのものはここ数年で始まったものではなく、本誌が創刊した2000年頃から言葉として存在していた。なかでも2006年にソフトバンクがボーダフォン日本法人を買収し、契約者数を伸ばし始めた頃から積極的に使われるようになってきたという印象が強いが、実はCDMA2000 1xのサービスを開始した当時、auも市場全体の純増の内、自社の契約がどれくらいを占めているかを表わす「純増シェア」という言葉を使っていたり、音声定額サービスを開始した当時のウィルコムも積極的に「純増」というキーワードで好調ぶりをアピールしていた。

 しかし、そんな中、昨年12月からイー・モバイルが毎月の契約者数を公開することをやめ、四半期決算などのタイミングで発表する方針に切り替えている。月次の契約者数の公開を取りやめたことについて、イー・モバイルは「1回線、契約すると、2回線目、3回線目が無料で契約できる販売施策の登場や通信機能付きデジタルフォトフレームといったデータ契約の比重が増えたことで、新規契約の内容について、一層の説明が必要と判断した」としている。つまり、契約者数の純増や純減が必ずしも移動体通信事業者の好不調を表わすバロメーターになっていないため、毎月の発表を控えるとしているわけだ。

純増のために無料で複数回線契約

通信モジュール搭載ノートパソコン
モバイルWi-Fiルーター

 確かに、イー・モバイルがコメントしているように、現在、各社からはさまざまな製品やサービスが登場している。今から7~8年前であれば、契約者数のほとんどが個人、もしくは法人が契約する「人が通話で使うケータイ」であり、その他の契約は自動販売機に内蔵される専用通信モジュールのように、ごく限られた用途に使われる通信機器に限られていた。

 しかし、携帯電話などの無線ネットワークを利用する製品は、携帯電話やスマートフォン、タブレット端末だけでなく、パソコンなどで利用するデータ通信アダプタやモバイルWi-Fiルーターをはじめ、通信機能付きフォトフレーム、子ども向け専用端末、「ココセコム」のようなセキュリティ端末、「CAR NAVITIME」のようなナビゲーションなど、実に多彩な製品が登場しており、これらの契約と「人が通話で使うケータイ」を同等に扱ってしまうのは、ちょっと無理があるように見える。

 また、イー・モバイルのコメントにある「1回線、契約すると、2回線目、3回線目を無料で契約できる販売施策~」とあるのは、ウィルコムの「もう1台無料キャンペーン」ばかりを連想してしまうが、実はイー・モバイル自身も昨年、スマートフォンや携帯電話を契約すると、2台目、3台目が実質無料になる「無料ケータイキャンペーン」を実施していた。おそらく、読者のみなさんの中でも昨年、イー・モバイルがサービスの提供を開始した「EMOBILE G4」を契約しようとしたとき、「Pocket Wi-Fi GP02」だけでなく、音声端末が1台、付いてきたという経験をした人がいるだろうが、これも同社が昨年7月に実施していた「セットで話そうキャンペーン」によるものだ。

 かく言う筆者も同キャンペーンで契約したが、Pocket Wi-Fi GP02には音声端末のH31Aがおまけのように付いてきて、「2年間、使わなければ、料金は発生しないが、解約すると、キャンペーンの対象ではなくなり、EMOBILE G4(Pocket Wi-Fi GP02)の月額料金が高くなる」とのことだったので、購入後は一度も電源を入れないまま、保管している。


通信対応デジタルフォトフレーム通信対応ナビ

 こうした月々の負担額が実質的に0円になる契約は、ウィルコムやイー・モバイルに限ったことではない。かつて、ソフトバンクもホワイトプランの基本使用料と端末の分割払い額の合計とほぼ同じ額を割り引くことで、毎月、ユニバーザル使用料しか掛からない「7円ケータイ」「8円ケータイ」とも呼ばれる契約が横行したことがあった。現在は月月割の対象が変わったため、こうした契約は少なくなっているようだが、当時は別の業務取引の契約や物品購入の代償として、「御社の社員で、20回線分、個人の契約をして欲しい」と代理店などが持ちかけるようなケースもあったという。auも昨年末から電子書籍端末の「biblio Leaf」を最大2年間、月額基本使用料無料で利用できるキャンペーンを実施しており、既存ユーザーの機種変更などに際し、「電子書籍が100冊プリインストールされているので、それをタダで読めるということで、1台いかがですか」と勧めている。

 各社はこうしたさまざまなキャンペーンなどを実施することで、激しい新規契約の獲得競争をくり広げているが、新規契約を獲得するばかりでは純増はプラスにならない。なぜなら、解約が増えてしまえば、マイナスになってしまうかもしれないからだ。そこで、今度は既存ユーザーに対し、解約をするのではなく、実質負担額を減らす、あるいは無料にする形で、回線の契約を維持させようとするキャンペーンも実施されている。

 たとえば、筆者はイー・モバイルの初代のPocket Wi-Fi D25HWを契約していたが、先般、ちょうど購入から2年が経過し、前述のように、EMOBILE G4のPocket Wi-Fi GP02を契約したこともあり、Pocket Wi-Fi D25HWの回線を解約をしようとした。イー・モバイルのカスタマーセンターに解約の連絡をしたところ、オペレーターからは「端末の支払いも終わられていますし、すでにEMOBILE G4 GP02もご契約いただいているので、Pocket Wi-Fi D25HWの回線は月額料金の掛からないプランに移行されてはどうですか?」と勧められた。このときは詳細を聞かず、そのまま解約したが、これは新規契約月の翌月から起算して、2年以上を経過した場合、月額5980円のデータプランで「にねん得割」の契約に切り替えると、課金となる通信が発生しない月は、基本使用料もユニバーサル使用料も掛からず、月額0円のまま、契約を維持できるというものだった。

