真価が問われる2012年のスマートフォン

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows 8.1」「できるポケット docomo AQUOS PHONE ZETA SH-06E スマートに使いこなす基本&活用ワザ 150」「できるポケット+ GALAXY Note 3 SC-01F」「できるポケット docomo iPhone 5s/5c 基本&活用ワザ 完全ガイド」「できるポケット au iPhone 5s/5c 基本&活用ワザ 完全ガイド」「できるポケット+ G2 L-01F」(インプレスジャパン)など、著書も多数。ホームページはこちらImpress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


 スマートフォンへの移行が一気に進んだ2011年。今年はその勢いがさらに加速すると予想されているが、2012年はスマートフォンの真価が問われる一年でもある。スマートフォンが今まで以上に幅広いユーザーに普及していくのは、ハードウェア、プラットフォーム、サービス、料金体系など、さまざまな面で取り組まなければならない課題が多い。今回は2012年のスマートフォンへの期待と課題について、考えてみよう。

スマートフォンへの移行が進んだ2011年

 2011年のケータイ業界のトピックと言えば、やはり、スマートフォンの普及が挙げられるだろう。iPhoneをはじめ、すでに数年前からスマートフォンが販売されていたが、ケータイからの移行を含め、本格的な普及の目が見えてきたのは、2011年の明確な傾向だ。たとえば、昨年末にIDCが発表した2011年第3四半期(2011年7月~9月)のスマートフォン出荷数は前年同期比243%増の530万台となり、第4四半期にはiPhone 4Sの市場投入によって、出荷数が2倍以上に膨らむとしている。NTTドコモは2011年度第2四半期決算において、2011年度のスマートフォン契約数は1020万契約を見込んでいることを明らかにし、KDDIも2011年度上期(2011年4~9月)連結決算の発表において、2011年度のスマートフォンの販売目標を500万台に上方修正している。1人のユーザーが複数のスマートフォンを利用していたり、短い間隔で機種変更している例もあるため、正確なスマートフォンの稼働台数はわからないが、2011年末時点で2000万台前後のスマートフォンが利用されていると推察される。

 そして、こうした数字以上に、実際にケータイやスマートフォンを利用しているユーザー自身が「スマートフォンを使っている人が増えてきたな」と実感しているはずだ。地域によって、若干の差はあるかもしれないが、本誌読者のように、熱心なユーザーの多くはすでにスマートフォンに移行していたり、周囲の人からスマートフォンについての相談を受けるようなことも増えているだろう。テレビや雑誌などのメディアでもスマートフォンがニュースとしてではなく、ひとつのアイテムや道具として、扱われるようになってきたことも本格的な普及の目が見えてきたことをうかがわせる要因のひとつだ。

 ただ、もう一度、数字に振り返ってみると、スマートフォンの出荷数が伸び、四半期や月単位の集計では全体の出荷数の半分をスマートフォンが占めるようになってきたとは言うものの、まだ『2000万』前後の数字でしかない。国内の携帯電話(データ通信端末や通信モジュールなども含む)の契約数が約1億2400万であることを考慮すると、まだわずか16%だ。仮に、通信モジュールや1人のユーザーが複数台を利用しているケースなどを大ざっぱに2000万程度と見積もり、それらをさし引いたとしてもスマートフォンの普及率は20%程度に過ぎず、まだ5人の内、4人くらいは、フィーチャーフォンを使っている計算になる。最終的に、すべてのユーザーがスマートフォンに移行するとは考えにくいが、現状のまま、端末が開発され、サービスが提供されていれば、数千万人のユーザーが自動的にスマートフォンに移行していくわけでもないだろう。



 昨年末、ある業界関係者は「これまでスマートフォンに移行してきた1000万ユーザーより、次の1000万ユーザーにスマートフォンに移行してもらうことの方がはるかに難しい」とこぼしていた。これまでスマートフォンの市場を牽引してきたのは、本誌読者のように、ITリテラシーの高いユーザーが中心だったため、端末やサービスにおいて、多少の情報不足や不備などがあってもある程度、ユーザー自身によって、カバーできたかもしれないが、これから先は必ずしも十分な知識と情報を持つユーザーばかりではなくなり、ユーザーが求めるものも変わってくるというわけだ。これから先、スマートフォンが本格的に普及するためには、今まで以上に端末やサービス、料金体系など、さまざまな面において、難しい課題に取り組まなければならず、その意味においても2012年はスマートフォンの真価が問われる1年になりそうだ。

