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東京メトロ全線、携帯電話が利用可能に

東京メトロ全線、携帯電話が利用可能に

 約2年の工事期間を経て、トンネル内で携帯電話が利用できる――3月21日正午、東京メトロ全線(有楽町線と副都心線の小竹向原と千川除く)が携帯電話のサービスエリアとなった。2012年3月から徐々に駅間トンネルでのエリアが拡がってきたメトロの各線で、ようやく携帯電話によるメールやWebブラウジング、アプリがどこでも利用できるようになった。

 3月21日には、東京メトロの南北線で報道関係社向けの専用列車が用意され、車内で通信できる様子が披露された。通信速度は各社平均で3~4Mbps程度とのことで、多くのユーザーが一斉に動画を視聴するのは厳しいが、一般的なWebブラウジング程度であれば難なく利用できる程度のスピードという。またスマートフォンの普及で高まる通信量(トラフィック)については、今後の需要予測に基づいた整備になっているとのことで、当面はスムーズに利用できる見込み。ただし5年後など将来的な動向については、スマホアプリによる信号処理の増加傾向などがまだ予測できず、不透明だという。

 今回の全線のエリア化が与える影響として、メトロでは「ユーザーからの要望は強く、工事が始まってからも叱咤激励の声をいただいた。通勤、通学にスマートフォンなどが利用できるようになり、生活スタイルが変化していくのではないか。災害発生時にも繋がるようになり、より安心していただけると思う」とその意義を語る。

auのiPhoneもLTEで接続

仕組み

走行中に撮影した漏洩同軸ケーブル

 トンネル内では、漏洩同軸ケーブル(LCX)と呼ばれるケーブルが一本、敷設されており、このケーブルのところどころに設けられた“隙間”から電波が漏れ出し、電車内の携帯電話と繋がる、という仕組み。ケーブルは、レールの位置から3m程度の高さに設けられ、トンネル内で窓の外に目を凝らすと壁に一本の黒く太いケーブルが見える。このケーブルから発せられた電波は窓を通じて車内の携帯電話に繋がる。このLCXはバックボーンとして光ケーブルに繋がっている。いわゆる「光張り出し基地局」として機能しているとのことで、一定区間ごとに「ここまではA駅のエリア」「ここからはB駅のエリア」という形になっているとのこと。

 メトロによれば、5年ほど前の段階では、通信事業者側からメトロに対して、トンネル内に携帯電話の基地局のアンテナを設置するというアイデアも提案されたとのことだが、コスト面で現実的ではなかったという。そこで今回は漏洩同軸ケーブルが採用された。

 漏洩同軸ケーブルによるエリア構築は、新幹線などでも既に実現しており、メトロでのエリア整備だけに開発された新技術というわけではない。しかし今回は各キャリアの周波数(2GHz帯/1.7GHz帯/800MHz帯に対応)を1本のケーブルで利用できるようにするという技術が、数年前に新たに開発されたことが、工事の実現性を高めたのだという。なお、700MHz帯や900MHz帯など、新たな周波数帯への対応予定は今のところ立っていない。

限られた作業時間

 世界有数の交通網である東京メトロでの工事は難しい面が少なからずあったようだ。

 NTTドコモやKDDI、ソフトバンクモバイル、イー・モバイルの4社を代表して、今回はイー・モバイルの技術者が報道関係者向け説明会に立ち会った。同社によれば、今回の工事では、作業時間が終電~始発という、1日3時間程度しかなかったこと、そしてケーブルの敷設が最も難しかったという。

 工事時間については、たとえば屋外で1日8時間、工事を行う場合と比べて、メトロ内での工事は1/3強程度の時間しかない。つまり、工事全体に必要な時間も、1日8時間稼働できるケースと比べて3倍程度になる。メトロのIT部門の担当者によれば、今回の工事は、当初、5年かかるとの見通しだったが、実際には2年で終えることができた。これは通信事業者側の工事投入人数が増やされ、複数のチームが同時並行で工事を進めた結果という。

 またメトロ内で最も早く携帯電話が利用できるようになったのは、南北線の一部区間(2012年3月30日)だったが、こうした路線ごとの違いはどういったものだったのか。イー・モバイルの担当者は、「古い路線では作業スペースやケーブルの設置場所などが狭いなど、環境面の影響で工事が難しいところがあった。南北線のような新しい路線では工事が進めやすかった」と説明する。

 駅だけがエリアだったこれまでは、メトロの列車が到着するたび、乗客の携帯電話が駅内の基地局と繋がって接続を確立しようとしていた。しかしトンネル内がエリアになることで、そうした動作がなくなり、駅内でも以前より繋がりやすくなったという。またイー・モバイルによれば、メトロではないが、東急田園都市線の例としてトンネル内がエリア化したことで、駅ホームと比べて駅間トンネルのほうが通信量は2倍になっているという。

今までなぜ……

 1990年代後半から普及しはじめた日本の携帯電話だが、海外の地下鉄と比べれば、数年遅れで、トンネル内でも利用できるようになったことになる。こうした遅れの要因として、メトロの担当者は今回、「漏洩同軸ケーブルの新技術がこの2年~3年で実用化できたことが一番大きい」と技術面での課題が大きかったと語る。一方で、これまでの取材で関係者から聞こえてくるのは、「携帯電話の車内利用に関する意識の違い」だ。そして、その遅れを挽回することになったのは「モバイルサービスの普及」だという。

 まず香港や欧州などでは、少なくとも2000年代前半から電車内で通話する風景はさほど珍しいものではなかった。一方、日本では車内での携帯電話の利用については風当たりが強く、通話はもってのほかというマナー意識が定着している。こうした違いは、鉄道事業者にとって、車内での携帯電話の利便性向上をためらわせる一因にもなっていたと見られ、たとえば名古屋市営地下鉄では2004年頃、駅ホームでも圏外になるよう取り組んでいたこともあった(現在は順次エリア化)。

 しかし、携帯電話の用途が、通話からWeb(データ通信)に移り変わっていったことで、そうした情勢に変化の兆しが出てきた。今回、メトロの担当者は「メトロ側は、4~5年ほど前から積極的にエリア化を要望してきた」と述べている。ちょうどスマートフォン登場前夜の2007年~2008年頃から鉄道事業者側の姿勢が変化してきたことを示唆しており、さらにスマートフォンの普及を迎え、通信の利用ニーズが飛躍的に高まってきたこともあって、2011年以降、急ピッチで工事が進められたようだ。

 約2年を経て完成したメトロでのエリア化工事。2013年から2年前の2011年1月、ソフトバンクモバイル社長の孫正義氏が、当時、東京都副知事だった猪瀬直樹氏(現都知事)と会談し、都営地下鉄でのエリア整備で意気投合した、という。その時の様子は猪瀬氏のブログで今も確認できる。こうした動きについて、メトロ側の担当者は「その直前に、メトロと通信事業者側の移動通信基盤整備協会(JMCIA)との間で、整備について合意していた。時期が偶然合っただけ」とする。一方、イー・モバイル側の担当者は、そうした孫氏の働きかけによって、現場での動きが加速した部分もあると説明しており、ある程度、エリア整備を勢いづけた効果があったようだ。

 より利便性が高まった地下鉄での利用だが、メトロおよび携帯各社では、車内での通話は控え、優先席付近では電源を切るなど、従来のマナーにも十分な配慮を乗客に求め、啓発活動を続けていく。

関口 聖