石野純也の「スマホとお金」

総務省で見直しが議論されるアクセスチャージ、悪用された「トラフィック・ポンピング」からその課題をひも解く

 2022年6月と同年7月に、組織犯罪処罰法違反の疑いで、相次いで通信事業者の経営者らが逮捕されました。NTTドコモの「かけ放題オプション」を不正に利用して収益を得た、とされています。これは、通話料の清算に用いるアクセスチャージ(接続料)の仕組みを悪用したもの。このような詐取目的の大量通信のことを「トラフィック・ポンピング」と呼びます。

 こうした不正が相次いでいることや、固定電話網のIPネットワーク化が始まることから、総務省では、アクセスチャージのあり方の見直しが進められています。ここでは、従来のアクセスチャージに代わる「ビルアンドキープ方式」も検討されています。では、上記のトラフィック・ポンピングとはどのような手口なのでしょうか。それをひも解くと、現在のアクセスチャージの課題が見えてきます。ユーザーの通話料にも影響が出そうなだけに、ここでその中身を紹介していきます。

音声通話定額を悪用したトラフィック・ポンピングへの対策が求められている。その背景に迫る

事業者間で接続料を清算するアクセスチャージの仕組み

 対ユーザーには、30秒22円に設定されている通話料ですが、これはあくまで発信時の話。日本では、着信した場合には通話料がかかりません。これは、音声通話定額オプションに加入している場合も同じです。発信側さえオプションに入っていれば、着信側は料金を払う必要がありません。少々(かなり?)セコイ話になってしまいますが、通話オプションに入らず、着信履歴だけを残して折り返してもらえば、通話定額代は丸々浮かすことすら可能です。

 通話は、発信側と着信側両方の設備を通っているため、本来であれば着信側にもコストがかかっているはずですが、それが不要になっているというわけです。これを可能にしているのが、アクセスチャージという清算方法です。分かりやすく具体名を挙げて例示すると、ドコモからKDDIに電話をかけた場合、ドコモは発信側のユーザーに対し、料金を課します。着信したKDDIのユーザーは、無料です。ただし、KDDIにも着信コストがかかっています。そこで、KDDIは、その料金をドコモに直接請求します。

 これが、アクセスチャージという制度です。ドコモは通話料をユーザーに請求していますが、通話料には、このアクセスチャージの支払いもある程度織り込まれています。結果として、発着信両方の料金を発信側が負担していることになります。ここでの接続料は、接続される側が決める取り決めになっています。上記の例で言えば、KDDIが設定した金額をドコモが支払うということです。理屈としては、トラフィックと接続料が同じであれば、差し引きゼロのトントンになります。

 ただ、実際には事業者間のトラフィックは異なるうえ、接続料も事業者ごとに設定されています。発着信それぞれの規模も事業者ごとに大きく変わってくるため、過去にもこの仕組みが問題視されたことがありました。ドコモの先々代の社長、加藤薫氏が経営企画部長だった2009年のことです。当時は、ドコモとKDDIに比べ、ソフトバンクの接続料が高止まりしていました。その結果、ユーザーが多いドコモから、ソフトバンクへの支払いが増加していました。普段は比較的おとなしいドコモが痛烈に(かつ関西弁で笑いを交えつつ)他社を批判したこともあり、約14年経った今でもしっかりと筆者の記憶に残っています。

音声接続料の現状。大手3キャリアでは、最安のドコモと、KDDI、ソフトバンクに開きがあり、ドコモは支払いが多くなっているという
09年にドコモが示した資料。当時はソフトバンクの水準が突出して高かったが、加藤薫元社長(発表時は経営企画部長)がこれを痛烈に批判した

 そんな思い出話はさておき、携帯電話の通話料は、このような仕組みで事業者間による清算がされています。接続料は従量課金です。そのため、各社とも、音声通話定額オプションはある程度リスクを負いながら提供しています。ひたすら通話をされてしまうと、ユーザーから受け取れる通話料やオプション料を、接続料が上回ってしまうからです。

ドコモに対し、音声卸の値下げや音声定額の提供を求めていた日本通信だが、交渉が決裂。総務大臣裁定を求めたが、後者は却下された。その際に、音声通話定額の提供には原価割れのリスクがあることが記載されている

 とは言え、すべてのユーザーが長電話ばかりするとは限りません。むしろ、全体から見ると、そのようなユーザーは少数派。中には音声通話定額オプションがありながら、ほとんど電話をかけないユーザーもいます。平均的に見てマイナスにならないよう、料金が設計されているというわけです。ある意味どんぶり勘定とも言えますが、現行の制度で音声通話定額が成り立つのは、このような理由になります。

通話定額と接続料を悪用したトラフィック・ポンピングが問題に

 冒頭で挙げたトラフィック・ポンピングとは、この仕組みを悪用したものです。ポイントは、接続料の設定を着信側ができ、かつ従量制ということ。キャリアがリスクを負いつつ、どんぶり勘定で提供してきた音声通話定額も、この不正を実現するための一助になってしまいました。通信事業者にしかできない悪用ではありますが、一口に通信事業者といってもそのクオリティは様々。中には悪事を働く会社もあったというわけです。

