KDDI、米国の移民向けMVNOへ出資


 KDDIは、米国で移民向け携帯電話サービスを提供するMVNO(仮想移動体通信事業者)、Locus Telecommunications(ローカス コミュニケーションズ)とTotal Call(トータルコール)の2社に対して出資することで、それぞれと合意した。FCCの認可を得て、今年度内にも出資が完了する見込みで、あわせて約4100万米ドル(約37億円)で発行済株式の51%をそれぞれに対して取得し、連結子会社とする。

LocusとTotal

Locus社とTotal社の概要

 今回出資対象となるLocusとTotalは、それぞれ中南米やアジアなどからの移民をターゲットにしたMVNO。どのMNO(実際に設備を保有する移動体通信事業者)からネットワークを借り受けているか、契約上、明らかにできないとのことだが、W-CDMA網やGSM網など複数のネットワークを利用する形になっているという。

 Locusは、東海岸を中心に事業展開し、主なユーザーはメキシコ系移民や韓国系移民となる。2009年の売上高は約191億円。一方のTotalは西海岸中心に展開し、グァテマラ系やフィリピン系移民が主なユーザーとなる。2009年の売上高は約107億円となる。

 両社の販売チャネルは、雑貨店や新聞販売スタンドなど約7万カ所になる。米国で事業展開してから20年ほど経過しており、ターゲット層には強いブランド力を持つ。米国では移民向けMVNOとして、それぞれのユーザー数は明らかにされていないが、在米日本人向けにサービスを提供するKDDI Mobile(KDDI米国子会社)とあわせ、3社のユーザー数は約30万人となる。2013年までには100万ユーザーを目指す。両社のARPUも明らかにされていないが、移民向けプリペイドが事業の中心となっている。

移民向け電話事業とは

 これまでKDDIでは、「BOP(Base of the Pyramid、直訳すればピラミッドの底辺)」層と呼ばれる市場向けの事業として、2009年にバングラデシュのISPへ出資している。こうした取り組みを理解するには、「BOP」が示す“流れ”を見極める必要がある。

 世界規模で見た場合、BOPに位置するのは、いわゆる先進国、新興国(BRICs)に続く開発途上国だ。これらの市場は、たとえばアフリカでは10億人、中南米で6億人と、多くの人口を抱え、5~10年というスパンで見ると新興国への発展が期待できる。そういった開発途上国からは、先進国、特に米国や欧州へ移民するという流れがある。KDDIが示した国連の資料によれば、2000年~2005年までに北米での移民は約690万人、欧州での移民は540万人増加した。一方、アフリカは230万人、中南米は400万人、アジアは約600万人が先進国へ移った。特に米国では、2000年から2008年まで、年間100万人のペースで移民が増加し、2008年時点で約3800万人の移民が存在する。

BOPビジネスでは多くのユーザー数を見込む移民が作り出す流れがビジネスの根幹となる

 こうした移民は、移住先でそれぞれの文化、慣習を維持して母国語を使い続ける。北米では、英語が話せない移民も珍しくない。所得を見ると、その多くが低所得層に位置付けられ、移住先でBOPが形成されている。また移住後も母国とのやり取りを続け、2008年における米国発通話を見ると、中南米宛が303億分、アフリカ宛が27億分、アジア宛が217億分で、2000年の231億分と比べると、2008年は547億分に達し、「世界の電話トラフィックは移民が支えていると言っても過言ではない状況」(KDDI執行役員 ソリューション事業本部長の石川雄三氏)だという。

2000年~2005年までの移民動向移民が多い米国では国際電話が増加

KDDIの戦略

 KDDIの事業の中には、国と国の通話網を繋ぐ「中継サービス」がある。A国とB国の通信事業者をKDDIの中継設備を介して直接繋ぐことで、高品質な通話が実現できる。またKDDIでは、日本、米国、欧州の3カ所に拠点を設け、国際通話する際に最も安いルートを自動的に選択するシステムを導入している。このようなシステムは、中継サービスを提供する事業者の中でもKDDIならではのものという。

KDDIでは国際間の中継サービスを提供移民向けプリペイド市場で成長を期待

 今回、移民向けMVNOに出資することで、KDDIの利点を活かし、高品質な通話サービスを実現し、他社との差別化を図る。また、低所得のため、銀行口座も作れず、各企業が提供するサービスのターゲット層にもなっていなかったのがBOP層の移民だが、今回はプリペイドサービスによる事業展開で今後の成長が見込めるとしている。

KDDI石川氏

 一方、国際電話の対抗馬とも指摘される、SkypeなどのIP電話サービスについて、9日の報道関係者向け説明会でプレゼンテーションを行ったKDDIの石川氏は「Skypeは両側でPCを必要とする。移民した側はPCを買えるかもしれないが、母国側ではPCがない状況」と説明した。

 石川氏は、「2社には移民向けサービスのノウハウがあり、出資を通じてKDDIではアクセスチャージや中継トラフィックなどでコストを削減し、国内電話を低価格で提供する。母国語が使える端末、母国語のコンテンツなど付加価値サービスも展開する」と意欲を見せる。

 KDDI Mobileをあわせた3社の協力により、一括購入することで端末価格の値下げを見込むほか、また、複数のMNOからネットワークを借り受けていることから、交渉が決裂しても他のMNOのネットワークを利用できる状況を活かし、MNOに対する交渉力が強化され、米国内のアクセスチャージの値下げも狙う。

LocusとTotal、KDDI Mobileの3社で事業の効率化をはかるスケールメリットも期待
2013年に100万契約、全米トップ10入りを目指す移民市場での事業展開を今後も行う方針

 移民先から母国への“通話の流れ”に加え、先進国での労働で稼いだ資金を母国へ送金するというのも、移民が作り出す大きな“流れ”の1つ。GDPで見ると、1月に大きな地震に見舞われたハイチでは、20%を海外からの送金が占める。同じようにバングラデシュでは9.5%、セネガルでは9%が海外からの送金だ。銀行口座を持てない移民にとって、母国への送金は手続きが煩雑となるが、携帯電話を通じた送金(モバイル送金、Mobile Money Transfer)がよく利用されるサービスとなっている。

 一般的に、モバイル送金では仲介エージェントを介して、現地の銀行口座や携帯電話キャリア宛に送金できる。石川氏は「モバイル送金では、一般的にSMS通信料のほか、送金や受け取りの際に手数料が発生する。欧州のOrangeは、アフリカに多く出資しており、送受の両側に出資しているのではないか」と説明する。ただしKDDIとして、モバイル送金におけるビジネスモデルをどう構築していくかは、今後の検討課題として、他社との差別化要因として展開していく考えが示された。

 このほか端末については、当面、現在利用している端末を利用する考えだが、将来的にはオリジナル端末の開発も検討していく。

モバイル送金については今後ビジネスモデルを検討

 



(関口 聖)

2010/2/9 14:18