インタビュー

熊本地震への対応や災害対策の変化をauに聞く

 2016年4月16日に発生(本震)した熊本地震への対応では、東日本大震災以降に試みられ、実践されてきた通信事業者の災害対策が数多く活用された。しかしその一方で、2011年当時とは異なる市場環境やユーザーの動向が、新たな課題も提示した。

 熊本地震以降、初めて9月1日の防災の日を迎えるにあたり、KDDIの熊本地震への対応の総括や、災害対策と現状などを伺った。対応していただいたのは、KDDI 技術統括本部 運用本部 運用品質管理部 特別通信対策室長の木佐貫啓氏。

KDDI 技術統括本部 運用本部 運用品質管理部 特別通信対策室長の木佐貫啓氏

発災直後からデータ通信が増加、自衛隊もフル活用?

 通信事業者にとっても大きな転機となった東日本大震災は災害対策のさまざまな課題を浮き彫りにし、それを解決し、備えてきたのが2011年以降の各社の取り組みといえる。大ゾーン基地局などの整備、設備・電源の強化、連絡体制の構築、自衛隊・自治体との協力体制、非常時の燃料の確保など、取り組みは多岐にわたり、気球型基地局や船舶への基地局の搭載といった、新たな発想の災害対策も各キャリアで準備されている。

 そうした対策が進む中で発生した熊本地震だが、東日本大震災では地震発生直後にデータトラフィックが少なくなったのとは対照的に、熊本地震では発生直後にデータトラフィックが一斉に増加するという傾向がみられたという。これは多くのユーザーがスマートフォンなどで情報を集めたり、SNSで連絡をしたりしたためと考えられている。東日本大震災が発生した2011年には、スマートフォンやSNSが現在ほど普及していなかったこともあり、2016年現在ならではの動向になった。

 また、スマートフォンやデータ通信を活用する傾向は、被災者や一般市民だけにとどまらなかったのも、今回顕著になった特徴のようだ。木佐貫氏によれば、東日本大震災では発生直後は音声トラフィックの増加が主体で、1カ月程度でデータトラフィクが伸びはじめる傾向にあった。しかし最近では、一般ユーザーのみならず、警察や自衛隊などの復旧作業を行う組織でも、迅速に状況を伝えるため、写真や動画などを現場から送信するなどして、データ通信網を活用しているようだという。

 「最近の傾向から分かっていたことですが、地震発生後のデータトラフィックの増加は顕著で、復旧を行い余裕のあるパフォーマンスに戻ったはずの基地局が、増加したトラフィックでいっぱいになるという事態も起きました。このケースでは臨時で基地局を周辺に追加して対策しました。自衛隊の駐屯場所の近くの基地局もデータトラフィックが多く、機密にかかわる通信は別でしょうが、昼間も平均して高かったため、復旧作業の過程でかなり利用されていたようです」(木佐貫氏)

復旧対策にドローンを投入

 熊本地震で基地局の復旧作業を効率化するものとして、KDDIが新たに投入したのがドローンだ。

 熊本地震では、データトラフィックが地震発生直後から大きく伸びている状況などから、エリア復旧の応急処置として設置した衛星エントランスの設備を、早期に無線エントランスなどの容量確保のための復旧設備に置き換えていく必要があったという。まずはエリアを復旧し、次に容量(品質)を確保、という復旧手順は、今後も重要になってくるとしている。

 臨時の措置として、被災地の鉄塔に無線エントランスを設置する場合、無線エントランス間に遮蔽物がない“見通し”を確認する作業が必要になる。従来であれば、まず作業員が鉄塔に登り、見通しを確認した後に、一度降りて機材を担ぎ、再び登るという作業が必要になり、余震がある中で、安全の確保と迅速な作業を両立させることが難しいケースもあるという。ドローンに搭載するカメラを活用することで、鉄塔のアンテナ付近からの見通しを、鉄塔に登らずに確認することができ、より安全で迅速な作業が可能になった。