増えてきた不具合

各社のソフトウェア更新情報のページでは、スマートフォンの頻繁なアップデート情報が掲載されている

 2010年秋に各社からワンセグやおサイフケータイ、赤外線通信といった日本仕様を搭載したスマートフォンが登場したことで、普及に弾みが付き、この1年間はこれまでケータイを開発してきた国内メーカーからも数多くのスマートフォンが登場した。海外メーカーもグローバルスタンダードのモデルだけでなく、日本仕様の一部を取り込んだモデルなども開発し、積極的に国内市場にアプローチしている。昨年末の家電量販店や携帯電話販売店を見ると、完全に主役はスマートフォンになり、フィーチャーフォンはコーナーの端に追いやられるほど、スマートフォンの勢いは強い。

 ただ、モデル数が増える一方で、不具合や開発の遅れによる販売の延期なども相次いでいる。たとえば、NTTドコモは新機種の発売が続いた昨年11月と12月に10件以上のソフトウェア更新を実施している。auも同じ時期にスマートフォンだけで20件近いアップデートを公開し、ソフトバンクも10件を超えるソフトウェアサポートをアナウンスしている。

 もちろん、これらのアップデートの中にはNTTドコモのエリアメール(緊急地震速報など)対応をはじめ、auのWindows Phone IS12TのEメール(~@ezweb.ne.jp)対応など、機能追加も含まれるため、すべてが不具合の修正というわけではないが、機種数が増えた分、アップデートの件数も確実に増えている。ソフトウェアの不具合については過去にも連載で解説したが、「バグのないプログラムはない」と言われるように、ある程度の不具合が起きることはしかたないが、それでも発売されたばかりの新機種で次々とソフトウェア更新が実施されるような状況は、決して正常な状態とは言えないだろう。



 発売時期についても発表会の段階では11月中旬に発売とアナウンスしながら、実際には12月にずれ込んでしまったり、発売はしたものの、一部の機能は今後のバージョンアップで対応というケースも見受けられた。NTTドコモのGALAXY NEXUSのように、プラットフォームのバージョンが新しいものについては、多少、仕方がない部分もあるが、全般的に見て、新しいチップセットの採用やハイスペックを追求するあまり、開発が遅れ、結果的に発売が遅れてしまうケースが非常に多い。

REGZA Phone T-01D

 なかでも11月にNTTドコモから発売された「REGZA Phone T-01D」は、発売直後にユーザーからの報告で不具合が見つかり、発売日当日の夕方に急遽、販売が中止され、1週間後に販売が再開されるという一幕があった。しかも不具合の内容が電池残量が5%以下になったとき、もしくは初回電源投入時において、音声通話とパケット通信ができないという携帯電話としての基本機能が失われるものだった。発売直後にこういう事象が起きると、ユーザーとしては「開発時にちゃんと動作検証をしているのか?」と疑いたくなる。

 また、これとは別のケースだが、昨年末、筆者がある販売店で機種変更の手続きをしていたとき、隣の席で新たに購入したスマートフォンをパッケージから取り出し、初期設定をしている間にエラーが起きてしまい、しかたなく、別のパッケージを開けて、購入手続きを最初からやり直すというシーンを見かけた。しかも販売スタッフによれば、その機種は何度か、そういう事例が起きており、携帯電話事業者にも報告しているが、その時点ではまだ改善されていなかったという。もし、読者のみなさんがはじめてスマートフォンを購入するとき、目の前でこんな光景が展開されて、安心してスマートフォンが利用できるだろうか。言葉は悪いが、『人柱』覚悟で挑むようなユーザーはともかく、これまでケータイを安定した環境で利用してきたユーザーは、かなり不安な気分になるだろう。

 次々と新しいスマートフォンが開発されるのは、ユーザーとしても楽しみだが、スマートフォンとは言え、初期状態からきちんと使えることは最低限の前提条件であり、各携帯電話事業者や各メーカーにはユーザーが安心して購入できる「クオリティ」を実現することを望みたい。

どこまでスペックを追求するべきなのか

 こうした不具合が起きてくる背景には、スマートフォンが発展途上期にあり、ハイエンドモデルを中心に、各開発メーカーのスペック競争が激しくなっていることが挙げられる。

 たとえば、チップセットは一昨年の段階で1GHzのクロック周波数で動作するものがトップクラスだったが、昨年はクロック周波数が1.5GHzになり、デュアルコアを実現したチップセットも登場し、ハイエンドモデルを中心に搭載されている。2012年にはクアッドコアを搭載するスマートフォンも登場すると言われており、今年もマルチコア化や高クロック化がひとつのトピックになりそうな気配だ。

