【CEATEC JAPAN 2010】
KDDI田中氏が示す展望、端末やネットワークが「マルチ」な世界に


KDDI代表取締役執行役員専務の田中孝司氏

 「CEATEC JAPAN 2010」で8日に行われたKDDIのキーノートスピーチでは、12月に次期社長への就任が決定している代表取締役執行役員専務の田中孝司氏が、同社の今後目指す方向性について説明した。

 社長就任が決定して以降、一般の聴衆の前で講演を行うのはこれが初の機会だが、田中氏は冒頭、「次の戦略を話すのではないかと期待されているかもしれないが、今日はそういうことはしゃべらない」とおどけてみせ、「大会社なので、(自分が)こうだと思っても、後で方向修正があるかもしれない。今日のところは個人的にこうしていきたいと思っていることをお話しする。社員のみんながサポートしてくれれば、今日お話しすることが実現できるのではないかと思っている」と続けた。

 さまざまなメディアを通じて全世界の業界動向を知ることができる現代では、海外の事業者がこんなサービスを始めた、新しい技術が登場した、だから数年後の携帯電話はこう変わる――といった展望があちこちで語られるが、それに対して田中氏は「こういう話はたいがい外れており、何も変わらないことが多々ある」と釘を刺した。しかし、「これは変わるのではないか、という判断が正しくできると会社が波に乗れる」とも述べ、市場の変化の兆候をいかにしてキャッチし、経営判断につなげていくかは、マネジメント層にとって常に難しい問題だと語った。

 その中で確かなことは、スマートフォンに代表されるような、ネットワークにつながる新しいデバイスが次々と登場しており、そのバリエーションは「これまで我々が経験したことのない多種類」(田中氏)なものに広がろうとしていると指摘し、世の中が大きく変わる前触れとしてとらえているという。

 一方、国内の携帯電話の普及率は2009年度末で92.4%に達しており、普通の考え方で見れば、間もなく飽和する市場であると考えられる。しかも、1契約者あたりの収益(ARPU)は減少傾向にあり、契約数が増えても必ずしも売上の伸びにつながらなくなっている。田中氏は「少なくとも半年~1年前は『日本の携帯電話市場はサチュレート(飽和)してしまった。もう成長できない』と言う方が多数だった」と、携帯電話市場に閉塞感が漂っていたと話す。

 しかし、日本でもスマートフォンへの需要は盛り上がりを見せている。「CEATEC会場を一回りしてきたが、『IS03』と、おとなりのドコモさんの『GALAXY S』の回りに多くの人がいた。スマートフォンの需要は、我々が社内で予測していたよりも上ぶれする方向にある」(田中氏)

国内でも今後スマートフォンの比率が急速に高まるとの予測

 田中氏は、パソコンでのインターネット利用が一般に普及を始めたころの状況を振り返りながら、スマートフォンやタブレットの出荷台数が急拡大しつつある現在の状況は、パソコンの爆発的な普及が始まったWindows 95の時代に近いと見る。それから15年ほどで、ソフトウェア、Eコマース、SNSやBlogサービスなどを合わせると数兆円の市場が創造されたが、スマートフォンやタブレットによって、これから同じような爆発的な広がりが起こる可能性があり、「デバイスの大きな進歩によって、携帯電話は『1人に1台』からもう少し違った形に変化するのではないかと見ている。『日本はもうダメだ、成長しない』と言われることが多いが、ちょっとしたことで変わり、産業としてもう一段のブレイクスルーが起こるのではないか」と期待を込めた。

スマートフォンやタブレットの市場の立ち上がりを、Windows 95登場当時のPC市場になぞらえる。しかも、現在のスマートフォンの性能は当時のPCを上回っており、できることは大きく広がっている

 一方、スマートフォンは従来の携帯電話と比べ「パケット通信量が1ケタ違う」と言われることもあるように、デバイスの多様化は無線ネットワークのトラフィック増大を招く。米国でiPhoneを販売するAT&Tがスマートフォン向けのパケット定額プランを廃止したように、「普通の携帯をベースにネットワークができているわけで、スマートフォンで10倍のトラフィックが来ると、あっという間に破綻してしまう」(田中氏)との指摘もなされた。米連邦通信委員会(FCC)の「National Broadband Plan」では、2015年までに合計300MHz幅、2020年までに合計500MHz幅を無線通信用に確保する計画を掲げているが、仮にそれだけの周波数帯域が用意できたとしても、現在のトラフィックの伸びのペースには到底追いつかないという。「いま日本ではそんな身近に感じていないかもしれないが、おそらく来年のそれなりの時期には、とんでもないことになっているだろう」(同氏)。

