インタビュー
イオンが手がけた通話対応、月2980円の「イオンのスマホ」
イオンが手がけた通話対応、月2980円の「イオンのスマホ」
8000台完売の背景と意義
(2014/6/13 10:00)
今年4月、イオンの店頭に「Nexus 4」と日本通信の通信サービスを組み合わせたパッケージが並んだ。発売から約10日後には、日本通信社長の三田聖二氏が購入者の6割がシニア層だとTwitterで明らかにするなど、その売れ行きに注目が集まった。
完売状態になった「イオンのスマホ」は、どういった経緯で販売されることになったのか。イオンリテールの住居余暇商品企画本部デジタル事業開発部商品開発部部長の河野充宏氏は、「音声通話対応のSIMカードの登場でがらりと動きが変わった」と語る。
音声通話で変わった
――2012年9月にも河野さんに取材しましたが(※関連記事)、そのときにはコスト面から主婦層をターゲットにSIMカード単体のパッケージを投入し、まずはITリテラシーの高い層に受け入れられたとのことでした。それから1年半以上経ちました。
河野氏
はい、その当時はそうでした。その後も主婦層に向けて訴求していきましたが、なかなか伝わりませんでした。ところが2013年11月から音声通話対応のSIMカードを日本通信さんが提供しはじめ、それを店頭で扱いだしてから大きく流れが変わりました。データ通信オンリーのサービスだったところへ、通話対応となって既存キャリアと同じ使い方ができるようになったということで、月間の販売枚数が、2013年12月にはそれまでの3倍にまで伸びたのです。
――それは急激な伸びですね。その勢いは12月以降も続いたのですか?
河野氏
はい、2014年に入り、1月、2月と高い水準で続きました。音声通話対応で流れが変わったなと。音声通話対応のサービスは私どもからも要望していましたし、MVNO事業者さんもその前から検討されていたと思います。
――なるほど。
データ通信では伸び悩み
河野氏
データ通信対応のSIMカードは、当初、メディアにも多く取り上げられましたが、そういった露出が減ってからは月間販売数が伸び悩んだ時期が続きました。これは伝え方が悪いんだろう、ということで演出を変えたのです。たとえば「SIMカード単体のパッケージ」と言ってもわかりにくいでしょうから、「通信コストを半額にできます」といった形で、メッセージを変えたのですが、状況は変化しませんでした。
――なぜ響かなかったのでしょうね。
河野氏
データ通信専用ですと、どうしても2台持ちになりますよね。イオンの主要顧客層である主婦層、私どもではグランド・ジェネレーション、G.G世代とお呼びしている層(シニア層)の方々には、当時、そうした形の通信サービスや端末を活用するシーンがあまりなかったのでしょう。
――ところが音声通話対応になると変化したと。
河野氏
3月にはIIJさんの音声通話対応サービスも登場し、一気に潮目が変わりました。ITリテラシーの高い方、G.G世代の方、両方がお越しになったと思っています。
――4月のNexus 4販売開始後、日本通信の三田社長が「6割がシニア」とツイートしていました。
河野氏
はい。私どももその割合と同じだと思っています。「イオンのスマホ」の発売日である4月4日、私も店頭に立ちました。そこへ来店された男性、たしか70歳くらいだったと思います、その方が「イオンのスマホ」を手にとられた。どうしてそれを選ばれたのですか? と尋ねましたら、これまでも従来型のフィーチャーフォンは持っていて、スマートフォンにも興味はあったが、月額で7000円、8000円は払えない、でもこの価格ならチャレンジしてみようかというお話でした。競馬を楽しんでいるので、スマートフォンでも何かやってみようと。
イオンでは既存キャリアのスマートフォンも扱っています。シニア層向けの機種もありましたので、もちろんオススメしてきましたが、これまではそこまで大きく受け入れられてきたと感じてはいませんでした。ところが、「イオンのスマホ」では特にシニアの方へ支持いただいたのかなと思います。
――なるほど、8000台という販売数の規模は決して大きなものではないと思いますが、動向としては大きな山が動いた感触がありそうです。
1カ月でほぼ完売
――現在はもう完売ですよね。
河野氏
はい、完売しました。実は5月の大型連休明けごろには在庫がほとんどなくなっていたのですが、最近まで完売宣言を出していませんでした。全て売れたと言わなければお客さまが在庫のない店舗を訪れる可能性がありますので、早く宣言したかったのですが、5月や6月に更新月(2年契約など期間拘束型の契約で、契約期間を終えて次の期間拘束に入るときのタイミング)を迎えるというお客さまから取り置きの依頼があったのです。取り置きとはいえ、在庫は在庫ですから、完売したとは言えない状況でした。
――8000台限定となったのはなぜですか?
