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「TORQUE G03」のユーザーイベントでレーサーヨットに乗船体験

イベントの開催された横須賀市のマリーナ

 9月16日、京セラは同社のau向けモデル「TORQUE G03」のHELLY HANSENコラボモデルの購入者を対象としたスペシャルイベントを開催した。同イベントでは海洋冒険家の白石康次郎氏をゲストとして招き、参加者が白石氏のレース用ヨット「Spirit of yukoh IV」に乗船体験できる。今回は筆者も取材として乗船できたので、この貴重な機会のレポートをお届けする。

1分で売り切れたHELLY HANSENモデル

 「TORQUE G03」は今年6月に発売されたタフネス仕様スマホ。そのHELLY HANSENモデルは発表こそ通常モデルと同時、価格は通常モデルと同じだったものの、予約の受け付けは7月24日とやや遅れた。しかし、予約開始後、わずか1分で限定数300台をすべて売り切った。この種の限定販売では、キャンセルが出た場合はキャンセル待ちに振り返られるが、このHELLY HANSENモデルではキャンセル率は非常に低かったという。

 今回のイベントは、HELLY HANSENモデルの購入者のみが参加できるもので、応募者多数のため抽選となっていた。応募できるのは購入者300名のみなわけだが、募集人数20人に対し倍率は約3倍だったというので、購入者のうち、だいたい3名に1名が応募したという計算になる。神奈川県横須賀市開催ということで、関東圏からの参加が多いが、それでも北は北海道、西は大阪からの参加者もいた。

 イベントでは参加者20名が10名ずつの2班に分かれ、各班のうち6名がSpirit of yukoh IVに乗船し、残りの4名が随行する小型船舶で航行するSpirit of yukoh IVを近くから見られるようになっている(どちらに乗船するかは応募時に選ぶ)。

 今回のイベントは「TORQUE G03」発表時にアナウンスされていたが、実はヨットや船舶が好きという理由でHELLY HANSENモデルを購入した人は少数派のようだった。純粋にレア感やカラー(通常モデルにない白)が気に入ったという人が多いようだ。ヨット体験者も少なく、小型船舶免許を持つペーパー船長の筆者も、ヨット乗船は初体験である。

 HELLY HANSEN(ヘリーハンセン)はアウトドア系のアパレルメーカーで、もともとノルウェーの船乗りが創業した、マリンスポーツ向けの防水ウェアでは強い支持を受けているブランドだ。とくにヨットレース分野では、多くの選手やチームにウェアを提供していて、今回のイベントのゲストである海洋冒険家 白石康次郎氏の特注ウェアもHELLY HANSENが手がけている。

もっとも過酷なヨットレースに挑む「Spirit of yukoh IV」

Spirit of yukoh IV

 白石氏が乗る「Sprit of yukoh IV」は、競技用に作られた全長60フィート(約18m)、IMOCA60というクラスのヨットだ。同型艇は何隻か存在するが、日本に来るのは初めて。

 白石氏はこのSpirit of yukoh IVで、「ヴァンデ・グローブ」というヨットレースに挑んでいる。ヴァンデ・グローブは1人のみで無寄港・無援助で世界一周するという、完走率半分程度、過酷条件の役満のようなエクストリームスポーツだ。4年ごとに開催されていて、第8回大会は2016年から2017年にかけてに開催され、1位は74日間で世界一周した。ちなみに同大会では残念ながら白石氏はマストが折れるというトラブルに見舞われ、リタイヤしている。

無駄のない流線型の美しいボディが特徴的

 Spirit of yukoh IVはヴァンデ・グローブのような世界一周レースをターゲットとして建造されているので、外洋航行のための設備を搭載しつつも、かなりの速度が出るようになっている。今回の乗船体験は横須賀市の浦賀水道に面した場所にあるマリーナから出港し、浦賀水道を少し周遊するだけというコース。東京湾を出ないような波風穏やかな海面でも、レーサーヨットならではダイナミックな乗船体験ができた。

 Spirit of yukoh IVは全長18mで、マスト高は約29mある。だいたい路線バスの長さの船体に10階建てくらいの高さというイメージだ。近くで撮影しようとしても、マストの頂上までをフレームにおさめるのは難しい。

