インタビュー

SUPER GTで今シーズン無敵のレクサス勢の通信インフラを支えるKDDI

カメラ設置でピットワーク改善を狙う

 国内最高峰のGTレース「SUPER GT」。昨年から「au TOM'S」のチームスポンサーとなったKDDIだが、単なるスポンサーとしての活動だけではなく、同じく昨年からレクサス系のチームを支える通信インフラの整備も行っている。

 昨年はピット内に無線LANでネットワークを構築し、車両を供給するTRD(Toyota Racing Development)がマシンの情報を一括管理することで、チーム間でデータを共有するといった取り組みが行われていたが、今年はどんなことに取り組んでいるのか。

 今シーズン無敵の強さを見せるレクサス勢活躍の裏側について、トヨタテクノクラフト TRD開発部 MS車両開発室 第1シャシグループ グループ長の清水信太郎氏と、同社をサポートするKDDI ソリューション推進本部 ソリューション5部 5グループ 技術担当の吉田研彦氏に伺った。

2017年は無線LANに加えて有線LANも構築、カメラでピットワーク改善を狙う

昨年同様、ピットガレージやピットウォールの間を無線接続

――昨年からサーキット内での通信ということでKDDIと一緒に取り組んでいるということですが、今年はどういったことに取り組んでいるのでしょうか。

清水氏
 昨年はインフラの部分をゼロから作り上げて運用するという、無いところから環境を作ったという年でした。それがなんとか稼働・運用できるようになりました。今年はその環境をうまく活かせるような仕組み作りをソフトとハードの両面で取り組んでいこうとしています。

吉田氏
 今年から給油塔から伸びるブーム部分に高性能な業務用カメラを2台ずつ設置しました。GT500のレクサスチーム6ピットに2台ずつですので、合計で12台のカメラを設置していることになります。

給油塔から伸びるブーム
よく見るとネットワークカメラが設置されている

――そもそも、どういう狙いでカメラを設置されたのでしょうか?

清水氏
 SUPER GTのレースは3メーカーがハイレベルなところで戦っています。車両規則が厳しいとうこともあり、ギリギリのところで戦っているのですが、一方でピットストップが義務付けられて、タイヤ交換があり、ドライバー交代があったりすると、ピットストップのタイムを詰めるというところでの取り分が結構大きいのです。ラップタイムでコンマ1~2秒を削るのに大きなお金と労力をかけて開発するのですが、メカニックが1回失敗しちゃったとかいうと、下手したら10秒とか失います。10秒というと、開発費にするといくらぐらいなんだろう?(笑) といった部分があり、我々がチームの運営をうまくサポートしていくことも、一つの開発力だなというところもあって、車以外でもスピードに影響を与えることは余すことなくやっていこうという中で今回のような取り組みを行っています。レースで勝つためには、あらゆるところ、可能性のあるところは全て頑張っていきたいと思っています。

――2つずつカメラを付けられているのはなぜなのでしょう?

清水氏
 2つあるのは、タイヤ交換は右と左でメカニックが一人ずつ前と後ろを担当して作業を行うのですが、その様子をしっかり記録するためです。真ん中に1台だけだと、車の屋根だけ録れて、本当に見たいところが見えないので、そういうところもKDDIさんと相談しながら、取り付け位置なども工夫しました。

吉田氏
 2つのカメラで上から360度のアングルで撮影しています。解像度は実際のオペレーションも考えて800×600ですが、その映像を送信できるようなインフラをピット内に構築しました。12台のカメラの映像となると、そこそこのトラフィックが発生することになります。それでも安定して通信できるような機材と構成でシステム構築しているところです。カメラからの映像は、K-MAX(サーキットでの司令塔となるTRDのトレーラー)の中のサーバーに1本の光ファイバーケーブルで届けています。

K-MAXの中に光ケーブルが引き込まれている

――さすがに12台のカメラの映像を無線で飛ばすのは難しいのでしょうか?

吉田氏
 ピット作業はコンマ何秒の話になりますから、コマ落ちしたり、ブロックノイズが乗ったりといった失敗は許されません。フレームレートは30fpsを維持して録画したいので、無線で行うのは少し怖いかな、ということで全て有線で設営しています。

――昨年は無線ネットワークの構築ということでしたが、毎回サーキットで有線ネットワークを構築していくとなると、作業としては昨年よりも大変になっているのではないですか。

吉田氏
 そうですね。大変にはなりました。それでもインフラがあってこそ、その上に載せられるものを議論できるところもありますので、そこを2016年シーズンにいろいろと試行錯誤しながら、どういう風に配線すればいいのか、どうやれば効率がいいのかということを考えていって、やっと最近はうまくケーブルを取りまわせるようになってきたかな、と思います。昨年はキャンセルになったオートポリス以外は全戦帯同させていただいたので、今回、KDDIにとっては初めてのオートポリスとなりますが、これまでの取り組みは全てノウハウとして記録していますから、それが生かされています。

完成したインフラをどう活用するかが今年のテーマ

トヨタテクノクラフト TRD開発部 MS車両開発室 第1シャシグループ グループ長の清水信太郎氏

――今後の取り組みとしては、どうようなことを検討されているのでしょうか?

