インタビュー
「使い放題」なモバイルルーターの仕組みとは――ゼウスWiFiとuCloudlinkに聞く
2020年5月20日 10:00
通信量が無制限、使い放題をうたうモバイルWi-Fiルーターのサービスが国内でいくつか登場している。
そうした中のひとつ、「ZEUS(ゼウス) WiFi」は、今春、サービスを開始したばかりの事業者だ。同社によればMVNOとしてドコモ回線を調達しつつ、あわせてクラウドSIMのuCloudlinkの仕組みを活用している。
「ゼウスWiFi」は、新型コロナウイルス感染症の影響で現在、新規ユーザーへの端末配送を一時停止している。その背景を含め、「使い放題」実現の仕組みや運用体制について、ゼウスWiFiを手掛けるHuman Investment(以下、ヒューマン)の板垣瑞樹代表取締役社長と、uCloudlink Japan取締役の郁星星氏に聞いた。
ゼウスWiFiが利用する回線
板垣氏によれば、ゼウスWiFiの端末には、uCloudlinkの「シードSIM」と呼ばれるSIMカードが1枚入っている。
これは、uCloudlinkのクラウドSIM対応機種では従来から採用されている仕組み。uCloudlinkはこれまで「SIMバンク」と呼ばれるサーバー装置に、世界各地のSIMカードを装着し、そのSIMカードの契約に基づく通信サービスを提供している。SIMがクラウドサーバーにあることから“クラウドSIM”としており、その仕組みは、ゼウスWiFiでも活用されている。
またゼウスWiFiで用いる回線は、クラウドSIMだけではなく、NTTドコモの回線もある。これは、NTTPCコミュニケーションズのMVNO支援サービスを用いて、ヒューマンがMVNOとなって調達したもの。その上で、クラウドSIMとドコモ回線を、uCloudlinkのソリューション上で組み合わせているのだという。
板垣氏は「わかりやすく言えば、クラウドSIMとMVNOとして調達する回線で用意した帯域を、当社のユーザーさん同士で共有する、いわばデータシェアを実現している」と説明する。
利用動向を常にチェック、運用で「使い放題」に
これまで本誌の取材のなかでは、クラウドSIMとMVNOとして調達した回線の組み合わせは例がない。
しかし、そうした組み合わせだからといって、月額2980円(税抜/以下同、7カ月目以降3280円)という料金体系で、「使い放題」を実現するのは難しいのではないか――。
そんな疑問に板垣氏は、ゼウスWiFiは自社でトラフィック(通信量)を常に監視・運用していることが背景にある、と語る。
同氏によれば、uCloudlinkのプラットフォームにおいて、ユーザーの通信量をモニタリングできるインターフェイスが用意されており、ヒューマンのスタッフがその動向を常にウォッチ。運用ポリシーに基づき、適宜、通信速度を制御し、全体のトラフィックのボリュームをコントロールするのだという。
つまり、限りある容量を、使い方の異なるユーザー同士を組み合わせることで使い放題を実現させていることになる。大手携帯会社の使い放題と比べて安い分、通信量が多いユーザーは通信速度が制御される。
サービス開始から間もないため、通信速度の制限基準は、まだ定まっていない。今後、明確な基準を定めるようになればその基準は開示されることになりそうだ。
uCloudlinkが語る日本での事例
4月上旬、uCloudlinkは、「日本マーケットにおける一部代理店のローカル通信障害問題について」と題する文書を日本法人のWebサイトで公開した。
これは同社の代理店(クラウドSIMを利用した通信サービスを提供する企業)において通信障害が発生したことを受けて発表したもの。クラウドSIMや端末自体は問題なく稼働していた、という主張で、通信障害の原因ではないというものだ。
郁氏によれば、新型コロナウイルス感染症の影響はあるものの、深センのチームを含めてuCloudlink側は問題なく稼働する体制にあった。
クラウドSIMはマルチキャリア対応で、クラウドSIMを利用する事業者がそれぞれ必要に応じてSIMカード(通信回線)を調達する。
ここでもし、特定の通信回線(MNOの回線)だけを調達していると、何かトラブルが発生した場合、回復が難しくなる可能性がある、と郁氏は指摘する。運用ポリシーに関わる部分で、uCloudlinkの立場では関与できないが、4月上旬にuCloudlinkが声明を出した事業者の背景には、ローカルSIMの調達問題があったと見られる。
通信事業は未経験、ユーザーの立場から起業へ
単なる通信回線の再販ではなく、自社でトラフィックを監視する体制を構築したというヒューマン。
これまでヒューマンでは、通信回線の販売代理店事業を10年ほど手掛けてきた。広い意味では同じ通信業界だが、販売代理と通信事業は大きく違う。
代表の板垣氏は、もともと海外渡航時に、クラウドSIMのユーザーだったという。実際に使ってみて、ユーザーにとって利便性が高いサービスであり、日本国内で活用した自社サービスを手掛けることはヒューマンにとって大きなチャンスになると考え、通信事業への参入を決めた。そこでuCloudlinkと協議を1年ほど重ね、体制を構築し、2020年春、サービス開始にこぎつけた。
uCloudlinkの郁氏によれば、いわばSaaSとして同社のトラフィック管理プラットフォームを提供している。ただ、それを利用する事業者によって求める機能がそれぞれ異なり、細かくカスタマイズしているようだ。これは事業者ごとに、どんな通信サービスを提供するのか、方針や運用目的が異なるため。
ちなみにゼウスWiFi向けのデバイスはオリジナルのもの。同じように外観から中身まですべてカスタマイズしている事業者はゼウスWiFiがグローバルで2社目。日本国内では初めてだという。
板垣氏は「スタートから手探りで進めてきた。当社サービスのターゲット層の属性を検討し、どう提供するのがベストか、さまざまなパターンを分析して、試行錯誤してきた。そこには、uCloudlinkのサポートがあった」と語る。
「割安で不便なく使えるサービスに」
「使い放題」と聞いて、みなさんはどんなサービス品質を想像するだろうか。
そうしたユーザーの期待と、実際にサービスを提供する側(本稿ではゼウスWiFi)との思惑にはギャップがどうしても生まれる。
そこでヒューマンが心がけているのは、体感上は問題なく使えるサービスという方針だ。
板垣氏は「当社は、いわば航空会社におけるLCCのような存在です。すでに高品質なサービスとして大手の携帯電話会社さんのサービスがあります。ゼウスWiFiは高品質よりも“中品質”なサービスを提供したい」と説明する。
ゼウスWiFiに通信量の制限はない。しかし「中品質」で「使い放題」を実現するため、一定のトラフィックになったユーザーの通信は制御され、速度が抑えられる。
一方、冒頭で触れた通り、4月下旬からゼウスWiFiは新規ユーザー向けの端末送付を停止中だ。板垣氏は「新型コロナウイルス感染症の影響で、もともと予定していた帯域のSIMカード調達が遅れている」と説明。今後、1カ月~2カ月程度で通常運転に戻す見通しだという。
板垣氏は「サービス開始から1カ月強で、事前の想定と比べ、徐々に使われていない時間帯、帯域に余裕のある時間帯がわかってきており、次の展開を考えています」と説明。新たな料金プランの設計などを視野に入れていくという。