船尾の操舵ラダーは2枚ある
船尾に操船などを行うデッキスペースがある
出航前の状態では舷側に衝突防止のクッションが吊るしてある
出港準備をしながら挨拶をする白石氏
こんな感じで乗り込む。タラップなどはない
出航前に乗船中の注意点などを説明する白石氏。会場では油断すると死ぬ(レーサーヨットに限らないが)
エンジンで出港。あまり速度は出さない
そろりそろりと出港する(随行船からの写真)
操舵する白石氏。舵は白石氏が左手に持つ棒で、これを左右に押したり引いたりする
デッキに乗る一般参加者
デッキは10人ほどでわりとギリギリ
随行する小型船舶

 出港時はエンジンで航行する。曳航や手こぎで航行しないヨットは、港からの出入りや緊急時の航行のためにエンジンも搭載している。帆による航行では自由な停止もできず、風向きによって航行できない方角もあり、そうなると港の出入りは困難になるし、近くで海難事故があったときに救助に行けなくなってしまうからだ。

帆の展開作業をする白石氏

 Spirit of yukoh IVはエンジンで港から少し離れたところまで航行し、舳先を風上に向けると、その状態で船がなるべく動かないようにしながら帆を展開した。

 帆を上げたりするのもすべて人力だ。デッキには自転車のペダルのような構造のハンドルがあり、それを回して帆を巻き上げる。ハンドルは2人で回せる構造になっていて、今回は参加者も巻き上げを体験することができた。帆の調整や操舵、巻き上げるロープの取り回しなど、帆走前には非常に多くの作業が必要で、今回は白石氏を中心に数人のスタッフが協力して行っていた。

こんな感じでハンドルをグルグル回す。あまり重たくはない
ハンドルは重たくないが、いくら回してもなかなか登っていかない
帆が上がっていく。前方にももう一枚、帆が展開できる
帆走を開始し、参加者に説明をしながら操舵する白石氏

 帆を上げて角度を変えると、帆走が始まる。この日の風は秒速8mくらい(15ノット)だったが、船は最大で時速24kmくらい(13ノット)の速度が出ていた。風の強いスコールなどの天候だと、最速で50ノット(時速90km)を超えることもあるという。なお、この日の浦賀水道は波風が穏やかで、波に揺さぶられることはほとんどなかった。

 エンジン音なしにこれだけの速度が出るというのは、なかなか新鮮な体験だ。エンジンで走る普通の小型船舶だと、30ノットくらいは軽く出るが、船上での会話が困難になるくらいエンジン音が大きく、ガソリンや軽油を湯水のように消費する(数時間で燃料代が1万円とかになる)。それに比べると帆走というものは、海を身近に感じられながら疾走できて、かなりの爽快感がある。

大げさでもなんでもなく、このくらい傾く(水平線や垂れ下がるヒモ、羅針盤を見ていただきたい)

 ただし乗り心地が良いわけではない。横から風を受けて直進しているときは、船が大きく横に傾く。写真を見ていただければわかるかと思うが、マイケル・ジャクソンの「スムーズ・クリミナル」のゼロ・グラビティかというレベルの傾きだ。飛行機やバイクと違い、高速旋回中ではないので、普通に鉛直に重力を感じたまま、床が斜めになる。

 デッキ床面は普通の靴でもまったく滑らない表面仕上げになっているが、旅客船ではないので座席はなく、乗員以外が掴まったり足を踏ん張ったりするための設備もほとんど搭載していない。しかも変針して帆の方向が変わるとき、デッキ頭上を膨大な重量のマストが凄い速度で通過するので、注意を怠ると重大な事故につながり兼ねないという、なかなか緊張感のある状態だ。

カメラを水平にしてるとこのくらい斜めになる
白石氏は慣れたもので、斜めの床で必死に踏ん張る参加者にTORQUE G03の便利さを説明
速度計の上に簡易海図を表示させるためにTORQUE G03がベルクロで貼り付けてあった
随行する船舶がこのくらい波を切るくらいの速度がでている
随行船から見ると、片方の舷側はほぼ水没してる感じに見える
逆の舷側は船底が見えるくらい浮き上がっている
航行中も変針したりするたびに何かのロープを引っ張りあげる。短い周遊航路で何回も変針するのでかなり忙しそう

