吉と出るか、凶と出るか。GoogleのMotorola Mobility買収

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows 7」「できるポケット Xperiaをスマートに使いこなす 基本&活用ワザ150」「できるポケット+ GALAXY S」「できるポケット iPhone 4をスマートに使いこなす基本&活用ワザ200」(インプレスジャパン)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。Impress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


Googleのサイトでは同社のさまざまなサービスが並んでいる

 日本がお盆休みで静かな8月15日。米Googleが米Motorolaの携帯電話部門であるMotorola Mobilityを125億ドルで買収するというニュースが飛び込んできた。Androidプラットフォームの中心的な存在であるGoogleは、端末メーカーでもあるMotorola Mobilityを買収して、何を目指そうとしているのだろうか。

背景にある特許紛争

 Googleは何の会社なのか。多くの記事でGoogleが取り上げられるとき、今まではその冠として、「検索サービスなどを提供する」といった言葉が使われてきた。しかし、最近では検索以外に、メールや地図、ニュース、動画、ドキュメント、翻訳など、さまざまなサービスを展開しており、単なる検索サービスプロバイダではなくなりつつある。

 Googleのビジネスモデルは、インターネットに公開されている膨大な情報の検索結果を表示したとき、いっしょに表示する広告を収入源としている。当初はWebページがその検索対象だったが、現在ではメールや地図、動画、翻訳など、人が何か情報を調べたり、情報にアクセスするときにGoogleのサービスを介在させ、あらゆるシチュエーションにおいて、広告を展開しようとしている。

 そんなGoogleが今もっとも積極的に取り組み、ユーザーにとってもGoogleを身近に感じられる存在となっているのがAndroidスマートフォンだ。Googleの検索結果による広告モデルを考えたとき、パソコンよりも圧倒的に台数が多く、いつでもどこでも利用する可能性が高い携帯電話をはじめとしたモバイル端末の方が有力であり、その環境を広く安価に提供するために、Androidプラットフォームを積極的に展開している。つまり、Googleにとって、Androidは今後のGoogleのビジネス展開において、もっとも重要かつ欠かせない『プラットフォーム』となっているわけだ。

 ただ、ここに来て、GoogleがAndroidによるビジネスを展開していくうえで、厄介になってきている問題がある。それが訴訟問題だ。スマートフォンに限らず、私たちが使う多くの製品には、さまざまな技術が使われている。その技術には特許が認められているものも多く、特許を持つ企業や個人は特許料という形の収入を得ているところも多い。また、その一方で、特許を持つ企業などが無断で同じ技術を利用した企業に対し、特許料の支払いを求めたり、その技術を利用した製品の販売を差し止めるといったケースもある。

 今回のGoogleによるMotorola Mobility買収は、すでに報じられているように、Motorola Mobilityが持つ特許をGoogleが確保することにより、ライバルとの特許争いを有利に運びたいという狙いがある。そのライバルとは言うまでもなく、iPhoneなどを展開する米アップルということになる。

 Androidスマートフォンは、米Googleが中心となって、プラットフォームを提供し、世界中のメーカーが端末を開発し、市場で販売している。Androidプラットフォームの開発を推進する業界団体「OHA(Open Handset Alliance)」には、端末メーカー以外にも半導体メーカー、通信事業者、サービスプロバイダなど、さまざまな企業が参加しており、Androidのエコシステムが成立している。

アップルがHTCを提訴

 ところが、スマートフォン市場において、AndroidプラットフォームとiPhone(iOS)の対決構図がより鮮明になってきたこともあり、アップルはAndroidプラットフォームを支える主要企業に対し、さまざまな形で訴訟を起こしている。たとえば、2010年3月にはiPhone関連の特許を侵害したとしてHTCを提訴し、今年4月にはサムスンに対しても訴訟を起こしている。これに対し、HTCやサムスンも反訴し、スマートフォンを軸にした訴訟合戦がくり広げられている。

 また、これらの訴訟は当初、米国で起こされたものだったが、同様の訴訟は欧州など、各国でも起こされ、今年8月にはアップルがサムスンの販売する「GALAXY Tab 10.1」などの販売差し止めの仮決定を勝ち取っている。最終的にどちらの主張が認められるのかは、裁判所の判断次第だが、訴訟が完全決着するには当然、長い期間を要するため、販売差し止めなどが認められると、販売の機会を逃すことになる。

 「じゃあ、特許料を支払えば、いいじゃないか」という話になるのだが、なかなかそう簡単に済まされない部分がある。なぜながら、特許料をいくらに設定し、どのように支払うのかがわからないうえ、その交渉期間が長引けば、さらに販売の機会を損失してしまうことになるからだ。