 ただ、ハイスペックなチップセットは、パソコンのCPUを見てもわかるように、自ずと消費電力が増える傾向にある。パソコンではモバイルノートパソコンを除き、消費電力の増加は製品を左右する要因にならないが、スマートフォンの場合は元々、フィーチャーフォンよりもバッテリーによる連続利用時間が短いが、ハイスペックなチップセットの搭載により、さらに連続利用時間が短くなってしまう。そこで、メーカーは大容量バッテリーを搭載するが、結果的に本体重量が増え、150gを軽く超えてしまうような『ヘビー級』スマートフォンができあがってしまうわけだ。

 このバッテリーによる連続利用時間は、スマートフォンを経験したユーザーと未経験のユーザーの間で、かなり認識に差があると言われており、ある程度、省電力化が進んだと言われる昨年末のモデルでも「まさか、こんなに持たないとは思わなかった」という声が聞かれた。これからスマートフォンに移行する幅広いユーザー層のことを考えると、さらにこのギャップは大きくなると予想され、各メーカーは今まで以上に省電力性能を追求していかなければならないだろう。

 また、ハイスペックなチップセットの搭載による影響として、もうひとつ顕在化しそうなのが発熱の問題だ。これもパソコンのCPUと同様の影響だが、パソコンはCPUクーラーなどで冷却できるのに対し、スマートフォンや携帯電話は今のところ、自然に放熱するしか手段がない。昨年、登場したスマートフォンの中にも通常の状態でしばらく使っていると、背面側がほんのり暖かくなるようなモデルがあったが、なかには充電をしながら使っているとき、放熱が十分にできず、充電が停止したり、本体が反応しなくなってしまうようなケースもあったという。

水中に沈めて防水スマートフォンをアピール

 このスマートフォンの熱問題をさらに難しくしているのが日本のユーザーに広く支持されている防水対応だ。スマートフォンを防水化する場合、外部からの水の侵入を防ぐため、ケース内部をパッキンで仕切り、スピーカーや送受話部なども防水シートで覆う。ところが、遮蔽されたボディ内部はチップセットなどで発生した熱も逃がしにくくなってしまうため、内部に熱がこもり、熱暴走などのトラブル発生の原因になる。

 特に、充電しながら、CPUパワーを必要とする機能を利用していると、こうしたトラブルが起きやすいという。こうした状況は各メーカーも十分に認識しており、今後は水を通しにくく、熱を逃がしやすい構造や素材などを検討し、対処していくようだが、場合によってはハイスペックなチップセットの搭載を見送ったり、防水対応を諦めるケースも出てくるかもしれない。

GALAXY Nexus SC-04D

 スペックという点では、ディスプレイについても少しずつ2012年は新しい傾向が見えてきている。すでに、一部のモデルが対応しているが、これまで多くのスマートフォンがフィーチャーフォンと同程度のフルワイドVGAやワイドVGAの解像度のディスプレイを採用してきた。しかし、Android 4.0搭載のリードデバイスであるGALAXY NEXUSが720×1280ドットのHD表示が可能なSuper AMOLEDディスプレイ(有機ELディスプレイ)を採用しており、Android 4.0への対応をいち早く表明したソフトバンクのAQUOS PHONE 104SHもHD表示が可能な液晶ディスプレイを採用していることからもわかるように、2012年のハイエンドのスマートフォンはHD表示が標準になることが推察される。ただ、これは後述するプラットフォームのバージョンとも関係するため、ミッドレンジやエントリークラスのモデルでは今年もフルワイドVGAやQHD表示のディスプレイが標準的に採用されるかもしれない。

 ディスプレイサイズについては、ボディ形状によって、採用されるものが違ってくるが、フルタッチスタイルのモデルではすでに4インチ以上が主流になり、ハイエンドモデルでは4.5インチ前後まで大型化している。ハードウェアキーでの操作が中心だったフィーチャーフォンでは、ディスプレイサイズの大きさが主に文字やコンテンツの見やすさなどに関係していたが、フルタッチスタイルのスマートフォンではそれに加え、指先で画面に触れるときの大きさ、つまり、操作感にも影響するため、フィーチャーフォン以上のディスプレイサイズの大きさが重要になる。

 ただ、ディスプレイサイズが大きくなれば、ボディサイズも大きくなるため、手の大きさによっては電話としての使い勝手がフィットしなくなるケースも考えられる。料金体系などで2台持ちのしやすい環境が今以上に整ってくるのであれば、すでに欧州などで販売され、好評を得ているGALAXY Noteのように、5インチを超える(GALAXY Noteは5.3インチ)ディスプレイを搭載し、スマートフォンとタブレット端末の中間的なジャンルの製品も有力な選択肢になってきそうだ。


