法林岳之の「週刊モバイルCATCH UP」
iPadで授業が変わる? 福岡市立賀茂小学校でのICT教育
(2015/2/27 13:09)
毎年、このシーズンになると、各社の学割サービスが発表される。同時によく話題になるのが子どもたちのデジタル環境、デジタルライフの在り方だ。2月13日、KDDI及びKDDI研究所は、福岡市教育委員会と共に福岡市立賀茂小学校で実施しているICT教育実証研究の公開授業を行い、その様子を取材することができた。iPadやApple TV、Wi-Fi WALKERなど、一般ユーザーにも身近なツールを使い、どんな授業が行われ、子どもたちはどんな反応を示しているのだろうか。
KDDIが取り組むICT教育実証研究
私たちは普段、スマートフォンやタブレット、パソコンなど、さまざまなIT機器を扱っている。仕事で使う人もいるだろうし、プライベートでコミュニケーションツールなどとして活用している人も多いはずだ。
しかし、そんな『デジタル』なワークスタイル、ライフスタイルが確立されてきたのは、わずか十数年程度に過ぎない。読者のみなさんの年齢にもよるが、おそらく多くの人が生まれる前からパソコンが普及していたというよりも、物心ついてからコンピューターに出会い、ケータイを持ち、スマートフォンやタブレットへと利用環境を拡げていったはずだ。世代的には生まれたときからパソコンがあったという人たちも着実に増えてきている。
では、今、まさに学校で教育を受けている子どもたちは、どうなのだろうか。子どもがいる世帯であれば、何らかの形で我が子がどんなICT教育を受けているのかを垣間見る、伝え聞くことはできるだろうが、子どもを持たない人々、あるいはすでに子どもたちがもっと育った世代には、今ひとつピンと来ない部分もある。なかには「おそらく小学校でもパソコンくらいは使わせてるでしょ」くらいの印象しか持っていない人もいるかもしれない。
今回、KDDIは2014年9月から福岡市立賀茂小学校で実施している「ICT教育実証研究」の公開授業を行い、学校関係者とメディア関係者にその様子を公開した。具体的には、賀茂小学校の5年生の3つのクラスにおいて、iPadやApple TV、モバイルWi-Fiルーター(Wi-Fi WALKER)、電子黒板を組み合わせながらそれぞれ「算数」「読書」「英語」の授業を行い、それを授業参観のような形で見学するという形を取った。ちなみに、このICT教育実証研究の対象として、賀茂小学校が選ばれたのは、元々、数年前にモデル校として、電子黒板が全教室に導入されており、環境が整っていたためだという。
タブレットがやってくる! まさかiPadが? え、Airが?
今回は公開授業に先駆け、福岡市教育委員会や賀茂小学校校長らによる説明会が行われ、導入までの経緯と現在までの流れについて、説明が行われた。
まず、今回のICT教育実証研究が行われた背景には、元々、KDDIと福岡市教育委員会がケータイ教室などのCSR活動でつながりがある中、KDDIが福岡市教育委員会から教育ICT化推進についての相談を受けたことに始まる。その相談に対し、KDDIが横浜市で行った実証研究事例を紹介したところ、同様の取り組みをしてみたいという話になり、9月から実証研究のプレトライアル、10月から正式トライアルをスタートさせたという。
昨年、ICT教育実証研究が賀茂小学校で行われることが決まり、タブレットが導入されることが伝えられたとき、教師の間では「タブレットかぁ。ちゃんと使えるかな?」という不安と共に、導入される機器について、「たぶん、Androidタブレットだよなぁ。まさかiPadじゃないよなぁ」などと話していたという。
ところが、実際に話が進むに連れ、iPadが導入されることがわかり、「まさかiPadが来るとは……」と驚くと同時に、「でも、まさか最新のiPad Airじゃないよなぁ」と話していたら、結局、iPad Airが導入されることが決まり、教師の間だけでなく、児童との間でもかなり盛り上がったという。実際に導入されたのは、iPad AirのセルラーモデルとWi-Fiモデルを50台ずつの合計100台で、これに加え、電子黒板にiPadの情報を投影するときなどに使う「Apple TV」、iPadをWi-Fiで接続するための「AirMac Extreme」、インターネットに接続するための「Wi-Fi WALKER LTE」をそれぞれ3台ずつという構成になった。これらの機材は今回の実証研究のため、KDDIから無償で貸与されているそうだ。
導入されている機材のうち、Apple TVの用途が小学校の授業に関係あるのか、ピンとこないかもしれないが、これは賀茂小学校に電子黒板(大型ディスプレイ)が導入されており、ここに接続しておくことで、教師がiPadの画面を映し出して説明したり、児童が教室の前に出て、何かの発表などをするときにも利用できるためだそうだ。
