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アイピーモバイルの騒動から見える携帯電話事業の難しさ
法林岳之 法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows Vista」「できるポケット LISMOですぐに音楽が楽しめる本」(インプレスジャパン)、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。。


 携帯電話事業への新規参入を予定しているアイピーモバイルは、「携帯電話事業参入を断念」という一部の報道を受け、記者会見を開き、「携帯電話事業の続行」を強くアピールした。今回はアイピーモバイルの騒動から見えてくる携帯電話事業の難しさについて、解説しよう。


異なる道を進んだ新規参入事業者

杉村氏

 株式の譲渡を発表するアイピーモバイル 代表取締役 執行役員社長の杉村 五男氏(右)
 2005年11月、総務省は1.7GHz帯及び2GHz帯を利用した携帯電話サービスを提供する事業者として、3社に免許を付与した。ADSL接続サービスで知られるイー・アクセスの子会社である「イー・モバイル」、ソフトバンク傘下の「BBモバイル」、そして、今回、話題になっている「アイピーモバイル」の3社だ。同じように総務省から新規参入のお墨付きをいただいた3社だが、その後の事業展開は3社がそれぞれに異なる方向へ進んでいる。

 まず、ソフトバンク傘下のBBモバイルは、ソフトバンクが英ボーダフォンから日本法人を買収したことにより、1.7GHz帯の新規割り当て周波数は返上され、昨年から旧ボーダフォンの体制を継承したソフトバンクモバイルが「ソフトバンク」ブランドで携帯電話事業を展開している。一から事業を構築するよりもある程度、できあがっている事業を自分たちのやりたい方向にフィットさせていく策を採ったわけだ。

 一方、イー・モバイルは資金調達などの準備を着々と進め、ほぼ当初の予定通り、今年3月31日に正式に商用サービスを開始している。今のところ、データ通信のみでのサービス提供だが、NTTドコモとローミングも基本合意に達しており、来春にも音声通話サービスも開始する計画となっている。同時に免許を付与された3社のうち、もっとも計画通りに事を運んだ1社と言えるだろう。

 これら2社に対し、アイピーモバイルは商用サービス開始に遅れを取っているのが実状だ。アイピーモバイルは元々、マルチメディア総合研究所が出資した会社で、総務省から免許が付与された当時、2006年10月からの商用サービス開始をアナウンスしていた。サービスを提供するエリアもデータ通信需要が高い地域やブロードバンド化が困難な地域を中心に展開する計画で、2006年度に東名阪地区、2008年度からは順次、全国にサービスを展開するとしていた。


 しかし、2006年7月には、増資や経営体制の改編に加え、同社が採用を予定していたTD-CDMA方式の新バージョンへ変更することなどに伴い、商用サービス開始を2007年春に延期することがアナウンスされた。増資については40億5,000万円の増資が発表され、合計50億を超える資本金を調達している。この段階で主要株主にはマルチメディア総合研究所のほか、インターネットイニシアティブ(IIJ)やSEホールディングス・アンド・インキュベーションズ株式会社 (旧・翔泳社)、楽天ストラテジックパートナーズなどが名前を連ねている。

 年が明けた今年1月。アイピーモバイルは下り方向で最大42.2Mbpsを実現する「TD-CDMA E-R7」のデモンストレーションを行なったが、その席において、商用サービスの本格的な開始が2007年秋にずれ込むことが明らかにされた。2007年春からのサービスは同社社員や関係者を対象にしたプレスタートのような形になり、2007年秋から有料の商用サービスを展開しようというわけだ。数年前、NTTドコモのFOMAがサービスを開始するときとも同じような手順で商用サービスを展開した経緯がある。

 そして、4月に入り、一部のメディアが「アイピーモバイルが携帯電話事業参入を断念」と報じ、これに応える形で会見が行なわれ、「携帯電話事業の継続」がアピールされたわけだ。会見ではマルチメディア総合研究所が持つアイピーモバイルの株式が森トラストにすべて譲渡されることも発表された。

 こうして振り返ってみると、新規参入の免許を付与された3社は、まさに「三社三様」の道を辿ることになったわけだ。現段階ではまだ結論づけることはできないが、少なくとも現状を見る限り、ソフトバンク(BBモバイル)はボーダフォン日本法人買収によって、成長と拡大までの時間を買うことに成功し、イー・モバイルは着実にサービス開始にこぎ着け、残念ながらアイピーモバイルはまだ結果を出せていない状況だ。