各社スマートフォンの搭載ディスプレイを掲載した本誌記事Google本社内に建立された、Ice Cream Sandwich像(Android 4.0)

 ところで、ハードウェアのスペックを考えるうえで、ひとつ考慮しなければならないのがプラットフォームだ。現在、国内ではiOS、Android、Windows Phone、BlackBerry OSという4つのプラットフォームを搭載するスマートフォンが販売されているが、ユーザーにとって、気になるのはもっともモデル数が多いAndroidであり、その最新バージョンであるAndroid 4.0の存在が気になるところだろう。

 すでに、Android 4.0のリードデバイスとして開発されたGALAXY NEXUSがNTTドコモから販売されているが、spメールをはじめ、いくつかのアプリやサービス、機能は、1月以降のアップデートで対応することになっている。Android 4.0の解説については、また別の機会に譲りたいが、実際に年末年始の休みの間に試してみたところ、Gmailのアプリのように、従来よりも使いやすくなった印象がある一方、ソフトキーで表示されるメニューキーが画面上や画面下に表示されたり、アプリによってはまったく表示されなかったりと、今ひとつ統一感に欠ける印象も残った。逆に、Android 2.xになれているため、Android 4.0の操作体系にちょっと戸惑うようなシチュエーションも何度かあった。

Xperia arc

 今年、ソニー・エリクソンのXperia arcなどをはじめ、Android 2.xを搭載したスマートフォンをAndroid 4.0にメジャーアップデートすることがアナウンスされているが、Android 4.0でしか利用できない機能がそれほど多いわけではなく、アプリなどが利用できなくなったり、操作体系が変わったり、動作が遅くなるかもしれないリスクを負ってまで、アップデートするべきかどうかの判断を悩むことになるかもしれない。もし、Android 4.0やそれに続くバージョンで、ユーザーに魅力的な機能が提案できなければ、Android 2.3はWindowsで言うところのWindows XPのように、意外にロングライフで利用されるバージョンになるかもしれない。

 この他にもメモリ容量やカメラ、高速通信対応など、ハードウェアのスペックで気になる要素は多いが、前述のように、不具合が続いている状況を鑑みると、各キャリアやメーカーには将来のロードマップもしっかりと見据えつつ、信頼できる製品をきちんとしたスケジュールで市場に投入することをお願いしたい。

 各キャリアやメーカーは製品を発売するチャンスが年に何度もあり、「今回の製品がダメでも次は……」と考えているかもしれないが、ユーザーの立場で考えると、多くのユーザーが2年周期で買い替えており、一度、買ったら、多少は不満があっても基本的に2年間は使い続けなければならない状況にある(お金を出せば、買い替えられるのだが……)。こうしたユーザーの心情をもう少し重く受け止め、クオリティの高い製品を提供して欲しいところだ。

spモードの障害で問われるサービスの信頼性

 ハードウェアに続いて、サービス面で考えてみると、この1年間は各社がフィーチャーフォン向けに提供してきたサービスをスマートフォンでも利用できるように、環境を整えてきた1年だった。auはIS03発表時から積極的にスマートフォンにサービスを移行(移植)してきたが、昨年はNTTドコモもiチャネルやdメニューなど、iモード時代に蓄積されてきたコンテンツ資産を活かす環境をようやく整え、サービス面においても本格的にスマートフォンを中心に展開できる状況になりつつある。

 ところが、そんな中、昨年12月20日、NTTドコモはspモードにおいて、大規模の障害を起こしてしまった。詳しい内容は本誌に掲載された以下の記事を参照していただきたいが、今回の障害はメールに限らず、spモードというサービスそのものの信頼性に疑問符が付く内容だった。

ドコモの「spモード」でトラブル、関連サービスが一時停止(2011/12/21)
ドコモ、“他人のメアドになる”不具合は解消――10万人に影響(2011/12/21)
ドコモ、一時停止の関連サービスでほとんどが復旧(2011/12/22)
ドコモ、spモード障害で「ネットワーク基盤高度化対策本部」設置(2011/12/26)
ドコモの“メアド置き換え”不具合、影響数や新事象が明らかに(2011/12/27)

