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「端末購入補助」は“悪者”なのか、総務省の方針に疑問
議員会館で通信政策のシンポジウム
2018年1月19日 20:29
大手キャリアが新型スマートフォンに高額の割引を付ける「端末購入補助」は、本当に“悪者”なのか。19日に衆議院第一議員会館で開催された通信政策についての公開シンポジウムで、その是非を巡って意見が交わされた。
今回のシンポジウムは、米国の政策提言機関「Progressive Policy Intstitute(PPI)」が主催したもの。モデレーターを参議院議員の元榮太一郎氏(自由民主党)が務め、ジャーナリストの石川温氏のほか、総務省の担当課長、経済学者、アナリストなどを迎えたパネルディスカッションが開催された。
スマホの値引き販売が技術革新につながる
PPI チーフ・エコノミック・ストラテジストのマイケル・マンデル氏は、「購入補助抑制により買い替えサイクルが滞り、結果として技術革新が進まないのではないか」と、経済成長の観点から問題を提起した。
マンデル氏は、安倍政権がかかげる経済政策「生産性革命」に賛成の立場と表明。その上で、現在のモバイル市場は発展途上で、急速な技術革新が必要だと指摘する。その技術革新を普及させるために重要なアイテムが、「革新的な携帯端末」だという。
新しいスマートフォンに積極的に買い替えるユーザーが多いと、スマートフォン関連のサービスを開発する企業は、最新端末の高度な機能にあわせて新サービスを開発するようになる。そして、キャリアも5Gのような新しいネットワーク技術へ積極的に投資するようになる。そうなると、より高度な技術を搭載した新しい端末が開発されるようになる。この一連の流れから、技術革新が進んでいく、という考えだ。
ただし、最新の技術が盛り込まれたハイエンド端末は当然、高額な製品となる。そこで、「購入補助金」をつけることで、最新スマートフォンをユーザーの手に届きやすい価格に値引きし、買い替えを促すのが効果的だと主張する。この理論の裏付けとして、携帯電話が販売されているすべての国で購入補助が行われていると紹介した。
一方で、総務省は現在、大手キャリアによる端末購入補助を制限する政策をとっている。これに対しマンデル氏は、端末購入補助を抑制すると、キャリアは他社と差別化するために複雑な料金プランを取り、料金体系が分かりづらくなるデメリットもあると指摘する。
既存ユーザーへの還元策、評価できる枠組みを
AlixPartnersのディレクター、福永啓太氏は、法規制にかかわる経済分析の専門家という立場から、2015年に実施された総務省の「タスクフォース」の影響を分析した。この一連の有識者会合では、「ライトユーザーや長期ユーザーの負担を大きくして、MNPユーザーを優遇している」という不公平感が問題視され、購入補助を規制する政策がとられる契機となった。
福永氏は、タスクフォース後の動向を分析。規制の実施後に登場した端末の実質価格は、1万5000円~3万円程度上昇していると指摘した。一方で、MNPのユーザーと新規契約や機種変更のユーザーの間での端末の価格差は縮小している。
また、ライトユーザー向けの料金プランや長期ユーザー向けの優待制度なども登場している。つまり、ユーザーにとっては「購入時の値引きの減少」というマイナスの効果と、「ライトユーザー・長期ユーザーに対する還元」というプラスの効果の両面があることになる。
ただし、キャリアのユーザー還元制度は、新料金プランやポイントによるもので、実際にユーザーどの程度還元されているのか、評価するすべがない。福永氏は「値引きというメリットの減少分を補うだけのユーザー還元が行われているかどうかは分からなかった」と指摘している。また、ユーザーアンケートの結果として、これらの還元制度の認知度が高くないことも示された。
総務省に対して同氏は、「大手キャリアに対し現実的な顧客還元の枠組みを提示し、その枠組みに従って評価する必要がある」と指摘している。
石川温氏「総務省の意図と逆の効果がでているのでは」
ITジャーナリストの石川温氏は、「購入補助の規制は間違っている」という立場。「ユーザーの流動性がどんどんなくなっている。総務省の意図と逆の効果がでているのでは」と指摘する。
