レビュー
KDDIとベイスターズによる「バーチャルハマスタ」をVRで体験してみた
2020年8月14日 06:00
8月11日、プロ野球チームの横浜DeNAベイスターズとKDDIは、VR空間内で実際のプロ野球の試合中継を行う「バーチャルハマスタ」の無料トライアルを実施した。ベイスターズのホーム球場である横浜スタジアム(通称ハマスタ)を仮想空間内に再現し、ほかのファンと一緒に試合観戦を楽しもうという企画だ。
昨年発表されたKDDIと横浜DeNAベイスターズの協業による成果のひとつとなる。単発イベントではなく、いちおう商用化に向けた無料トライアルという形式で、今回だけでなく、9月にも開催される予定のようだ。
筆者は、曽祖父の代からのベイスターズファン(曽祖父時代は大洋ホエールズだが)であり、なおかつ、毎日1時間以上、VRヘッドセットを着用するようなVRプレーヤーでもある。つまりこのバーチャルハマスタ、筆者を狙い撃ちしているかのようなイベントなのである。
今回はそんな筆者がバーチャルハマスタをガッツリ体験したので、ベイスターズファンとVRプレーヤーの両方の視点からレポートする。
イベントの概要と背景
まずバーチャルハマスタの概要を解説しよう。
今回のイベントは横浜DeNAベイスターズとKDDIが共同で、無料トライアルという形で行われた。
ユーザーに提供されるのは5Gテクノロジーを活かした新しい野球観戦スタイル……と言いたいところだが、現在のところは、5G以前にモバイル回線でなくとも良い。まずは、テレビ放送などに使われる中継映像をそのままバーチャル空間内で流すだけなので、これまでの通信速度や遅延でも十分だからだ。
将来的にはたとえばグラウンド内にこれまで以上の高解像度カメラを設置するといった場合は5Gの活用に期待がかかるものの、そうした展開も今のところ未定となっている。
利用されているVRプラットフォームの「cluster」は、すでに何回かKDDI関連のイベントで利用された実績もある。イベントごとにオリジナルデザインの「ワールド」を組み上げることが可能で、今回はハマスタを仮想空間内に再現している。
「cluster」では参加者はアバターとなって仮想空間に入り、ワールド内を好きに移動したりできる。ちなみに「cluster」はVRM形式のアバターをインポートして「着る」こともできるが、今回のワールドは主催者側が用意したベイスターズユニホーム着用アバター(ホームとビジターの2種類)を利用するようになっていた。
ワールドにはほかのプレーヤーのアバターもいて、自由文のチャットコメントや「エモート」で交流することもできる。プレーヤー同士のボイスチャットは基本的にできないが、プライベートビューイングのルームを立ち上げると、ルーム内ではボイスチャットが可能となる。
「cluster」はパソコン+SteamVRのヘッドセットのVR環境以外にも、パソコンの通常のディスプレイやスマートフォンからも利用できる。
試合映像をバーチャル空間で視聴
今回のイベントでは、同時刻にハマスタで行われる横浜DeNAベイスターズ対阪神タイガースの試合をリアルタイムで映像中継し、それを仮想空間で楽しめるようになっている。
中継映像自体にも実況と解説がついているのだが、イベント内ではベイスターズ芸人のインパルス堤下敦氏とベイスターズOBの荒波翔氏の2名のスペシャルゲストによる副音声トークも提供されていた。
ちなみに一般的にプロ野球では、どの球場でもホーム球団の方が有利とされるが、ベイスターズ目線でいうとハマスタでの対阪神戦の勝率は異常に低く、ここ数年は3割を切っている。阪神戦でイベントが行われると発表されたとき、筆者は「そういえばケータイ Watch編集長は阪神ファン……もしや!?」などと考えてしまったくらいだ。
もっとも今シーズンはそこまで極端ではなく、ここ最近のベイスターズは連勝を重ねて単独2位に浮上と絶好調で、前日の同カードの試合もベイスターズが勝利しているなど、ファンなら見逃せないゲームとなっていた。とはいえ、バーチャルハマスタが実施された8月11日の試合結果は……まぁ、えっと、お察しください。
バーチャルハマスタは再現度満点、VRならかなりの臨場感!
