インタビュー
ドコモ「カードケータイ」誕生秘話をとことん聞く
電子ペーパー採用の経緯、ドコモの開発姿勢は?
2018年11月12日 15:01
NTTドコモから11月下旬、名刺サイズで電子ペーパーディスプレイを搭載するフィーチャーフォン「カードケータイ KY-01L」が登場する。
11月3日に始まった事前予約は、担当者の予想を超える規模で推移しているという。スマートフォン全盛の今、なぜシンプルな機能に絞った「カードケータイ」が生まれたのか。
NTTドコモのプロダクト部で、「カードケータイ」の商品企画に携わった、村上智彦氏(プロダクト企画担当)、只松明洋氏(第一商品企画担当主査)、上田誠氏(プロダクト企画担当課長)に、その全てを聞いた。
ターゲット層を超えた反響
――10月17日の発表会では、取材陣から高い注目を集めていましたね。そうした反響は予想通りでしたか?
村上氏
もともと「カードケータイ」は、20代~40代のいわゆる“高感度層”をメインターゲットにした機種なんです。そういう意味では発表会でのメディアの方々は高感度層が多いのかなと。
お客さまの立場に近いドコモショップのスタッフに見せる機会があると、やはり高感度な方には響いているようです。一方で、興味のない方にはそうでもない。予測通りですね。
只松氏
個人的には予想以上の反響だと感じています。端末開発に長く携わってきましたが、ここまでのものはあまり経験がありません。
村上氏
意外と女性にもウケはいいんです。コンパクトでカワイイといった評価をいただいています。
只松氏
小型のカードタイプにある程度のニーズがあるだろうと思っていましたが、そのニーズは予想以上の大きさですね。
スマホ時代の今だから生まれたニーズ
――そもそもの開発のきっかけから教えてください。
村上氏
もともと小型の端末に対する要望は、結構な数が寄せられていました。今、携帯電話の主流であるスマートフォンは、年々大型化しています。ディスプレイが大きくなり、バッテリーも大容量になってきた。
そこに「持ち歩くのが重い」「機能はそこまで要らない」といった声はずっとあった。じゃあ、小さいのを作りますか、という話になって。
――「じゃあ作りますか」と聞くと、軽いノリのように思えますね(笑)。それって、いつ頃のお話ですか?
村上氏
2016年~2017年頃でしょうか。「カードケータイ」の源流になる小型薄型の試作機の開発を始めたのは2016年末頃でしたね。
――試作機の製作にもコストはかかると思いますが、その頃から、ある程度ゴーサインが出ていたのですか?
村上氏
もともと当社のプロダクト企画担当は、試作も含め、新規性のある商品や、スマートフォンと親和性のある商品を新たに生み出そうとしています。試作機を作り、ニーズがあれば商用化を目指すという形です。
「小型軽量」というゴール
――なるほど、試作機の製作は普段の業務内容というわけですね。企画のリードは村上さんですか?
上田氏
そうです。村上のチームで担当しましたね。
村上氏
はい、小さくて薄くて軽い端末を実現させるため、削り出しなどを含め、モックアップでさまざまなタイプを作りました。中に“臓物”(部品)を詰めていくとどれくらいの重さになるのか、といった検証を重ねました。
一方で、スペックも詰めていきます。「シンプルな機能にしよう」「通話に特化するならVoLTEじゃないと意味がない」「駆動時間もこれくらい欲しい」――といった形です。
――ブレインストーミングのような段階を経て、ゴールの姿を決めていく。
村上氏
試作する段階では葛藤の連続でした。たとえばバッテリーひとつとっても、どこでバランスを取るのか。駆動時間を長くしようとして、バッテリーを大型化すると、どれくらい重く、厚くなるのか。
また、ディスプレイでも液晶や有機ELはどうなのか検討しましたね。
電子ペーパーを採用した理由
――「カードケータイ」は電子ペーパーを採用していますが、開発時には液晶ディスプレイや有機ELディスプレイの採用も検討されたんですね。
村上氏
はい、薄くてフルカラー、そして電池も保つなら言うことなしです。でも、たとえば液晶ディスプレイではバックライトが必要です。有機ELもそれなりにバッテリーを消費する。どちらも部材としての厚みもある。
この頃には、薄さ5mm(製品版は5.3mm)、重さが50g前後(同47g)という数値上の目標も定まっていました。液晶や有機ELでは厳しいことが見えてきた中で、メモリ液晶の検討なども含めて試行錯誤の末、電子ペーパーに行き着いたんです。
もちろん電子ペーパーは、モノクロですし、操作時には表示の切り替え(書換)にともなうレスポンスの時間がかかる。そのあたりが果たして受け入れられるかという懸念はありましたが、当初からの目標であるカードサイズの小型軽量端末に向けて採用を決めました。