 NTTドコモに限らず、過去にも各携帯電話事業者、通信事業者は、多かれ少なかれ、障害を起こしているが、今回の障害はspモードのメールアドレスが他人のものに置き換わってしまい、無関係の人にメールが届いてしまうかもしれないという内容であり、通信の秘密という根本的なルールをひっくり返してしまうほど、深刻な問題だ。NTTドコモがiモード以降、もっとも大切にしてきたはずのケータイメールの信頼性を傷つけてしまったと表現しても差し支えないだろう。

spモードの不具合で頭を下げるドコモ幹部

 しかもそのトラブルの要因となったのは、3Gネットワークで接続したときに端末に割り当てられたIPアドレスとspモードのメールアドレスが紐付けられながら、それを確認するしくみがなかったからだという。筆者は携帯電話ネットワークの運用について、十分な知識を持ち合わせていないため、IPアドレスとメールアドレスの紐付けという手法が適切なのかどうかは判断できないが、少なくともIPアドレスが固定でない限り、電波状態によって、端末が接続と切断をくり返し、IPアドレスの再割り当てが発生することを考えれば、紐付けが正しいかどうかを確認するしくみは必要だろうし、何らかの理由で一斉に割り当てを求められたようなときのために、十分な設備を整えておくのは、通信事業者として、当然の責務だろう。

 NTTドコモは元々、「NTTクオリティ」の高品質なネットワークを構築し、モバイルブロードバンド接続においても早い段階から安定した環境を提供してきた。エリア展開についてもFOMAサービスの初期に苦労した経験を活かし、着実にエリアを拡げ、今や人口カバー率100%を達成している。

 ただ、筆者の過去に見てきたNTTドコモ、あるいはNTTグループのサービスの仕様を振り返ってみると、IPネットワークに関係するものについては、今ひとつ芳しくなかった印象が残っている。特に、今回のspモードについてはメールアドレスをはじめ、iモードで利用されてきたリソースをスマートフォンで継承するために構築されたこともあり、現在のネットワーク技術のスタンダードから少しずれた仕様になってしまっていたのではないだろうか。

 同じくフィーチャーフォンで利用してきたメールアドレスは、auでもソフトバンクでもスマートフォンに引き継げるようにしているが、auは初期のWAPベースのEZwebやEZaccessから二度ほど、メールサービスの仕様を変更し、現在はIMAPベースのEメールが提供されており、ソフトバンクは欧米で標準的に利用されているMMSを採用している。これに対し、iモードメールはケータイメールでもっとも成功していたこともあり、初期の仕様を拡張しながらサービスを提供していたため、結果的に業界標準の仕様などを取り込んだり、転換することができず、今回のような事態を招いてしまったのかもしれない。

 NTTドコモでは今回の障害の発生後、新たにネットワーク基盤高度化対策本部を設置し、spモードで起きた障害への対処をはじめ、急拡大するスマートフォンに備えた運用などの検討を始めている。迅速な対応は歓迎したいところだが、そうした中、年が明けた1月2日には、全国でspモードメールが利用しづらい状況が発生し、メールを送信できなかったときに発信者にその旨を知らせる不達通知が届かないというトラブルが起きている。まだ年末年始の休み明け直後のため、今後、どのような対応が取られるのかはわからないが、spモードについては当面、ユーザー自身でしっかりと情報を集めながら、利用していくしかなさそうだ。いずれにせよ、NTTドコモには早急にspモードを安心して利用できるように改善していただきたい。

考え直す時期に来ているWi-Fi

ソフトバンクWi-Fiスポット

 今回のspモードの障害は、前述のように、spモードのシステムそのものにも原因があったわけだが、広く見れば、やはり、スマートフォンが急増したことが遠因となっている。特に、スマートフォンの増加に伴い、ネットワークのトラフィックが増加し、各携帯電話事業者ではその対策として、さまざまな形でデータ通信のオフロードすることにより、混雑を避けようとしている。なかでも各社が力を入れているのが公衆無線LANサービス、つまり、Wi-Fiスポットへのオフロードだ。

 Wi-Fiについては、改めて説明するまでもないが、パソコンなどでも利用してきた無線LANと同じものだ。スマートフォンにはWi-Fiが搭載されているため、自宅やオフィスでは無線LANアクセスポイント経由の通信ができるほか、カフェやファストフード、レストラン、空港、駅、ホテルといった場所でも公衆無線LANサービスに接続することで、3Gネットワークを経由せずに、インターネットに接続することができる。利用できる場所も確実に増えており、ソフトバンクが提供するソフトバンクWi-Fiスポットは昨年11月に14万カ所を突破し、au Wi-Fi SPOTも今年3月末までに10万スポットになる予定だ。NTTドコモのMzoneも全国4000エリア、7600アクセスポイントで利用可能だ。


au Wi-Fi SPOTMzone

 3Gネットワークよりも快適な通信が利用できるWi-Fiスポットがこれだけ増えてくれば、ユーザーとしてもうれしいところだが、今年はWi-Fiスポットの拡大路線も少し考え直さなければならない時期を迎えるかもしれない。