回線については、auの4G LTEネットワークに接続することになるが、当初、そのまま接続していたところ、ある日、接続速度が遅くなった。何かトラブルかと思いきや、何のことはなく、モバイル回線の7GB制限に引っかかり、速度制限がかけられてしまったためだったという。その後は必要に応じて、データ通信量を追加することで、問題なく運営できているという。ちなみに、光ファイバーなどの固定網のブロードバンドを使うのではなく、モバイルデータ通信回線を使っているのは、光ファイバーによる回線では福岡市の教育委員会のサーバーを経由するため、フィルタリングが厳しいうえ、時間帯によって、混雑により、速度が低下することがあるためだという。
フィルタリングについては、今回の実証研究で利用するiPadについても設定されており、調べ物をする学習で利用するサイトのみ閲覧できるようにしている。アプリも使わないものは削除され、アプリの追加もできない。iPadでのインターネットアクセスについてはすべて記録されている旨を児童に伝えており、児童もそのことを理解して、使っているという。iPadのセルラーモデルについては、校外学習などで出かけたときの調べ物などに利用しており、学校内ではすべてWi-Fiで接続している。Wi-Fiは各クラス内のiPadを同じ無線LANアクセスポイントに接続するように設定し、隣の教室の無線LANアクセスポイントに間違って接続しないようにしたり、外部からのアクセスもきちんと制限している。このあたりの環境構築はKDDIが過去に行ってきた実証研究の経験などが活かされているようだ。
iPadのアプリとサービスを活かした授業
では、具体的にどのように授業が行われたのだろうか。教材の内容も踏まえながら、公開授業の様子をお伝えしよう。
まず、鶴田愛子教諭が担当する5年1組では、「賀茂っ子タイム」という朝学習の取り組みから、最初にiPadで動作する算数ドリルを使った授業が行われた。この算数ドリルは単純に算数の問題を解くといった一般的なものと違い、KDDI研究所が開発した『理解度推定エンジン』を使ったもので、それぞれの問題の正誤情報に基づき、その児童がどれくらい各単元を理解しているかをモデル化し、関連する問題の理解度や弱点を推定できるようにしている。たとえば、ある児童は比例を理解しているが、分数に弱いため、それに関する単元も弱いのではないかと推定し、一人ひとりに合った問題を提示し、学習を進めていくというものだ。授業としてはちょうど肩慣らしのような印象で、児童たちもiPadを机に置き、楽しみながら問題を解いていた。
続いて、読書の授業が始められたが、ここでは「Edmodo」と呼ばれる学校向けのクローズドなSNSが使われていた。EdmodoはアメリカのEdmodo,Incというベンチャー企業が提供しているサービスで、国内ではKDDI Open Innnovation Fundが出資し、iPadアプリの日本語化を進め、Web版も準備を進めている。
仕組みとしてはFacebookなどと同じようなSNSで、オンライン掲示板のようなところに教師や児童が書き込みをしながら、コミュニケーションをできるものだ。参加できるのは教師や児童などに限定されており、生徒同士の直接的なコミュニケーションもできない。授業ではこのEdmodoを使い、自分が読んだ本の感想を書き込み、そこに他のクラスメートがコメントをつけるというものだ。
もうおわかりだろうが、大人の世界に置き換えれば、Facebookに投稿し、そこに友だちがコメントを付けるという流れを模したものだが、学校内、クラス内というクローズドな環境で利用することで無用なトラブルを避けつつ、情報リテラシーを身に着けようという取り組みだ。実際に、当初は心ないコメントなどが付けられたケースもあったが、使っていくうちに子どもたちは他のクラスメートや先生たちが見ていること、書いていいことと良くないことを理解しつつあるという。昨今、TwitterやFacebook、LINEなどのSNSでのコミュニケーションのトラブルが報道されることが増えているが、学校内でこうした経験を積んでおくことで、本当のSNSやネット上のサービスに出会ったとき、きちんと対応できるスキルを身につけることは非常に重要であり、小学校の段階でこうした取り組みをしていることは、非常に評価できることだろう。
須古井直哉教諭が担当する5年2組では、三角柱の展開図を作るという授業が行われた。この授業ではiOSで提供されている「TabletSync」というアプリの方眼紙機能を使い、児童がiPad上に展開図を書き、これをAppleTVで電子黒板に投影して、その内容を発表するという内容だった。構成としてはシンプルなものだが、自分が書いた展開図を説明するのは言わば『プレゼンテーション』のひとつであり、それをこうした機器を使いながら、この世代から体験できるというのはなかなか有意義なものと言えそうだ。同時に、子どもたちのTabletSyncの方眼紙機能の使い方が非常にスムーズで、指先で触り、操作するというユーザーインターフェイスに着実に順応しているようだった。