厚みは最終的に5.3mmになりました。これはバッテリーとの関係によるものです。もっと薄くして、面積を広くするという選択肢もあったのですが、そうなると無線特性に影響が出ることがわかったので断念しました。
魅力を超えた“魔力”を
只松氏
日頃から「なんだこれは」と思ってもらえる商品、思わず手に取ってしまう商品を開発したいと考えています。部内では「魅力よりも“魔力”のあるデバイス」なんて言い方をしています。
村上氏
冒頭の反響を踏まえると、「カードケータイ」はある種の“魔力”を備えることができたのかな、とも思っています。電子ペーパーを採用することで、液晶や有機ELとは異なるニュアンス、風合いになったと思うんです。マットな印象を与える仕上がりと言いますか。
電子ペーパーを採用するにあたり、ボディとディスプレイの境目がわからないくらい一体化することを目指しました。そこで電子ペーパーディスプレイの黒い色にあわせてボディカラーを調整していったんですよ。そうすると、まるで文字がボディから浮き上がってくるかのような感覚を味わえます。
一見すると黒い板。触ってみると実際に動く。あ、モックアップじゃなかったんだ、とそこで驚いていただける。それで通話までできちゃうわけです。
――なるほど、まさに「魔力」で引きつけて驚きを与えるわけですね。電子ペーパーにせざるを得なかったものの、それをきっちり活用できたと。
あきらめたのはおサイフケータイ
――ここまでのエピソードを踏まえると「カードケータイ」は、当初からのコンセプトである「小型」「薄型」というゴールをきちんと達成したように思えます。あきらめた要素はありませんでしたか?
村上氏
それは……NFC、FeliCaですね。「カード」と名乗れば決済系を連想されると思うんです。本当は載せたかった。
ムリすれば入るかな? と思ったこともありましたが、厚みが増えることになりますし、専用アプリを開発する必要があって準備が追いつかない。断念することにしました。
只松氏
一番大きなニーズは「小型」で通話できること。まずそこに忠実な商品をリリースする。そしてフィードバックを頂戴したい、そう考えました。
――確かに成功のためにはシンプルなゴールにすべきですね。
村上氏
あれもこれもと考えると、たとえばGPSも導入したいと考えてしまう。しかし今回の「カードケータイ」は、ちょっと買い物へ出かけるときに手元にある一台、あるいは通話やちょっとしたWebブラウジングはできるけど、軽くて持ち運びやすい一台です。
たとえば地図でナビゲーションといった多機能なことが足し算されれば、それはそれで良いでしょう。でも原点は薄く、軽く、シンプルに。
「カードケータイ」の売れ行き次第でニーズがあれば、今後、また考えたいですね。
電子ペーパーならではの活用法
――たとえばカードケータイでコード決済の「d払い」を利用する、なんて使い方はいかがですか? もちろん明るい場所での利用になりますが……。
村上氏
d払い自体の検証はしていないのですが、「カードケータイ」の電子ペーパーディスプレイにQRコードを表示させて読み取れるか、といった検証はしました。紙と同等の高コントラストかつ高精細ですので、QRコードが小さくても読み取れます。
――何かしら専用アプリを「カードケータイ」向けに追加されることは……?
村上氏
法人需要など、一定の台数が見込めるならカスタマイズという対応はできるでしょうが、一般に向けてというのは現時点で考えていません。
上田氏
ただ、ブラウザを搭載していますので、ちょっとしたWebアプリならご利用いただけるかもしれません。
只松氏
ガイドライン作ります?(笑)
――ハッカソンとか開催したくなりますね。
村上氏
JavaScriptには対応しています。作ろうと思えば作れると思いますが、「カードケータイ」のブラウザはいわば簡易のWebビューワーです。ブラウザと言うと、今どきのスマートフォンと同等のものをご期待されるかもしれませんが、そこまでのものではありません。
株価や天気予報、最新ニュースを空き時間にちょっと楽しむといった程度の使い方を想定したもので、バリバリ使うといったものではないんですよね。動画や音声も再生できません。
只松氏
使い勝手についてはご意見をいただく部分があると思いますが、たとえば既にドコモメールのアカウントをお持ちであれば、「カードケータイ」でもドコモメールのWeb版からメールの読み書きができます。
京セラとの開発
――「カードケータイ」の製造メーカーは京セラさんですね。「ドコモの端末を京セラが手がける」という座組はずいぶん久しぶりで、ちょっと話題を集めた部分でもあります。ほぼ初めてといっていいパートナーと、チームを作り上げていくのはなかなか難しいことだったのでは?