河野氏
そのタイミングで、端末代と通信費をあわせて2980円という価格で提供できる、そんな端末が「Nexus 4」だけであり、その国内にある在庫が8000台だったということです。もちろん「Nexus 4」はグーグルによる「Nexus」シリーズの機種で、安心して使えるスマートフォンブランドである、という面も大きいですね。
価格にこだわった「イオンのスマホ」
――イオンではこれまでもSIMカードやSIMロックフリー端末の販売が行われてきました。今回、最も違う点は何なのでしょうか。
河野氏
1つは料金面です。一般的に携帯電話の料金は月額7500円程度です。家計を管理する主婦層にとって、通信料というコストは家計に負担になっており、それを下げたい、なんとかしたい、というのが、イオンによるSIMカードの取り扱いの原点です。そこへ音声通話対応のサービスが登場してきた。これにデバイスをセットにして、2980円で提供したいと考えました。
――どうして2980円という価格だったのでしょう?
河野氏
(7500円の)半額以下、ということですね。3980円というプランは、たとえばイー・モバイルさんなどで既にありましたし、インパクトに欠けるだろうと。そうなれば半額以下しかない、ということです。3月31日に発表したのも、4月からの消費増税を踏まえてのことです。主婦層は家計を見直して何がコストになっているか点検するでしょう。通信費が一定のコストになっており、それを下げられる、とイオンが提案したのです。
――なるほど、価格を重視する層に向けた値付けであり、販売のタイミングであったと。一般的に携帯電話の商戦期、それも最も売れる時期は3月と言われていますが、その直後である4月にリリースしたというのはまったく迷わなかったのでしょうか?
河野氏
そこは悩みませんでした。
また重要な要素として、解除料なし、つまり「2年縛り」もありません。期間拘束型の契約を敬遠する声は根強く、日本通信さんには大きな決断をしていただきました。
(※編集部注:端末代金は割賦で支払うため、残金の支払いはある)
――通信料を割安にするかわり、短期解約では通信サービス側に損失が出ることがある、ということで期間拘束や解除料が設定されていることが一般的ですよね。
河野氏
そうですね。しかし「イオンのスマホ」のようなサービスでは、そうした解約は少ないであろう、という予測に立って展開することなったのです。
――なるほど、そういった経緯があったのですか。では、ターゲット層の1つである主婦層にも受け入れられたのですか?
河野氏
いえ、実はまだリーチできていません。そこは課題かなと思います。
――なぜ主婦層は「イオンのスマホ」を手にしなかったのでしょうね。
河野氏
店頭の接客は当社の従業員が担当していますので、来店された方の意見を聞き取りしました。そこでわかったのが「動画が観たい」というニーズです。「イオンのスマホ」では発表時点から、価格は半額以下ですが、その分、トレードオフで通信速度を抑えており、動画は観られないと案内していました。もちろんWi-Fi経由では利用できます。しかしYouTubeへのニーズが高いようなのです。もう1つ、LINEの電話機能です。これも通信速度の関係で、利用は推奨していないのですが、「それは使いたいよね」という声がありました。
――すると、これからはそうしたアプリが使えるようなサービスにしていくのでしょうか?
河野氏
通信サービスについては、MVNOによるものですので、そうした事業者さんが動画やLINEの通話にも対応しつつ安価なものを開発していただければ実現するでしょう。
――現状ですと、増速オプションといった機能がMVNO側のサービスで実現可能ですね。
河野氏
「イオンのスマホ」としてはシンプルな値付けをしたかったのです。200kbpsですが使い放題ですと。それでいいよという方々に受け入れられて8000台が約1カ月で売れたということなのですが……。そこは検討していかなければいけないと思います。残念ながら今回はお買い上げいただけなかった方も(潜在的な顧客として)大切にしていかなければならないと考えています。
初心者にNexus 4は難しい?