 まず、利用しやすさという点では、筆者が以前から指摘しているように、NTTドコモの公衆無線LANサービスはログインIDやパスワードが必要なサービスであるにもかかわらず、端末側に自動ログイン機能がない機種が多く、ユーザー自身がブラウザでIDやパスワードを入力しなければならない。NTTドコモ自ら、自動ログインツールを提供すれば、話はもっと簡単なのだが、未だにその気配はない。本当にスマートフォンのデータ通信をWi-Fiスポットにオフロードしたいのであれば、ソフトバンクやauのように、NTTドコモも自動ログインができる環境を整えるべきだろう。

 また、無線LANでは一般的にアクセスポイントとクライアントに暗号化キーを設定し、無線通信を暗号化するが、なかには暗号化がまったく設定されていないアクセスポイントも存在する。

 たとえば、ソフトバンクWi-Fiスポットには暗号化されていないアクセスポイントがあるが、セキュリティ的に考えて、こうしたWi-Fiスポットの利用は遠慮したいところだ。この点について、ソフトバンクではソフトバンクWi-Fiスポットの注意事項のページで、「ソフトバンクWi-Fiスポットエリアは自動ログイン機能を提供しており、ご利用の通信機器と当社サーバ間は、SSLを用いた通信が行われています。ログインに必要な情報(ユーザID・パスワード)はSSLにより暗号化されておりますので安心です。」と解説しているが、ここで暗号化されるのはソフトバンクのサービスを利用するときのユーザーIDとパスワードであり、その他のインターネット上で提供されるさまざまなサービスの利用については、「インターネットを利用して、個人情報などの重要情報を送受信する場合には、ご利用の通信機器から通信相手先のサーバなどまでのセキュリティを確保するSSLやインターネットVPNなどを用いることを強くお勧めします。」としている。つまり、この部分のセキュリティは、ユーザー自身で守れという意味になる。

 スマートフォンではGoogleやアップルなどが提供する各サービスをはじめ、FacebookやTwitterなどのソーシャルサービスなど、さまざまなサービスを利用するが、これらのサービスでもIDやパスワードはやり取りされる。しかし、それらはユーザー自身がインターネットVPNなどの環境を用意して、セキュリティを確保しなければならないというのは、あまりにも酷な話ではないだろうか。ちなみに、au Wi-Fi SPOTやMzoneは暗号化キーが設定されており、他の公衆無線LANサービスでも暗号化キーを設定した運用が一般的だ。Wi-Fiサービスの先陣を切ったソフトバンクだからこそ、もっと知恵を絞って、ユーザーが安心して、利用できる環境を整えて欲しいところだ。

 そして、Wi-Fiスポットが増えてきたことで、もうひとつ気になるのが到達範囲とチャンネルの干渉だ。これまで公衆無線LANサービス、あるいはWi-Fiスポットは、基本的にカフェやファストフード、駅、空港、ホテルなど、人が集まるところにアクセスポイントが設置されてきた。ところが、最近はコンビニエンスストアなど、さまざまな場所にWi-Fiスポットが整備され、今年は自動販売機などにもWi-Fiスポットが設置される計画もあるという。

 その結果、街中を歩いていると、スマートフォンでいくつものWi-Fiスポットの電波が捉えられるようになりつつある。ユーザーがその場に立ち止まって利用するのであれば、まず問題ないが、ユーザーが何らかの交通手段で移動すると、次から次へとWi-Fiスポットが捉えられるようになり、接続と切断のくり返しで、事実上、Wi-Fi経由では使い物にならなくなってしまう。電車などはある程度、建物と離れているため、それほど気にならないが、建物が近い街中をややゆっくりした速度で移動するようなバスなどでは、まさにこの接続と切断をくり返す現象に遭い、結局、Wi-Fiを切った状態で利用することになる。Wi-Fiスポットが増えてくることは歓迎したいが、単純にアクセスポイントを設置するだけでなく、ある程度、電波の到達範囲も考えて、適切な位置に設置するようにして欲しいところだ。

