「モバイルプロジェクト・アワード2009」受賞者に聞く

“おトク”と“便利”を両立させた「かざすクーポン」


 開始から5年が経ち、おサイフケータイは、生活に根を張った“インフラ”になりつつある。日本マクドナルドとドコモ、The JVが展開する「かざすクーポン」も、その基盤を支えるサービスの1つだ。かざすクーポンとは、マクドナルドのクーポン券をおサイフケータイに置き換えたもので、リーダー(読み取り機)にタッチするだけで仕える手軽さが特徴。このソリューションは同社の幅広い顧客を取り込むことに成功し、アプリの利用者数は450万を突破した。8月28日には、国内全店舗への導入が完了し、新たにスタンプ機能が加わった。そこで、プロジェクトの成功の軌跡を、日本マクドナルド イーマーケティング本部上席部長でThe JV取締役COO兼務の宇井昭如氏に聞いた。

450万ユーザーを超えた最大級のおサイフケータイアプリ

1400万人の会員を誇るマクドナルドのケータイサイト

 日本マクドナルドは、早くからケータイを活用したマーケティングに取り組み、2002年には、サイトからハッピーセットのプレゼントに応募するというキャンペーンを行っていた。この試みで「BtoCビジネスにとっては、PCよりモバイルの方が、親和性が高い」(宇井氏)という感触をつかみ、2003年には、常設サイトとして本格的なマクドナルドのモバイルサイトを開設した。6年が経過し、サイトの会員数は現在1400万人を超える。

 このサービスをおサイフケータイに発展させたのが、2008年5月に始まったかざすクーポンだ。割引を受けるには、アプリを起動し利用するクーポンを選び、店舗に設置されたリーダーにかざせばよい。おサイフケータイならリーダーとPOSレジが連動するため、タッチだけですぐに注文が完了する。クーポンが本来持つお得さに、おサイフケータイで手軽さ加わったというわけだ。こうした点が受け、ユーザー数はわずか1年強で450万を突破。「導入が早かった福岡でアンケートを取ったところ、非常に便利、本当に楽という意見が多かった」(宇井氏)と、店舗を訪れる客の評価が高いこともうかがえる。また、おサイフケータイの活用は、店舗側の効率化にも貢献する。

 「複数人分注文すると、かなりの時間短縮になる。クーポンをかざすだけなので、クルー(店員)がレジを触る回数も減り、効率がいい。iDやEdyもお札で支払う際の『1万円入ります』という作業を減らすことにつながる」(同氏)という。

老若男女が幅広く使う「かざすクーポン」の工夫

The JV取締役COO、宇井昭如氏

 年間で「のべ15億人が利用する」(宇井氏)というマクドナルドだけに、ユーザーの層も非常に幅が広い。一般的なサービスの場合、ヘビーユーザーは10~20代前半に集中する傾向にある中、かざすクーポンは「20代よりも30代の方が普及率は高い」(同氏)そうだ。

 その反面、乗り越えるべき壁も高かった。母集団が大きいだけに、初めておサイフケータイを使うユーザーも多い。そこで、「電話、メールとたまにウェブを使うぐらいの慣れていない人をターゲットに、徹底して複雑なものをNGにした」(同氏)。この言葉どおり、アプリの機能は最小限に絞り込んだ。

「“多いと複雑、少ないと簡単”ということで、とにかくボタンの数を減らした。色々と乗せたくなるが、クーポンを普及させるのが目的。いらない機能はとにかく削っていった。そこから、色をつけるときに楽しくしていけばいい」(同氏)

 アプリの画面を見れば分かるように、スタンプ機能が追加された今でも、メニューはわずか5つ。「クーポンを選ぶ」と「選んだクーポン」のアイコンが大きく、何をするアプリなのかが非常に分かりやすい。アプリ未体験のユーザーでも、直感的に利用できるはずだ。