 乗船体験は2時間あったが、出港・帰港に帆の上げ下げがあり、実質的な帆走時間は1時間ちょっとといったところだったが、しかしそれもとても短く感じられるほど、Spirit of yukoh IVの乗船体験は刺激的だった。

 帰港後は白石氏にSpirit of yukoh IVの各部の説明もしていただけた。

 Spirit of yukoh IVにはいちおうキャビンが存在する。ただし座席などは一切なく、海図を表示する端末と湯沸かし用のバーナーセット(ジェットボイル)、あとはいくつかの
荷物があるだけだ。キッチンやトイレはない(おまるを使うらしい)。

 世界一周に必要な食料品なども、キャビンなどに積載する。水に関しては逆浸透膜式の濾過装置で、海水から真水を作り出す。1日に2リットルくらいの水を作るという。

 エンジンで発電もできるが、航行中の電力は海中のプロペラを回して得るという。船尾にはレーダーに加え衛星通信(インマルサット)のアンテナも搭載されていて、外洋でも通信できるようになっている。ヴァンデ・グローブのレース中は、気象情報なども通信で得る必要があるが、それだけでなく、参戦者にはテレビ電話による取材を受ける義務もあるのだという。

 キャビンの前方には何種類かの帆を保管する荷室スペースがある。レース中は風などの状況に応じて、10種類ほどの帆から最適なものに随時付け替えをするという。そうした作業すべて、ヴァンデ・グローブのレース中は1人で行うわけだが、1枚100キロくらいあるという帆を1人で貼り替えるというのだから、ケタ違いの体力と気力が必要である。

操船デッキのロープ群。帆を上げたり向きを変えたりするときに、これらのロープを手前のリールで巻き取る
キャビン内にある海図などを表示できるコンソール。操船中は見られない。船の傾きに合わせてデスクごと左右に向けられる
デッキ前方の帆を保管するスペース。右の白石氏が座ったり踏んだりしてるのが帆で、頭上のハッチから引き上げる
操船デッキの計器。一番右が方位。左の速度計の上のTORQUE G03は、マジックテープで固定していた。近海航行ではスマホがけっこう便利

次はTORQUEと一緒に世界一周したいと語る白石氏

船乗りの必修科目(小型船舶でも習う)のロープワークを教えるゴールドウイン飛内氏

 乗船体験後は、京セラ 通信事業戦略部 商品企画担当の三輪智章氏、ゴールドウイン ヘリーハンセン事業部 プロモーション担当の飛内航太氏、サイバード なみある?事業部 ディレクターの樺島克彰氏らにより、TORQUE開発の裏話やヨット競技についてなどの簡単な講演が行われ(このあいだに別の班が乗船体験する)、その後、2班合同で白石氏による講演が行われた。

 ゴールドウインは日本のアウトドア系アパレルメーカーで、HELLY HANSENやザ・ノース・フェイスなど、有名なアウトドアブランドのライセンス製造販売もしている。そのHELLY HANSEN部門の飛内氏は、今回のTORQUE G03コラボモデルの企画もやっているが、セーリング競技のユースナショナルチームのコーチもやっているヨットマンだ。飛内氏は一般にはあまり馴染みのないヨット競技についても解説してくれた。

ヨット競技の種類

 ヨットには大きく分けるとエンジンを積むような大きめの「クルーザー」とエンジンのない「ディンギー」の2種類に分けられる。白石氏のSpirit of yukoh IVはクルーザーだが、より小さくて手こぎでも出港できるような大きさのものがディンギーとなる。

 クルーザーを使ったレース競技としては、その最高峰は単独で世界一周する前述の「ヴァンデ・グローブ」だが、それに近いものとしては10名程度が乗船して世界一周を目指す「ボルボ・オーシャンレース」(VOR)というものもある。