清水氏
 カメラのようなハードウェアなどはKDDIさんと一緒に相談しながら導入しましたし、昨年1年でインフラを作ったということと、作ったものを安定して運用すること、運用することも大変なのですが、それができてきたので、今年はその安定しているインフラを使って、ソフトウェア面でやりたいことをやるとか、データの分析をもっと進めるとか、ちょっとリッチなコンテンツを乗せても安定しているから大丈夫、といったようなことを考えています。順次、カメラ以外のことに取り組んでいきます。

 カメラなんかは見た目に付いているのが分かるので、そういう分析をしているんだとなるのですが、中身の分析の話は生々しいので詳細はお伝えできませんが、今までよりも大きなデータを使って、もっと詳細な分析を行って、それをチームと共有できるようにしていきたいと考えています。

 だいたいこういう仕組みを作ると、扱える情報量が大きく増えるので、情報をシステムの中に乗せていくのですが、その後、その情報をどう活かすのか、どう見ればいいのか、どう関連付けて考えればいいのか、という話になってきます。今年はそこをしっかりやっていくということを重視しています。

 吉田さんに毎回ケーブリングしてもらってカメラも付けてもらったのに、そのカメラの映像がただ流れているだけとなると、うまく使いきれていないということになります。増えてきた情報をどうさばくかということが大事になります。チーム側により有益な情報をどう提供していくか、というのが今年のテーマですね。

KDDI ソリューション推進本部 ソリューション5部 5グループ 技術担当の吉田研彦氏

――TRDとしてKDDIにリクエストはありますか?

清水氏
 吉田さんがヘトヘトな顔をして設営・撤収をやっているので、もう少しスマートにやってもらえたら……(笑)。僕らより早く来て、僕らより遅くまでやっているので、KDDIさんがサッと来て帰っていくと何かピッカピカにできていると格好いいなと。実際、情報通信とかIoTとか言うと格好いいですが、それをやるまでというのは8割が泥臭い作業です。上に乗っている2割をみんな見ているのですが、その泥のところが見えなくなるといいですね。

吉田氏
 ピットでの作業は、ケーブリングなども含め、普通のデータセンターとは全く異なる環境になります。部品が下に置いてあってメカニックが作業している中で脚立を置いて作業しなければいけないというところは、データセンターとは本当に違っています。プロジェクトマネージャーとしては、作業する時のリスクを考えて動かなければいけないので、できるだけ高所でのケーブリングのような作業は減らしたいとは思うのですが、正直、有線に勝る安定性を担保するのは技術的に難しかったりします。限られた時間の中で、トラブルがあった時には原因を特定して復旧させなければならないという制約もあるので、無線ではなく有線でやっています。

 今、ピットとK-MAXの間はギガ(1Gbps)で伝送しており、実際に流れているのは300Mbpsぐらいで、それを無線に変えられますか、と言われると、なかなか難しいところです。ちなみに、光ケーブルは災害時に使用するような特別なものを使っています。

サーキットでは災害時などに使用する折れに強い光ケーブルが使われている
ピットビルとの間はテントの上からケーブルを渡す

ファンサービスへの活用も?

――チーム側からの反響はいかがですか?

清水氏
 チームによっては独自のカメラを付けたり、映像担当の方がデジカメで撮ったりしているのですが、レクサス全チームが定点でほぼ同じアングルで撮れるので、比較もしやすいですし、同じ情報を共有できるというのは強みかと思います。チームが撮った映像をよそのチームに渡すというのは難しいですし、TRDが一括して取得した情報をチームに平等に提供できるという方がいいことだと思います。

 ピット作業については、皆さんかなり練習されているので、上手い下手というのはほとんどありません。何かのアクシデントで作業がうまくいかなかったので、その原因を追究しようという時に活用できるものになります。ミスに繋がるような原因を減らすために使っていくことになります。さらに改善ネタが無いかというのをチームは目を皿にして探していますから。

ピットウォークなど、ファンサービスが充実しているSUPER GT

――せっかく撮影された映像をファンが見られるようにすることは難しいのでしょうか?

清水氏
 レース中の映像はプロモーション規定で厳しいという面もありますし、ある程度機密性の高い部分も写ってしまうので、なかなかハードルが高い面もあります。

――SUPER GTではピットウォークやキッズウォークなどのファンサービスが行われていますが、レース中ではなく、そういう時にファンがドライバーと一緒にカメラに向かって手を振ると写真が撮られるとかすると、皆さん喜ぶのでは?

清水氏
 それは面白いかもしれませんね。ピットウォークが終わって出てきたら写真ができていて、1000円で売るとか?(笑) どこかのテーマパークのようですが、そういう使い方はいいですね。ぜひ次回から(笑)。

――期待が膨らみます(笑)。お忙しい中、ありがとうございました。