マイクロソフト越川氏に聞く
Windows Phoneの「7」と「6」、MSの目指すモバイルの世界
マイクロソフトの越川氏 |
Windows Phone 7のメインメニュー |
2010年2月、スペインのバルセロナで発表されたマイクロソフトの携帯向けプラットフォーム「Windows Phone 7」は、今年最初の大きなトピックとなった。従来のモバイル戦略から大胆に舵を切る最新OSとともに、現行の「Windows Phone 6」の新バージョンも発表され、2010年はマイクロソフトの動きに注目が集まるところだ。
本誌では、日本のWindows Phoneを仕切る、マイクロソフト日本法人のコンシューマー&オンライン事業部 コンシューマー&オンライン統括本部 モバイルコミュニケーション本部 本部長の越川 慎司氏に、Windows Phone戦略を聞いた。
――ではまず、Windows Phoneの概況について教えてください。
今年2月にWindows Phone 7が発表され、多くのユーザーやメディアの注目を集めました。また、現行のWindows Mobile 6.5についても、新バージョンとなる「Windows Mobile 6.5.3」が発表されました。先日、Windows Mobile 6.5.3搭載モデルとして、auの東芝製端末「IS02」などが発表されたところです。
Windows Phone 7については、実はブランドの変更がありました。発表時の「Windows Phone 7 Series」から「Series」という言葉がなくなったのです。「Windows Phone」というブランド自体はこれまで通り展開し、このブランドの中にWindows Phone 7とWindows Mobile 6があるという形になります。
――確認になりますが、Windows Mobile 6について今後も継続展開する考えに変わりはありませんか?
そうですね、バルセロナでもお話させていただいた通り、Windows Phone 7とWindows Mobile 6は併存します。引き続き、Windows Mobile 6についても力を入れて展開していく方針です。
当初は「Windows Phone 7 Series」として案内された | タイル状のメニュー、さまざまな機能へのハブとなるプラットフォーム |
■Windows Phone 7で大きく変わるUI
Zune |
――Windows Phone 7とWindows Mobile 6との違いを教えてください。
簡単にいうと、Windows Phone 7は全く新しい形の携帯電話をマイクロソフトが提案するということになります。プラットフォームが全く新しいものとなるため、ユーザーインターフェイス(UI)から、操作性、アプリケーション連携など、全てが刷新されます。Windows Phone 7は、スマートフォンを超えるものだと思っています。
UIを根本的に変えるため、現在米国で展開しているZuneのUIから良いところを取り入れています。Zuneは北米のみで試験的に展開しているものですが、予想以上の反響があり、米国ではなかなか購入できないような状況になっています。Zuneによって、コンシューマーに Windows Liveやハブ型のUIがある程度受け入れられることがわかったので、これを携帯電話にうまく取り入れていこうと考えています。
――詳細についてはこれからというところですが、発表会などで披露されたものを見る限り、UIはかなりチャレンジされたようですね。
Windows Phone 7のハブ型のUIですが、実は日本の携帯電話のUIの良い点を参考に開発されたところがあります。ユーザーがやりたいことにスムーズに誘導していくのがハブのコンセプトですが、このデザインは社内のコードネームで「メトロ」と名付けられています。これは日本などの複雑な地下鉄を参考にしています。
外国人が東京にきて一番驚くの地下鉄の複雑さなんですが、駅に行くと、マークや矢印で行きたい方向に誘導されるようになっています。やりたいことがわかっているユーザーさんをUI意識させずにナビゲートするようなものを目指しています。
また、今回のハブでは、OfficeやWindows Liveといったマイクロソフトの社内のリソースの統合も1つのテーマになっています。
Windows Phone 7では、最初のフェーズにおいて、我々が提案するUIを入れてくださいとお願いすることになります。そのため、メーカーの独自性は発揮しにくい面があるでしょう。メーカーの独自性は、Windows Mobile 6やWindows Phone 7の次のフェーズで実現していくことになります。
Office製品のハブに | Xboxなど社内リソースを統合したUI |
■互換性のない新OS
――全く新しいというWindows Phone 7ですが、その上で動作するアプリケーションは、Windows Mobile 6と互換性があるのでしょうか?
基本的には互換性はないと回答せざるを得ないですね。今使っているアプリがWindows Phone 7では動作しないというところだけをみれば、これは開発者に申し訳ないと思います。しかしその一方で、今のネイティブで作るアプリに限界を感じているのも正直なところなんです。
スティーブ・バルマー(米マイクロソフト 最高経営責任者)もよく言っていますが、マイクロソフトでは「オールスクリーン戦略」を実現するために、モバイルで開発したものをパソコンで動かしたり、テレビで動かしたりするために、どうしても開発プラットフォームを変更しなくてはなりませんでした。
技術革新の中で失うものは必ずありますが、我々は開発プラットフォームを変更するすることで得られるものの方が多いと判断しました。たとえば、Windows Phone 7では、.NETとSilverlightの開発プラットフォームを採用し、開発ツールは全て無償で提供する形になります。
■Windows Phone 7のシャーシ戦略
既存モデルのバージョンアップによるWindows Phone 7への対応については、マイクロソフトではコメントしない方針という |
――Windows Phone 7では、iPadのようなタブレットのものや、MIDなど少し大きめなものもサポートされますか?
