法林岳之の「週刊モバイルCATCH UP」

MVNOを超える新しいポジションを狙う楽天モバイル

 6月28日、楽天モバイルは「『楽天モバイル』2016夏 新サービス・新商品発表会」を東京・世田谷の楽天クリムゾンハウスで開催し、2016年夏商戦へ向けた新サービスと新端末のラインアップを発表した。

 ここ数年、MVNOの市場が拡大し、各社の料金競争が激しくなる中、一部の調査ではMVNOでトップシェアを獲得するところまで成長してきた楽天モバイル。本誌ではすでに速報記事を掲載しているが、今回の発表内容の捉え方と同社の目指す方向性などについて、解説しよう。

激しさを増すMVNO各社の競争

 ここ数年、着実に拡大してきたMVNO市場。MVNO各社はNTTドコモ、au、ソフトバンクMNO各社から設備を借り受け、さまざまなユーザーのニーズに合うサービスを提供してきた。2年前に大手スーパーのイオンが日本通信と組み、「イオンスマホ」を『格安スマホ』として売り出して以来、MNO各社よりも割安な料金ばかりが強調されてきたが、最近は「MVNO」という言葉も少しずつ浸透し、いよいよ本格的に幅広い層へと普及を見せている。

 現在、国内でサービスを提供するMVNO各社には、いくつかの特徴がある。たとえば、主にSIMカードの提供をサービスの中心に据え、割安なデータ通信料でサービスを提供するいうスタイル。当初は1GBで月々1000円程度がひとつの目安となっていたが、通信速度を抑えることで、1GBで月々数百円台を実現するサービスも登場してきている。

 音声通話については30秒あたり20円の従量制が中心で、MNO各社が2014年に「国内通話定額」、2015年に「1回あたり5分以内で、より割安な国内通話定額」のプランを提供したことで、MVNOサービスのウィークポイントになりつつあったが、最近IP電話サービスに加え、中継電話サービスなども組み入れることで、音声通話の負担も軽減する傾向にある。

 また、MVNOサービスを提供する企業としては、サービスの料金体系の比較がデータ通信に置かれていることもあり、当初はIIJやOCN、BIGLOBE、nifty、So-netといったISP各社が広くサービスを提供してきた。最近ではDMMやU-mobileのように自社でコンテンツサービスを持つMVNO、あるいはFREETELのように端末にも積極的に取り組むMVNO、mineoのように複数のMNOの設備を借り受けるMVNO、UQ mobileのようにMNO傘下のMVNOなど、さまざまな業態が増え、ユーザーの選択肢も増えてきている。

ブランド力、店舗、独自サービスで強みを発揮

 そんなMVNO各社の中で、料金やサービス、端末など、総合力で着実に支持を拡大してきた印象があるのが楽天モバイルだ。今年6月に発表された調査結果を見ると、ICT総研の調査ではトップ(※参考記事)、MM総研の調査では(※参考記事)3位に位置付けられており、その勢いがうかがえる。MVNO各社のシェアについては、MNOと違い、契約回線数が明示されていなかったり、1つの契約で複数のSIMカードを発行できるプランもあるため、一概に判断できないが、2014年10月のサービス開始から1年半で、トップクラスのシェアを争うところまで来たことになる。

 あらためて説明するまでもないが、楽天モバイルは楽天市場を展開する楽天グループ傘下の企業だ。もともと、通信サービスを展開してきた傘下のフュージョン・コミュニケーションズが提供してきた楽天モバイルの事業を昨年、楽天に譲渡し、現在は楽天がサービスを提供する主体となっている。

 楽天モバイルのMVNOサービスは、音声通話とデータ通信、データ通信のみのプランを提供している。SIMカードのみの契約も可能だが、端末は国内向けに各メーカーが供給するSIMフリー端末をラインアップしており、自社のみで扱うモデルも一部、ラインアップに加えている。Android端末だけでなく、Windows 10 mobileを搭載したVAIO Phone Bizを扱っているのも目を引く。

 販売についても他のMVNO各社がインターネットと家電量販店での販売に注力しているのに対し、オンラインの展開だけでなく、独自の楽天モバイルショップも展開し、MVNOサービスをあまり知らないユーザーにもしっかりとアプローチする体制を整えているところが異なる。元々、インターネットを利用する人たちには楽天市場が広く知られているうえ、プロ野球の「東北楽天ゴールデンイーグルス」でおなじみということもあり、十分なブランド力を持っているが、楽天モバイルについては広告のキャラクターにサッカーの本田圭佑選手を起用し、さらなるブランド力の強みを発揮しようとしている。

2015年7月にオープンした心斎橋店

 サービス面では今年1月に月額850円の「5分かけ放題オプション」を追加している。これは「楽天でんわ」として提供されているサービスを楽天ユーザー向けにしたもので、5分以内の国内通話が無料になるというサービスだ。MVNOの場合、音声通話の通話料が30秒20円に設定されていることが多く、MNO各社の国内通話定額や1回あたり5分以内の国内通話定額のプランに比べ、割高な印象を持たれているが、月額850円の利用料金で5分以内の通話を無料にすることで、対抗しようというわけだ。

2016年1月に発表された「5分かけ放題オプション。月額850円だ

 ちなみに、こうした通話料割引サービスは他のMVNO各社でも提供されているが、その多くがIP電話サービスであるのに対し、「5分かけ放題オプション」や「楽天でんわ」は旧フュージョン・コミュニケーションズが提供してきた中継電話サービスのしくみを利用したもので、発信時にプレフィックス番号を付加する。アプリを利用することで、この付加番号を意識せずに使えるようになるうえ、相手に通知する電話番号も自分のSIMカードの電話番号を通知するため、050IP電話サービスなどよりも使いやすいというメリットを持つ。今回の発表会のプレゼンテーションでは、この「5分かけ放題オプション」の導入により、楽天モバイルの通話SIMの割合は今年1月の62%から今年5月に80%まで拡大し、MNPの割合も順調に伸びていることが明らかにされた。

楽天スーパーポイントとの連携

 料金やサービス内容の充実を図り、着実にシェアを伸ばしてきた楽天モバイルだが、今回は楽天グループとユーザーの接点のひとつである「楽天スーパーポイント」との連携を強化することが発表された。

 楽天スーパーポイントは楽天市場での買い物をはじめ、楽天が提供するさまざまなサービスを利用することで貯めることができるポイントサービスで、楽天モバイルの利用料金も楽天スーパーポイントとして、貯めることができた。今回はこれに加え、楽天スーパーポイントを楽天モバイルの利用料金に充当することが発表された。楽天スーパーポイントで充当できる対象は、楽天モバイルの月額利用料や各オプションサービスの利用料などで、端末代金の分割払い、前述の5分かけ放題オプションや楽天でんわの利用料は対象外となる。5分かけ放題オプションと楽天でんわが対象外となるのは、いずれもサービスの提供元が楽天コミュニケーションズ(旧フュージョン・コミュニケーションズ)が提供しているためだが、関係者からは「課金システムの改修なども必要になるが、将来的には見直していきたい」というコメントも聞かれた。

 この楽天スーパーポイントによる利用料金の支払いについては、発表会でも詳しく説明され、一般的な世帯の光熱費や娯楽費、内食食費、理美容費、旅行費など、さまざまな支払いを楽天カードで支払ったり、楽天トラベルなどのサービスを利用することで、楽天モバイルの5GBプラン相当まで、ポイントを貯めることができる例が紹介された。

 こうしたポイントサービスはMNO各社もNTTドコモのdポイント、auのau WALLETポイント、ソフトバンクが提携するTポイントを提供し、さまざまなシーンでの利用を提案しているが、楽天モバイルは楽天経済圏を最大限に活用することで、逆に楽天モバイルの利用料を実質的に無料にできるというアピールしているところが対称的で興味深い。

 前述したように、楽天モバイルは他のMVNO各社と違い、リアル店舗を積極的に拡充する傾向にあり、年内には100店舗を出店する計画だが、最近では福岡や北海道、沖縄に店舗をオープンしたほか、携帯電話販売を手がけるITXやティーガイアなどともと組み、すでに72店舗まで拡大したことを明らかにした。こうしたリアル店舗で得られた情報として、楽天モバイルに興味をユーザーには予想以上にシニア層が多く、こうした状況に対応するため、自宅出張サポートの提供に加え、7月中順から端末にリモートアクセスして、さまざまな機能や使い方を解説する「あんしんリモートサポート」を提供することが発表された。

新端末限定のコミコミプランを提供

 今回の発表会では楽天モバイルの現状の解説や新サービスの発表に加え、2016年夏モデルとして、新たに扱う端末と一部機種限定の「コミコミプラン」が発表された。

 まず、新端末についてはすでにメーカーが国内向けに販売することを発表済みの「Huawei P9」「Huawei P9lite」「ZTE BLADE E10」のほかに、国内メーカー製として、富士通の「arrows M03」、シャープの「AQUOS mini SH-M03」が発表された。この発表のプレゼンテーションには、かつてソニーでXperiaシリーズを手がけてきた黒住吉郎氏が登壇し、関係者を驚かせた。黒住氏については本誌のバックナンバーなどを検索していただければ、思い出していただけるだろうが、Xperia Zシリーズをはじめ、Xperiaシリーズの企画を担当していた責任者であり、その後、ソフトバンクを経て、現在は楽天モバイルでチーフプロダクトオフィサーという役職に就いている。MVNO各社にはかつてメーカーや携帯電話事業者に所属した人が転職するケースは時折見かけるが、黒住氏はXperiaシリーズの顔とも言える存在だっただけに、ややインパクトが大きかった印象だ。

楽天モバイルチーフプロダクトオフィサーの黒住氏

 ラインアップ全体としては、スマートフォンが5機種ということになり、既存の機種も含め、すでに十数機種が楽天モバイルで扱われることになる。これらの内、「Huawei P9lite」「ZTE BLADE E10」「arrows M03」については、端末代金の分割払いと月々の利用料金、と5分かけ放題オプションを組み合わせ、月々1880円/2480円/2980円から利用できる「コミコミプランS/M/L」が発表された。

 このコミコミプランは既存の通話SIMとは別立ての料金プランで、ZTE BLADE E01が対象のコミコミプランSは、2GBのデータ通信量で、1年目が月額1880円、2年目が2980円という構成になっている。2年間の総支払額は5万8320円だが、ZTE BLADE E01の一括購入価格の1万2800円、5分かけ放題オプションの月額850円の24カ月分の2万400円を差し引くと、2万5120円になり、これを24カ月で割った1046円が実質的な月額料金という計算になる。通話SIMの3.1GBプランが月額1600円であることを考慮すると、容量あたりの単価はほぼ同等だが、ライトユーザーには負担が少なく、入りやすいプランと言えそうだ。ただし、コミコミプランは24カ月が最低利用期間で、24カ月未満で解約すると、1万2000円の違約金を請求されるので、その点は留意する必要がある。もっとも既存の通話SIMも12カ月の最低利用期間が設定され、早期解約時は9800円の違約金を請求されるため、コミコミプランでは実質的な月額利用料金を下げる代わりに、最低利用期間を長く取り、違約金も高めに設定したという見方もできる。

 ちなみに、質疑応答では24カ月の最低利用期間の設定について、「MNO各社が2年の拘束がない契約を打ち出してきているのに、逆行しているのではないか」という指摘があったが、ユーザーの最低利用期間を設定し、料金を割り引く契約形態は、MNOにせよ、MVNOにせよ、計画的な設備投資に必要とされており、それほど問題にすることでもないだろう。

楽天モバイルの次なる一手に期待

 これまでMVNOというと、当初はSIMカードのみを提供するサービスが注目され、割安なデータ通信料や通信速度ばかりが比較されてきた。昨年あたりからはSIMフリー端末が増えてきたことで、少しずつ音声通話を含んだ料金プランも注目されるようになり、今年に入ってからはMNO各社の「0円端末規制」の影響などもあり、自分が普段利用する回線をMVNO各社に乗り換えるユーザーも徐々に増えてきたという印象だ。

 今回、楽天モバイルは同社サービスの現状を説明し、新サービス、新端末、新プランなどを発表した。この発表内容を見てもわかるように、楽天モバイルは他のMVNO各社とは少し違ったポジションを狙っている印象だ。他のMVNO各社が料金の割安感を中心に訴求しているのに対し、楽天モバイルは端末ラインアップを揃え、ポイントサービスを拡充し、リアル店舗を充実させることなどで、ユーザーのタッチポイントも増やそうとしている。MVNOサービスの弱点と言われた音声通話についても5分かけ放題オプションの追加で成果を上げ、「あんしんリモートサポート」でスマートフォンがはじめてのユーザーもしっかりとフォローしようと取り組んでいる。発表会では楽天 副社長執行役員の平井康文氏が「格安でも大手キャリアでもない、まったく新しいサービスを目指す」と話していたが、着実にMNO各社とMVNO各社の中間的なポジションを固めつつあるように見える。

 ただ、楽天モバイルが今後、MVNOの市場で伸びていくためには、他にも検討しなければならない項目がありそうだ。たとえば、今回のプレゼンテーションではシニア層の反応の良さが紹介されていたが、発表後の囲み取材で平井氏が「より密着した支援が必要」と述べていたように、シニア向けスマートフォン教室などにも積極的に取り組み、広く周知していく必要があるだろう。また、端末も現状はスマートフォン、タブレット、ノートパソコン、モバイルWi-Fiルーターがラインアップされているが、シニア層を対象にするのであれば、他社が取り組んでいるようなAndroid搭載のフィーチャーフォンなども必要だろうし、楽天モバイルとしての特色を出すのであれば、楽天モバイルのみで扱われる端末も求められるようになってくるだろう。今年は昨年以上に、MVNO各社の争いが激しくなってくることが予想されるが、楽天モバイルの次なる一手に期待したい。

法林岳之

1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows 8.1」「できるポケット docomo AQUOS PHONE ZETA SH-06E スマートに使いこなす基本&活用ワザ 150」「できるポケット+ GALAXY Note 3 SC-01F」「できるポケット docomo iPhone 5s/5c 基本&活用ワザ 完全ガイド」「できるポケット au iPhone 5s/5c 基本&活用ワザ 完全ガイド」「できるポケット+ G2 L-01F」(インプレスジャパン)など、著書も多数。ホームページはこちらImpress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。