膨大な資金を必要とする携帯電話事業

 今回の会見では、アイピーモバイルが現時点で商用サービスを開始できていない要因として、十分な資金調達ができなかったことが挙げられている。新規参入の申請が行なわれていた当時から新規参入事業者の資金面を不安視する指摘があったが、図らずもその不安が的中してしまった格好だ。

 さまざまな通信サービスの中でも携帯電話事業は、ADSLなどのブロードバンド接続サービスに比べ、膨大な資金が必要だと言われている。アイピーモバイルは同社の事業について、「関東圏内でサービス提供をするのに約600億円、地方展開を考えると1,000億以上」の投資が必要とコメントしているが、業界内には「それはミニマムで、実際にはもっと必要だろう」という指摘も多い。携帯電話事業を行なうには、基地局などの設備を整え、サービス体制を作り、端末も開発・調達しなければならない。バックボーンのネットワーク構築、営業体制、管理保守、ユーザーサポートなども含めると、多岐に渡る体制作りが必要になる。ユーザーの目から見えている端末やサービスだけでは、携帯電話事業は運営できないわけだ。

 特に、新規参入事業者の場合、基地局やネットワークなどを一から構築しなければならないが、これがかなりの重荷になる。たとえば、数年前、PDC方式などに第2世代携帯電話から3Gケータイへ移行するとき、NTTドコモと当時のボーダフォン(現・ソフトバンク)は第2世代と異なるW-CDMA方式を採用したため、基地局などを一から整備しなければならず、なかなか利用できるエリアが拡大できなかった。これに対し、cdmaOneからCDMA 1X、CDMA 1X WINと互換性を保ちながら、3Gを進化させてきたKDDIはエリアを有利に展開できている。NTTドコモと当時のボーダフォンは携帯電話事業で収益を上げていたため、それを元手に積極的な設備投資を行ない、エリアの拡充を図ることができたが、新規事業者は事前にある程度の資金を調達し、利用者増の見込みを考えながら、エリアを整備していかなければならない。アイピーモバイルだけでなく、商用サービスを開始したばかりのイー・モバイルも今後、同様にエリアの展開で苦労することが予想される。ただ、同社の場合、NTTドコモとのローミングに基本合意しており、音声サービス開始後はおそらくFOMAの1.7GHz帯のエリアを利用できるようになるため、単独でエリア展開をしなければならないアイピーモバイルよりは有利という見方もできる。


 また、基地局に関しては、ここ数年、各社の場所取りが激しくなり、今まで以上にコストが掛かっていると言われている。郊外であれば、土地を確保し、鉄塔を建てるといった手法が利用できるが、都市圏ではビルやマンションの屋上などにアンテナを設置する必要がある。しかし、立地条件のいい場所は既存の事業者が利用しているケースが多く、新規参入事業者はなかなか設置場所を確保できない。昨年11月、ソフトバンクがYOZANの保有する約3,500の基地局を共同利用するという基本合意が発表されたが、これもいわゆる「場所取り」の重要性がうかがえる動きのひとつだ。さらに、ビルやマンションのオーナーや管理組合からは、一連の耐震偽装問題の影響などもあり、現状の建物に必要以上、手を加えたくないという声もあるという。

 今回のアイピーモバイルの発表において、マルチメディア総合研究所が持つ株式の譲渡先が森トラストであることが明らかになったが、同社は潤沢な資金を持っているだけでなく、グループ内でビルやテナントなど、不動産事業や都市開発を数多く手掛けており、そのノウハウが基地局整備などに貢献できそうなこともうかがえる。

 膨大な資金が必要とされる携帯電話事業だが、当然のことながら、そこで得られる利益も大きい。何をもってして、大きい利益と言えるのかは判断が難しいが、ボーダフォン日本法人を買収したソフトバンクは2006年第3四半期に携帯電話事業をはじめて連結決算対象に含め、創業以来の増収増益を記録している。今さら説明するまでもないが、ソフトバンクは決して、若いIT企業ではない。1981年にパソコン用ソフトの流通事業を開始し、その後、出版や通信などを広く手掛けてきた企業だが、それだけの実績がある企業が買収した携帯電話事業を連結にしたことで、いきなり創業以来の増収増益となり、営業利益と経常利益も創業以来、最大の水準を記録してしまうわけだ。しかもこれが国内市場では約16%のシェアを持つ業界3位の企業の実績なのだから、そのスケール感はやはり大きいということになるだろう。