 そこで、有効な対抗策として考えられるのがお互いが持つ特許を認め、相互にライセンス、つまりクロスライセンスを結ぶという方法だ。この方法が採れれば、特許料を支払う必要もなくなり、製品の販売を継続(再開)することができる。何とも「大人の解決手段」のような印象だが、IT業界では古くから同様の手法で訴訟を
解決してきた経緯がある。たとえば、1990年代後半にアップルが経営危機に陥ったとき、スティーブ・ジョブズの復帰と共に、マイクロソフトと特許のクロスライセンスを結び、「Macintoshプラットフォームの先端的な技術開発で協力する」ことで合意している。最近ではソニーとLG電子がテレビ関連の特許で訴訟合戦をくり広げていたが、今年8月にクロスライセンス契約を結ぶ方向で協議が進んでいると報じられた。

 ただ、クロスライセンスを結ぶには、こちら側にも相手に行使できる特許が存在しなければならない。そこで、GoogleはAndroid陣営のために、125億ドルもの巨費を投じて、Motorola Mobilityを買収したわけだ。おそらく、買収後はMotorola Mobilityが持つ特許などを精査し、アップルのiPhone及びiOSに対して、訴訟を起こせるような材料を探しているのではないかと推察される。

 Googleがこうした特許を狙った動きを見せたのは、今回がはじめてではない。実は、2009年に破綻したカナダの通信機器メーカー「Nortel NetWorks」の持つ特許が今年、米国でオークションにかけられ、Googleもこれに入札している。Nortel NetWorksは日本ではあまりなじみがないが、元々、カナダの通信事業者であるベル・カナダの製造部門が独立した会社であり、1990年代後半からはネットワーク機器や光ファイバー関連製品などを製造する通信機器メーカーとして、通信関連や無線関連などを含め、約6000件に及ぶ特許を持っていたとされる。オークションはマイクロソフトやアップル、ソニー、カナダのResearch In Motion(RIM)、米EMC、スウェーデンのエリクソンの6社による連合が落札し、Googleは特許確保に失敗したため、言わば、今回のMotorola Mobility買収はそのリベンジという見方もできる。

Googleがスマートフォンを作る?

Motorola XOOM

 ところで、今回買収されたMotorola Mobilityだが、その名前からもわかるように、米Motorolaの携帯電話部門などを独立させた会社だ。Motorolaは元々、通信機器や半導体、携帯電話などを製造してきたメーカーだが、いくつかの分社をくり返し、2011年1月には携帯電話とセットトップボックスを手掛けるMotorola Mobility、その他の事業を手掛けるMotorola Solutionsに分割されている。ちなみに、かつてMotorolaが開発していた半導体に「MC68000」というMPUがあり、そのシリーズは長くアップルのMacintoshシリーズのCPUとして採用されていた。今回の訴訟合戦と買収の関係を考えると、少し因縁めいたものを感じる人も少なくないだろう。

 ところで、国内のユーザーから見ると、GoogleがAndroidプラットフォームのために買収した企業がなぜMotorola Mobilityなのかという印象を持つ人もいるかもしれない。国内市場におけるMotorolaと言えば、今年発売されたタブレット端末「Motorola XOOM」、2006年にNTTドコモから発売された「M702iS」などが思い浮かべられ、あとは家電量販店などでBluetoothヘッドセットなどを見かけるくらいだろう。少し古いユーザーなら、ボーダフォンが販売していた「Vodafone 702MO」「Vodafone 702sMO」、au向けに供給された「cdmaOne C100M」あたりを覚えているかもしれない。さらにさかのぼれば、DDI-セルラーグループとIDOが採用していた「TACS」と呼ばれるアナログ携帯電話方式もMotorolaの開発によるものだ。また、2008年にはauがPCを持たないユーザー向けにセットトップボックス「au BOX」を供給したが、Motorolaは世界でもっとも多くのセットトップボックスを手掛けるメーカーとしても知られている。


M702iS702MO
C100Mau BOX

 エポックメイクな製品や技術を提供しながら、今や国内では存在感がやや薄くなってしまったMotorolaだが、海外、とりわけ米国では相変わらず高い人気を保っている。古くはマイクロタックと呼ばれる携帯電話で圧倒的なシェアを獲得したが、2004年に発表された「RAZR V3」は全世界で爆発的なヒットを記録した。Androidスマートフォンについてもいち早くAndroid 1.5から製品に着手し、米Verizon向けに供給された「Droid」はiPhoneの対抗モデルとして、高い人気を得ている。今年1月に開催された2011 International CESで発表された「Motorola Atrix 4G」のように、他メーカーにはないエポックメイクな製品も数多くリリースしている。


