ニュース

「Beyond AI 研究所」で日本はAI後進国を脱せるか? 孫正義氏と五神真氏が語る展望は

 令和2年の春に設立される予定の「Beyond AI 研究所」。遅れていると言われがちな日本のAI産業だが、今回の設立の狙いはどういったものか。ソフトバンクグループ代表の孫正義氏と東京大学 総長の五神真(ごのかみ まこと)氏が研究所設立の狙いと今後の展望を語った。

きっかけは3年前

 孫氏と五神氏が出会ったのは3年ほど前。孫正義育英財団を作ったときだった。五神氏は東大の学生が入っていたこともあり、財団と関係していた。優れた才覚を持ちながらも、それを発揮できない若者たちがいる現状を改善したいと考え、孫氏が五神氏に相談したのがきっかけだという。

左=孫正義氏 右=五神真氏

 「なぜソフトバンクと手を組むのか?」という質問に対し、五神氏は「孫さんは私と同じ年齢で……」と微笑みつつ、同年代であるがゆえに孫氏に対する先進性を感じたことを理由に挙げた。「私達(の世代)は成長とともにテクノロジーがすごく進化した。子どものころには真空管がトランジスタに置き換わり、大学を卒業する頃にはコンピューターを作って使っていた。そうした中で常に新しいことに挑戦していたのが孫氏。コラボする機会があれば面白いと思っていた」と語る。

 東大はこれまで数多くのベンチャー企業を生み出しており、キャンパス内外に合わせて100社ほどが密集しており「本郷バレー」と通称される。これについて五神氏は「そうは言っても、東大はとてもトラディショナルな組織な一面がある。そこで、新しもの好きなソフトバンクとの連携が社会に対して良いインパクトを与えるのではないかと思う」とした。

日本が返り咲くためには?

 孫氏は日本のICT産業の現状について「電子立国と言われていた頃に比べ、世界に影響を与える企業が少ない」と指摘。ものづくりを中心とした現在の日本の経済構造の中で、情報産業の存在をもっと際立たせるべきと自身の見解を語る。

 その中でも特に注目しているのがAIだと孫氏。日本では情報産業が軽視されている中で、その中でもAIについては殊更に人財も技術も企業も少ない。「そこでソフトバンクと東大が手を組み、学ぶ機会や会社を起こすチャンスを与えたい。今回は良いきっかけになるのでは」と孫氏は期待感を語る。

 AIの開発競争では現在、米中が覇権を争っている。80年代を振り返ると、当時は日米が貿易摩擦で緊迫した状況があった。しかし、現在では日本はそういった競争からは蚊帳の外に置かれている。ここに日本が今から追いつこうとすると、AIについて十分な知識を持った人もいなければ学習の場もなかったのがこれまでだ。

 これまでのような単なる基礎研究だけでは、お金には結びつかない。収益に結びつき、エコシステムとして循環しなければ、研究は続かない。東大とはそのような仕組みを一緒に作っていきたいと孫氏は語る。

 Beyond AI 研究所では、経産省主導で制定された制度、「CIP制度」が用いられる予定。企業と大学が、共同で研究開発を目的とした組織を立ち上げ、その研究結果を円滑に会社化して事業を立ち上げられるように作られた制度だ。

 東大としても、ビジネスに立ち向かわなければならない局面にある。五神氏は「国立大学なので、国から提供される資金で運営されていたが、これからは自立した経営をという文科省からの通達があった。そのためには新たな資金源が必要だ」とした上で、これからは経済価値がコトに移り変わっていく。そうした変化のタイミングで、大学が自立することも可能だろうとした。

 大学が直接、企業に出資するということはこれまでは難しかったが、CIP制度であれば可能になり、投資した分のリターンが大学に返ってくる。五神氏はこの制度を早く使ってみたいという思いもあったと語る。

本当に日本の技術は遅れているか

 Beyond AI 研究所では、物理など基礎的な研究も中核をなす。これについて五神氏は「日本の数学者や物理学者は今でも相当優秀だ。そういう人たちが直にAIに触れることで、新しいビジネスを起こしていく(ことを期待する)」とした。五神氏が総長就任当時はAIに関する講義はほとんどなかった。後にソフトバンクの協力でAIに関する講義が始まったが、当時は年間100人くらいの受講者だった。現在では1000人ほどにまでなっている」という。

 現在では、いろいろな分野でAIを活用した論文が出ており、社会課題解決に向けて企業を起こしたいという人も出てきていると五神氏。

 加えてものづくり系の優秀なエンジニアは、企業のビジネスモデルの制約を受け作りたいものが作れないことが多い。そこで大学とコラボすることで、形になればそれで起業するという構想もあるとした。

 孫氏は「想いだけがあっても上手くは行かない。軍資金が必要だ。東大でAIを学ぶ人が1000名も出てきたというのは画期的なこと。これまでの大学にはAIを教える場も教える人もいなかった。我々はそこに資金を出し、事業化の機会を提供し、その後大きく飛躍する時にもさらに支援する。SVF企業との連携などもどんどん増やせると思う」と語る。

 日本がAI後発国となってしまったのはなぜか。孫氏は次のように見解を述べた。「インターネット黎明期もそうだった。モノをとにかく作らなければ立派な企業ではないという思い込みが日本の大企業にはあった。そのためにソフトウェア関連ではどうしても後発になった」。

 しかし同時に「そうは言ってもしょうがない。行動を起こさなくてはならない過去がどうかではなく、気づいたらそこが始まりだ『Never too late』」とも。

SINET参加大学

 Beyond AI 研究所の2拠点間の通信に利用される予定の「SINET」。国の主導により整備されたものだ。高速通信が可能なこのインフラは世界的に見ると相当に有利であると五神氏。逆転のシナリオのひとつをつくれるかもしれないと語る。

 また、AIだけでは社会課題は解決できない。「AI×〇〇」というのが大事。そういう意味で扱っているデータの意味が分かる人を育てなければならない。「〇〇」についてはハイレベルなものがある。良質なデータを集めること、分析することは同じくらい大事だとした。