MIDやタブレットは、当面の間、Windows Phone 7の範疇ではありません。Windows Phone 7ではシャーシ戦略として、ある程度マイクロソフト側でハードウェアスペックを規定しています。ある程度共通化された箱を作らなければ開発者側が難しいという点です。この方法はiPhoneなどで採用されていますよね。また、部材調達面で大量調達が可能になるため、メーカー側にメリットがあり、低価格なスマートフォンが登場しやすい環境が構築できます。
こうした戦略をとってはいますが、将来的にはシャーシの多様化も必要になると考えています。その中で需要が高まればより大きなもの、より小さなものなどが登場する可能性が考えられます。もちろん、マイクロソフト全体の戦略として、Windows Phone 7以外でタブレットやMIDなどでその分野を埋める可能性があります。
――ところで、ハードウェア条件は公開されていますか?
いろいろな憶測記事は目にしますが、まだ外部には公開しておりません。もちろん開発メーカーにはすでに案内しています。詳細は今後になります。
Windows Mobile 6.5の端末で、でWindows Phone 7が動くのかどうかというのも気になるポイントかと思いますが、現在発売されているものでも、ハードウェアとしてはWindows Phone 7に対応するものがあります。UIの統一性やボタンの配列など異なるところはあるものの、マイクロソフトとしては、ハードウェア的に動くだろうけど、我々からは動くと言えない、ということになります。これは、メーカーやキャリアさんが決めるところだからです。
また、実際のバージョンアップにはキャリアさんのご判断が大きいでしょう。というのも、通信にかかわる分野でのバージョンアップには電波法の絡みもあって届け出が必要なことがほとんどです。Androidではグローバルでいきなりバージョンアップがスタートすることがありますが、日本の場合は総務省の認可を受けてからアップデートが可能になります。これはWindows Phoneも同じです。
■開発環境
――Windows Mobile 6で.NETフレームワークを動かしたりということは可能ですか?
.NETの開発も可能ですし、Silverlightもネイティブでは非対応ですが、Silverlightビューワーのようなものを開発いただくことで動作するはずです。また、Windows Mobile 6.5向けに開発したアプリについても、ポーティング先をWindows Phone 7にすれば、ハードウェア上は動く仕様となっています。
Windows Phone 7ではハードウェアスペックが上がるので、数行のコードの追記は必要ではあるものの、Windows Mobile 6.5向けのアプリはほぼ動くと思います。開発者は、Windows Phone 7とWindows Mobile 6の両方をやられる方が多いはずです。開発したアプリのポーティング先を6.5でも7でもはき出しやすい形に記述されるのかもしれません。
■マーケットプレイス
アプリ開発者が儲かるプラットフォーム作りを目指す |
――アプリ配信プラットフォームの戦略について聞きます。
iPhoneやAndroid、Windows Phoneでいろいろ勉強していますが、一番難しいのはいろいろなアプリが出てくる中で、アプリで儲かっている会社がほとんどないことです。うまく儲かる仕組みを作らなければ、開発者の想像のスパイラルが止まってしまい、アイデアはあるけどお金にならないからやめる、という現象が起きてしまいます。我々としては、モバイル向けに開発したものが、パソコンでもXboxでも動いて売れるというようなマネタイジングのプラットフォームにしていきたいと思っています。
開発者向けイベントでもデモを披露しましたが、XNAという開発ツールでコードを記述し、最後の数行を変更するだけで、パソコン向けにもXbox向けでも動作させることが可能です。
また、Silverlightをサポートしたことで、クールなUIを作るWebデザイナーをモバイルの世界に引き込むための大きなポイントだと思います。
Windows Phone 7の場合は、オールスクリーン戦略の中にあるものですので、例えばモンスターハンターなどは、モバイルで狩りをしてレベルを上げて、それをXboxで戦わせたり、ゲームのアバターをモバイルで持ち歩くなど、新たなシナリオがWindows Phone 7で実現できるようになる予定です。
――アップルはここ最近、配信できるアプリを制限している傾向にありますが、マーケットプレイスはどういう形でマネージメントしていくのでしょうか。
認定自体はグローバル単位で受けることになりますが、ローカルの要望を出しやすい体制を構築します。審査にどうして落ちたか、不透明なところもあるかと思いますが、我々のプラットフォームでは「この部分がダメだった」と審査に落ちた理由を明確に提示するようにしています。こうしたことで、認証の透明性をある程度保てると思います。
また、日本ではマーケットプレイスの事務局を設置して、アプリの登録の仕方などをサポートするほか、認証についても間に入って開発者をサポートする仕組みを考えています。
また、グローバルでの認証となるため、児童ポルノと宗教についてはグローバルの厳しいルールがありますが、例えばコミックのアプリケーションでそういった意図のない作品については、間に入って調整することもやっていきたいと思っています。こうした基準は、Xboxなどを参考にして展開しています。
――他よりもアプリが少ない状況ですが、何か対策は打たれますか?
