【Mobile World Congress 2018】
KDDI田中社長インタビュー
「就任から充実の7年。今は音声デバイスに注目」
2018年2月25日 22:25
2月26日からスペイン・バルセロナで開催されるMobile World Congress(MWC) 2018。会期直前に、KDDIの田中孝司社長にお話を伺うことができた。田中氏は世界の携帯電話事業者を中心とした業界団体「GSMA」のボードメンバーも務めている。
――今年1月の決算会見の直後に、4月に代表取締役社長を退き、社長を交代されることを発表されましたが、この7年間を振り返って、いかがでしたか?
田中氏
そうですね。全体的に見れば、いい時代だったんじゃないですか。最初は3.11の東日本大震災が起きたときだったので、大変でしたけど、3M戦略もうまく当たって、スマホで会社も成長したし、4G LTEの時代もいい感じで終わることができた。
――社長就任当時に思い描かれていたことはひと通りやり切った感じですか?
田中氏
地震のことは別にして考えると、当社は少し遅れていましたけど、スマホが立ち上がってくる時代でしたし、いろいろな意味でビジネスモデルも変わりつつあったので、いろんなことができて、楽しかったと思いますよ。
――ご自身で評価するのは難しいかもしれませんが、一番の功績は何だとお考えですか?
田中氏
功績(笑)? まあ、業績を上げるのは社長の務めですし、もう一つは次の時代へのトランジション(切り替え)というか、サクセッション(継承)で、これもバレずにうまくできたと思ってますよ。
――田中社長が就任した当時、まだiPhoneを採用する前の段階で、スマートフォンはISシリーズなどを発売されて、試行錯誤が続いているときでしたね。
田中氏
そうですね。ビジネスモデルも変わるタイミングでしたし、ネットワークは3Gから4Gに移行するときでした。端末もフィーチャーフォンからスマートフォンへ移行する時期でした。また、ボクらが光回線などのブロードバンド回線とのバンドル(セット割)をはじめましたけど、スマートバリューもうまく行ったし、タッチポイントを失ったスマホの垂直モデルがスマートパスでそれなりに展開できたのは大きかったかなと思います。湯野さん(※本誌編集長)と富士スピードウェイ(SUPER GT)にも何度も行きましたし(笑)。
――あれはあれで、今後も続けていただきたいですね(笑)。
田中氏
もちろん、続けますよ(笑)。応援してくださいね。
「素」の通信だけでは立ちゆかなくなる時代
――先日の社長交代を発表された楽天の新規参入の話題が出て、これからの時代に必要な能力として、通信と金融とコマースを挙げておられました。これらの内、KDDIに足りないもの、今後、重要になるものはどれだとお考えですか?
田中氏
通信はKDDIの本業ですから、ここで負けないのがベースラインですが、今後は新たな意味での垂直モデル化が進んでいくと思っています。今までは通信をセットにして、スマートフォンを売ってきたわけですけど、これからは使い方を売らないといけない。金融はすべての産業のベースになっていると言われますが、そういう意味では金融もしっかり注力しますし、コマースはみなさんの購買行動がネットに向かっている時代なので、これもやらないといけない。
それ以外のものについては、先日、英会話のイーオンを買収しましたけど、これもお客さんのいろいろなライフイベントごとに、関われらないといけないという考えに基づいている。今までは通信を「素」で売っていたんですが、今後はそれだけでは立ちゆかなくなる。たとえば、レストランを開くとき、素材だけで売っているのと同じだったけど、これからはきちんと料理もしないといけないよね、ということですね。
そういう意味では料理をするために必要なケイパビリティ(能力)を持っている会社をM&Aで取得してます。今期のM&Aの予算は、3年間で5000億を用意していて、いろんな会社を買っているんですが、次の時代へ移行したときに、KDDIの力になる会社を選んで、買収しています。
「ロールプレイングゲーム」と表現することもありますけど、まさにそういう感じです。かつて、ケータイを売るのに、販売奨励金や販売施策で戦っていましたけど、今後はまた別の競争軸で、より激しい戦いをすることになると思うので、それまでにどれだけKDDIの能力をどこまで高めておけるかが勝負だと考えています。会社のビジネスという意味では、今まで4G LTEのスマホを売ってきましたが、成熟期を迎え、少し落ち着いている状況なので、この間に何が準備できるかがカギ。この仕事は次の社長がやることなので、自分としては退くのにいいタイミングだと考えたわけです。
――そこから先は「高橋さん、ガンバレ」ということなのですね。
田中氏
そうですね。すでに経営戦略を2年くらい担当しているので、十分に理解しているし、思いを同じくしています。
――通信がコア(核)になるというお話でしたけど、通信じゃない金融やコマースというのも考えられるんでしょうか?