 ほかにはソフトバンクのチームも参戦している「アメリカズカップ」(AC)もある。沿岸のコースで速度を競うもので、大きさとしてはクルーザーに近いが、長距離航行の設備は搭載せず、ディンギーに近い性質も持つ。水中翼などの最新技術で文字通り飛ぶように帆走することで、風速よりも速く航行でき、沿岸部でも50ノット(時速約92km)くらいの速度で滑走する。

東京オリンピックのディンギー競技のコース

 一方のディンギーは2名程度で操船するものからウインドサーフィンまでを含み、オリンピック競技でもあるとともに、日本でも学生スポーツとして行われている。2020年の東京オリンピックでは、江ノ島近辺での開催が予定されていて、江ノ島から葉山あたりまでの沿岸に数カ所のコースが設けられるとのことだ。来年・再来年にも、オリンピックに備えたワールドカップが江ノ島で開催される予定もあるという。

 ちなみに2024年の夏季オリンピックはパリでの開催が決定したが、フランスはヨット競技が盛んで(ヴァンデ・グローブもフランスのヴァンデ県がスタート・ゴール地点)、オリンピックのご当地競技として外洋でのヨット競技が追加されることも期待されている。

HELLY HANSENのヨット向け製品例。右は市販品だが、左は白石氏が実際に使った特注のツナギ
企画段階で挙げられたHELLY HANSENコラボモデルのデザイン候補

 白石氏の講演では、帆船による世界周回の経験などが語られた。白石氏は昨年のヴァンデ・グローブに初参戦したが、ヴァンデ・グローブはフランス発着のフランスが強いレースで、8割がフランスよりの参戦、有色人種の参加は初だったという。スタート時の現地ファンによる見送りに対しては、白石氏は和装に木刀を持つパフォーマンスでウケをとった。

 ちなみに白石氏は居合いもたしなむとのことで、木刀が船に積まれているそう。過去には武装した不審人物(というか海賊)に船に乗り込まれたことがあり、そのときは木刀で威嚇して退散させた。

写真の左の赤いのがSpirit of yukoh IVの上げ下げできる翼

 昨年のヴァンデ・グローブでは「フォイル艇」と呼ばれる新しい種類の船が登場し、上位を独占した。フォイル船は水中翼を使った船だ。Spirit of yukoh IVでは船底中央のキールのほかにも舷側に垂直に下りる翼があるが、フォイル艇ではそれがほぼ真横に向けてついている。ヴァンデ・グローブは4年ごとの開催だが、毎回こうした技術革新により記録が数日単位で更新されている。ちなみにフォイル艇は4.5億円くらいするそうだ。

 「TORQUE G03」については、「海上保安庁は嫌がるが、これで太平洋も渡れる」と語る。外洋では3G/4Gは圏外となるが、通信不要でローカル保存した海図を表示するアプリは少なくない。Spirit of yukoh IVは操船しながら海図端末を見られないので、操船用の計器に並べて貼り付けられるスマートフォンは、使い勝手が良さそうだ。「次の世界一周をコイツとともにできれば」とも語っていた。

講演する白石氏

 白石氏は2020年の次のヴァンデ・グローブへも参戦する意向だ。ただし船をどうするかは決まっておらず、スポンサー次第だという。白石氏の目標としては、「いつかメイドインジャパンでやりたい」とのこと。富士通のスーパーコンピュータでシミュレーションし、三菱重工で造船してもらう、といったことを目指しているとか。ただしそれも「僕の世代では間に合わない」と語る。

 その一方で、まだまだやりたいことはたくさんあるとも語る。たとえば自宅から歩いてヨットに乗り、そのままインド洋まで行って徒歩でエベレストに登る、といったこともやりたいとか。ちなみにニューヨークへは公共交通機関なしで行ったことがあるという白石氏は「やりたいことがたくさんで、寿命が足りない」。

 ちなみに白石氏、30年以上もヨットに乗っているが、いまだに船酔いするそうで、本人曰く「ヨットの才能がない」とのこと。一方でゴルフは全然練習しないでも上手いそうで「ゴルフは才能がある」そうだ。しかしヨットは好きだから、誰かに頼まれているわけでもなく、いつまででもやれる、と語っていた。