 一方、「クルーは現役で16万人いて、高校生から主婦の方、70~80歳の方まで幅広い」(同氏)というように、客だけでなくスタッフの幅も広い。そこで、運用に支障をきたさないようプロの俳優を使い操作方法を丁寧に解説したDVDを制作した。

「文章や絵だけで示すのは非常に大変だが、かざす様子は映像で見れば分かりやすい。最初の1~2週間は少し混乱したが、その後は上手くいっている。成功要因はDVDを作ったところにある」(同氏)

 年間利用客がのべ15億人だけに、1人辺りの利用回数も多い。そのため、「使う人はどんどん頻度が上がっていき、お互いが慣れる」(同氏)という効果も生まれた。マクドナルドの店舗でスムーズにおサイフケータイを利用できるのには、このような仕掛けがあったのだ。さらに、昨年の秋冬からはドコモ端末に、春からはソフトバンク端末に、かざすクーポンのプリンインストールを始めた。「プリインストールの端末はまだまだ少ないので、ダウンロードの方が多い」(同氏)というが、標準搭載が普及を後押しすることは確実だ。

クーポンを選んでセットするだけの簡単さが特徴クーポンは毎週自動的に更新される仕組み

アプリ、店舗ともに利便性の追求は続く

クーポンをセットして店頭でタッチする
9月4日からスタンプ機能が加わった

 「ユーザーは増やせるだけ増やしたい」(宇井氏)というだけに、かざすクーポンの進化はまだまだ続く。

「レンタルビデオ店などと違い会員証があるわけではないので、通常は顧客ごとの購買履歴は取得できないが、かざすクーポンの導入によって一部ではあるがカスタマーの購買履歴が取得できるようになった。購買履歴を分析すれば、新しいサービスの開発などのきっかけがつかめると思う」(同氏)

 先に述べたように、8月にはスタンプ機能が加わった。これによって、「一定数の商品の購入に対して、ディスカウントやデジタルコンテンツの権利を付与できる」(同氏)という。着うたやゲーム、待受画面と、デジタルアイテムが価値を持つケータイだけに、さまざまな試みが期待できそうだ。また、宇井氏は将来的な検討事項として「アプリ内でのオーダー」を挙げる。

「例えば、ナゲットのクーポンをかざすとソースの味を聞かれる。セットのドリンクも口頭で伝えなければならい。それをケータイで全部設定でき、ドンと置くだけで注文が済むような仕組みが構想としてある」

 店舗に関しても実験を進める。10月からは、鹿児島の10店舗で、ドライブスルーのオーダーボードにリーダーを設置する予定だ。目的は、ドライブスルーの効率向上にある。

「リーダーは熱に弱いので、あえて日差しが強く、環境的に厳しいところから始める。ドライブスルーは時間と場所によっては非常に混雑しており、それが課題となっていた。今まではマイクでしゃべらなければ注文できなかったが、これがあればかざすだけでよくなるので、混雑をテクノロジーで解消できる可能性がある」(同氏)

 先に挙げた、ケータイ内オーダーが実現し、ドライブスルーと組み合わせることができれば、注文から受け取りまでが今よりはるかにスムーズになりそうだ。

 マクドナルドは全世界を舞台にする企業だけに、おサイフケータイの国際展開にも一役買うかもしれない。今はまだ「日本だけケータイの進化が突出して進んでいるので、海外のマクドナルドに日本の現状を説明するのが難しい(笑)」(同氏)という状況だが、特にアジアなどからの問い合わせは多いという。

 とは言え、おサイフケータイを使ったクーポンはまだまだ始まったばかり。先駆者であるマクドナルドから、どこまで他の企業に波及するかは未知数だ。宇井氏は「マクドナルド1社だけでやっていても文化にはならないと思う」と話す。効果的な取り組みだけに、「まったくの異業種にも参入してほしい」(同氏)というのが本音だ。かざすクーポンの成功が、こうした動きを加速させる起爆剤になることを期待したい。



(石野 純也)

2009/9/8 11:00