ニュース

“LTEの父”ドコモ尾上氏が語る「5G」の本質

 NTTドコモは、LTEの次の世代のモバイル通信「5G」の技術展示や講演イベントを開催する「5G Tokyo Bay Summit 2015」を7月22日~23日にかけて開催している。会場は神奈川県横須賀市の横須賀リサーチパーク内にあるドコモR&Dセンタで、22日の基調講演にはNTTドコモ 取締役常務執行役員の尾上誠蔵氏が登壇、「5G」に関する現状や展望のほか、“5G連合”の中心的人物としての所見、その尾上氏が描く「夢と野望」までがざっくばらんに語られた。

NTTドコモ 取締役常務執行役員の尾上誠蔵氏

 「5Gが盛り上がりを見せている」と切り出す尾上氏は、この日の講演に用意されたプレゼンテーションのスライドが、先日上海で開催されたイベントに登壇した際のものと大きく変わらないと前置きするものの、そこでは時間の都合で語りきれなかった内容に触れるとして、まずは世界で普及する通信方式のライフサイクルを示したスライドが示された。

 スライドで示されている内容は、10年ごとに新しい通信方式が実用化され、それぞれの通信方式は登場から20年が経過すると最も市場に浸透している様子を示したもの。しかし日本ではこのライフサイクルが早く、20年が経過すると次の世代に移行しており、古い通信方式はすでに終了していることが多いという。こうしたことなどから、世界市場での通信方式の盛り上がりと国内にギャップがあるのはしかたがないこととした上で、先進市場として技術を牽引していくという思いが一連の5Gの取り組みに反映されているとした。

4Gの頃とは違う“5Gへの期待”

 尾上氏は、5Gの標準化作業を控えた現在の市場環境やキャリア各社の志向についても、4G(LTE)の頃とは違うという点を指摘する。10年前の、4Gの議論や具体的な研究開発が進められていた頃は、「4Gという名前が嫌われていた」(尾上氏)。ドコモでは一部の技術を「Super 3G」といった名称で投入するなど苦肉の策もみせるが、「技術はあったのに、誰も4Gと呼ばなかった」と振り返る。当時は4Gの名称を使うことに「もう次の世代の話なのか」「厳密には4Gとは違う通信方式ではないのか」といった否定的な意見が多かった。

 「今(5G)は、これだ、という技術がないのに、猫も杓子も5Gと呼んでいる」とし、名称も含めて、次の世代の通信技術やサービスに対する関係者の期待や反応が、10年前の4Gの頃とはまったく変わっている様子を語った。

5Gを構成する4つのポイント

 尾上氏はここで、「5Gは中身がないから難しい」という懸念に対し反論し、「(5Gを代表する)“唯一の技術”がないだけで、候補はいくつもある」としたほか、「5G」を実現するための要求条件に相当する、4つのポイントを解説する。

 そのポイントとは、「高速・大容量」「低遅延」「マッシブコネクション」「新たなビジネスモデルの創出」の4つ。「マッシブ・コネクション」はIoTなどの小型の端末からの大量の接続に対応するもので、同時に「極度に低消費電力」な端末が重要になるとし、IoTそのものより省エネルギー性能のほうが「大きなチャレンジだ」とも位置づけている。

 これら4つのポイントは、世界の多くのキャリアが描く5Gの未来と同じストーリーだとし、「面白さはない話。だが、前段階がうまくいっているということでもあり、いいことだ」との認識を示す。

「5Gは最初からエコシステムにフォーカスして議論」

 尾上氏はまた、5Gをめぐって議論される2つの側面にも触れる。「5Gとは何か。もうひとつの側面は、『エコシステム』と『技術』だ。5Gのホワイトペーパーには、5Gは技術ではないと書かれている。技術がエコシステムを支えていくことになるが、なぜそう書かれているか。それは、3Gや4Gでは技術が先行して決まってきたからだ。3Gの時には『2Mbpsとか何に使うんですか?』と聞かれた。4Gでは『100Mbpsとか何に使うんですか?』と聞かれた。これまでは、技術ができて、通信環境が整い、その後にサービスやエコシステムが出てきた。しかし5Gは最初からエコシステムにフォーカスして議論をしている。これは悪いことではない。あるべき正しい姿だ。しかし、効率的なやり方かどうかは分からない。心配な部分ではある」。

「5Gアイデアソン・ハッカソン」を8月に開催

 ここで尾上氏からは、「『5Gアイデアソン・ハッカソン』を8月にやる。ドコモやベンダーだけでなく、アプリ開発者なども参加できるものにする」と予告され、5Gの具体的なエコシステムの構築に取り組んでいく姿勢も明らかにされた。このイベントでは、5Gの能力や性能を活用したサービスの早期開発を目指すほか、アプリ開発者やユーザーへの訴求、アプリ開発者とのパートナーシップの構築といった側面もある。

 シリーズイベントとして企画されており、今後詳細が明らかにされる見込みだが、キックオフイベントが8月22日に開催され、アイデアソンを開始、2015年第4四半期にはアイデアコンテストと開発者ドラフト会議を開催し、ハッカソン期間に突入、1年後の2016年第3四半期にDemo Dayとしてお披露目会の開催を目指している。

尾上氏の“夢と野望”

 2020年は東京オリンピックの2度目の開催で注目される年になっているが、ドコモではこれまでの技術のライフサイクルを踏襲する形で、2020年を目標に5Gを実用化する方針で、その後は「5G+」として発展させていく。