RAZR V3Atrix 4G

 これだけの長い期間に渡り、通信や無線、移動体通信、ネットワークなどの製品群を開発してきたメーカーだけに、当然のことながら、保持している特許も豊富なうえ、移動体通信関連においても数多くのノウハウを持ち合わせているため、Googleにとっては前述のNortel NetWorks以上に、魅力的な企業だったということになる。

 ところで、今回、GoogleがMotorola Mobilityを買収したことで、一部では「Google自身がスマートフォン製造に参入するため、国内のメーカーは危うくなる」といった報道があったが、本当にそんなことがあるのだろうか。

 今回の買収に際し、Googleに対しては、Androidプラットフォームを支える各社から歓迎のコメントが寄せられている。そのメンツたるや、端末メーカーのサムスン、ソニー・エリクソン、HTC、LGエレクトロニクス、半導体メーカーのMarvell Technology、販売のBEST BUY、通信機器及び端末メーカーのZTE、端末メーカーのASUS、Lenovo、Acerといった顔ぶれだ。しかも各社とも「Googleの特許ポートフォリオの戦略を歓迎する」「Androidのエコシステムが守られることを歓迎する」といった主旨のコメントを出しており、今後もGoogleを中心に展開されるAndroidプラットフォームに各社とも関わっていくことが明言されている。

 つまり、現在と変わらない立場で各社がAndroidのエコシステムを支え、各社からスマートフォンやタブレット端末がリリースされる方向であるということだ。サムスンやHTCといったメーカーは、Androidプラットフォームの開発に直接的に関わる立場でもあると言われているため、市場規模の違う国内メーカーはポジションが異なるだろうが、少なくとも現時点では国内メーカーのスマートフォンがなくなったり、国内のAndroidスマートフォンがMotorola Mobility製で埋め尽くされてしまうということは、ないと考えていいだろう。


Nexus OneNexus S

 また、Googleが「Nexus One」や「Nexus S」を開発してきたことを理由に、Googleのスマートフォン参入の可能性を指摘する向きもあるが、これらのモデルはいずれもAndroidスマートフォンのリファレンスモデルとして開発された意味合いが強く、製造はHTCとサムスンが担当し、それぞれのメーカーが持つノウハウを盛り込みながら開発され、そこで得られたものはAndroidプラットフォームにフィードバックされている。

 たとえば、昨年7月に米クアルコムの開発者イベント「Uplinq2010」を取材したときも出展していたソフトウェアベンダーやサービスプロバイダー各社は、Nexus Oneをデモ機として利用しており、各社ともNexus Oneで動作することを前提にサービスやアプリを開発するとしていた。

 さらに、今回の買収に伴い、AndroidスマートフォンではMotorola Mobility製が優先されるのではないかという指摘もある。確かに、それはひとつの方向性として考えられそうだが、もし、本当にMotorola Mobilityを優先してしまうと、前述のコメントを寄せた各社、なかでも端末メーカーを裏切ることになってしまう。

 たとえば、Androidプラットフォームで実現される新しい機能が事前に告知されず、Motorola Mobilityの新製品にしか搭載されていないということなれば、当然のことながら、他メーカーは黙っていないだろう。Androidプラットフォームは、基本的にGoogleを中心に開発されているが、サムスンやHTC、LGエレクトロニクス、ソニー・エリクソンといった主要端末メーカーも部分的に開発に関わっていると言われており、Motorola Mobilityを特別扱いしてしまうと、Androidプラットフォームの開発を支えるメンバーが一気に減ってしまうことになり兼ねない。もし、Motorola Mobilityの製品のみで新機能がサポートされるようなときは、事前に主要メーカーに対し、何らかのアナウンスがあると考えるのが自然だろう。

GoogleがMotorola Mobility買収をどう活かすかがカギ

 ここまでの説明でもわかるように、今回のGoogleによるMotorola Mobility買収は、あくまでも知財権の確保というのが最大の目的だろう。

 ただ、それはあくまでも現時点での話に過ぎない。今までの話を根底から覆すなと言われそうだが、この先、どういう展開になるのかは、誰にもわからない。購入したときはこういう用途に使うつもりだったが、最終的には違う形で活かしたという話は、私たちが普段、買い物をするときにも起こるし、当然、企業買収でもそういったことは起こり得る。