2月に世界各国のマーケットプレイスに、日本のマーケットプレイスからアクセスできるようにしました。また、アプリックスさんなどのパートナーさんの協力によって、iアプリなどを変換してWindows Phone向けに展開できるソリューションなども提供しています。表に名前は出ていませんが、こうした変換ソリューションを使ったアプリも徐々に追加されています。
このほかマーケットプレイスでは、将来的にキャリア推奨アプリ、マイクロソフト推奨アプリなどのコーナーも作っていきたいと考えています。
■Windows Phone 7の国内投入時期
2月の発表時、スティーブ・バルマー氏よりホリデーシーズンに端末が登場すると案内された |
――なるほど、ではWindows Phone 7のリリーススケジュールを教えてください。
おそらく年内に欧米中心に登場し、それ以降、各地で登場することになりそうです。残念ながら日本は時期が決定しておらず、今の段階で言えるのは、ほぼ全てのキャリアさんから高い評価をいただいているということです。なるべく早い段階に導入できるように進めていきたいですね。
ただ、これまでの経験から、欧米で登場したものをそのまま日本に持ってきたところで、うまくいかないことはわかっています。日本独自の味付けと言いますか、たとえばmixiのような国内向けサービスとの連携なども展開していきたいと考えています。
――年内に欧米で投入されるということは、Windows Phone 7の国内投入は年内にはないと考えるべきですか?
それはないでしょう。国内は年内にWindows Phone 7が出ませんし、Windows Mobile 6への注力をゆるめるつもりはありません。
■Windows Mobile 6
auから発表されたWindows Mobile 6.5.3対応の「IS02」 |
――それではWindows Mobile 6についてうかがいます。
いろいろな憶測が飛んでいる状況ですが、正しい情報を提供しなければなりません。まず、Windows Mobile 6をやめるということは一切ありません。これまで同様に継続していきます。
Windows Phone 7が登場すると、Windows Mobile 6が売れなくなるのではないかといったご心配をいただくこともありますが、たしかにWindows Mobile 6は目新しさが少ないかもしれません。しかし、Windows Mobile 6についても改善を続け、自分らしさをアピールするためにカスタマイズしたいユーザーや、よりセキュアな環境を構築した法人などは、今後もWindows Mobile 6の方が強いと言えるでしょう。
――漠然としたイメージですが、Windows Phone 7がコンシューマ向け、Windows Mobile 6が法人向けという位置付けになるのでしょうか?
答えはノーです、我々は、コンシューマという言葉が危険だと考えています。というのも、コンシューマの中にはさまざまなカテゴリが存在しているからです。「ピュア・コンシューマー」と呼んでいますが、現在一般的な携帯電話を使っている方々、ITリテラシーがそれほど高くないユーザーを狙うのが、ずばりWindows Phone 7となります。
今スマートフォンを使っている、あるいはスマートフォンをこれから使ってみたいと思っている方々。たとえばドコモならPRIMEシリーズを使っていて、もう少し背伸びしたいと思っているようなユーザーは、Windows Mobile 6でも十分カバーできると思っています。iPhoneを上回るといったそういう話ではなく、Windows Mobile 6でもiPhoneと同じ舞台に乗ることが十分にできると思っています。
IS02はQWERTYキー搭載 | 下にWindowsのスタートボタンがある |
――法人分野の状況はいかがですか?