 研究開発が活発化している5Gだが、そのターゲットは、高精細なテレビから小電力の小型端末まで、また周波数帯も既存の周波数帯から活用されていない30GHz付近までと幅広い。現時点でこれらをカバーしようとすると、7種類以上の通信方式や技術が必要になるとする。

 尾上氏は「私の夢と野望は、ひとつの技術で、すべてのユースケースをカバーすること」と語る。

 現実的には、2020年頃には4種類程度にまで収斂できるとの見通しも示す。モバイルの通信システムは、ほかの通信システムを統合してきた歴史があり、5GHz帯の無線LANとのキャリアアグリゲーションで融合を図る5Gの技術「LAA」(Licensed-Assisted Access)などを例に挙げて、「確信を持って言えるのは、向こう5年はコンバージェンスが続くということ」と予測する。

 一方で、将来的に統合されるのが“夢と野望”とした技術の中には、低消費電力の技術や「LPWA」(Low Power Wide Area)なども含まれており、これらは「逆方向に行く話」ともし、一筋縄ではいかない夢の様子を語っている。

5G連合にクアルコムやインテルが参加

 ドコモは5Gへの取り組みを進める中で、世界の主要な通信機器のベンダー8社と個別に連携し開発を進めているが、22日にはチップセットを開発するインテルとクアルコム、測定器を開発するキーサイト・テクノロジーとローデ・シュワルツ、通信システム技術を開発するパナソニックの5社が新たに加わったことを明らかにしている。

 尾上氏はこの拡大について、「強調したいのは、ネットワークベンダーだけでなく、エコシステム全体に広く関わるチップセットやソリューションのベンダーが加わったということ」と語り、5Gへの取り組みが新たな段階に入ったことを示した。

尾上氏が「TDD嫌い」だと思われている原因は

 講演の最後には、上海で開催されたGTI(TD-LTEの推進団体)のイベントに登壇した際のエピソードが語られた。「TDD嫌いだと思われているが」と前置きする尾上氏だが、GTIのWebサイトに自身が掲載された模様を紹介するなど、ある種の転換点を迎えた印象を持っている様子。

 同氏は、「ハッピーじゃなかったのは、TDDのアピールをする際にFDDと比較したから」と、TDD嫌いだと思われている原因を正直に告白。このコメントはGTIの壇上でも語ったとのことで、「出入り禁止になるかと思ったが、ならなかったようだ(笑)」。

 技術的な意味では、MIMO技術の発展などで、リソースの使い方がTDDとFDDで違うといった点は意味がなくなりつつあると指摘。「未成熟で、まだしっかりと見ていく必要があるが、モバイルでFull-Duplexの考え方も出てきている。こうなるとTDDもFDDも関係がない」と語り、通信方式による垣根はやがて解消されていく方向にあることを示している。

 ちなみに尾上氏が「嫌いなストーリー」は、高い周波数帯の利用が想定されている5Gを、安直に無線LANのホットスポットのような使い方で捉えているケースだという。「キーになるのはMassive MIMOだが、マイクロセルと組み合わせることで活きてくる。いい意味での力技が必要で、実装は大変だろうが、頑張りましょうということ」と語っている。

特別講演、オリンピック組織委員会が語る情報基盤

 ドコモ尾上氏による基調講演の前には、特別講演として、公益財団法人 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 組織委員会の井上淳也氏から、大会における情報基盤の重要性について講演が行われた。

公益財団法人 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会 組織委員会の井上淳也氏
ロンドンオリンピックで使用された携帯電話

 講演ではまず、組織委員会は、大きな話題となっている新国立競技場を“借りる側の立場”であると説明。必要な設備を追加して大会で運用する形になるとする。

 「新国立競技場の設計や意思決定に関わっておらず、どういうインフラになるのか、白紙撤回されたことが心配の種。2019年に完成し実際に(ラグビーの大会で)運用された後に準備を進める予定だった。白紙撤回後、2020年になんとか間に合うとされているが、間に合うかどうかのシミュレーションはこれからするということで、“緊張感を持っている”というのが今の状況」と、頭を悩ませている様子を語った。

 井上氏は、直近の夏の大会であるロンドンオリンピックの実績を例に、固定電話が1万6000台、携帯電話も1万4000台が利用されたことを明らかにし、「東京オリンピックではモバイルの比重が高くなるだろう。組織委員会も1人1台持って仕事をしている」と語る。

 一方で、近年になって世界中で急速に普及しているスマートフォンの影響はオリンピックにも表れている。2012年のロンドンオリンピックでは、2005年の開催決定時には存在していなかったiPhoneが、大会開催時には大きなシェアを獲得していたことから、ブリティッシュ・テレコムが無線LANへのオフロード施策を独自に行った様子を紹介。

 「ここからの教訓は、2020年に(モバイル環境が)どうなっているのか、読めないということ」と井上氏は率直に語り、「ひとつ確かなのは、モバイル通信がより重要になり、データ通信が大量になるということ。端末がどのようになろうとも、変わらない流れだろう」と通信インフラの重要性を語る。

 「オリンピックの放送に加えて、ユーザー間でのコミュニケーションがもうひとつの大きなメディアの柱になっている。会場でインターネットを使えるようにすることは、口コミに共感する時代では重要なこと。会場でどのように通信環境を活用していけばいいのか、アイデアを頂きたい」と、サービス面でも拡充していく方針を語っている。

太田 亮三