――シニア層などに受け入れられたとのことですが、初めてのスマートフォンという方も少なくないと思います。ユーザーから相談やクレームはなかったのでしょうか?
河野氏
クレームはびっくりするほど、あまりありませんでした。ただ、聞くところによると、分からないことがあればメーカーであるLG電子さんへの問い合わせがあったようです。もしアプリの問題ということであれば、それはグーグルさんのサポートへの問い合わせという形にもなった方もいるようです。どの窓口でも解決できず、最終的にイオン店頭へ相談に来られる方もいらっしゃいました。長い方では1時間、2時間ときちんと対応いたしました。
――そうした店頭での質問は全て対応するのは大変そうですが……。
河野氏
はい、しかし全て対応しております。これまで併売店として携帯電話を扱ってきたこと、SIMカードパッケージも3年に渡って販売してきたことから、スタッフ側にも経験の積み重ねがあり対応できるという点は強みだと思います。
――どの程度の人数が相談に来たのでしょうか。
河野氏
たとえば困ったことがあっても、家族内で解決されたケースもあるとは思いますが、(相談に来たのは)数%なのかなと思っています。
――有料サポートも提供しているのでしょうか?
河野氏
そうした取り組みは競合他社の価格なども調査し、現在、「スマホ設定サポート」として1000円で実験中です。
今後のラインアップ、店頭での対応は?
――発売直後は手続きに時間がかかった、という話がありました。
河野氏
はい。回線の手続きはFAXでやり取りしており、4月4日~6日は、申し込みが殺到し、お渡しまでお待たせすることになってしまいました。これは反省している部分です。それ以降については、大きなトラブルはありませんでした。
――ただ、そうした手続きは、既存キャリア、この場合はNTTドコモに対して日本通信も改善を要望しているとか。
河野氏
はい、そうですね。
――その一方で、他社の取り組みでは、最近ビックカメラさんが一部店舗でカウンターを開設して、IIJ提供のSIMカードをMVNOでも即日開通する、という対応をスタートさせています。
河野氏
その仕組みは、ドコモ回線の開通手続きを行える設備を設置して、IIJさんのスタッフが対応する、と聞いています。我々も検討していきたいと思っています。
――これからも「イオンのスマホ」のような取り組みを続けられるのでしょうか。端末ラインアップも気になるところです。
河野氏
そこは今、勉強中です。ただ、グローバルで見ると100ドル(約1万円)のスマートフォンも出てきています。先日はファーウェイさんのスマートフォンが家電量販店で販売されるというニュースもありましたね。ポラロイドさんのブランドでのスマートフォンも登場します。そうした動向は勉強しています。
通信のLCC
――確かに新興国向けのスマートフォンなどは価格も安く、イオンで取り扱われればと考えてしまいます。では、たとえば「Nexus 4」を選定した基準と言いますか、一般的な考え方として、どのようなスペックであれば良いと考えているのですか?
河野氏
「これはスマートフォンだよね」とお客さまから認めていただけるものです。仮に3インチというサイズのディスプレイではちょっと小さいと捉えられるでしょう。そのあたりはシンプルに考えています。
――なるほど。
河野氏
「イオンのスマホ」の基本的な考え方は、“トレードオフ”でした。半額には理由があるということです。ですので通信速度の制限があって、動画が観られないという形にしました。
――海外では一世代前のiPhoneをMVNOが割安な機種として提供するケースもあるようです。こうした取り組みは?
河野氏
いえ、その考え方はありません。もっともお客さまが希望されるのであればご用意しますが……やはり2980円での提供という線はゆずれません(笑)。
7500円かかっているところが2980円になれば、余った4000円を新たな趣味に使ったり、家族とディナーへ行ったり、数カ月貯めて旅行をしたり……と提案したいのです。
――イオンで楽しんで、と。
河野氏
はい。グループの力もありますので、そこをやっていきたい、まず価格を下げたいのです。でも、実際はまだスタートすら切れていません。今回は、安価なスマホはいかがですか? という提案でした。もっと多く提供したいところで、実際、「販売数が少ない」とのお叱りの声もありました。完売したということは、一定の支持があったというのが正直な感想でして、競合他社の動きも続いて(安価なスマートフォンという)提案はやっぱりありなのかなと思っているところです。
――なるほど。今日はありがとうございました。