 こうなってくると、もはや「純増」は各社の勢いを計るためのバロメーターではなく、見かけ上の営業成績を稼ぐための競争になってしまっている。言い方はちょっとヘンだが、今どきのスマートフォン的な言葉で表現するなら、回線契約は1つだが、よく見てみると、実は複数回線を契約している拡張現実のような「AR契約」とでも表現したくなるような契約形態になってしまっている印象だ。

 ただ、ここで誤解しないで欲しいのは、筆者はそういった各社の施策を責めようというわけではない。むしろ、各社が契約を獲得するために、さまざまな施策を打ち出し、そこで競争が生まれることは、結果的に消費者にとってもプラスになることも多いだろう。しかし、なぜ、これほどまでに各社が「純増」というバロメーターに敏感になっているかというと、それは一般の新聞やテレビなどのマスメディアが過剰に「純増」ばかりに着目して、報道していることに関係がある。もちろん、本誌も電気通信事業者協会の事業者別契約数が公開されれば、ニュースで取り上げ、各社の決算会見で純増についてのコメントが出れば、それも記事にするだろう。しかし、純増はあくまでも勢いを計るためのひとつのバロメーターに過ぎず、それを絶対的な評価軸、あるいは純増の数だけを切り取って、各社の評価を決めてしまうような風潮があるのは、いささか違和感を覚えてしまうのだが、読者のみなさんはどう感じられるだろうか。

「純増」に代わるバロメーターは「MNP」?

MNP好調のKDDI、12月にはイー・モバイルが毎月の契約者情報開示を中止

 では、純増以外に、どういう評価軸を見れば、各社の勢いを知ることができるのだろうか。昨年12月にイー・モバイルが毎月の契約者数などの情報を開示しなくなったことを受け、各社の第3四半期の決算会見では、この件についての質問がいくつか出たが、KDDIの田中孝司社長は契約者数などの情報開示について、電気通信事業者協会で各社が協議中であることを明らかにしつつ、純増に代わり、各社の好不調を知るためのものとして、「我々としてはMNP(携帯電話番号ポータビリティ)がひとつの目安だと考えている」と答えている。これは田中社長が以前から記者発表などの席で述べていたことで、KDDI自身も昨年来、MNPでプラスに転じ、好調を維持している。国内の契約者数が1億2000万を超え、一般的な個人ユーザーの「人が通話で使うケータイ」の契約が飽和状態に近づきつつあることを考えると、確かにMNPは重要なバロメーターのひとつと言えるだろう。

 ただ、このMNPについても若干、気になる傾向が見え始めている。それは各社がMNPを偏重するあまり、本来のユーザーの動向とは少し離れた形でMNPが使われる例が増えつつあるからだ。

 くり返しになるが、MNPは同じ電話番号のまま、契約する携帯電話事業者を変更できるサービスだ。たとえば、auを契約中の人がNTTドコモから魅力的な端末やサービスが登場したことに伴い、MNPを検討したとしよう。NTTドコモはMNPで移行してくるユーザーに対し、さまざまなキャンペーンや特典で迎えようとするが、auを契約中のユーザーは「メールアドレスが変わっちゃうし……」「家族割が使えなくなるから……」といったことで、MNPでの移行をためらったり、踏みとどまることになるかもしれない。

 しかし、このユーザーの目的が魅力的な端末やサービスだけであり、2台持ちを前提にできるのであれば、自分が普段、使っている携帯電話番号とは別の携帯電話番号を移行することで、NTTドコモが提供する特典を受けることが可能になる。この「別の携帯電話番号」というのは、プリペイドケータイや2in1などで割り当てられる2つめの携帯電話番号のことだ。

 プリペイドケータイについては、今さら説明するまでもないだろうが、現在はauとソフトバンクがサービスを提供しており、いずれも一定の条件に基づき、他事業者へのMNPが可能だ。さらに、NTTドコモはFOMA向けに「2in1」、ソフトバンクは「ダブルナンバー」という名称で、それぞれ1つの回線契約につき、2つの携帯電話番号を割り当てるサービスを提供している。この2つめに割り当てられた携帯電話番号も他の携帯電話番号と同じように、MNPで他事業者に移行することができる。

 プリペイドケータイではチャージした金額がムダになったり、2つめの携帯電話番号サービスでは違約金などが発生する可能性もあるが、MNP先の事業者が移行するユーザーを厚遇する特典を用意していれば、そういったマイナスも十分に相殺できる可能性もあるだろう。

 本来、MNPはユーザーが事業者を自由に選べるようにすることで、競争環境を活性化するという目的があったはずだ。しかし、こうしたMNPの利用は制度的な問題こそないものの、各社としては負担が増え、結果的に各社が体力勝負で争うことになってしまい、活性化の道は遠のくことになるかもしれない。それに加え、マスメディアがMNPばかりに着目して評価するようになると、純増のときと同じように、開示される数値と実態がうまくマッチしなくなってしまう可能性も十分にあり得るだろう。

 これはケータイに限ったことではないが、さまざまな製品やサービスを比較するとき、どうしても状況を簡単に把握できるようにするため、何でも数値的に表わしてしまう傾向がある。もしかすると、日本人は一段とその傾向が強いのかもしれない。純増やMNPといった数値は、各社の勢いを判断するうえで、重要なバロメーターであることは間違いないが、我々ユーザーとしてはひとつのバロメーターだけに惑わされることなく、各社のサービス内容などを総合的に見て、落ち着いて、どの事業者と契約するのかを選ぶように心がけたい。

 




(法林岳之)

2012/2/24 15:16