 もちろん、「餅は餅屋」と言われるように、Motorola Mobilityがまったく別の事業をはじめるとは考えられないが、それでもAndroidプラットフォームを支える企業がなかなか手掛けない製品を開発したり、他社にはないソリューションを生み出してくる可能性も十分に考えられる。特に、Googleはいい意味でも悪い意味でも「若い企業」と言われており、今までの商慣習や考え方にはとらわれずに事業を展開してきた経緯があり、そういった自由な考えがある意味、老舗中の老舗とも言えるMotorola Mobilityに入り込んでいくことで、思わぬ化学反応を起こすことは考えられる。

 また、ここまでの話はあくまでもGoogle側の視点で考えてきたものだ。逆に、Androidスマートフォンを手掛けるメーカー側から考えてみると、どうだろうか。現在、米国において、AndroidスマートフォンはiPhoneを超えるシェアを獲得し、今後、Androidがスマートフォンやタブレット端末の事実上の標準プラットフォームになることが確実視されている。

 しかし、昨年来のAndroidプラットフォームの頻繁なアップデートを見てもわかるように、Androidは今まさに急速に進化を遂げようとしている。そのため、端末メーカーもできるだけGoogleの近くにポジションを置き、その速さに何とか付いていこうとしている。ただ、そんな中でも急に方針を変更してしまったり、スケジュール通りに物事が進まないことが多いと言われている。

 たとえば、昨年、いくつかの端末がバージョンアップを断念したり、バージョンアップをしても機能が制限されるということが起きたが、その影響もあって、ユーザーからは「バージョンアップがやりやすいメーカーの端末を買いたい」という声が聞こえてきている。しかし、端末を開発するメーカー側としては、Googleに対し、きちんとしたプラットフォームのロードマップを示し、どのように開発すれば、次期バージョンでも問題なく、バージョンアップできるのかを示して欲しいと考えている。つまり、AndroidプラットフォームはGoogleが中心となって開発しているが、メーカーなどをサポートする力が必ずしも十分ではなく、それが結果的にユーザーの不利益につながっていると指摘しているわけだ。

 直接、プラットフォームのバージョンアップには関係ないが、昨年、Googleが国内でAndroidプラットフォームの説明会を開いたとき、ある質問に対する回答で、筆者を含め、メディアの人たちがちょっと驚かされたことがある。「もし、Androidにセキュリティホールが見つかったときはどうするのか。いつ頃までサポートするのか」という主旨の質問だったが、これに対し、Googleの担当者は「Androidはオープンソースなので、コミュニティの誰かが発見次第、修正するはず」と答えている。つまり、何か問題点が見つかってもGoogle自身が修正を確約するわけではなく、コミュニティの対応に任せるというわけだ。もちろん、「オープンソースは本来、そういうものだ」と言われてしまえば、それまでなのだが、スマートフォンや携帯電話という世界で何億、何十億という人が使うかもしれないプラットフォームを扱う企業として、本当にその回答が適切だったのかどうかは疑問が残る。

 そんな中、8月の国内市場では、もうひとつ別のプラットフォームを採用したスマートフォンが発売された。そう、Windows Phone 7.5を採用した「Windows Phone IS12T」だ。こちらは言うまでもなく、Windowsというパソコンの標準プラットフォームを20年以上に渡って手掛け、モバイル端末向けもWindows CEの時代から多くのメーカーが対応製品を開発してきている。内容は若干、異なるが、組み込み用ではカーナビゲーションシステムでもWindows CEベースのものが広く採用されている。スマートフォンやモバイル端末としては、必ずしも成功したとは言えないかもしれないが、これだけの製品が世に登場し、一定の支持を得てきているということは、それだけマイクロソフトのメーカーや関連企業に対するサポートがしっかりしており、ロードマップなども含め、きちんと情報が提供され続けていることを意味する。特に、Windowsにおいては、それぞれのバージョンごとに製品のライフサイクルをきちんと決め、Windows Updateを通じて、セキュリティパッチも一定期間、無償で配布し続けている。

 さて、読者のみなさんが端末を開発するメーカーという立場だったとき、どちらを選択するだろうか。圧倒的なシェアを持ちながらも付き合い方の難しいAndroidか、巻き返しを図るべく、プラットフォームを刷新し、パソコンと同じように付き合いやすそうなマイクロソフトか。どちらも事業としては大変だが、今回のMotorola Mobility買収をGoogleがどう活かすのかによっては、プラットフォームをサポートするメーカーの勢力図が大きく変わってしまう可能性も否定できない。吉と出るか、凶と出るか、はたまた、さらに新しい買収で訴訟合戦を優位に導くのか。今後もGoogleの動向から目が離せなくなりそうだ。

 




(法林岳之)

2011/9/2 12:00