料金プランや契約形態の見直しに期待

7GBを超えた場合、通信速度を128kbpsに

 スマートフォンの普及により、各社がWi-Fiスポットへのデータ通信をオフロードする施策を打ち出している一方、料金や運用面にも少しずつ影響が増えてきている。たとえば、新聞などの一般メディアを見ていると、この1年間、米国でデータ通信の定額制が撤廃されたことを受け、日本でもパケット定額サービスがなくなり、従量制になるのではないかと何度も報じられてきた。実際に、NTTドコモは「Xiパケ・ホーダイ フラット」及び「Xiパケ・ホーダイ ダブル」において、2012年10月以降、1カ月のデータ通信量が7GBを超えた場合、通信速度を128kbpsに制限し、これを解除したいときは2GBごとに、2625円の追加料金を必要とするという方針を打ち出している。

 ただ、日本の場合、米国などと違い、元々、利用できる画像サイズなどでデータ量が制限されているフィーチャーフォンが普及し、それに基づいて、パケット定額サービスが提供されており、そのユーザーが前述のように、まだ80%近くもいることを考えれば、いきなり従量制にシフトするようなシナリオはないと考えて良さそうだ。もちろん、スマートフォンによって、トラフィックが増えれば、ネットワークの品質を維持するため、ある程度の帯域制限は掛けられるだろうが、当面はごくわずか一部のスーパーヘビーユーザーのみで、一般的な利用のユーザーが制限されたり、急に従量制の料金プランが適用され、冷や冷やしながら使うようなことは起きないだろう。

 また、冒頭でも説明したように、今年は昨年にも増して、多くのユーザーがフィーチャーフォンからスマートフォンに移行すると予想されているが、すでに移行したユーザーなら、よくおわかりのように、スマートフォンに移行するだけで、月々の負担は確実に増えることになる。もう少し具体的に例を挙げるなら、月に3000円程度しか払っていなかったフィーチャーフォンのユーザーがスマートフォンに乗り換えることで、月に6000円以上、支払うようになるわけだ。この費用負担が重く、スマートフォンへの移行を踏みとどまっているユーザーが多いと言われているが、今後、こうしたユーザー層にもスマートフォンを普及させていくためには、現在のパケット定額サービスをスマートフォンの利用に合わせ、もう一度、見直すべきだろう。あまり何種類ものパケット定額サービスが提供されるのは避けたいが、ライトなユーザーの負担は軽く、アクティブなユーザーはそれなりに負担をするというバランスを取らなければ、なかなか今以上にスマートフォンへのシフトは進まなさそうだ。

月々サポートセット割の適用イメージ

 逆に、ボリュームという観点で見たとき、同様に見直しを期待したいのが複数契約への対応だ。現在、法人向けの携帯電話サービスでは、契約する回線数に応じて、基本使用料が割安になるなどの優遇措置が執られているが、個人の場合は複数回線を契約しても単純に費用負担が2倍、3倍と増えるだけで、実質的な優遇措置は何もない。NTTドコモがタブレット端末の販促施策として、2台目にタブレット端末を契約したユーザーに対し、月々サポートの金額を増額する「月々サポートセット割」を提供している程度で、あとはウィルコムが誰とでも定額のキャンペーンとして、2台目や3台目を同一名義で契約したユーザーに対し、2台目や3台目の月額料金を無料にするという施策があるくらいだ。

 法人契約の携帯電話サービスを例に挙げるまでもなく、実際に我々が生活で利用しているさまざまなサービスの中でも複数契約があれば、料金の割引などが受けられるのは一般的であり、これだけ多くの人に普及している携帯電話で何も提供されていないというのは、不思議なくらいだ。家族で同一事業者を契約したときの割引サービスも提供されているが、1人のユーザーでスマートフォン、タブレット端末、Wi-Fiルーター、フォトフレームなどを契約しているユーザーがほとんど恩恵を受けられないような状況は改善して欲しいところだ。

 また、現在、個人ユーザーは基本的に同一事業者で契約できる回線数が1人あたり5回線までに制限されている。これはかつてプリペイドケータイが詐欺などに利用されたことを受け、同一名義による大量不正契約を防止する措置として、業界が自主規制しているためだが、スマートフォンやタブレット端末、Wi-Fiルーター、フォトフレーム、見守り用端末など、これだけ多様なデバイスが登場してきたことを考えれば、そろそろこの制限も見直すべきだ。NTTドコモの山田隆持社長は、昨年のタブレット端末の発表会において、「一家に一台、ドコモタブレットを普及させたい」とコメントしていたが、4人家族が親の名義でケータイやスマートフォンを1台ずつ持つと、残りの音声系プランを契約できる枠は1つしかなく、複数の家族がケータイとスマートフォンの2台持ちをすることができなくなるわけだ。タブレット端末をデータ通信専用プランで契約すれば、さらに増やすことはできるが、GALAXY Tab 7.0 Plusのように、音声通話機能を持つタブレット端末もせっかくの機能が利用できなくなるわけだ。