田中氏
僕らはよく「イネーブラー」という言葉を使っていたんですよ。「可能にするもの」という意味ですね。たとえば、少し前にはじめたWALLETポイントもだいぶ大きくなってきて、ポイント流通も回るようになってきた。また、長年やっている「auかんたん決済」も相当大きくなってきた。今、Wowma!(通販サイト)の起ち上げをやっていますが、これも150%くらい伸びてきた。いろいろなイネーブラーとしての要素が貯まってきたんで、これらをベースに、お客さんに見えるような商品やサービスを作っていく流れですね。
最近は音声デバイスにハマっている
――スマートフォンは成熟期を迎え、あまり新しい要素がなく、みんなが「スマホの次」を探しているような状況です。
田中氏
そうですね。たとえば、僕らのスマホの一つ前のデバイスとして、パソコンがありましたよね。でも、今って、パソコンの中身で「ここが違う」みたいな比較をしないですよね。パソコンはツールになっていて、アプリケーションソフトは自由にダウンロードして、利用できる。スマホも基本的には同じ流れですよね。OSもiOSとAndroidがあって、それぞれにアプリがインストールできる。いずれもインフラに近い存在になってきた。ネットワークだって、以前は「どこが速い」「どこが遅い」と比較されてました。海外に出かけると、泣きそうになることもあるけど(回線が遅いという意味)、少なくとも日本はどこでもそれなりに及第点をもらえるレベルの品質になってきた。そういう土壌ができてきたので、この上で新しいことが起きるんじゃないかと期待しています。
たとえば、デバイスも最近、音声アシスタントのスピーカーが話題ですけど、ひと昔前はシャレぐらいのレベルだったものが使えるレベルになってきている。面白いのはスマホって、意思を持って、使っている。パソコンも場所は仕事部屋など、利用できる場所が限られるけど、これも意思を持って、使っている。
ところが、Google Homeなどはウチの女房は料理をしながら使っている。デバイスを使う障壁みたいなものがかなり薄らいでいる。そうなってくると、スマートスピーカーのようなもので音楽を聴くだけじゃなく、もっと高度なことに活用できるんじゃないかと思うようになりましたね。
テレビのCMで、よくGoogleが行き先を音声で検索したりしてますよね? でも、スマホに向かってしゃべっているのって、ちょっと違和感があるというか、何となく気持ち悪いでしょ(笑)。ところが、お父さんに向かって、奥さんが「この週末、○○に行こうよ。どうやって行けばいいの?」と聞くとき、実はGoogle Homeでもちゃんと答えてくれますからね。まるでお父さんがいなくてもいいような……(笑)。こういうことが自然にできるようになってきたということは、次の時代への入口に差し掛かった気がしますよね。
――プロを自称する田中さんが今一番、面白いと思っているデバイスは?