エンタープライズの分野は引き続き非常に需要が高く、大手の採用が続々と決まっている状況です。私の知る限り、この分野に関してiPhoneやAndroidに負けたということはありません。
既に発表されているものでいうと、佐川急便の富士通製端末がWindows Mobile 6.5.3です。おそらく4~5月あたりから稼動するはずで、2万4000台という国内最大のスマートフォン導入事例になると思います。そのほか、ヤマト運輸の社長が話されていたKDDIのWindows Phone端末もWindows Mobile 6.5.3となり、こちらはおそらく5万台クラスの導入事例になるかと思います。今後もエンタープライズは順調だと考えています。
■バランスを取りながら「グローカル化」を目指す
――発表会でIS02に触れましたが、新バージョンはこれまでWindows Mobile端末に抱いていた印象からかなり変わりました。
ありがとうございます。正直言って、Windows Mobile 6.1の頃はコンシューマが使うには厳しい面があったかと思います。Windows Mobile 6.5.3では、日本のユーザーの特殊性や需要の高さを理解して提供したつもりです。
我々は、グローバルとローカルのバランスをどのようにとるのか、それを「グローカル」という言葉で考えています。Windows Mobile 6.5.3ではローカルのエリアをかなり大きくりと、静電容量式のタッチパネルのサポートや、スタートボタンを下に配置するといった点を変更しました。
静電容量式については、日本のユーザーから特に高い要望をいただきました。我々はニンテンドーDSなどの前例があったため、当初は感圧式のパネルがよいと考えていました。しかし、iPhoneやAndroidの登場以降、静電容量式の方が使い易いといった声が強くなり、このため戦略を大きく変更してサポートすることになりました。
また、Windows Mobile 6.5.3ではスタートボタンなどを下に配置するとともに、片手でタッチしやすいようにアイコンも少し大きくしています。細かいところではスクリーンキャプチャーが簡単に撮れるよう変更されてます。
こうした改善ポイントは、日本人が電車のつり革につかまって利用することを想定したものです。ボタンを片手で全部操作できるような形にしようと考えました。Windows Mobile 6.5.3では、こうした日本からの要望が多く取り入れられています。国内最初のモデルは、auから先日発表された「IS02」となりますので、是非新バージョンを触っていただきたいですね。
■「ぬるぬる感」を実現したWindows Mobile 6.5.3
静電容量式に対応したことで、画面のスクロールなどが軽いタッチで行える |
――パフォーマンスについてはいかがですか?
もちろんパフォーマンスもかなり上がっており、日本の言葉で「さくさく」「ぬるぬる」と呼ばれる感覚も向上しているはずです。とくに「ぬるぬる感」については、Windows Mobile 6.5.3でかなり具現化されています。
IS02のほかにも、他のキャリアさんからWindows Mobile 6.5.3が登場すると信じています。リテラシーの高いコンシューマの方にも満足いただけるものになるのではないでしょうか。。
――ところで、こうしたユーザーの声はどのように得ているのでしょうか。越川さんは積極的にTwitterを使われているようが。
そうですね、要望はTwitterから結構集めています(笑)。私個人で1500名ぐらいのエンドユーザーや開発者さんとつながっており、いろいろな要望をいただいています。いただいた要望は、こまめにまとめて本社の定例会議で伝えています。
また、昨年春に調布に開発陣を集めたため、日本の要望がより通りやすくなったこともあります。Windows Mobile 6もWindows Phone 7も日本のエンドユーザーや開発者の要望をグローカルな開発のプロセスの中に導入していきたいと考えています。
■バージョンを意識させないWinodws Phone戦略
――Windows Mobile 6とWindows Phone 7、数字の大小でユーザーが惑わされるところがありそうです。
そうですね、本音を言うと、バージョンの番号によって上か下かを格付けしたくないですね。我々は、ブランドとして「Windows Phone」を打ち出し、その中にピュア・コンシューマ向けもあれば、プロシューマー向けもあるというような形にしていきたいと考えています。
――バージョンを意識させずにWinodws Phoneとして売る。マイクロソフトは将来的にどんな展開を想定しているのでしょうか?
Windows Phoneやスマートフォンが日本で普及したサインとして、気に入った携帯電話を買ったら、実はそれがWindows Phoneだった、実はそれがAndroidだったという時がおそらく普及期だと思います。ちょうど今のSymbianやLinux系プラットフォームのような感覚です。
我々はこの先、そこを目指していきたいと思っています。そのためにも、OSを意識させないプラットフォーム、バージョンを意識させないプラットフォームを提供し、Windows Phoneというブランドでやっていきたいと考えています。ただし、リテラシーの高いユーザーはバージョンを気にされるので、そこはしっかり違いを見せていかなければならないでしょう。
■SIMロックについて
――最後の質問です。SIMロック解除が現実的になると、海外メーカーと国内メーカーの関係が少し変わるかもしれません。電波法の認可など、海外メーカーをサポートしていく考えはありますか。
まず事実から申し上げると、電波法の認可について総務省より正式なガイドラインが出ていない状況です。我々もどういう風にやるのか興味があるところで、ガイドラインを待って、どうサポートするかを検討したいと思います。
もし仮にSIMロックフリーが実現すると、リテラシーの高いユーザーが海外の端末が使い易い状況は生まれると思います。Windows Phoneを出しているメーカーさんが仮にSIMロックフリー端末を出す予定ならば、会社と会社でサポートできる体制を作っていきたいですね。
――ありがとうございました。
2010/4/13 12:42