 この制限をクリアする施策として、1契約あたり、複数のSIMカードを持てるような契約形態も検討して欲しいところだ。海外ではこういったサービスが利用できる契約もあるそうだが、1枚をスマートフォンに挿しておき、もう1枚はモバイルWi-Fiルーターやコンパクトなフィーチャーフォンに挿して、切り替えながら利用するわけだ。特に、NTTドコモやソフトバンクの場合、昨年末に発売されたスマートフォンの数機種がmicroSIMカードを採用しており、これまで利用してきたフィーチャーフォンに挿すことができず、販売店に駆け込むユーザーもいるという。SIMアダプタを利用する方法もあるが、基本的に保証外であり、故障のリスクを考えれば、切り替え利用のための2枚目のSIMカードを発行した方がトラブルもグッと少なくなるはずだ。

 さらに、この複数契約を優遇する施策の発展形として、モバイルに限らず、ブロードバンド回線を含めた包括的なネット接続サービスの契約も期待したいところだ。これは筆者がある講演の席で、聴講者に指摘されて、改めて考えさせられたのだが、我々は現在、ケータイは携帯電話会社、ブロードバンドは固定系の通信事業者やケーブルTV会社、固定の電話は固定系の通信事業者というように、回線の種別によって、異なる事業者と個別にサービスを契約している。しかし、あくまでも利用したいのはインターネットをはじめとした通信サービスであって、それを利用する機器や場所によって、契約する事業者を分けるのは不自然であり、わかりにくいという指摘だ。現実的にこういう契約ができる事業者は限られるだろうが、たとえば、外出先ではスマートフォンやタブレット端末、自宅では光ファイバーによるインターネットと固定電話、ビデオ・オン・デマンド(TVサービス)を利用できるようにするので、これらをすべてひっくるめて、月額1万円というようなサービスが登場してもおかしくないわけだ。

ドコモのタブレット端末の発表会で「hulu」のプレゼンテーションが行われた

 こうした区分にとらわれない契約は、すでに通信サービス以外のジャンルで始まりつつある。たとえば、昨年、NTTドコモのタブレット端末の発表会で、米国で人気の映像サービス「hulu(フールー)」の日本上陸が話題になったが、huluは月額1480円を支払えば、テレビからパソコン、スマートフォン、タブレット端末、ゲーム機など、さまざまなデバイスで、映画やドラマを好きなだけ見られるようにしている(同時視聴は不可)。もちろん、視聴できるタイトル数が限られているため、レンタルDVDサービスなどとは一概に比較できないが、デバイスを問わずに、無制限に見られるというのは、非常に魅力的だ。これが映像コンテンツではなく、電子書籍や電子コミックなど、電子出版の世界に置き換えることができれば、スマートフォンやタブレット端末の利用シーンは今まで以上に拡大することになりそうだ。筆者も著作者の一人であるため、あまり軽々しいことは言えないが、読む側だけの立場で考えれば、月額1000円でコミック数千冊が読み放題、一定の範囲の電子書籍が読み放題といったサービスが実現すれば、電子出版の世界も大きく変わることになるかもしれない。

信頼性と真価が問われる2012年のスマートフォン

 この1年間、国内市場では急速にフィーチャーフォンからスマートフォンへの移行が進んだ。しかし、冒頭でも説明したように、まだ20%程度のユーザーが利用しているに過ぎず、端末は不具合が相次ぎ、サービスもspモードで度重なる障害が起きるなど、まだまだ発展途上中の印象は否めない。

 それでも2012年は今まで以上に幅広いユーザーがスマートフォンへ移行すると見られており、各キャリアとメーカーはこうしたユーザーが不安感を持たないように、今まで以上に信頼性に留意して、しっかりとした体制を整える必要があるだろう。同時に、フィーチャーフォンの時代に持っていた固定観念を捨て、今まで以上にスマートフォンの可能性を拡げ、ポテンシャルを引き出せるようなサービスや料金体系、契約形態を生み出し、魅力的で楽しく便利なスマートフォンやタブレット端末の世界を提案してくれることを期待したい。

 




(法林岳之)

2012/1/5 14:35