ケータイ用語の基礎知識

第753回:気球無線中継システム とは

気球を使って災害用臨時基地局を展開

 気球無線中継システムとは、ソフトバンクが開発したシステムです。2013年より、災害時の臨時回線としての利用に備え全国の主要拠点に配備されています。

 気球無線中継システムは、その名の通り、ロープでつなぎとめて空中の一定の場所に浮遊させる「係留気球」に携帯電話の基地局を搭載したものです。これにより気球の周りに携帯電話の通話エリアを作り出すことができます。

 ソフトバンクでは東日本大震災後の2011年4月、プロジェクトチームを立ち上げて研究開発を開始しました。2013年の最初の実証実験を経て、2016年4月に発生した平成28年熊本地震で、災害時臨時回線用の基地局として初めて運用されました。

 気球無線中継システムが展開されたのは福岡県八女市の高巣公園付近で、2GHz帯を用いた3Gサービスが利用できます。もともと4G LTEおよび3Gでのサービスが部分的には提供されているエリアなのですが、このエリアでの展開理由として「熊本地震で影響を受けていないエリアで、山間部ながら、福岡~阿蘇を繋ぐ重要なルートで、被災地支援に向かう人々にとって重要なエリア」とされています。

 熊本地震にともない、ソフトバンクのサービスエリアは、停電や伝送路(携帯電話のデータを送る回線)の故障などにより、熊本や大分の一部地域において、利用しづらい状況になりました。これを受け、気球無線中継システムのほか、移動基地局車2台、衛星通信設備(中継伝送路用)5局、可搬型基地局7局、移動電源車12台、発電機8台が展開されています。

上空100mに基地局、半径5km以上をカバー

 災害時には、携帯電話の通信を支える基地局も被災して、使えなくなる可能性があります。携帯電話各社はエリア確保のためにさまざまな取り組みを行っています。

 たとえば、第540回:大ゾーン基地局 とはで紹介したように、NTTドコモやauは半径7kmのエリアを構築できる「大ゾーン基地局」を2011年から整備してきています。大ゾーン基地局は非常に高いビルの屋上や鉄塔を使って構築されています。地上からの高さを確保した方がそれだけ遠くまで電波を届けることができるからです。またauでは、沿岸部で素早くサービスエリアを復旧できるよう船舶に基地局装置を乗せる、という取り組みを進めています。

 被災地でサービスエリアを復旧させたい場所はさまざまな地点になることが予想されます。そこで携帯各社は大ゾーン基地局や船舶基地局などのほか、移動基地局車などを用意して、小回りを効かせて対応できるようにしています。

 一方、ガス気球を使うソフトバンクの気球無線中継システムは、高さと設置の柔軟さの両方を兼ね備えている、と言えます。係留は必要になりますが、鉄塔を建築するよりも、はるかに早くエリアを展開できるからです。ソフトバンクで用いられる気球の場合、強風などの悪条件がなければ4~5名のスタッフで、ヘリウムの充填~浮上まで可能です。

 ただし気球にはそれほど重い機材を詰め込むわけにいきません。気球に搭載している機器は、受信した電波を中継する「レピーター」のみです。電源も、地上からの送電でまかないます。地上にはコアネットワークへの通信の経路として、周辺の被害にあっていない基地局、あるいは無線中継装置の親機となる通信機などを載せて、気球と組み合わせて運用します。

 また気球には弱点もあります。そのひとつとして、悪天候では利用できないことが挙げられます。ソフトバンクの気球無線中継システムでは、気球下部の風を受ける幕状の「スクープ」付きの扁平型気球とすることで空中姿勢を安定させていますが、台風のように非常に強い風の中では一定の場所で浮かせ続けるのは困難です。

海外ではさらに野心的なシステムも

 世界的には、実用には遠くてももっと野心的な気球無線中継機のプロジェクトもあります。

 たとえば、米グーグルの先端技術研究機関であるGoogle Xでは、“Project Loon”という、気球無線中継システムを実験しています。これは、気球を係留せず、大量に成層圏まで飛ばし、山脈など従来の方法では携帯電話のネットワークを構築するのが難しかった場所を含め、地球を丸ごとサービスエリアにする、という目標を掲げています。

 Project Loonで使われるのは「高高度気球」と呼ばれる高度約20km以上の成層圏まで飛ばせるもので、なおかつ、100日間程度飛び続けられる「スーパープレッシャー気球」というものです。気球には、地上と交信できる基地局施設を搭載しているのは、ソフトバンクで実用化されたシステムと同じですが、さらにこのProject Loonでは、気球同士が通信を行う機能も持っています。これにより、地上~上空の基地局、そしていくつもの気球を経路として、遠方にある他の気球から通信できるようにします。気球ひとつでは直径80km程度のサービスエリアとなるところ、気球同士がネットワークを作り上げることで、サービスエリアをさらにもっと拡大できる、とされています。

 2016年現在、ニュージーランドを拠点に、サービスを実用化させるための要素技術の実験が行われており、すでに複数の気球が上空に飛ばされています。これが本当に実用化されれば、高速なインターネット網を奥地や局地も含めて地球の津々浦々までインターネットに繋がるネットワークが展開される日が、やって来るかもしれません。

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)