残された課題

 資金面でのメドがついたとしているアイピーモバイルだが、まだクリアしなければならない課題や不安要素はいくつも残されている。

 たとえば、通信方式も気になるポイントのひとつだ。アイピーモバイルは他の事業者と違い、TD-CDMA方式を採用し、データ通信サービスを中心に提供することを計画しているが、これが本当にベターな選択なのかという声も聞かれる。TD-CDMA方式がW-CDMA方式やCDMA2000(EV-DOなどを含む)方式と比べ、優劣を云々しようというわけではない。他社と異なる通信方式を採用することは、アドバンテージにもなれば、デメリットにもなるからだ。

 異なる通信方式が有利に働く方向としては、やはり、いい意味での独自性だろう。KDDIがPDCをやめて、cdmaOneを選択したこと、ウィルコムが携帯電話とは異なるPHSを12年かけて、コツコツと育ててきたことなどは、技術的な独自性が強みにつながっている。

 逆に、デメリットとしては、同じ新規参入事業者のイー・モバイルの判断が参考になる。イー・モバイルは当初、TD-CDMA方式の採用を検討し、のちにTD-SCDMA(MC)に切り替えて、サービスを提供することを計画していた。しかし、最終的にはW-CDMA方式を選択し、3月31日から同方式による商用サービスを開始している。TD-SCDMA(MC)からW-CDMA方式への切り替えについては、W-CDMA方式が全世界200カ国で採用され、国際ローミングなどの面において、有利であることが理由として挙げられていたが、これには複数の要素が含まれている。

 まず、1つめは端末だ。イー・モバイルが携帯電話事業の準備を進める中で、どこのメーカーの端末が登場してくるのかが非常に興味深かったが、実はTD-SCDMA(MC)方式対応端末の開発には、国内メーカーが応じなかったという声がある。おそらくアイピーモバイルが採用する予定のTD-CDMA方式も同様で、国内メーカーが積極的に開発に乗り出すかどうかは微妙だろう。いずれの通信方式を採用するにしろ、3Gケータイは開発コストが高く、投資に見合った回収ができなければ、どのメーカーも開発に着手しにくい。しかも多くの国内メーカーは、すでにW-CDMA方式やCDMA2000方式などで3Gケータイの開発を手掛けており、商用サービス的には未知の分野でもあるTD-CDMAにはリソースを割く余裕がなく、なかなか参入しにくいというのが本音だろう。そうなると、端末の調達は海外メーカーに頼らざるを得なくなるが、日本向けにカスタマイズされた端末の開発など、調整が難しい面も出てくる。もっともアイピーモバイルはデータ通信サービスを中心に展開するとしており、端末そのものにそれほどの作り込みが必要とされないため、これは杞憂に過ぎないかもしれないが……。


 2つめはイー・モバイルが方針変更の理由として挙げた国際ローミングだ。データ通信サービスで展開するとは言え、PCやPDAなどと接続して利用することになれば、海外でもデータ通信を利用したいというニーズが生まれてくる。同時に、事業者としては海外から来日するユーザーの国際ローミング先としても事業を展開できる可能性もある。しかし、TD-CDMA方式やTD-SCDMA方式は中国などを中心にサービスの展開が予定されているものの、世界的に見れば、まだ大きな勢力ではないため、国際ローミングのIN/OUTの魅力があまり大きくない。

 3つめはネットワークの問題だ。イー・モバイルはW-CDMA方式への変更後、NTTドコモとローミングについて、基本合意に達している。そのため、来春の音声通話サービス開始時には、自社の基地局が整備できていない地域でもNTTドコモのネットワークにローミングして、使うことができる。これはNTTドコモと同じW-CDMA方式を採用しているからこそ、できることだ。しかし、国内唯一のTD-CDMA方式を採用しているアイピーモバイルは、こういった形での国内ローミングができないため、基本的にはすべて自社で全国のネットワークを構築しなければならない。冒頭にも述べたとおり、これは同社にとって、大きな負担になるだろう。

 これらのことを見てもわかるように、資金面などの不安は解消されたというものの、アイピーモバイルにはまだまだクリアしなければならない課題は多い。次回の会見ではサービス内容などを明らかにするとコメントしているが、同社のサービスに期待しているユーザーに対してもきちんとわかりやすい形で説明されることが望まれる。同時に、監督官庁である総務省には、新規参入事業者の状況をきちんと把握し、必要に応じて、国民に対して、情報を開示することが期待される。



URL
  アイピーモバイル
  http://www.ipmobile.jp/

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(法林岳之)
2007/04/17 12:51

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