その主張は、購入補助の規制によって、キャリア間での競争がなくなり、販売にかかるコストを節約できる状況になった。ユーザーにとっては、端末が買いにくくなり、“2年縛り”以上にきつく縛られる(拘束期間が長い)プランが登場するような状況になっているというもの。
石川氏は、「大手キャリアの間で競争があり、MVNOという選択肢もあるという市場環境が理想的」と説明。現状をキャリアの間での競争が無くなったことで、大手キャリアの“サブブランド”が「MVNO潰しに走っている状況」になっていると指摘する。
購入補助を復活させ、「ドコモ、au、ソフトバンクをケンカさせる」(石川氏)ことで、MVNO市場の勢いも盛り返し、ユーザーにとっては気軽に携帯電話を購入できるようになる、とした。
一方で石川氏は、総務省が現在進めている有識者会合「モバイル市場の公正競争促進に関する検討会」にて、サブブランドの「Y!mobile(ワイモバイル)」「UQモバイル」に対して制限する方向で議論が進んでいる状況については、懐疑的な方針を示している。石川氏の考えは、「Y!mobileやUQモバイルはCMを多く展開していて、ユーザーにとっても安心して購入できる存在になっている。その現状に制約するよりも、MVNOが大手キャリアから回線を借りる条件を見直して、MVNOの競争力を強化する方が正しい方向性ではないか」というものだ。
“月々サポート”が乗り換えの障壁に
大阪大学大学院の安田洋祐准教授は、競争政策が専門の経済学者の立場として発言。3つのキーワードを挙げ、現状の市場環境を分析した。
1つ目は「スイッチング・コスト」。つまり、ユーザーにとっての乗り換えにかかる費用や手間のこと。競争を促進するためには、このスイッチング・コストを下げることが望ましく、金銭的な費用を下げる端末購入補助はその典型的な手段だと説明する。
安田氏が2つ目のキーワードとして挙げたのは「カルテル」。つまり、大手キャリアによる寡占状態が競争を滞らせているのではないか、という指摘だ。数社で寡占している市場で、他社への対抗を続けていると、同じようなサービスに揃ってしまう状態になりやすい。大手キャリアはその状況に陥り、料金やサービスで差別化しづらくなっていると分析している。
同氏はそれを打開するのに競争環境を生み出すのに、有効な手段として、他社の抜け駆けを把握しづらい「販売店の店頭値引き」を挙げる。つまり、端末購入補助を規制するのは競争を制限している、という意見だ。
安田氏は3つ目のキーワードとして「限定合理性」という行動経済学の用語を示し、「MVNOの認知度は高くなっているが、多くのユーザーは自分にあわないプランを使い続けているのでは」と指摘した。
加えて、一般的に人間には「リスク回避的」(新しいものを使いたがらない)かつ、「損失回避的」(得することよりも損をしないことを重視する)という心理的な傾向があると説明。大手キャリアの「通信料金からの割引(月々サポート、毎月割、月月割など)」は、この損失回避の傾向を巧妙に利用したものだと指摘する。
月々サポートのような割引は、端末購入にともなって発生するが、割引対象は、“将来発生する”毎月の料金。そして、他のキャリアへ乗り換えると、割引を受ける権利が消滅する。同じ値引きの制度でも、購入時に値引きする「端末購入補助」とは異なり、「割引がなくなる」という損失が、他社へ乗り換える際の心理的障壁となるという指摘だ。
小林政務官「“検討会”で問題を一掃する」
シンポジウムの冒頭では、総務大臣政務官の小林史明氏が登壇し、総務省で現在開催している有識者会合「モバイル市場の公正競争促進に関する検討会」を紹介。その会合の意図を「MVNOとMNO(大手キャリア)の間における課題、MNO同士の端末、料金の課題や中古端末の課題も含めて、一度、問題を一掃しようと動いている」と述べた。
小林政務官は冒頭の挨拶のみで退席したが、シンポジウムには総務省 総合通信基盤局電気通信事業部 料金サービス課 課長の藤野克氏が登壇した。
藤野氏は、総務省は市場の競争をうながしつつも、たとえば1つの機種を長く使いたいというライトユーザーの声にも応えられるような、多様性のある市場環境の形成に努めてきたと紹介。
登壇者からの指摘が相次いだ「端末購入補助」の規制については、通信料金と端末の価格を分離することで、端末を買い替えないユーザーにとっても料金を安くしようとする取組みだとして、ライトユーザー向けのプランの登場など、その成果を強調した。