さて、ここからはバーチャルハマスタの体験をレポートしていきたい。今回筆者はゲーミングパソコンとHTC VIVE Cosmos Eliteの組み合わせでバーチャルハマスタに参加した。
途中、食事休憩で20分ほどVRヘッドセットを外し、iPadで接続したが、それ以外はVRヘッドセットを着用しっぱなしで参加した。
ハマスタへの入場
バーチャルハマスタは3つのエリアから構成されている。
ワールドに接続すると、ハマスタの目の前、関内駅から横浜公園に入ったところにアバターが現れる。
土地勘がない人にはさっぱりだろうが、球場に何回も行っているファンなら、すぐにわかる場所だ。道路の向かい側の高架にはたまにJR根岸線らしきものが走っていたりと、なかなかに芸が細かい。
屋外エリアからコンコースエリアへは、今シーズンから共用が開始される新設のレフトウィング席のエントランスから入る。
内野席側エントランスに向かうための長いスロープは、バーチャルハマスタでは閉鎖されていた。もっとも、筆者も今年はまだハマスタに行っていないので、最新の導線がどうなっているのか分かっていないのだが。
おなじみの球場内店舗も
エントランスはレフトウィング席だが、入ってみるとそこは内野席のコンコースになっている。
再現されているコンコースは1フロアのみ、それもほんの一部だけだが、ハマスタの構造や売店など、かなり忠実に再現されている。
実際のハマスタでも、コンコースでは試合の中継映像が流されているが、バーチャルハマスタでも映像(こちらはリアルタイム中継ではなく録画)が流れている。
コンコース内の売店を細かく見ると、某シウマイ屋など他社の商標はなかったが、「ベイカラ」や「ベイメンチ」といったベイスターズオリジナルの売店は存在した。
しかし筆者が毎回行っているベイスターズオリジナル醸造ビールのお店と「ベイ餃子」のお店はなかった。残念(あってもバーチャルハマスタでは買えません)。
いざグラウンド
コンコースからは11通路を通って中継会場となるグラウンドに入場する。
いつもなら11通路は内野席スタンドに通じているが、バーチャルハマスタでは1塁側のベンチに通じていて、そこから選手のようにグラウンドに登っていくことになる。
本当のベンチはコンコースの下にある関係者フロアにあり、構造的に繋がるハズはないのだが、そこはVRなので何でもありだ。
実は筆者は一度だけ、2016年6月のGalaxy Dayというサムスン協賛イベントでグラウンドに降り、始球式を取材したことがある(※関連記事)。いつもはスタンドからグラウンドを遠く見下ろすが、逆にグラウンドからスタンドを遠くに見上げるというのは、非常に新鮮かつ特殊な体験だ。
今回のイベントではVRヘッドセットを使うことで、それをかなり鮮明に擬似体験できると感じられた。それだけでなく、バッターボックスに立ってスイングしてみたり、無駄にベースランニングしてみたりと、なんでも自由に見たり体験したりできる。
球場のサイズや形状はかなり忠実に再現されている、と思われる。
アバターの身長や移動速度は現実世界の筆者とは違うので、サイズを正確に類推するのは難しいが、少なくとも違和感は感じなかった。
いろいろなものが再現されていて、たとえば特徴的なLED照明も再現されているので、ハマスタの守備でしばしば問題となる「フライがLED照明に重なって見失う」という現象も体験できる。ひとりの観客として、試合でよく目にする外野フライは、捕球して当たり前のように思えてしまうところだが、VR空間とはいえ、そのLED照明のもとでの環境を体験すると、アレを当たり前みたいに捕球するプロってホントすごい、とあらためて感じる。
コンコース同様、球場には他社の商標はなく、いつもなら球場の至る所にある広告は再現されていなかった。代わりにベイスターズ関連やau 5Gのダミーロゴが配置されているが、「球場には統一感のないデザインのさまざまな企業ロゴが並んでいる」という意識があるためか、筆者は今回やや違和感も感じてしまう。
今回はイベントということもあり、グラウンドには賑やかしのダミーのアバターや選手の巨大パネルも並んでいた。このあたりは人によって受け止めが異なるところで、楽しく感じる人もいるだろうが、筆者としてはグラウンドはもうちょっと野球をやりそうな雰囲気で作って欲しかったな、とも感じるところだ。たとえばダミーアバターは観客席配置でも良かったかもしれない。
試合の中継映像は、センターと二塁ベースの間あたりに設置された巨大スクリーンに投影される。このスクリーンは4面あるので、グラウンドのどこにいても映像が見られるようになっている。かなり巨大で、VRヘッドセットで見るとちょうど映画館の大スクリーンで見ているような感覚になる。ただ、ちょっと位置が高めなので、近づいてみようとすると、やや首が疲れる感じもした。
ちなみにバーチャルハマスタのバックスクリーンの大型ビジョンには、球場と同じ内容がリアルタイムで表示されていた。
ここにはボールカウントやスコア、打順、選手の成績などが随時表示されるので、非常に参考になるのだが、位置的に中継映像とビジョンを同時に見にくいのが若干不便に感じられた。