 具体的な手口は次のとおり。まず、ドコモのかけ放題オプションを契約したSIMカードを複数用意します。次に、そのSIMカードの電話番号から、ドコモと相互接続している通信事業者への通話を行います。大量の通話は、手動ではなく、コンピューターを使っていたとのこと。これをすることで、ドコモから接続先の事業者への接続料が発生します。この事業者が、発信を実際に行った代理業者にインセンティブを支払うというのがトラフィック・ポンピングの仕組みです。

ドコモが「接続料の算定等に関する研究会」に提出した資料。同社から受け取った接続料をキックバックすることで、代理業者が不正な利益を得ている構図だ

 発信を行うユーザーと着信側の相互接続した通信事業者が結託することで、犯罪行為ができてしまったというわけです。ドコモ側が請求できるのは、かけ放題オプションの定額料のみ。大量の通話をされてしまうと、大幅に足が出てしまうことになります。結果として、7月1日に摘発された事業者は、少なくとも30億円を不正に得ていたとみられています。6月の事例でも、1億円弱をだまし取られていたと報じられており、ドコモとしても無視できない金額になっていたことがうかがえます。

 コンピューターを使った通話であれば、音声を聞けばすぐに判別できるのでは……と思われるかもしれませんが、日本には「通信の秘密」という大原則があり、通話の中身は通信事業者といえども、勝手にのぞき見ることはできません。トラフィックパターンが異常になれば検知もされてしまいそうですが、ある程度蓄積がなければ判断は難しいところ。最終的に摘発には至っていますが、ほかに裏をかいている事業者がいても不思議ではありません。

閾値の変更や途中からの従量課金導入などで不正を防いでいるというが、トラフィックの中身を見られるわけではないため、どうしても対策にはタイムラグが生じてしまう

 また、今回はドコモが被害者になってしまいましたが、構造的には、ほかのキャリアはもちろん、音声通話定額オプションを提供しているMVNOもターゲットになる可能性はあります。このような事態が続発してしまえば、原価が高止まりしてしまううえに、今のような金額で音声通話定額を提供できなくなるということすらありえます。事業者間の事件で、一般のユーザーには関係ないと思われがちですが、回りまわって間接的に被害を受けることもあると言えるでしょう。

ドコモの提案するビルアンドキープ方式とは? 欧米では主流に

 こうした中、ドコモは「接続料の算定等に関する研究会」で、アクセスチャージに代わる方式として、「ビルアンドキープ方式」を提案しました。不正の完全な検知ができない以上、アクセスチャージを事業者間で清算するという根本的な仕組みを見直す必要があるというのが同社の主張です。ビルアンドキープ方式とは、一言で言うと、発着信両方に課金する仕組みのことです。

右の図がビルアンドキープ方式。着信側も利用者に料金を求めることで、事業者間清算をなくしている。接続料がなくなるため、トラフィック・ポンピングが成り立たなくなるというわけだ

 アクセスチャージとは違い、事業者間の清算がなくなるため、これを利用したトラフィック・ポンピングは成り立たなくなります。実際、一部の国では、この方式が採用されています。米国では、アクセスチャージが競争をゆがめているとして、ビルアンドキープ方式を導入済みです。実際、米国でプリペイドのSIMカードを買うと分かりますが、発信時だけでなく、着信時も課金がされ、残高が減っていきます。

 日本のキャリアも、国際ローミング時には、接続するキャリアに応じた着信料を設定しています。これと同じように、受けた電話も、その時間に応じた料金がかかるようにするというのがビルアンドキープ方式です。確かに、コストを発信側、着信側の双方がきちんと分けて払うというのは公平なようにも思えます。ただ、コストのかかり方はキャリアによって異なるため、実質的には不公平になるとの見方もできます。

米国では、現在、ビルアンドキープ方式が導入されている

 ドコモがビルアンドキープ方式を提案しているのは、トラフィック・ポンピング以外の理由もありそうです。その1つが、接続料の格差が依然としてあること。先に挙げた14年前の記者会見で示された状況から改善されてはいるものの、構造は変わっていません。ドコモが研究会に提出した資料では、KDDIやソフトバンクとの水準差が、1.2倍から1.4倍あるとのこと。通話料は横並びのため、同じ時間、同じユーザー数がそれぞれのキャリアから発信した場合、ドコモだけ受け取れる接続料が少なくなってしまい、公平ではないというわけです。

 ただ、ビルアンドキープ方式はあくまで接続料の水準が近い場合に有効な方式で、アクセスチャージからの切り替えは、他社にとっての収益低下につながるおそれもあります。また、米国のように着信料がかかる料金体系は、ユーザーにとっての大きな変更になるため、スムーズに受け入れられるかどうかは未知数と言えるでしょう。今後の議論の行方も、注視しておく必要がありそうです。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya