固定電話はどこへ行った

KDDI総研 高橋陽一
(株)KDDI総研 調査1部 海外市場・政策グループ。韓国、インド、東南アジア、中東等の情報通信政策および市場動向調査を担当。趣味は特にないが、りんご、ドーナツ、電話機といったキーワードには比較的敏感に反応する。


ノースビルの街並み(筆者撮影)

 ケータイの普及ですっかり影の薄くなった固定電話。どこでどうしているのだろう。このまま消えてしまうのか。そんなことを考えながらアメリカに渡った。

 ここはデトロイト郊外のノースビルという小さな町。デトロイトという危険で荒んだイメージからは程遠い、美しくて閑静で安全な町だ。18世紀頃のアメリカの建物や街並みを大切に保存している。

 当地の電話会社はAT&Tだけに、テレビのCMはAT&Tのものが多い。インターネット接続サービスのCMだけでも何種類もある。その中で、高速(と言っても下り最大768kbps)インターネットのCMに、「NO HOME PHONE REQUIRED(固定電話不要)」との説明が入る。

 以前はAT&TのDSLインターネットを使うときは、AT&Tの固定電話を契約していないと申し込みができなかった。今は、その契約がなくてもDSL単独で契約できるようになっている。AT&Tのサービス名称は「AT&T DSL Direct」。一般的には、裸のDSL(naked DSL)と言われている。

 固定電話は使わないけれど、インターネットを使うために仕方なく固定電話も契約していたという人もいただろうが、もう不要な固定電話は契約する必要がなくなったというわけだ。これで、ますます固定電話は消滅への道を突き進むのか。

 確かに固定電話は使わなくなった。不要どころか、有害でさえある。固定電話を引くと、商品やサービスの勧誘の電話が頻繁にかかってくる。それも人ではなく、機械がかけてくることが多い。こちらが応答すると、その声に反応して相手側の録音が作動し、商品説明などを長々と始める。

 受話器を取った後、無言でいたらどうなるか、一度試してみた。相手側も無言。しばらく沈黙が続き、切れた。そんな電話が1日に何回もかかってくるからうんざりだ。そんな電話しかかかってこない自分の境遇にも情けなくなる。いっそ固定電話などないほうがマシ、という人も多いのではないだろうか。

 そんな中で、固定電話の存在感を感じさせる光景を目にした。朝のテレビ番組、ABC放送の「レージス・アンド・ケリー」。RegisとKellyの男女二人が司会するトーク・バラエティ番組だ。

 この中で、視聴者に電話をして、クイズに正解すると旅行券などがもらえるコーナーがある。たまたま見たときの賞品が、カリフォルニアのホテル1週間宿泊券だった。ところが、当選したのがカリフォルニアの住人で笑える。「車で20分で行けるわ」との反応。

 また、別のテレビ番組、NBC系列の「エレン・デジェネレス・ショー」は、コメディアン兼女優のEllen Degeneresが司会をするトーク番組だ。ここでも番組の途中で視聴者や関係者に電話をかける場面が時々出てくる。

 そんな場面で活躍するのは、決まって固定電話用の重厚な電話機だ。特に「レージス・アンド・ケリー」の金色の電話機はすごい。かなり重たそうだし、「固定電話」という風格がある。やはりこういうときは、このくらい存在感のある電話機でないと物足りないだろう。

アンティークショップで見つけた電話機(筆者撮影)

 ところで、今時こんな電話機は、普通の電器店などでは売っていない。ネットで購入するか、アンティークショップに行くしかない。というわけで、近くのアンティークショップに行ってみた。あるある。回転ダイヤル式黒電話、本体がガラス製の洒落た電話機、オートバイ(ハーレー・ダビッドソン)型電話機、古いキャンドルスティック(ローソク)型電話機。

 固定電話用の電話機のいいところはデザインに制限がないことだ。インテリアとして使える洒落たデザインのものや、キャラクター、乗り物、ビール瓶など、あらゆるものが電話機になりうるというのがいい。また、シンプルな黒電話も趣があってなかなかいいものだ。ただ、せっかく洒落た電話機を手に入れても、電話回線がなければ単なる置物だ。携帯電話やDSLに押されて、固定電話回線がなくなってしまったらどうするか。

magicJack本体(筆者撮影)

 そんな心配はご無用という装置が出回っている。Skypeで一般の電話機が使えるアダプタもあるようだが、「magicJack」というのがおもしろい。テレビショッピングや電器店等で販売されている。これは、電話回線がなくてもインターネットで電話を可能にする装置で、SkypeのようにPCだけでも電話ができるが、プッシュ式の電話機をつなぐこともでき、普通の固定電話のように使えるものだ。装置毎に電話番号が割り振られ、発信も着信もでき、911の緊急通報も使える。年間39.95ドル(2年目以降は19.95ドル)でアメリカとカナダには無料でかけ放題、その他の国も割安な料金で国際電話ができる。

 さらに、回転ダイヤル式の電話機をインターネットで発着両方に使えるようにするのは、もう一工夫いるのだが、長くなるので別の機会に譲ることとしたい。固定電話の居場所が少し見えてきたような気がする。

(高橋陽一)

2010/10/27 06:00