中央の巨大スクリーンに投影される試合の中継映像は、テレビ放送や配信に使われているのと同じものだ。おそらくTBS制作そのままのボールカウント表示や解説・実況音声を使っていると思われる。
筆者はツールを使って仮想空間内にスマホの画面を表示させ、「スポナビ」アプリのリアルタイム速報も見られるようにしていたのだが、だいたい2~3球ほど、スポナビの方が早い状態だった。映像側にやや遅延があるようだが、通常のネット中継でも1~2球程度の遅延はあるため、そこまで大きな遅延ではなかったように思える。しかしアプリの速報の方が早いので、ネタバレに注意が必要だ。また、遅延の少ない環境で視聴しているプレーヤーがclusterのコメント機能でネタバレをするケースがあり、それだけはやめてくれ、と思わされた。
試合中、ベイスターズがアウトをとったり、ホームランを打ったりすると、ド派手な演出が現れる。現実の球場でもホームランが出ると花火を打ち上げたりするが、それとは比較にならない、仮想空間ならではの演出だ。今回の試合では使われなかった演出もまだあるらしい。
試合中はイベントのトークゲストであるインパルスの堤下敦氏とベイスターズOBの荒波翔氏がアバターでバーチャルハマスタの球場に現れ、ファンと交流する場面もあった。
また、ベイスターズのマスコットのDB.スターマンも登場。こちらは今回のイベントで唯一のオリジナルアバターということもあり、ファンにもみくちゃにされていた。
現時点でも面白いが、やはり「VRならでは」の体験価値追加に期待
今回のイベント、プロ野球+VRという不思議な組み合わせだったが、VRヘッドセットがなくてもスマホなどから参加できるとあって、そこそこ参加者も多く、盛り上がっていた。コメントもイベントに対して好意的なものが多く、次回以降を期待する声も多かった。ちなみにコメントを読む限り、阪神ファンもそこそこ参加していたようだ。
今年のプロ野球は新型コロナウイルスの影響で開幕が遅れ、当初は無観客試合、現在も観客数を5000人に絞って試合が行われている(通常は3万人くらい入る)。とくにベイスターズはチケットが入手しづらくなる中、ちょうど今年、本拠地ハマスタの増築が完了して収容人数が増えていたタイミングだっただけに、この観客数制限は球団もファンも悔しい思いをしている。
そのような状況でもあるので、「実際に球場に行けなくても臨場感ある観戦体験を」というバーチャルハマスタは、非常に意義のあるものだと感じられた。また、球場に行ったことがない人にも、「行ってみたい」と思わせることにも繋げられる可能性も感じられた。
ただ、今回はまだ無料トライアルということで、いろいろと未完成さを感じる部分も少なくなかった。とくに「VRならでは」という要素が、まだまだ弱いと感じられた。
テレビやネット配信と同じ中継映像が使われていたが、これだと大画面を使ったパブリックビューイングと大差がなく、VR空間を使う意味が薄い。
やはりもっと先進的でVRならではの体験が欲しいところだ。理想を言えば「野手の動きをバーチャルハマスタ上で再現して、ファインプレーを間近で見られる」や「投球や打球をバーチャルハマスタ上で見られる」というところをやって欲しい。
技術的にはかなり難しいとは思うが、KDDI総合研究所の自由視点VR技術や投球・打球レーダーなどを使えば、まったくの夢物語とは言えないだろう。別にリアルタイムでなくても、試合後にチョイスされた打席をVR空間でリプレイできるだけでも良い。「二塁手柴田選手のファインプレーをセカンドベース上で見る」とか、「山崎康明投手のツーシームのキレをバッターボックス上で確認する」とか、VRでしかできない新しい野球の楽しみ方を期待したい。
そこまで高度なことをしなくても、全方位を撮影する全球・半球のカメラを球場に設置し、その映像をVR形式で配信するだけでも、VRならではの体験になる。
VRで視聴して球場の雰囲気を知って初めてハマスタに行こうとなる人もいるだろうし、ハマスタ常連でもいつもは買わない座席の魅力を知って席を買うということもあるだろう。
VR動画は高解像度なので、球場の様々なところに機動的にカメラを設置するには、au 5Gを使うというKDDI協業の強みも生かせる。
あとはビジネス面、どうやって商用化するかも今後の重要な課題になるだろう。
今回は無料トライアルだったが、果たしてこれを有料にしても利用者を確保できるか、広告や物販などで収益を上げられるかという問題だ。前述のようなVR空間ならではのリプレイ機能などが登場すれば、追加料金を払っても見たいという人も増えるだろうが、単なるパブリックビューイングになるなら、ニコ生やDAZNでいいや、となりかねない。
VRヘッドセットを着用しての球場の仮想体験は、ファンにとってはたまらないものだ。とくに気軽にハマスタに行けない昨今、何らかの形でバーチャルハマスタが商用化され、いつでも気軽にハマスタを仮想体験できるようになって欲しい。もちろん、実際に球場に行くことでしかできない体験はあるが、VRだからこそできる体験を加えることで、バーチャルハマスタの意義は深まっていくはず。ベイスターズファンとしてもVRプレーヤーとしても、バーチャルハマスタの今後には大いに期待したい。