森大輔教諭が担当する5年3組では、外国人の指導助手も参加しながら、英語の授業が行われた。この授業で使われていたのはiOSアプリの「英語カルタ(eCarta)」で、画面上に表示されたカード(果物や飛行機などが描かれている)をタップし、発音を聞きながら、児童もくり返し発音することで、英語を学習しようというものだ。
しかし、それだけでは英会話のリピート学習に過ぎないが、ここでは英語カルタを電子黒板に投影し、カードを説明する英語を聞きながら、その説明に該当するカードを児童が自分のiPad上で選ぶゲームのような取り組みをしたり、iPadのカメラを使って身近なものを撮影し、それを含んだ英会話をロールプレイングしてみるなど、バラエティに富んだ内容の授業が行われていた。
iPadに順応する子どもたち
公開授業の終了後、一般社団法人iOSコンソーシアムの文教ワーキンググループ担当の野本竜哉氏により、「タブレット導入段階で陥りがちな3つの考え方」と題した講演が行われ、その後、各クラスで授業を担当した教員も参加したパネルディスカッションが行われた。
野本氏での講演では、「タブレットで紙と鉛筆がなくなる?!」「教員はICTのプロにならないとダメ?!」「とにかくタブレットを使えばいい?!」という誤解についての説明が行われた。具体的には、当日の授業でも見られていたように、タブレットを導入しても児童たちは鉛筆や紙を使い、ITと共存していること、先生はICTのプロになるのではなく、ICTが得意な部分を活かした授業デザインが求められていること、教育現場へのICT導入は生徒の可能性を伸ばしつつ、先生にもメリットが必要であることなどが挙げられていた。そして、多くの教育関係者や保護者が気にする「ICT導入で学力が向上するのか」という点についても「効果測定中だが、可能性は大いにある」としていた。
その理由として、ICT導入で個々に合わせた「アダプティブラーニング」や「反転授業」が容易になり、ICTが従来型の学力に加え、21世紀型の学力を生むことになるとした。ちなみに、この21世紀型学力とは、基礎的な知識に加え、思考力や実践力など、「得た知識をどう活用するのか」に重きを置いた学力の定義を指すという。
今回の公開授業の取材を通して、見えてきたのは、やはり、教育の現場にとって、ICTの利活用は重要なテーマであると同時に、まだ現場も試行錯誤をしながら、取り組んでいる状況だということだ。ただ、今回の実証研究はKDDIやAppleといった通信事業者やメーカーなどが関わり、iPadという児童たちもなじみやすいデバイスが提供され、実用的なアプリやサービスが利用できる環境が整っていることで、比較的スムーズに取り組めているように見えた。もちろん、現在の状況に至るまではいろいろと課題もあったようだが、なかには自分自身でもiPadを購入し、プライベートでも活用するようになった先生もいるそうだ。
児童たちのiPadへの順応ぶりも目を引いた。前述のように、児童たちは授業で使われているアプリをいとも簡単に使いつつ、紙と鉛筆も組み合わせながら、上手に活用していたが、なかでも興味深かったのが読書の感想を入力するシーンで、多くの児童がiPadの五十音キーボードを使っているのに対し、クラスの何人かはQWERTY配列のキーボードを表示し、ローマ字かな変換で文字を入力していた点だ。現在の学習要項では小学校4年生でローマ字を習うそうだが、QWERTYキーボードは基本的にパソコンで使うものであり、この世代では必ずしも知っているわけではないはず。にも関わらず、iPadのキーボードをきちんと切り替えながら使っていた子どもたちの順応性の高さと応用力には、少々驚かされた。
また、学校としてもiPadを上手に活用しているという印象で、iPadを使った授業が行われる5年生の各教室には、iPadの充電が可能な収納棚が設置されていた。用務員の先生が制作してくれた手作りの収納棚だそうだが、子どもたちは授業が終わると、ここにiPadを収納し、Lightningケーブルを接続していた。こうした道具の扱いの部分も含め、きちんと使おうというする姿勢にも好感が持てた。
今回は短い時間の公開授業だったが、個人的にも普段、あまりご縁がない学校という場所で、iPadをはじめとする機器が活用されている状況を見て、非常に面白かったという印象だ。あと十数年もすれば、この子たちが社会に出ていくわけだが、その時代へ向けて、業界も行政も教育の現場の人たちも上手にICTを活用しながら、しっかりとしたリテラシーと判断力を持つ子どもたちが送り出せる環境になって欲しいものだ。