只松氏
確かに私たちと、京セラさんとの間で、ギャップがなかったかというと、そうではありません。ドコモから仕様を出す形になりましたが、実装も初めてで、解釈に違いもあったりしました。そうしたギャップを短期間で埋めていきましたね。
村上氏
試作段階は、いわば見せ球です。機能が動いてそれなりの品質でも良い。しかし商品としてお客さまへ提供する品質となると、無線系や衝撃耐性、温度、湿度など当社なりの基準をクリアする必要があります。中には、グローバルな基準よりも厳しいものがある。カードケータイのクオリティは、京セラさんの協力なしには実現しえなかったものです。
商品開発の姿勢を変えた
只松氏
その一方で、実は今回、そうした規定面で私たち自身の考え方を変えています。これまではかなり細かく規定してきたのですが、短期間の開発であったこと、「カードケータイ」の機能を絞り込んでいることから規定を最低限にしようと。
村上氏
「カードケータイ」は機能が限られたシンプルなフィーチャーフォンです。しかし開発に向けた考え方は最新版と言えます。
――なるほど。そうした新たな姿勢は、今後の商品開発にも継承されそうでしょうか。
上田氏
規定を絞るといっても、品質を落としているわけではありません。そこは維持したまま、確認事項をどこまでブラッシュアップできるかということに挑んだわけです。
「カードケータイ」は、いわば特殊な端末です。それゆえに考え方を変えたわけですが、端末にはいろんな形があり得ます。ニーズにあわせて対応していきたいですし、そのときの商品の基準は臨機応変にしたいですね。そうすることで、よりタイムリーに商品をご提供できますから。
ドコモはどうして「ヘンなケータイ」を作り続けられるのか
――ちょっと話題は変わるのですが、今の考え方の変化にも関わりそうなところとして、ドコモの商品ラインアップの開発環境についても教えて欲しいです。たとえば少し前には、2画面スマートフォンがありました。今回は「カードケータイ」と「ワンナンバーフォン」が用意されています。“ヘンなスマホ/ケータイ”を提供し続けられる背景に、プロダクト部として、もともとそういった気風があるのでしょうか?
上田氏
そのあたりは、実は昔から変わっていないつもりなんです。王道のラインアップであるスマートフォンだけではなく、ニーズにあわせた端末を提供していく。プロダクト部としてもイノベーションをいかに生み出すかということは大切にしています。そのひとつが「カードケータイ」でした。二の矢、三の矢ももちろん続けていきたいですね。
――なるほど。ちなみに「カードケータイ」と時を同じくして、他キャリアからはデザインに特化するフィーチャーフォンとしてauから「INFOBAR xv」が登場しています。
村上氏
auさんの取り組みと「カードケータイ」のタイミングが近かったのは、偶然だと思います。ただ、やはり背景として、お客さまから似たニーズを受け止めておられたのかもしれませんね。私たちの考え方や取り組みは間違っていないのかなと自信に繋がります。
業界全体としても、スマートフォンとは別の潮流として、コンパクトで薄い端末という流れができるのかもしれません。そのきっかけのひとつになれれば嬉しいですね。
――カードケータイの今後についても教えてください。たとえば関連アクセサリーのようなものはどうなりますか?
村上氏
ドコモとしての取り組みは未定ですが、発表後、いくつか「作りたい」というご相談はいただいています。ストラップのようなものや名刺入れのようなケースですとか。
――本体にもストラップホールがありますし、雰囲気にあわせたサードパーティー製品を期待したくなりますね。11月下旬に発売が迫っているわけですが、予約は好調とか。「プロジェクトとしては成功」と捉えるのは気が早いですか?
上田氏
まだまだ成功と言うには早いです。実際にお客さまの手に渡ってからです。自信を持ってご提供しますが期待半分、不安半分というのが今の正直な気持ちです。
只松氏
どうしても欲しい方は予約をお勧めしている状況ですが、成功とみなすかどうかは……個人的にはニーズに対して、どれくらい反応していただけるか、といった考え方をしています。たとえば事前の予想を超える販売数になれば、それはヒットしたと言えるのかな、と。
村上氏
(取材時の11月8日時点では)まだ店頭にもモックアップが徐々に広がっている段階です。11月3日から予約を開始したのですが、すぐ予約していただいた方は、本当に一回も手にされていないのに、メディアさんの記事などを目にしただけで購入を決めたということですよね。いわば「カードケータイ」の魔力だけでそうしていただけたのは嬉しいです。
――これからのユーザーの反響が楽しみですね。ありがとうございました。
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