データトラフィックの増大は加速度的で、周波数の追加割り当てでは到底収容不可能データトラフィックの増大は加速度的で、周波数の追加割り当てでは到底収容不可能
ビットあたりのコストを比較すると、Wi-Fiは3Gの約70分の1という試算

 KDDIでも次の通信方式としてLTEを採用する予定で、ビットあたりの伝送コストは現在の3Gに比べ約5分の1になるが、それでも早晩限界に達する。また、基地局の増備にも技術的な限界がある。田中氏は、デバイスが多様化しさらにデータ通信の需要が高まる今後はトラフィックを屋外基地局からオフロードさせることが必要で、Wi-Fiやフェムトセルへの取り組みは必須であると説明。同社の試算では、同じトラフィックでも3Gに比べ、Wi-Fiは約1/70の伝送コストで済むという。また、KDDIが出資するUQコミュニケーションズのモバイルWiMAX網も活用する。

 3Gからのオフロード先としてWi-Fi、フェムトセル、WiMAXなどさまざまなネットワークが存在する形だが、田中氏は「ユーザーの観点からすると『どこでも快適に使えるネットワーク』が、次の時代、当社の本当の差別化要素になる」と話し、3Gで広いエリアを構築し、都市圏などの高需要地ではその上にWiMAXやLTEのエリアを重ね、ユーザー宅内などにはWi-Fiやフェムトセルがあり、これらの違いをユーザーが意識することなくシームレスに利用できる、「マルチネットワーク」を実現していきたいと述べた。

ベースとなる広いエリアを3Gで構築し、より高需要な場所にWiMAX・LTEや、Wi-Fi・フェムトを構築する。さらに、その全体を支えるのが光やCATVという説明

 また、これまでは携帯1台で何でもできるよう、ありとあらゆる機能を盛り込む方向で商品開発が進んでいたが、同社がユーザーが携帯電話に求める要素を調査したところ、「機能」と答えたユーザーは23.2%にとどまり、「操作性」(76.3%)や、「デザイン」(57.1%)を重視する声に比べかなり低い優先順位となっていたという。また「簡単ケータイ」シリーズや機能の少ないエントリーモデルの販売比率が4割に達しており、実際のニーズと商品の方向性がかけ離れていることがわかる。田中氏は通話は従来の携帯電話で行い、仕事の最中は加えてスマートフォンを持ち歩き、出張のときはノートパソコン、といった具合に、全てを携帯電話で済ませるのではなく、複数のデバイスをTPOに応じて使い分ける「マルチデバイス」のスタイルが今後主流になるとし、そのような使い方をしやすいネットワークがユーザーからは求められると指摘した。

「ハイエンドの携帯は実はあまり売れていない。ユーザーは機能はいらないと言っている」(田中氏)

 それは、これまで携帯電話事業者が推進してきた“垂直統合”の事業構造とは少し違う世界だ。田中氏は「『Kindle』のように(コンテンツ購入で通信料を含めて)すべてをまかなうというプランかもしれないし、固定もモバイルも含めた帯域別の料金にするという手もある。もう少し違う料金体系が生まれてくる時代になってきているのではないかと思う」と語り、通信キャリアのビジネスモデルも変化する時期にあるとの見方を示した。

 講演の中ではUQコミュニケーションズ前社長としての経験にも触れた田中氏だが、講演の終わりでも「Wi-Fiしか積んでいないデバイスでも、どこでも使えるようになりたいし、自分の好きな電子機器がネットワークにつながると楽しいし、クラウド側も複数のアプリケーションがもっと連携してユーザーのやりたいことを組み合わせて提供できれば、もう一段新しい時代がやってくるのではないか。我々はそこでプレイヤーでありたいし、我々以外の業界の方もそのような世界に向かって歩めるようになればと思っている」と話し、あくまで個人的な考えとしながらも、UQのような水平分業型のビジネスモデルの可能性をにおわせた。この日の締めくくりは「これから新しい時代が生まれていくと考えている。『すべての始まり』という言葉で講演を終えたい」というものだった。

 



(日高 彰)

2010/10/8/ 21:17