田中氏
最近ね、音声デバイスに結構、ハマってるんですよ。最初はちょっとバカにしてたところもあったんだけど(笑)。Google Homeも、使ってみると、英語の方が賢い気がするんですよ。同じデバイスで変更できて、片方しか使えないのは残念だけど、英語に設定して試してみると、よくわかります。
それから、我が家にはテレビが何台もあるんですよ。それぞれの部屋に1台ずつくらい。それに加え、パソコンではテレビのウィンドウが開くようになっている。でも、そんな僕がスマホで映画を観たりしてしまう。1メートル後ろにテレビがあるのに、観ちゃうんですよ。なぜかというと、Bluetoothで接続できるJBLのスピーカーが手元にあって、それにつなぐと、結構、いい音で再生できる。ところが、少し前のテレビにつなごうとすると、Bluetoothには対応していないし、他のスピーカーをつなぐのも手間がかかる。だから、結局、手軽なスマホで観ちゃうんですね。
――音声は翻訳やAI、機械学習など、いろいろな形で進化していくだろうと期待しています。
田中氏
クルマもコネクティッドになりますよね。まだまだアプリや連携では開発要素は多いけど、いろんなものがつながっていく時代になると思います。それから、いろいろな機器やサービスがクラウドベースになってきているので、それぞれの機器間やサービス間で連携がしやすくなってきている。たとえば、スマホではじめた作業を他の機器で継続することも簡単にできるようになってきた。2010年頃、講演で取り上げた話題があって、いろいろなセンサーが進化をしてきていることを踏まえ、スマホの次はセンサーネットワークに進化していくという話をしたんですよ。
――それはこれからの時代のIoTに通じるところでしょうか? スマートメーターなどもそうですが……。
田中氏
そうですね。でも、今のものって、バーチカル(垂直)なんですよ。スマートメーターはスマートメーターだけ、クルマはクルマだけというように、それぞれが区切られていて、つながっていないですよね。でも、将来的にはいろいろなデータが連携していくことになりますから、当時、描いていたような全体を包み込むように通信が存在する時代になると思います。10年はかからないでしょう。2020年を超えて、数年くらいで大きな変革が訪れることになるんじゃないでしょうか。
――そのタイミングでKDDIが存在感を示せるようにしたいわけですね。
田中氏
そうです。でも、記者さんとしては、今の時期、ちょっと不幸というか、厳しいですよね。スマホのときは一気に世の中が動き出していました。当時は進化したフィーチャーフォンがあって、そこにある機能をスマホに取り込まないと売れないと言われた。
たとえば、連絡先を移行するのに、赤外線通信ポートが必須と言われた。でも、今の時代はクラウドで連携ができる。実は、当時から考えると、みなさんはとんでもないデータ量を通信で利用している。
5Gネットワークの本質はデータ通信量が増えること。何かをしようという一つの目的に対し、赤外線通信のように「1対1」で対応するのではなく、全体が連携するしくみになっていく。よく「モノからコトへ」と言われるけど、コト消費に合った形でスマホが連携していく時代になると思いますよ。
――でも、それだけ四六時中、通信することになると、電池が心配な気もしますが……。
田中氏
スマホが出たとき、電池がボトルネックと言われました。それに対する解として、燃料電池なんていう話題もあった。他のジャンルで言えば、昔はラジコンのヘリコプターなんて、電池じゃ重くて飛べないと言われ、エンジンを積んでいた。ところが、今、話題のドローンは電池で飛んでいる。ボクは専門家じゃないけど、ちゃんと技術革新が起きて、進化をいていくので、意外と何とかなるんじゃないかと思っています。
グローバルとのギャップはもうあまり残っていない
――GSMAのボードメンバーを務められていて、日本と海外の通信環境をご覧になっていると思いますが、かつては日本市場は端末が特殊な面もありましたが、現在はグローバルのメーカーの製品も数多く流通するようになりました。日本のユーザーは幸せに通信やスマホを利用できるようになったと見ておられますか?
田中氏
日本とグローバルにはいろいろなところに違いがあります。でも、バルセロナなどに来ると、手前味噌のところもありますけど、日本のネットワークは優れていると痛感しますよ。他社も含めての話ですけど、日本ではもうあまり3Gの表示を見なくなってきている。端末はフィーチャーフォンが残っていますが、スマホはもうグローバルプロダクツが流通しています。そういう意味ではグローバルとのギャップはもうあまり残ってないんじゃないかな。
――ということは、スマートフォンが登場しての約10年で一気にその違いが埋まってしまったという感じですか?
田中氏
そうですね。ただ、いい、悪いにつけ、ハイエンドのモデルって、たくさん作らないとペイできないんですよね。たとえば、5万台でユニークな端末をアフォーダブルな値段(手頃な価格)で作るのはなかなかできない。デザインに特徴があるというものだったらいいけど、全部入りとなると、やっぱり、それなりの値段になってしまう。
――日本はグローバル市場のベンダーや関係各社から見て、どう見えているんでしょう?
田中氏
一つは日本って、中途半端に人口が多い。それが立ち位置を微妙にしていますよね。たとえば、韓国は人口が日本の半分ぐらいなので、グローバル市場に出ていかないと勝負にならないし、中国は元々、国内の人口が多いので、国内需要だけで十分、世界トップクラスのシェアを確保でき、ビジネスも十分に回る。時代が5Gへ向かっていくとき、中国が「これは来る」と思って、注力していて、ベンダーもファーウェイなどの中国勢が一段先を行っている。端末は最先端というものがないけど、障壁はなくなっているので、日本でも使えるモデルが流通している。だから、そういう時代へ向けて、我々も頑張っていかないといけないわけですね。
――本日はありがとうございました。