停波の多くは停電、電源対策の強化

 大規模な地震では、基地局のアンテナからの電波が止まる停波により、通信エリアでなくなったり、つながりにくいといった状況が発生する。

 この停波の原因だが、地震の揺れそのもので基地局が損壊することはケースとしてはまれで、KDDIでは、「津波を除き、地震の揺れで基地局のアンテナ局舎が損壊したことは過去にありません」という。停波に最も影響するのは停電で、2番目が光ファイバーなど管路の破損、3番目が道路の寸断などで現場に近づけず迅速な保守が困難な場合など。

 「先日の、(土砂崩れで)孤立した羅臼町では、道路で近づけないため、漁船を借りて機材を積み込み、現地に入りました。積み下ろした機材を運ぶために町の役場の人にも協力してもらいました。船は3キャリアで借りたもので、普段は競争していますが、災害対策では連絡をとりあって対応しています」(木佐貫氏)

 なお、災害発生時に必要な対策の多くは、3キャリアで共通している。現在では、3キャリアの災害対策室長(KDDIの場合は木佐貫氏)同士が連絡を取り合い、現場の状況や電力の復旧見込みに関する情報など、多くを共有しているという。

 熊本地震で停波などの影響を受けた基地局を総括すると、電源のほかに伝送路の回線断も影響が大きかったのも特徴。

 「通常局のバッテリー電源は3時間程度の稼働で、停波してしまったものが多くありました。発電機を持ち込めれば復旧できますが、回線断と2重で影響を受けていたものもあります。土砂崩れで崩落した阿蘇大橋の周辺に一部の光ファイバーケーブルが敷設されていたことも一部で復旧までの長時間化に影響しました」(木佐貫氏)

 停波の多くは停電が原因ということもあり、KDDIでは主要な場所の基地局、全国の2000カ所程度では、基地局のバッテリーを強化して24時間化している。

 ただ、24時間化に対応するバッテリーの設備は1トン近くになるとのことで、基地局によっては一緒に置けない、構造上設置できないといったケースなどもある。そうした場合は、その基地局のエリアを臨時でカバーできる別の基地局に対し、バッテリーを強化するなどの対策を行っている。

 島嶼(とうしょ)部では、72時間化までバッテリーを強化している基地局もある。これは、例えば台風などの場合、島嶼部では台風が通過した後も、高波などで船で行けない、船が接岸できないといったケースがあるため。おおくの場合2日後には行けるようになるため、3日間稼働できる72時間化になっているという。

 可搬型基地局や発電機も、従来は55台だったところが、10倍近い516台にまで増強されており、毎年拡充されている。

 KDDIが独自に取り組んできたものでは、船舶型無線基地局もある。2016年3月に法改正が行われ、すでに法整備は完了。実験ではなく正式に稼働できる状況で、海上保安庁をはじめ、災害時に現場にかけつける船舶と協力体制をとれるよう、船舶への事前の搭載を含めて、整備を進めている最中とのこと。

災害対策では3キャリアで連携や情報共有も進んでいると語る木佐貫氏。熊本地震では5月上旬まで熊本に滞在し指揮を執った

広く利用された「00000JAPAN」

 熊本地震で広く知られることになった新たな取り組みでは、3キャリアなどの通信事業者が無料の公衆無線LANスポットとして「災害用統一SSID」を提供する「00000JAPAN」(ファイブゼロジャパン)がある。当初は熊本県で提供され、その後九州全域に拡大された後、再び熊本県を中心に提供された。

 この取り組み自体は、通信事業者などが連携して実施したものだが、「00000JAPANは相当トラフィックが上がった」とのことで、対象エリアが九州全域に広がった際には、多くのユーザーが利用していたという。Wi-Fiで利用するため、月間の容量制限の対象外になることなども影響したようだ。

 「00000JAPAN」は、ゲームをプレイするためにも利用されていたという。一見すると適切ではないように思えるが、避難所では娯楽が少なく、小さな子どもの暇つぶしや、気分を紛らわせる「心のケア」の意味でも重要だったと振り返っている。

 ちなみに今回は、多くのスポットでLTEやUQコミュニケーションズの回線がバックホールとして使われ、一部は固定網が使われたとのことだった。

 今後は、より迅速に避難所にWi-Fiスポットを設置できるよう準備を進めていく方針。今回のサービス提供では事業者間で手探りの部分もあったとのことだが、提供事業者の受付体制なども整備されている。