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「圏外」でもIoTで鳥獣被害から苗木を守る、KDDI総研らが実証実験

 KDDI総合研究所、KDDI、常葉大学、国土緑化推進機構は、鳥獣による森林被害の軽減を目的とした「IoTを活用した森林管理効率化の実証実験」を開始した。

IoTセンサーで「揺れ」をとらえる、低コストな遠隔監視システム

 農林水産省が発表した「鳥獣被害の現状と対策」によれば、日本国内で鳥獣被害を受けている森林の面積は、年間約6000ヘクタールに及び、林業への影響などが問題視されている。

 実証実験が行われる静岡県内の森林ではシカによる食害が増加しており、特に狙われやすい植林地を中心に、防鹿柵による侵入防止などの対策を講じている。

 しかし、防鹿柵は動物の衝突や倒木によって破損してしまうこともあり、破損の発見や修復を迅速に行うための定期的な巡回が必要とされる。業務負荷を軽減するためにカメラによる遠隔監視も取り入れているが、広大な植林地域全体の監視には多数のカメラが必要となり、機器や通信設備のコストが課題となる。

 今回の実証実験では、監視カメラの映像ではなく、IoTセンサーで「防鹿柵の揺れ」をとらえ、振動の原因をAIが推定するという手法を検証する。広範囲の遠隔監視を低コストで行う手法の確立を目指す。

圏外でも植林地域を監視するための仕組み

 先述の通り、今回テストされる遠隔監視システムは「IoTセンサーで防鹿柵の揺れを検知」「振動の原因をAIが分析」という2段階で構成される。

現場の様子。富士山麓の国有林の一部で、伐採・植林された場所なので景色は開けている。

 山中の実証実験が行われている場所を歩くと、携帯電話が圏外となる部分も多い。植林されたばかりの若い苗木が多い場所を囲う防鹿柵のうち、特に動物に突破されやすい場所のネットを支える柱に振動検知センサーを取り付けているが、すべての設置場所がLTEのエリア内というわけではないため、通信可能な場所にデータを集約して送る仕組みになっている。

写真中央の柱に取り付けられている物が振動検知センサー。実験用のため基板を樹脂皮膜で覆った簡素な作りだが、いずれは防鹿柵への組み込みなども検討
中段の白い箱がアグリゲーター。上下にある機器は予備実験で使われた物
右奥に立っている物がゲートウェイ装置。LTE通信が可能な場所を選んで設置されている。

 まず、各センサーからBluetooth Low Energyでアグリゲーターと呼ばれる中継機器にデータが送られ、さらにLTE網に接続されたゲートウェイ装置までWi-Fi経由で送られる。

 センサーで取得したデータはクラウド上に集積され、「防鹿柵が揺れた」というデータを、AIによって動物によるものや天候によるものなどの原因別に分類する。

 解析の結果、シカやイノシシなどの動物がネットに引っかかったことによる揺れだと判断されれば、その箇所に小さな穴が開いたり、あるいはそれを別の動物が広げて侵入に至る可能性があり、修復が必要な箇所である可能性が高い。将来的には、この結果を元に管理者への通知を行うなど、監視業務における実用性を検証していく。

防鹿柵には斜め方向にネットが張られており、シカやイノシシ、時にはウサギなどが引っかかり穴を開けてしまうことがある

 KDDI総研では今回の試みのほかに漁業におけるIoTを活用した効率化にも取り組んでいるが、これらに共通して、電源の確保や省電力化は苦労した部分だという。電気が引かれていない場所で動く防鹿柵の監視システムを構成する機器のうち、振動検知センサーはボタン電池で1年間の連続駆動。アグリゲーターやゲートウェイ装置にはソーラーパネルとバッテリーが接続されている。

地面に設置されたソーラーパネルとバッテリー

 基板を樹脂皮膜で覆ったセンサーはもちろん、ソーラーパネルの配置ひとつを取っても、人力での頻繁なメンテナンスが難しい場所で稼働する設備ならではの工夫が盛り込まれている。

森林管理に留まらない、IoTによる課題解決の可能性

 常葉大学の小杉山晃一准教授は、過疎化や放棄山林の増加を背景とした野生動物による被害の拡大は、山間地域だけではなく人の暮らしそのものに影響する問題だと危機感を抱く。

 林野庁は、野生鳥獣被害対策の考え方として、「個体数調整」「被害防除」「生息環境管理」という3つの対策を並行して進めていく基本方針を示している。

 今回の「IoTを活用した森林管理効率化」は被害を未然に防ぐ、早期に発見することにつながり、3つの対策のうち「被害防除」にあてはまる取り組みといえる。

 そして、「個体数調整」においてもIoTを活用できるのではないかと小杉山氏。ハンターの減少、高齢化は深刻化しており、自身のゼミに所属する学生には研究の一環として狩猟免許を推奨しているという同氏だが、免許を持っていても生態系維持のための狩猟に参加するのはなかなか難しい実情があるという。

 その理由のひとつに、「わな猟」の免許を取得してくくりわななどを設置した場合、(非狩猟鳥獣の保護などの観点から)頻繁な見回りが必要になり、毎日のように足を運べる人でないと実際に猟を行うのは難しいと説明。今回の防鹿柵の取り組みのようなセンサーを用いた仕組みを応用できれば、いずれはわなの監視も効率化でき、ハンター人口の増加につながるのではないかと期待を語った。